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魔王のもの
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人を嫌っている女神さまに守られた大きな大陸は、立派な王様と女王様に統治され、人々は、豊かな大地を耕し、川や、湖で魚を獲り、植物を編み、祈りを捧げて木を切り、溶かし、小さな道具、大きな道具を作り、とても元気に暮らしていました。
人々は大陸のそこかしこに神殿を建てて、女神さまをお祀りしていました。何か困ったことが起きると、大きなことでも小さなことでも、女神さまに助けてもらえるよう、神殿にお祈りに行くのです。女神さまの声は誰にも聞こえません、姿も見えません、会ったことがある人もいません。でも、女神さまは、大きなことでも小さなことでも、ときどき祈りに応え、叶えてくれることがありました。
それを女神さまが叶えてくださったこと、と信じる人もいれば、ただの偶然、と考える人もいます。女神さまを信じる人々と、女神さまを信じない人々とで、戦争が起きることもありました。女神さまを信じない人たちが勝つと、神殿が壊されてしまいましたが、女神さまを信じる人たちが勝つと、壊された神殿がもういちど建てなおされました。
戦争のせいで、大陸ではたくさんの人が死んでいきました。もちろん、死ぬのは人だけではありません。戦争に巻き込まれ、四本足の動物も、たくさん、たくさん、傷つき、死んでいきました。
大陸の四本足の動物たちが死んでいくことに、女神さまは人知れず傷ついていました。そして、女神さまは人々に罰を与えることにしたのです。
女神さまは、戦争で死んでいったすべての生き物の悲しみと恐怖を集め、かき混ぜて、こねて、形づくって、まったく新しい生き物を生みました。それは、大きな塔のように巨大なものや、ありんこのように小さなものまでいましたが、皆、穴のような眼をして、人を食べたり、捕まえて飼育したり、無理やりつがいにしたり、あらゆる手段で人を傷つけ、苦しめ、殺してしまう生き物でした。
人々はその生き物を、魔もの、と呼び、恐れおののきました。神殿を壊す手を止め、神殿を建てなおす手を止め、人々は魔ものと戦いました。しかし、魔ものは信じられないほど強大で、残虐で、賢く、人々がどれほど一丸となって戦っても、ちっとも歯が立ちません。大陸で幸せに暮らしていた人々は、少しずつ数を減らしていき、それとは逆に、四本足の動物たちは、数を増やし、より豊かに生きるようになっていました。魔ものは、人以外の動物は決して傷つけなかったからです。
人々は絶望しました。絶望しながら女神さまに祈ったのです。どうか、人をお救いください。魔ものを大陸から取り除いてください、と。でも、女神さまは無視しました。いつしか、女神さまは四本足の動物の平和と繁栄を想いながら、永久に、眠ってしまいました。
人は滅亡してしまうのか、と、誰もがそう悟ったとき、奇跡が起きました。どこからともなく颯爽と現れた一人の青年が、救世主となったのです。青年の強さ、賢さ、勇敢さはすさまじく、腕に覚えのある者たちを率い、次々と魔ものを打ち倒していきました。
人々は青年のことを、尊敬と愛を込めて、勇者、と呼びました。勇者は大陸じゅうを巡り、魔ものを倒して回りました。そして、とうとう魔ものを、大陸の周りにある海へと、追いやったのです。魔ものは勇者の強さに恐れおののき、海の中へ逃げていき、二度と大陸へは戻って来ませんでした。
魔ものに囚われていた人々は、その多くが家族の元へ帰ることができ、人々は勇者と、勇者と共に戦った戦士たちを称えて、彼らのための神殿を建てました。勇者と戦士たちは大陸を巡り、平和が訪れたことを知らせてゆきます。勇者一行が来る、と聞きつけた村や町は、一行を歓迎するためのお祭りを夜通し開きました。
そして、勇者一行はとうとう王様と女王様のいる大きな街へ訪れ、魔ものの脅威が大陸から去ったことを告げたのです。王様と女王様はたいそう喜び、勇者一行に褒美を取らせることにしました。
勇者と共に戦った戦士たちは、それぞれ、金銀財宝を欲する者、地位を欲する者、名誉を欲する者、自由を欲する者、いろいろありましたが、それらすべては叶えられました。そして、王様と女王様には、勇者にそれらすべてを与えたうえで、さらに与えたいものがありました。
王様と女王様には子が二人います。一人は王位を継ぐ優しく賢い王子様、もう一人は、王子様の妹である、それは、それは、夢のように美しいお姫様です。王様と女王様は、頬を薄紅色に染めているお姫様を意識しながら、勇者に尋ねました。
“あなた様の願いはなんでも叶えましょう。大陸でもっとも美しい方を、あなた様は伴侶とする権利があります”
王様と女王様の言葉を、玉座の左側で聞いていたお姫様は、よろこびと恥ずかしさで、勇者の顔を見ることができず、顔をふせています。しかし、勇者はしっかりと顔をあげ、王様と女王様の言葉に、とても、とてもよろこびました。すぐさま駆け出し、王様と女王様の右側の玉座にすわる方の前にひざまずき、告げたのです。
“ひとめ見たときから、私の心はあなた様のもの。愛しております、殿下。どうか、僕の伴侶となってください”
王様と女王様、そしてお姫様は口をあんぐりと開けておどろき、勇者から求婚された当の王子様は、もっとおどろいていました。そうです、王子様も、優しく賢いだけでなく、妹のお姫様に負けず劣らず美しいのです。
王子様は、王様と女王様を見ました。王様と女王様は、なんと言えばいいのかわからず、ただ王子様を見つめることしかできません。王様と女王様は、すでに勇者に告げてしまいました。“あなた様の願いはなんでも叶えましょう。大陸でもっとも美しい方を、あなた様は伴侶とする権利があります”と。
王様と女王様、王子様とお姫様の思い描いていた、大陸でもっとも美しい方、と、勇者の思い描いていた、大陸でもっとも美しい方、が異なっていたとしても、今さら、宣言を覆すことはできません。お姫様は傷つき、わんわん泣きながら走り去ってしまいました。王様と女王様はお姫様のあとを追いかけ、残された王子様は、きらきらと輝く黒い眼で見上げてくる勇者の、差し出された手に手をかさね、微笑みながら、うなずくしかありませんでした。
勇者と王子様の結婚は、大陸じゅうに知らされ、人々はおどろきと共に祝福しました。多くの人が、腹のなかでは戸惑っていましたが、人々を救ってくれた勇者の決めた伴侶に、なにか言えるものなど、存在しなかったのです。王様と女王様も、複雑に思いながらも、勇者と王子様の結婚を祝福しました。勇者は共に戦った戦士たちに別れを告げ、王子様と旅立つことを望みました。王子様は泣く泣く家族に別れを告げ、勇者とふたり、旅立ちました。唯一の王位継承者となったお姫様は、涙を拭い、覚悟を決め、王冠を継ぎ、それは立派な王様になりました。
そして、旅に出た勇者と王子様は、大陸のいろいろなところを巡りました。どこへ行っても、勇者を称えるための神殿があり、ふたりは寝るところにも食べるものにも、困ることはありません。勇者にとって夜はあまりに短く、王子様にとっては、気が遠くなるほど長いものでした。王子様は勇者を心から尊敬していましたし、感謝もしていましたが、愛してはいなかったからです。でも、勇者にそのことは言えません。いずれ、時が満ちれば、きっと勇者を愛することができると、王子様は信じることにしました。
やがて、勇者と王子様は大陸の端っこ…海の近くまでやってきました。ごつごつとした岩と、紫色の砂でできた海岸に立ち、勇者は王子様の手をにぎりながら“恐ろしいですか?”と尋ねます。王子様は正直に、うなずきました。だって、この海の遥か水底に、おぞましい魔ものが今も生きているのですから。勇者は王子様の肩をしっかりと抱き、言います。
“私の唯一のひと、愛するひと。あなた様のことは、なにがあっても守り抜きましょう”
王子様は微笑みました。強く、賢く、勇敢な勇者を、王子様も愛するようになっていたのです。王子様は勇者のくちびるに、初めて自分からくちづけました。勇者は涙を流してよろこび、背負っていた剣を海岸に突き立てました。すると、勇者が剣を突き立てたところから海が真っ二つに裂け、道ができたではありませんか!
おどろきのあまり、声を失っている王子様を抱きかかえ、勇者は海の裂けた道を進んでいきます。波の壁を見上げながら、王子様は“どこへ行くのです?”と、勇者に尋ねました。勇者は“親たちに、あなた様を会わせたいのです”と答えます。ふたりが通ったあと、裂けていた海はもどり、二度と裂けることはありませんでした。
勇者は話します。自分を産んだ親は、魔もののつがいにされた、人である、と。魔ものである親と、産んでくれた人の親と、両方を愛している勇者は、産みの親のために人々を救いましたが、魔ものである親のことも想い、魔ものを滅ぼすのではなく、安全な海の中へ追いやる道を選んだのです。
魔ものはいろいろな姿をしていましたが、目だけは皆、黒い色をしていたことを王子様は思い出しました。
震えている王子様に気づき、勇者はさらに優しく抱きしめて微笑み、王子様のおでこにくちづけます。王子様は微笑み返し、勇者の肩をしっかりと抱き返すのでした。
人々は大陸のそこかしこに神殿を建てて、女神さまをお祀りしていました。何か困ったことが起きると、大きなことでも小さなことでも、女神さまに助けてもらえるよう、神殿にお祈りに行くのです。女神さまの声は誰にも聞こえません、姿も見えません、会ったことがある人もいません。でも、女神さまは、大きなことでも小さなことでも、ときどき祈りに応え、叶えてくれることがありました。
それを女神さまが叶えてくださったこと、と信じる人もいれば、ただの偶然、と考える人もいます。女神さまを信じる人々と、女神さまを信じない人々とで、戦争が起きることもありました。女神さまを信じない人たちが勝つと、神殿が壊されてしまいましたが、女神さまを信じる人たちが勝つと、壊された神殿がもういちど建てなおされました。
戦争のせいで、大陸ではたくさんの人が死んでいきました。もちろん、死ぬのは人だけではありません。戦争に巻き込まれ、四本足の動物も、たくさん、たくさん、傷つき、死んでいきました。
大陸の四本足の動物たちが死んでいくことに、女神さまは人知れず傷ついていました。そして、女神さまは人々に罰を与えることにしたのです。
女神さまは、戦争で死んでいったすべての生き物の悲しみと恐怖を集め、かき混ぜて、こねて、形づくって、まったく新しい生き物を生みました。それは、大きな塔のように巨大なものや、ありんこのように小さなものまでいましたが、皆、穴のような眼をして、人を食べたり、捕まえて飼育したり、無理やりつがいにしたり、あらゆる手段で人を傷つけ、苦しめ、殺してしまう生き物でした。
人々はその生き物を、魔もの、と呼び、恐れおののきました。神殿を壊す手を止め、神殿を建てなおす手を止め、人々は魔ものと戦いました。しかし、魔ものは信じられないほど強大で、残虐で、賢く、人々がどれほど一丸となって戦っても、ちっとも歯が立ちません。大陸で幸せに暮らしていた人々は、少しずつ数を減らしていき、それとは逆に、四本足の動物たちは、数を増やし、より豊かに生きるようになっていました。魔ものは、人以外の動物は決して傷つけなかったからです。
人々は絶望しました。絶望しながら女神さまに祈ったのです。どうか、人をお救いください。魔ものを大陸から取り除いてください、と。でも、女神さまは無視しました。いつしか、女神さまは四本足の動物の平和と繁栄を想いながら、永久に、眠ってしまいました。
人は滅亡してしまうのか、と、誰もがそう悟ったとき、奇跡が起きました。どこからともなく颯爽と現れた一人の青年が、救世主となったのです。青年の強さ、賢さ、勇敢さはすさまじく、腕に覚えのある者たちを率い、次々と魔ものを打ち倒していきました。
人々は青年のことを、尊敬と愛を込めて、勇者、と呼びました。勇者は大陸じゅうを巡り、魔ものを倒して回りました。そして、とうとう魔ものを、大陸の周りにある海へと、追いやったのです。魔ものは勇者の強さに恐れおののき、海の中へ逃げていき、二度と大陸へは戻って来ませんでした。
魔ものに囚われていた人々は、その多くが家族の元へ帰ることができ、人々は勇者と、勇者と共に戦った戦士たちを称えて、彼らのための神殿を建てました。勇者と戦士たちは大陸を巡り、平和が訪れたことを知らせてゆきます。勇者一行が来る、と聞きつけた村や町は、一行を歓迎するためのお祭りを夜通し開きました。
そして、勇者一行はとうとう王様と女王様のいる大きな街へ訪れ、魔ものの脅威が大陸から去ったことを告げたのです。王様と女王様はたいそう喜び、勇者一行に褒美を取らせることにしました。
勇者と共に戦った戦士たちは、それぞれ、金銀財宝を欲する者、地位を欲する者、名誉を欲する者、自由を欲する者、いろいろありましたが、それらすべては叶えられました。そして、王様と女王様には、勇者にそれらすべてを与えたうえで、さらに与えたいものがありました。
王様と女王様には子が二人います。一人は王位を継ぐ優しく賢い王子様、もう一人は、王子様の妹である、それは、それは、夢のように美しいお姫様です。王様と女王様は、頬を薄紅色に染めているお姫様を意識しながら、勇者に尋ねました。
“あなた様の願いはなんでも叶えましょう。大陸でもっとも美しい方を、あなた様は伴侶とする権利があります”
王様と女王様の言葉を、玉座の左側で聞いていたお姫様は、よろこびと恥ずかしさで、勇者の顔を見ることができず、顔をふせています。しかし、勇者はしっかりと顔をあげ、王様と女王様の言葉に、とても、とてもよろこびました。すぐさま駆け出し、王様と女王様の右側の玉座にすわる方の前にひざまずき、告げたのです。
“ひとめ見たときから、私の心はあなた様のもの。愛しております、殿下。どうか、僕の伴侶となってください”
王様と女王様、そしてお姫様は口をあんぐりと開けておどろき、勇者から求婚された当の王子様は、もっとおどろいていました。そうです、王子様も、優しく賢いだけでなく、妹のお姫様に負けず劣らず美しいのです。
王子様は、王様と女王様を見ました。王様と女王様は、なんと言えばいいのかわからず、ただ王子様を見つめることしかできません。王様と女王様は、すでに勇者に告げてしまいました。“あなた様の願いはなんでも叶えましょう。大陸でもっとも美しい方を、あなた様は伴侶とする権利があります”と。
王様と女王様、王子様とお姫様の思い描いていた、大陸でもっとも美しい方、と、勇者の思い描いていた、大陸でもっとも美しい方、が異なっていたとしても、今さら、宣言を覆すことはできません。お姫様は傷つき、わんわん泣きながら走り去ってしまいました。王様と女王様はお姫様のあとを追いかけ、残された王子様は、きらきらと輝く黒い眼で見上げてくる勇者の、差し出された手に手をかさね、微笑みながら、うなずくしかありませんでした。
勇者と王子様の結婚は、大陸じゅうに知らされ、人々はおどろきと共に祝福しました。多くの人が、腹のなかでは戸惑っていましたが、人々を救ってくれた勇者の決めた伴侶に、なにか言えるものなど、存在しなかったのです。王様と女王様も、複雑に思いながらも、勇者と王子様の結婚を祝福しました。勇者は共に戦った戦士たちに別れを告げ、王子様と旅立つことを望みました。王子様は泣く泣く家族に別れを告げ、勇者とふたり、旅立ちました。唯一の王位継承者となったお姫様は、涙を拭い、覚悟を決め、王冠を継ぎ、それは立派な王様になりました。
そして、旅に出た勇者と王子様は、大陸のいろいろなところを巡りました。どこへ行っても、勇者を称えるための神殿があり、ふたりは寝るところにも食べるものにも、困ることはありません。勇者にとって夜はあまりに短く、王子様にとっては、気が遠くなるほど長いものでした。王子様は勇者を心から尊敬していましたし、感謝もしていましたが、愛してはいなかったからです。でも、勇者にそのことは言えません。いずれ、時が満ちれば、きっと勇者を愛することができると、王子様は信じることにしました。
やがて、勇者と王子様は大陸の端っこ…海の近くまでやってきました。ごつごつとした岩と、紫色の砂でできた海岸に立ち、勇者は王子様の手をにぎりながら“恐ろしいですか?”と尋ねます。王子様は正直に、うなずきました。だって、この海の遥か水底に、おぞましい魔ものが今も生きているのですから。勇者は王子様の肩をしっかりと抱き、言います。
“私の唯一のひと、愛するひと。あなた様のことは、なにがあっても守り抜きましょう”
王子様は微笑みました。強く、賢く、勇敢な勇者を、王子様も愛するようになっていたのです。王子様は勇者のくちびるに、初めて自分からくちづけました。勇者は涙を流してよろこび、背負っていた剣を海岸に突き立てました。すると、勇者が剣を突き立てたところから海が真っ二つに裂け、道ができたではありませんか!
おどろきのあまり、声を失っている王子様を抱きかかえ、勇者は海の裂けた道を進んでいきます。波の壁を見上げながら、王子様は“どこへ行くのです?”と、勇者に尋ねました。勇者は“親たちに、あなた様を会わせたいのです”と答えます。ふたりが通ったあと、裂けていた海はもどり、二度と裂けることはありませんでした。
勇者は話します。自分を産んだ親は、魔もののつがいにされた、人である、と。魔ものである親と、産んでくれた人の親と、両方を愛している勇者は、産みの親のために人々を救いましたが、魔ものである親のことも想い、魔ものを滅ぼすのではなく、安全な海の中へ追いやる道を選んだのです。
魔ものはいろいろな姿をしていましたが、目だけは皆、黒い色をしていたことを王子様は思い出しました。
震えている王子様に気づき、勇者はさらに優しく抱きしめて微笑み、王子様のおでこにくちづけます。王子様は微笑み返し、勇者の肩をしっかりと抱き返すのでした。
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