平安☆セブン!!

若松だんご

文字の大きさ
上 下
18 / 36
四、モノグサ蔵人捕物帖

(三)

しおりを挟む
 「へえ。自ら悪者を捕まえる明法家ねえ」

 「変わってるだろ」

 いつものように訪れた承香殿の東の廂。
 そこで話のネタに史人のことを使う。
 検非違使は検非違使でも、明法家の出の史人は、連れてこられた罪人を裁く立場にある。間違っても、自分から罪人を「うぉりゃあっ!!」と捕縛しに行く身分じゃない。

 「でも、嫌いじゃないわ。そういう人」

 オレも彩子と同じで、その活発さ、正義感は買っている。

 「なんでも、河原院に出るっていう百鬼夜行も自分で捕まえるって意気込んでてさ」

 「百鬼夜行? 出るの?」

 「らしいけど……。こら彩子。見に行きたいって言うなよ?」

 「言わないわよ。……興味はあるけど」

 語尾の「……」の先が怖い。コイツ、「行ってもいいよ」なんて許可したら、絶対すっ飛んでくんだろうな。

 「兄さまはそういうの興味ないの?」

 「ない。そういうのに関わってるヒマがあるなら、オレは屋敷でゴロッとノンビリ寝てたい」

 「……兄さま。そんなんじゃモテないわよ?」

 「いいんだよ、オレは。もうしばらく独身を謳歌するつもりなんだから」

 「独身を謳歌するんじゃなくって、お相手がいないから、独身でいるしかないんじゃないの?」

 「うるさいな。どっちでもいいだろ」

 オレが反論したところで会話が途切れる。気まずくなったとかそういうのじゃなくて、ただ単に目の前の枇杷に手を伸ばし始めたから。
 あの時、市で買った瓜は、史人とオレで消費してしまったので、出仕する前に、新たに買い求め直した。市で枇杷売りが枇杷売りに来て枇杷売れず、枇杷売りながら帰るのはかわいそうなので、枇杷いくつか買ってやった。(早口言葉にならず、残念)
 今日は、忠高は任務中だとかでついてきていない。だから買ってきた枇杷は、オレと彩子、二人で食べる。
 枇杷は皮が薄いので、爪で皮を剥いてそのまま食べられる。(もちろん種は食べない) 上品に食べたかったら、ヘタとは反対側、尻の方に十字の切れ込みを入れて皮を剥く。(もちろん種は取り除く)
 オレが爪で、彩子が小刀で皮を剥いて食べてるんだが……。なぜだろう。彩子の残した種のほうがオレより多いんだけど?

 「兄さま、遅い」

 うるせいやい。オレはお上品最上級、皮を剥いて切り分けて、その上種も除いて器に盛ってもらったのを食すのが流儀なんでい。

 「やあ、彩子どの、成海。庭先から失礼するよ」

 ゲッ。

 「ああ、彩子どの。どうか、今日はそのままで。その愛らしい姿を見せてくれないかい?」

 いきなりの雅顕登場に、御簾内に逃げ込もうとした彩子が停止。「愛らしい」の部分が功を奏したみたいで、ふりかえった彩子は、「わたし、愛らしい?」みたいなキュルンッとした顔をしてる。――枇杷の盛られた器を抱えてるくせに。

 「で、中将どのは何をしにいらしたのですか?」

 「ああ、歓談中にすまないね」

 「いえ……」

 なぜか、雅顕への返答がぶっきらぼう、つっけんどんになったオレ。なぜだ?

 「少し成海を借り受けたいと思ってるんだが……、彩子どの。お借りしてもよろしいかな?」

 「はい、喜んで!!」

 こらこらこらこら、待て待て待てーい!!
 勝手にオレの答えを聞かずに借りんな!! 貸し出すな!! 即答すな!!

 「ありがとう。助かるよ」

 オレの意見など聞かずに、勝手に賃借契約成立。
 って、あれ? どうして雅顕の後ろに忠高が立ってるんだ? それもメッチャ神妙な、どっちかというと青ざめるのを我慢したら余計に冷や汗でてきましたみたいなかんじで、頑張って口を引き結んでいる。
 今日は仕事だ、任務だって言ってたけど、それって雅顕のお供だったのか?

 「今宵、亡き曽祖父さまの屋敷に出向きたいと思っているんだが。成海も供についてくれないか?」

 「曽祖父?」

 オウム返しになったオレの問いかけに、ニコッと笑った雅顕。コイツの笑顔ってさ、絶対ロクなことねえんだよな――って、待て。コイツの曽祖父っていやあ、あの……。

 「六条河原院だよ」

 やっぱりいぃぃっ!! 悪い予感、大当たりぃぃっ!!

 「百鬼夜行ですかあっ!!」

 こわばったオレにのしかかるようにして、彩子がワクワクと身を乗り出した。

 あー、なるほど。忠高の表情の訳がよぉくわかった。グエ。

*     *     *     *

 六条河原院。
 
 かつての左大臣源 兼顕みなもとのかねあきの屋敷。
 源と言っても、忠高の源氏の武士と血の繋がりは、遠くかすかにならあるかもしれないが、まあ、赤の他人と言ってもおかしくない程度。時の帝の子で、臣籍降下したげんさんなので、藤原家の雅顕の方が近かったりする。その源さんの末娘が、雅顕の父親、先の関白と今関白の母。雅顕のばあちゃんってわけ。
 
 で、その雅顕の曾祖父ちゃん、源左大臣が造ったのが、「六条河原院」。
 当時のあらゆる贅を尽くして建てたものなんだけど、今は誰も住んでなくて、廃墟となっている。
 そんな豪邸なのに、どうして住まないの?
 末裔の誰かが受け継いで暮らしたらいいのに。

 「なんでも近頃は、河原院のあたりに、夜な夜な百鬼夜行が出るそうでね。ボウッと灯る炎が宙に揺らめき、異形のものたちが怪し気な呪を唱えながら徘徊するそうだ」

 「はあ……」

 固まる忠高。「それで?」とワクワク気味の彩子。

 「一行の中心にいるのは、古い網代車。いや、朧車かな。そこに亡き曽祖父どのが座しているらしい」

 「え? あの方は屋敷の中におられるのでは?」

 河原院に誰も住みたがらない理由。
 それは、「河原院には、亡き源左大臣の幽霊が出るから」。
 亡くなった後も幽霊となって、「この屋敷はワシのものじゃ!!」と化けて出てくるという噂。息子や孫が住むことも許さず、浮浪者なんかが雨露しのぎに泊まろうなんてすれば、「不埒者!!」ってことで頭からバリバリ喰われるってんだから恐ろしい。
 なので絶賛廃墟中なんだけど。
 百鬼夜行を従えて周囲を徘徊するってなると、どれだけ自宅警備に余念がないんだって思ってしまう。

 「一行に怯え逃げ出せば何も起こらないが、勇ましく後を追いかけたりすると翌朝には無惨な姿で大路に転がることになるらしい」

 ゲ。

 彩子が「まあ」と口元を袖で隠したけど……。お前、どっちかというと「まあ♡」のほうだろ。怯え、後ろに下がるんじゃなくって前のめり状態。目が輝いてる。

 「捕まえようにも、なにせ相手は鬼、妖怪のたぐいだ。検非違使たちも怯え、なかなか退治にいたらないそうなんだ」

 「はあ……」

 約一名、躍起になってる無鉄砲検非違使を知ってますけど?

 「それで、別当どのも相当困っていてね。曾孫である私のところに話を持ちかけてきたんだよ」

 だからって、なんでその話をオレに?
 ってかそれを見に行きたいって、アンタも彩子と同じ思考なのかよ。

 「なんでそれにオレがつき合わなきゃいけないんですか。そういうのは、僧都か陰陽師の管轄では?」
 
 「オン、ナントカ、ウンチャラカンチャラ、ソワカ、キェエェーイッ!!」でジャラッと数珠。それか「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!!」でビシッと九字。
 あとは、武士もののふの刀で一刀両断!! だけど、まあそれは忠高には無理そうだし。卒倒してひっくり返りそうだから、そこは言わないでおく。
 とりあえず、六位蔵人の管轄でないのはたしか。
 僧都とか阿闍梨とかと陰陽師を一個大隊で連れていけば解決するのでは?

 「もちろん陰陽師も連れて行く。忠高もね」

 え? 連れてかれるの? 忠高。
 縦が横でも斜めが縞でも。命令には絶対服従、武士の悲哀を感じた。かわいそうに。

 「ただその陰陽師が言うには、もう一人、知恵ある者を連れて行ったほうがいいと言うのでね」

 「それでオレ……ですか?」

 「そう。なんたってキミは、宴の松原の怪異の正体を見破った、数少ない賢者だからね」

 ………………。
 やめときゃよかった。
 賢者なんて持て囃されても全然うれしくない。ニッコリ褒められても、全然喜ばしくない。

 「中将さま!! こんな兄ですけど、どんどん使ってやってください!!」

 え? こら、彩子!!

 「知恵なんてどこにあるのか知りませんけど。頭だけで足りなかったら、盾にしてもらって構いませんから!!」

 ちょ、ちょ、ちょっ、待て、待て、待て!!
 勝手に決めて、貸し出そうとすんな!!
 背中、グイグイ押し出すな!!
 
 「ありがとう、彩子どの」

 雅顕も勝手に受け取るな!!

 「いい、兄さま。雅顕さまに喜んでいただくためにも、精一杯ない知恵絞って働いてくるのよ」

 後ろから彩子が囁く。

 「これもときめけ承香殿の一環よ!! 雅顕さまのために一生懸命役に立って、こちらにおっぱいお越しいただくんだからね? 藤壷になんか行かせないんだから!!」

 こら待て、彩子。オレはお前の恋路のために働かされるのか?
 オレが雅顕の役に立つ。すると、雅顕もオレ……というより、オレを貸し出した彩子に感謝するようになって、承香殿を足繁く訪れるようになる? なるのか? なれるのか?
 そう上手くいくとは思い難いけど、まあ、ここは一つ。

 「わかったよ。頑張ってくる」

 軽く頭を掻いて、姿勢を正す。
 かわいい妹のためだもんな。妹のためならエーンヤコーラ、だ。
 というか、ここで「イヤだ」ってぐずってたら、彩子が「わたしが行く!!」って言い出しかねないし。そうなったら尾張にいる親父どのが泡吹いて倒れる。
 
 「でも、万が一。万が一、なんかあったら即座に逃げ出すからな?」

 忠高ほどじゃないけど、オレだってすっげえ怖いんだからな? なんかあったら骨の回収、頼むぞ。

 「大丈夫よ。その時はわたしが鬼を蹴っ飛ばしてやるから」

 うわ。
 それはやめてください、彩子さん。ホント、やりかねないから恐ろしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...