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五、若き蔵人の悩み
(五)
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「じゃあ、さっそくだけど、兄さま。相談してもいい?」
「おい。そんな速攻で相談しなきゃいけないことが起きてるのかよ」
彩子の会わなかったのは昨日だけだぞ? それでもうすでに問題を起こしてるのか?
今朝まで続いてた頭痛がぶり返しそう。
「違うわよ。わたしが起こしたんじゃなくて、勝手に起きたの!!」
プンスカ。
彩子が頬を膨らませた。
「昨日の夕方ね、不思議な文が届けたれたのよ」
「文?」
「これよ、これ」
彩子が御簾内に置いてあった漆塗りの箱を取り出す。
「こうやって箱に入って届いたの。承香殿の新な女房殿にって」
「新な女房っ!?」
声がひっくり返る。
承香殿の新しい、新参者の女房って言ったら彩子しかいないが。
「こここ、恋文なのか? 恋文!!」
「兄さま、落ち着いて」
彩子にたしなめられる。
すまん。お前と恋文ってのがなかなかつながらなくて、つい動揺してしまった。
雅顕が、顔も見たことない藤壷の女房に「恋!!」したと言ってるように、「どこそこの姫、女性は、お手蹟も美しく、歌も上手く、髪もキレイで、焚きしめた香も品が良い」なんて噂が流れれば、それだけで「好きです!!」って恋文を送る。それだけの情報で、「あの姫は美人に違いない!!」と妄想を膨らませ、恋をする(らしい)。
――承香殿の恐ろしい女御のもとに、いとやたおやかな美しい女房がいる。女御の悋気に触れぬよう、日々怯え暮らしている。
とかなんとか、そういう噂でも出来上がってたのか? そんでもって、そんな過酷な境遇に耐え忍んでいる(と思われる)彩子に、「いと、あはれ」とかなんとかで、同情して想いを寄せてる――? 耐え忍ぶんだから、美人っていう大曲解。
どこからどう見てそういう「恋!!」につながる噂が出来上がって、誰かが思い慕うようになったのか知らないが、そういう血迷った公達が文を送ってきた。そういうことなんだろう。うん。
「それがね。わたしも『恋文!!』って舞い上がっちゃいそうになったんだけど。なんかおかしいのよ、それ」
「おかしい?」
彩子に促され、箱を開ける。
一番上には普通の白い紙に書かれた歌。
――みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ
みかの原を二つに分けて、湧き溢れて流れる泉川よ。いずみ(いつ見)たのか、私はあなたに逢ったことなどないのに、なぜこんなに恋しいのか。ぜひ、私と逢ってくださいませんか。
「――――――っ!!」
「それだけ見たら、会ったことないわたしに恋をしてくれた素敵な公達なんだけどね」
「お、おう」
動くことを忘れそうになった心臓が、大きく跳ねて少しだけ平常に戻る。
「見てよ、これ」
彩子がどけた白い紙の下には、色とりどりの料紙。
一番上に藤色の紙、二番目に淡香、三番目に浅緋色、四番目に聴色、最後、五番目に卯の花色の紙が重ねて添えられている。
「ねえ、これってどういう意味だと思う、兄さま。この紙を使ってお返事を書けってことなのかしら。それも五枚も使って」
普通にこれが恋文だったとしても、相手に返事を催促するように料紙を入れるのはおかしい。そもそも、恋文をもらったから「はいお返事!!」なんてこと、女性側はやらない。何通、何十通ともらって初めて、「仕方ないからお返事するわ」みたいな体で、(侍女とかに書かせて)そっけない返事を出すもの。こんなふうに「お返事ヨロ!!」みたいなものは、ドン引き以外のなにものでもない。
それに、お返事を出すとしても、歌だけじゃなく、選んだ料紙、添えた花、焚きしめた香で自分らしさを出して、それを受け取った男性側も「なんて素晴らしい姫だ!! ますます惚れた!!」ってなるんだから、紙がすでに選ばれてるってのもおかしな話だ。
「おかしな……おかしな文だな」
動き始めたオレの心臓。けど、拍動の速さは変わらない。
「そうなの。そうなのよ。お相手が誰かってのもわかんないし」
恋文にしては、相手を連想させる香も焚きしめられてない。流麗なお手蹟だとは思うが、筆跡なんて、見たことなかったら、誰かなんて判じることもできない。
「届けに来た者は? なにか言ってなかったのか?」
「それがね、小舎人童だったんだけど。これを置いたらピューッて走って帰っちゃったのよ」
なんじゃそりゃ。
名も告げない使者。
誰かのイタズラか?
承香殿の若い女房をからかって、初の恋文に舞い上がる彩子を見て楽しむ――みたいな。
ヒマな公達の考えた、くっだらない余興。
しかし。
(う~~ん)
歌と料紙を前に、腕を組む。
みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ
(これって、アレ……だよなあ)
ふざけた公達が思いついたってヤツじゃない。この歌、オレも知っている。
まあ、歌を思いつかなかった公達が、「代詠み、ヨロ!!」ってことで誰かに詠ませた可能性はないこともないけど。
たまたまひらめいたのが、オレの知ってるヤツと同じになっただけで、パクリとか引用、転載ではない、ただの偶然だったとも考えられる。
そして、料紙。
はじめに藤色、二番目に淡香色、三番目に浅緋色、四番目に聴色、最後に卯の花色の重ね。
薄い紫、白っぽい橙、明るい赤、濃い桃色、黄みかかった薄い桃色。キレイな色目だけど、夏の色じゃないよな、これ。どっちかというと春。
「ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな。ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな。ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな」
「兄さま、なに、ブツブツ呟いてんのよ」
「うるさいな、ヒントを探してるんだよ、ヒント」
「ひんと?」
首を傾げた彩子を放置。
この料紙は、返事をくれってことか? それとも、この料紙の色に意味があるのか? この順番に? 適当に重ねて入れたわけじゃない?
自分のセンスを誇るんなら、和歌を書きつけた料紙にもこだわったらいいのに、そこはどこにでもありそうな白い紙。香りもついてなければ、添えられた花もない。
だから、この色とりどりの料紙自体に意味があるんだと思うんだけど……。
「ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな。ふじ、うす、あさ、ゆる、うの。ふじ、う、あさ――!!」
「なんかわかったの? 兄さま」
「……彩子。この歌の返歌、絶対するなよ? 次にもらっても、絶対に対応するな。いいな」
「え? は? ちょっ、兄さま? 痛っ!!」
彩子が顔をしかめるほど、強くその肩を掴んで説得。
はじめに藤色、二番目に淡香色、三番目に浅緋色、四番目に聴色、最後に卯の花色。
――ふ、う、あ、ゆ、う。
フー、アー、ユウ。お前は誰だ。
これは、オレに宛てられた、オレにしかわからないメッセージ。
「おい。そんな速攻で相談しなきゃいけないことが起きてるのかよ」
彩子の会わなかったのは昨日だけだぞ? それでもうすでに問題を起こしてるのか?
今朝まで続いてた頭痛がぶり返しそう。
「違うわよ。わたしが起こしたんじゃなくて、勝手に起きたの!!」
プンスカ。
彩子が頬を膨らませた。
「昨日の夕方ね、不思議な文が届けたれたのよ」
「文?」
「これよ、これ」
彩子が御簾内に置いてあった漆塗りの箱を取り出す。
「こうやって箱に入って届いたの。承香殿の新な女房殿にって」
「新な女房っ!?」
声がひっくり返る。
承香殿の新しい、新参者の女房って言ったら彩子しかいないが。
「こここ、恋文なのか? 恋文!!」
「兄さま、落ち着いて」
彩子にたしなめられる。
すまん。お前と恋文ってのがなかなかつながらなくて、つい動揺してしまった。
雅顕が、顔も見たことない藤壷の女房に「恋!!」したと言ってるように、「どこそこの姫、女性は、お手蹟も美しく、歌も上手く、髪もキレイで、焚きしめた香も品が良い」なんて噂が流れれば、それだけで「好きです!!」って恋文を送る。それだけの情報で、「あの姫は美人に違いない!!」と妄想を膨らませ、恋をする(らしい)。
――承香殿の恐ろしい女御のもとに、いとやたおやかな美しい女房がいる。女御の悋気に触れぬよう、日々怯え暮らしている。
とかなんとか、そういう噂でも出来上がってたのか? そんでもって、そんな過酷な境遇に耐え忍んでいる(と思われる)彩子に、「いと、あはれ」とかなんとかで、同情して想いを寄せてる――? 耐え忍ぶんだから、美人っていう大曲解。
どこからどう見てそういう「恋!!」につながる噂が出来上がって、誰かが思い慕うようになったのか知らないが、そういう血迷った公達が文を送ってきた。そういうことなんだろう。うん。
「それがね。わたしも『恋文!!』って舞い上がっちゃいそうになったんだけど。なんかおかしいのよ、それ」
「おかしい?」
彩子に促され、箱を開ける。
一番上には普通の白い紙に書かれた歌。
――みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ
みかの原を二つに分けて、湧き溢れて流れる泉川よ。いずみ(いつ見)たのか、私はあなたに逢ったことなどないのに、なぜこんなに恋しいのか。ぜひ、私と逢ってくださいませんか。
「――――――っ!!」
「それだけ見たら、会ったことないわたしに恋をしてくれた素敵な公達なんだけどね」
「お、おう」
動くことを忘れそうになった心臓が、大きく跳ねて少しだけ平常に戻る。
「見てよ、これ」
彩子がどけた白い紙の下には、色とりどりの料紙。
一番上に藤色の紙、二番目に淡香、三番目に浅緋色、四番目に聴色、最後、五番目に卯の花色の紙が重ねて添えられている。
「ねえ、これってどういう意味だと思う、兄さま。この紙を使ってお返事を書けってことなのかしら。それも五枚も使って」
普通にこれが恋文だったとしても、相手に返事を催促するように料紙を入れるのはおかしい。そもそも、恋文をもらったから「はいお返事!!」なんてこと、女性側はやらない。何通、何十通ともらって初めて、「仕方ないからお返事するわ」みたいな体で、(侍女とかに書かせて)そっけない返事を出すもの。こんなふうに「お返事ヨロ!!」みたいなものは、ドン引き以外のなにものでもない。
それに、お返事を出すとしても、歌だけじゃなく、選んだ料紙、添えた花、焚きしめた香で自分らしさを出して、それを受け取った男性側も「なんて素晴らしい姫だ!! ますます惚れた!!」ってなるんだから、紙がすでに選ばれてるってのもおかしな話だ。
「おかしな……おかしな文だな」
動き始めたオレの心臓。けど、拍動の速さは変わらない。
「そうなの。そうなのよ。お相手が誰かってのもわかんないし」
恋文にしては、相手を連想させる香も焚きしめられてない。流麗なお手蹟だとは思うが、筆跡なんて、見たことなかったら、誰かなんて判じることもできない。
「届けに来た者は? なにか言ってなかったのか?」
「それがね、小舎人童だったんだけど。これを置いたらピューッて走って帰っちゃったのよ」
なんじゃそりゃ。
名も告げない使者。
誰かのイタズラか?
承香殿の若い女房をからかって、初の恋文に舞い上がる彩子を見て楽しむ――みたいな。
ヒマな公達の考えた、くっだらない余興。
しかし。
(う~~ん)
歌と料紙を前に、腕を組む。
みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ
(これって、アレ……だよなあ)
ふざけた公達が思いついたってヤツじゃない。この歌、オレも知っている。
まあ、歌を思いつかなかった公達が、「代詠み、ヨロ!!」ってことで誰かに詠ませた可能性はないこともないけど。
たまたまひらめいたのが、オレの知ってるヤツと同じになっただけで、パクリとか引用、転載ではない、ただの偶然だったとも考えられる。
そして、料紙。
はじめに藤色、二番目に淡香色、三番目に浅緋色、四番目に聴色、最後に卯の花色の重ね。
薄い紫、白っぽい橙、明るい赤、濃い桃色、黄みかかった薄い桃色。キレイな色目だけど、夏の色じゃないよな、これ。どっちかというと春。
「ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな。ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな。ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな」
「兄さま、なに、ブツブツ呟いてんのよ」
「うるさいな、ヒントを探してるんだよ、ヒント」
「ひんと?」
首を傾げた彩子を放置。
この料紙は、返事をくれってことか? それとも、この料紙の色に意味があるのか? この順番に? 適当に重ねて入れたわけじゃない?
自分のセンスを誇るんなら、和歌を書きつけた料紙にもこだわったらいいのに、そこはどこにでもありそうな白い紙。香りもついてなければ、添えられた花もない。
だから、この色とりどりの料紙自体に意味があるんだと思うんだけど……。
「ふじ、うすこう、あさあけ、ゆるし、うのはな。ふじ、うす、あさ、ゆる、うの。ふじ、う、あさ――!!」
「なんかわかったの? 兄さま」
「……彩子。この歌の返歌、絶対するなよ? 次にもらっても、絶対に対応するな。いいな」
「え? は? ちょっ、兄さま? 痛っ!!」
彩子が顔をしかめるほど、強くその肩を掴んで説得。
はじめに藤色、二番目に淡香色、三番目に浅緋色、四番目に聴色、最後に卯の花色。
――ふ、う、あ、ゆ、う。
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