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第19話 どんぐりどんぶりこ。

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 ――守護獣の名前はセルヴェスティ。 

 そう、殿下が教えてくださった。
 そして新たに、あたしのためにと、メモを作ってくださった。
 
 「攻略対象者
 ・ 王太子殿下 ナディアード
 ・ 殿下の護衛騎士 アウリウス
 ・ 殿下の従者 ルッカ
 ・ 学園の講師 レヴィル
 ・ 神殿の神官 オーウェン
 ・ ミサキの幼なじみ ライネル
 ・ ミサキの守護獣 セルヴェスティ 」

 これぐらいの言葉なら、あたしでも読むことが出来る。

 「でも、どうしてミサキさまは、『セルヴェ』という名前に、あそこまで驚いたんでしょうか」

 恐れ多くも、聖女さまの守護獣の名前を使ってしまった。知らなかったこととはいえ、普通なら、「不遜だ」とかお叱りを受けそうなのに。

 「そのことなんだが……」

 殿下が、執務机に肘をつき、両手を組んだ。

 「ミサキの連れているはずの守護獣、セルヴェスティ。彼は、未だ、この国に現れていない」

 「ええっ!?」

 「ローゼリィの残したメモによれば、もう少し手前の時期、ローゼリィが領地に向かったころにはミサキのそばにいるはずだったそうだ」

 ゲームでは連れているはずだった守護獣がいない。そのせいでお嬢さまは、ミサキさまの名前のこともあって、彼女が「転生者」であることに気づくのが遅れたらしい。

 「じゃあ、守護獣はどこに……」

 「わからん。そもそも守護獣を連れていることも、聖女である条件の一つなのだが」

 ミサキさまが、とんでもない癒しの力の使い手なのは知っている。王都に出てくる前、聖女とみなされる前に、故郷の村で洪水が起こり、ケガで苦しむ村人たちを一気に治した。その時、ミサキさまはそのお体に聖痕が現れた。というのが、ミサキさまが聖女として神殿に認められた理由。
 奇跡の癒し手。聖なる紋様をその身に持つ聖女。
 だけど、それだけで聖女と、盲目的に認めることが出来ないらしい。治癒魔法というだけなら、この学園にも使い手がいる。
 そのあたりの事情もご存知だから、あんなに必死なお顔で、セルヴェを見てたのかな。そして、セルヴェがリスだったから、落ち込んでみえた。
 どこにいるんだろう。守護獣さま。
 最高の癒し手である、清らかなミサキさまの傍らにたたずむ守護獣。
 きっと、獅子に近い風貌で。ふさふさとした真っ白なたてがみは、時折光を弾いて煌めいていて。鋭い眼光は、ルビーのように真紅に違いない。

 ……って。あれ!?

 なんか、そんな姿の獣を見たことがあるような気がする。
 う~ん。どこでだったかな。思い出せないけど、見た、という記憶はある。

 「この先、ひょんなことで現れるとも限らない。しばらくは、ミサキ嬢ともども、様子を見ていくつもりだ」

 殿下のお言葉に、アウリウスさまとルッカさまが頷く。
 こういう時、皆さまがお味方になってくださったのは、本当にありがたい。

 「よろしくお願いします」

 頭を下げるあたしの肩で、セルヴェが顔を洗うような仕草をした。

*     *     *     *

 その日の午後。
 学園が終わってからあたしは、公園に出かけた。
 セルヴェを飼うと決めたからには、そのエサを用意しなくちゃいけない。エサになるドングリ。あの公園ならたくさんあるに違いない。
 帰りの馬車でそのことをルッカさまに伝えると、「家の誰かに用意してもらえばいいのに」と言われたけど。

 ――ペットのリスちゃんの餌となるドングリを拾ってきなさい。これは命令です!!

 なんて、お屋敷の人たちに言えるわけがない。
 あたしが勝手に飼いたいと言い出したことだし。お嬢さまのペットならともかく、あたしのことで従者さんやメイドさんたちの手を煩わせてはいけない。下っ端侍女ごときが、そんなのおこがましすぎる。
 屋敷に戻って、いつものあたしの服装に着替える。
 ルッカさまも手伝うと申し出てくれたけど、お断りしておいた。送迎におつき合いいただいただけでもじゅうぶんだもん。ドングリぐらい、自分ひとりで拾えるし。
 お嬢さまがドングリを拾ったらビックリだけど、あたしなら問題ない。

 (さて、と……)

 手にした小さなカゴ。
 これになるべくたくさん、集めなくては。
 と言っても、どれがドングリの木なんだろう。パッと見ただけでは見分けがつかない。
 あたし、地方育ちだけど、そういう遊びとかしたことないんだよね。お城で育ったし、大きくなってからは、ずっとお嬢さまにお仕えしてたし。

 (う~ん……)

 とりあえず、セルヴェを拾ったあの辺り……かな?

 「よお。昨日のお嬢ちゃんじゃないか」
 
 地面ばかり見ていたあたしに、声が降ってくる。

 「どうした? 捜しものか?」

 「あ、昨日の」

 あたしの髪に引っかかったセルヴェを助けてくれた人だ。
 ニカッと笑った顔が、とても印象的だった。

 「この子の、エサになりそうなドングリを捜しているんです」

 肩に乗っかったままのセルヴェを指さす。

 「へえ、ソイツ、飼うことにしたんだ」

 「はい。スゴいなついてくれたので」

 男性の手がセルヴェを撫でる。セルヴェは、嫌がることなく顎を撫でさせていた。

 「動物、好きなんですか!?」

 「ん~、まあな。俺、地方の田舎で育ったからなあ。動物は身近な存在だったんだ」

 へえ。仕事か何かの都合で王都に出てきたんだろうか。

 「お嬢ちゃん一人じゃ大変だろ。手伝ってやるよ」

 そう言うと、男性が少し離れた場所に行って、転がっていたドングリを拾い始める。

 「え、でも、そんな」

 手伝ってもらうなんて、申し訳ない。

 「大丈夫だよ。ってか、お嬢ちゃん、ドングリのなる木、わかってないだろ」

 うっ。図星。
 わかんないから、全部の木の下を捜してた。

 「このままじゃ、エサを見つけられないまま、日が暮れるってこともありそうだしな」

 ううっ。

 「……ありがとうございます」

 この場合、好意は素直に受け止めたほうがいいんだろうか。
 どういたしましてと、男性が笑う。その屈託のない顔は、近所のお兄ちゃんといったかんじで、不思議と親しみが持てた。
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