平安☆セブン!!

若松だんご

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六、走れ蔵人、苦労人!!

(三)

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 ――こぬ人を まつほの浦の 夕凪に 焼くやもしほの 身もこがれつつ

 一見、藻塩を焼くのと恋に焦がれる身を重ねた歌。
 けどそれは、この世界にはないはずの、百人一首の歌。
 
 つまり、歌を詠んだ(ってかパクった)関白が転生者なのか?

 別に転生者が年配であってもおかしくない。オレぐらいの年齢でなきゃダメだなんてルールはない。
 身分があってもオッサンでも別に構わない。
 けど。

 (よりによって、関白かよ)

 マズい。
 誰に敵認定されても、「かかってこいやあっ!! ゴルアァ!!」と内心気勢を上げてたんだけど。それが関白に……、関白となると、「かかってこなくても結構でございます。はい。イキってごめんなさい」。ジャンピング土下座つき。
 だって、関白だぜ?
 この国を統べるのは、帝だけどさ。実際の権力を掌中に収めてるのは、関白。
 今の帝だって、先々代関白だった雅顕の祖父の娘、ようは雅顕の叔母の子だし。いわゆる摂関政治、外戚、閨閥政治ってやつ。雅顕の父親も娘、承香殿の女御を入内させ、次代の帝を生むように仕掛けていた。もちろん、今関白も同じ。姉の麗景殿の女御で失敗したから、妹藤壷の女御を入内させた。今の帝に子どもが生まれたら、またその子に雅顕か右近少将の娘が入内するんだろう。血が濃くなりすぎる不安はあるが、それが今の政治形態なんだから仕方ない。
 
 この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば

 この世界はオレの世界だもんね。満月のように、欠けることもない、最高のオレ様の世界だもんね――みたいな歌を詠んだヤツがいたが、今の関白の状態はそれに近い。いや、孫皇子が生まれてないから、満月一歩手前。とりあえず甥が帝なので、ほぼほぼ盤石。かったい石の上にお座りでやんす。
 そんな人に対して、ペーペー六位蔵人がどう太刀打ちすりゃあいいんだよ。
 関白が「あ、コイツ気に入らねえわ」ってなったら、明日にはペイッて内裏から追い出されちまう。追い出されたらまだいい。「あ、コイツ気に入らねえや」で、明日はゴロリとオレの体が鴨川の土手に転がって、頭がカプカプ流れていくかもしれねえ。頭と体、永遠の別れ。
 そんなおっそろしい権力の塊、関白。ソイツに目ぇつけられるとなると……。

 「どうしたの、兄さま。元気ないわね」

 いつものようにいつもの承香殿の東の廂。
 いつものようにいつもの果物剥き係。けど……。

 「柑子、嫌いなの?」

 今日のご進物は、柑子みかん。剥いてやらなくても、各自で剥ける。

 「いらないなら、わたしが食べてあげるけど?」

 「いる」

 考えるのをやめて、柑子の皮むきに集中。柑子は、尻の辺りに指をブスッと刺すと皮が剥きやすい。

 「なあ、彩子」

 「なに?」
 
 「本当にここに残らなきゃダメか?」

 刺した親指。そこから丁寧に、ゆっくりと皮を剥いていく。

 「ここに残って女御の恋愛を応援しないとダメか?」

 オレがここにいる理由。
 帝と女御の恋に気づいた彩子が、その行く末を見守りたい、応援したいと言い出したから。
 薄情と言われるかもしれないけど、オレにしてみれば、そんなのどうなろうと構わない。関白の願う通り藤壷の女御に子が生まれても、承香殿の女御が帝とラブラブになっても。そのせいで、誰がどうなろうと。

 「オレと一緒に、どこかの国に行くとか。そういうの、ダメか?」
 
 柑子から顔を上げ、彩子を見る。

 「どうしたのよ、兄さま」

 柑子を一房咥えたままの彩子の顔。

 「最近の兄さま、なんかヘンよ」

 「オレが変なのは、いつものことだろう」

 「うん、それはそうなんだけど……」

 あ、少し否定してほしかった。
 関白に目をつけられたオレ。オレがどこかに逃げたとしても、ゴロリと河原に転がることになっても、次にターゲットにされるのは彩子だ。オレがいなくなっても、彩子がオレからなにか聞いているかもしれない。そう思われたら、彩子も河原にゴロリの運命になってしまう。
 彩子をここに置いていくわけにはいかない。だから。だから――。

 ピュッ――。

 「ふぎゃっ!! さっ、彩子っ!?」

 うつむいた顔にかかった何か。目をこすり、顔をしかめながら彩子を見る。

 「しっかりしてよ、兄さま」

 彩子の手には、折り曲げられた柑子の皮。って、引っかけられたのは柑子の皮汁?
 どうりで、目がシカシカするわけだ。
 何度こすっても、目が痛い。涙出ちゃう。

 「仕事でどんな失敗をしでかしたのか知らないけど。兄さまらしくないわよ」

 いや、仕事で失敗したわけじゃなくてだな――。

 「兄さま。悩んでることがあるなら、ちゃんと話して。そりゃあ、わたしじゃ全然役に立たないかもしれないけどさ。それでも一人で悩んで抱え込まないでよ。せっかくの兄妹なんだよ? 少しぐらいは頼ってよ」

 「彩子――」

 「兄さまっていっつもそうだよね。何か知らないけど、一人でウンウングルグル悩んでさ。いきなりトチ狂ったこと言い出すの」

 「と、トチ狂っ――?」

 「悩んで煮詰まるぐらいなら、少しは相談してよ」

 「さや――ンガッ」

 開きかけた口に柑子、一房。彩子の指がねじ込んだ。
 
 「ねっ」

 ニッコリと笑顔つき。
 その笑顔を見ながら、ねじ込まれた柑子を咀嚼する。

 やっぱ、敵わねえな。

 「それに。わたしが頼りにならなくっても、他にも頼れる人はたくさんいるじゃない」

 「頼れる人?」

 「ほら、兄さまの子分? 弟子の武士とか、この間来てた検非違使とか」

 ああ、忠高と史人のことか。

 「それに。それにね……ま、雅顕さま……とか」

 おいこら、彩子。どうしてそこでポッと顔を赤らめるんだ? 伏せ目がちに、両手の指を組んだりするな。乙女チックすぎて気持ちわりい。

 「兄さまの悩みを雅顕さまにご相談して。その解決に向けて、お手を借りるの。そしたらさ、『彩子どのは、なんて兄想いの素晴らしい女性なのだ』って思っていただいて。そこから『そんな情の厚い方とこそ、恋を育みたいものよ』とかなんとか……。キャー!! やだもう!! わたし、どうしようっ!!」

 バシ、バシ、バシッ!!

 「たっ、ゲホッ、叩くな!! ゲホッ」

 勝手に妄想して照れるのはわかるが、照れてこっちの背中をバンバン叩くんじゃねえ!! 飲み込みかけた柑子、思いっきりむせた。

 「わかった。わかったよ。オレももう少しだけここで頑張ってみる」

 「なんかあったら、わたしも一緒に土下座してあげるから。安心して、兄さま」

 「オレが謝るのが前提なのかよ」

 「どうせ兄さまの悩みなんてそんなもんでしょ。にっちもさっちも行かなくなって、ドツボにハマってさあたいへん!! みたいな」

 「うわ、ひでえ」

 目尻に滲んだ涙を拭う。
 まったく。
 目はシカシカするし、喉は柑子のせいでイガイガする。
 散々な目に遭った。散々な励まし方。
 けど。 

 「ありがとな、彩子」

 その髪をクシャッと撫でる。
 キョトンとした彩子の、滑るような柔らかな髪。

 「兄さま?」

 ――腹が決まる。
 関白だろうが、なんだろうが、かかってきやがれ!! オレはここで全力で――
 「――わり。尾張。尾張の!!」

 「ひゃいっ!!」

 飛び上がった声が裏返った――って、なんだよ。おじゃる麻呂かよ。
 廂の間に立っていたのは、いつもの雅顕ではなく、極臈ごくろうおじゃる麻呂。
 なんでわざわざ承香殿に? そしてどうしてそんな肩で息してんだ?

 「お主、早う襲芳舎へ行くぞ」

 「へ? は? 襲芳舎?」

 「鳴神なるかみが参るのじゃ!!」

 鳴神?
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