ボクの妹は空を飛べない。~父さんが拾ってきたのは“人間”の子どもでした~

若松だんご

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二、明時。 (あかとき。夜が明けようとする時。夜明けの頃)

(一)

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 朝早く、空を高く飛ぶのは気持ちいい。
 有明の、日が昇るかどうかの時、森に残った夜の影を払うような光と風。その涼やかな風を羽根に受けて飛び立てば、体だけじゃなく、心まで清々しく清められるような気がする。
 木々の枝葉の隙間から、いくつもの白い光の筋が広げた翼に届く。少し湿った森の土の薫りを乗せた風。それを胸いっぱいに吸い込み、軽く翼をはためかせる。
 頭上の空はまだ濃い藍色なのに、東の空は、朱と黄金こがねと白と浅葱あさぎを、幾層にも重ね合わせる。きっと今日は抜けるように青い晴れになる。そう予感させる空色あまいろも混じっている。

 広げた翼をバサリと動かす。
 日が昇ってしまえば、この景色は一変する。その前に、空に上って、この生まれたばかりの世界を堪能たんのうしたい。
 鳥人族は、早起きが多い。夜明けを待ちわびていたのは、ボクだけじゃない。鳥人たちは、その日が嵐でもない限り、誰もが空を舞い、夜明けを楽しむ。明時の風は、鳥人たちが好む、なによりの風だった。
 けど。

 「お前、起きたのか」

 チッと、舌打ちしたくなる。
 社の先、きざはしの縁に立ったボクの後ろには、いつの間にか、ちょこんと付いてきた人の子。飛び立つジャマにならない程度に後ろに。でも、「飛んでいっちゃうの?」みたいな目でこっちを見てくる。

 いっしょに飛ぶか?

 そう言って手を差し出したらいいのかもしれない。この子を抱いて、空に舞い上がれば。
 でも。

 なんで、ボクが一緒に飛ばなきゃいけないんだ?

 せっかくの気持ちいい朝の風。飛ぶのなら、一人でゆっくり空を舞いたい。空でぐらい、一人になりたい。
 だから、コイツが寝ているスキに、コッソリ抜け出してきたっていうのに。

 「おはよう、ハヤブサ、いい風の日だね」

 「なんだよ、ハヤブサァ。お前、飛ばないのかよぉ」

 空の高い所から声がする。カリガネとノスリだ。

 「おっと。なんだ、嬢ちゃんもいたのか。おはよ」

 バサリと翼をたたんで、ノスリがきざはしに降り立つと、人の子の顔を軽くのぞきこむ。

 「なんだよ、〝嬢ちゃん〟って」

 「〝嬢ちゃん〟は〝嬢ちゃん〟だろ?」

 答えになってないノスリの答え。ノスリがニッコリ人の子に笑いかけるけど、人の子はビクッと体を震わせただけだった。

 「族長の息子であるキミの妹なら、鳥人族にとってこの子は、〝お姫さま〟でしょ。だから〝お嬢ちゃん〟。〝おひいさま〟とどっちがいいか、ノスリと悩んだんだけど、こっちのがいいかなって」

 ついで舞い降りたカリガネ。彼も人の子に微笑みかけるけど、人の子は固まったまま。

 「コイツは、〝おひいさま〟でも〝嬢ちゃん〟でもない! ボクの妹だなんて、勝手に父さんが決めただけだ!」

 父さんが勝手に決めて、勝手に置いていっただけ。
 ボクと血が繋がってるわけでもなければ、ボクと同じ翼を持ってるわけでもない。
 
 「えー、でも、このおやしろで暮らしてるし。ねえ……」
 
 「おやしろで暮らせるのは、族長とその家族だけだから。なあ……」

 カリガネとノスリが互いの顔を見る。

 「なら、呼びやすいように、ハヤブサが名前つけてあげてよ」

 は?

 「そうだよ。いくら本当の名前がわかんねえからって、〝アレ〟とか〝コイツ〟とかかわいそすぎるだろ」

 は?

 「なんでボクが」

 「お前が兄ちゃんだからだろ」
 「キミがお兄さんだからだよ」

 ノスリとカリガネの声が重なった。

 「おさがいないのなら、お兄さんであるキミが名付けてあげないと」

 「このままじゃ名前、〝ヒトノコ〟になっちまうぞ」

 「いいじゃないか、〝ヒトノコ〟でも」

 どうせそのうち人の里に返すんだし。名前なんて、あってもなくっても適当でも。

 「ダメだよ」
 「ダメッ!」

 また重なった。

 「ヒトノコ姫って言いにくいじゃん!」

 とノスリ。

 「もしキミが人の里で助けられたとして、『名前はトリスケ!』って決められて納得するの? キミは怒らないの?」

 理詰めのカリガネ。

 「じゃあ、お前らが付けてやれよ」

 「ダメだよ。これはキミの仕事だよ、ハヤブサ」

 「そうだぞ。この子らしくて呼びやすい、いい名前を付けてやれよ」

 人の子をかばうように、守るように、その脇で片膝をついた二人。なんかこっちが悪者になったような気分。

 「う、うるさい! うるさい! うるさいっ!」

 バサッと翼をはためかせ、空に舞い上がる。

 「あ、逃げたな。アイツ」

 「ごめんね、あんなお兄ちゃんで」

 ノスリがこちらを見上げ、カリガネが人の子の頭を撫でる。

 うるさい! うるさい! うるさい!
 ボクは、そんなチビを妹だなんて、まだ認めちゃいないんだからな!
 見ろ! あのチビに関わってたせいで、空がこんなに明るく焼いたような赤色に染まっちゃったじゃないか。

 遠ざかるきざはし
 残った三人の眼差しを振り切るように、クルリと背を向け、朝焼けの空へと飛んでいった。
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