上 下
21 / 44

第21話 ドレスは乙女の戦闘服。

しおりを挟む
 「舞踏会……ですか」

 殿下から告げられた言葉を反芻する。

 「そうだ。明後日の夜。突然で申し訳ないが、参加してほしい」

 ですよね。だって、お嬢さまは、ローゼリィさまは殿下の婚約者ですもんね。参加しないなんて言えませんよね。

 「わかりました。参加させていただきます」

 こうなったら、腹をくくってがんばるしかない。
 自分なんかが参加していいのかって思わないでもないけど、それもこれも、お嬢さまや皆さまのためだ。精一杯、お嬢さまのフリをしなくっちゃ。

 「お前、ダンスは出来るのか?」

 横から口を挟んだのはアウリウスさま。
 その心配はごもっともだ。
 だって。

 「村の祭りでしか踊ったことがありません」

 「それ、威張って言うことかよ」

 エヘンッと、軽く胸を反らしたあたしに、ルッカさまがツッコんだ。

 「……特訓だ」

 へ!?

 「舞踏会で、殿下に恥をかかせないためにも、今すぐ特訓だ」

 「うえええっ!?」

 アウリウスさま、怖いですっ!! 
 恥をかかせないためにってのはよくわかるし、ダンスを教えていただけるのはありがたいんですけどっ!!
 「特訓」って言葉が、ものすごく怖い。

 お、お手柔らかにお願いします。――無理だろうけど。

*     *     *     *

 そして始まる、さっそくのような猛特訓。
 殿下は、授業に参加されるために部屋を出ていかれたけど、あたしは仮病でズル休みさせられた。
 もちろん、ダンスの練習をするため。

 「ルッカ、音楽を頼む」

 一緒に残ってくださったルッカさまが、ヴァイオリンを構える。
 ううう。逃げ場ナシ。

 「最初の一曲、ワルツだけでも踊れるようにならなければな」

 アウリウスさまに、グイッと腰を抱えられた。
 てっきり殿下と練習(特訓とは言いたくない)させられるのかと思ったけど、お相手はアウリウスさまだった。
 はじめっから殿下がお相手だと、殿下のお御足が腫れてしまうからだとかなんとか。ヒドい。

 「最初は足を踏んでもかまわない。こちらのリードに合わせて、ステップを覚えろ」

 そう言われて、ルッカさまの奏でる音楽に乗るように動き出す。
 1、2、3。1、2、3……。
 前に引っ張られ、後ろに下がって、右へ、左へ。
 次にどう動けばいいのかわからない。おまけに、スカートをふんわりしてみせるために着けてるクリノリン。これのせいで足元がまったく見えない。
 で、どうなるかというと。

 1、2、ゴツッ!! 1、ギュムッ!! ドスッ!!

 蹴る、踏む、そしてぶつかる。
 あわわわわ。
 やってしまったことに、焦れば焦るほど、次の攻撃をしかけてしまう。
 アウリウスさまのお顔を見るのが怖くて、見えない足元にずっと視線を落とす。

 「うつむくな。顔を上げろ、こっちを見ろ。笑え。お前に踏まれたぐらいでどうにかなる足ではない」

 そうは言っても、顔っ!! 顔、怖いですっ!! 絶対、怒ってるっ!!
 
 ギュムッ……!!

 ああっ、またやっちゃい……。

 「うわあああっ!!」

 ナニコレ、ナニコレッ!!
 しっ、視界がっ!! 身体が回るぅっ!!
 ストンと下ろされて気づく。あたし、アウリウスさまの足の甲に乗ったまま、グルンと一回転させられてた。

 「少しは気がほぐれたか!?」

 え、いや。ほぐれるより、驚きでグラングランします。目まいしそう。

 「足りなかったら、もう一度だ」

 うえっ!?
 今度は、腕と腰を引っ掴まれただけで、グルンッと回った。

 ひぃええええっ!!

 右へ、左へ。
 踏めば踏んだだけ、グルングルン回される。
 ダンス酔いしそう。

 「あーあ。アレ、完全にオモチャにされてるね」

 ヴァイオリンを弾く手を止めた、ルッカさまの呟きが聞こえた。

*     *     *     *

 あたしがダンスの練習でグルングルン目を回している間にも、舞踏会の準備は着々と進められていく。
 殿下からは、「愛する君へ」なんていうメッセージ付きでドレスが贈られてきた。

 「殿下には、リュリのダンスは壊滅的だと報告しておく」

 散々、あたしをふり回したアウリウスさまは、ため息混じりにそう言っていた。
 まあ、彼の脛に散々青あざを作っただろうから、仕方ないっちゃあ仕方ないけど。
 舞踏会当日は、学園に登校しても、みんなソワソワと落ち着かなかった。
 だって。

 「この舞踏会で、ステキな殿方とお知り合いになれるかもしれないんですもの」

 「ローゼリィさまのように、ご婚約者さまがいらっしゃれば別ですけど」

 「学園卒業までに、出来ればそういう殿方と出会いたいものですわ」

 なるほど。
 学園を卒業となれば、ご領地に戻られる令嬢もいらっしゃる。王都に出てきて社交界に参加すれば、男女の出会う機会は増えるけど、それまでに親密な関係になっておいたほうが、何かと便利だろう。
 もしかすると、学園卒業と同時に、婚約、いや、結婚なんてこともありうるし。
 15の自分には、いまいちピンとこないけど、皆さま、それぞれの未来にむけて、いろいろと大変なのだろうと勝手に解釈する。
 その日の授業は午前で終了し、夕方から始まる舞踏会のために、家路につく。
 あたしも、お屋敷に帰ると、メイドさんたちに手伝ってもらいながら、殿下にいただいたドレスを身につける。
 ドレスは、お嬢さまの容姿に似合うような、サテン生地の目の覚めるような、鮮やかな青色だった。その上からかけられた繊細な白いレース生地がそのハッキリしすぎる印象を、いくぶんか柔らかく見せている。お嬢さまの白くほっそりしたデコルテを見せつけるように、襟ぐりは大きくゆったりと開いている。そこに、レースと同じ色合い、真珠のついたチョーカーを身に着ければ、豪華なドレスと相まって、お嬢さまの魅力を最大限に引き出してくれる。
 腕には肘まで隠れるような長い手袋。
 豊かなハニーブロンドの髪を青いリボンと真珠のついた髪飾りで結い上げる。ただのまとめ髪では素っ気なさ過ぎるから、その毛先は軽くカールをつけて、背中にむけて垂らしておく。
 いい香りのする扇子も持って鏡に映せば、完璧すぎるお嬢さまのお姿がそこにある。

 「まあ、これがあたし?」

 なんて、どこかのおとぎ話の主人公みたいに驚くヒマはない。
 今だって、胸を触れば、ベコンと音を立ててドレスはへっこむし、金の髪だって、魔法が解ければさえない砂色に戻ってしまう。
 この姿は見せかけ。 
 あたしは、お嬢さまの身代わり。

 「うぉっしゃあぁっ!!」

 パンパンッと頬を叩き、およそ舞踏会に出かけるにはふさわしくないかけ声をかけて、気合いを入れる。
 お嬢さまのために、手伝ってくださってる皆さまのために。
 あたしは、最高のお嬢さまを演じなくてはいけない。
しおりを挟む

処理中です...