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第3話 お嬢さまらしく。オホホホ、ホ……!?

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 お嬢さまがお通いになっている、「王立学園」。
 王侯貴族の子女が適齢期になると通うことになる学園。
 この国の貴族以上、身分のある方は大なり小なり魔力を持っている。それを使えることが貴族の条件の一つであり、そのため、この学園で魔法について学ぶのだという。
 だから。
 この学園に通うのは、貴族以上の人たちばかりなわけで。

 (ひぃえええええっ……!!)

 乗りなれた馬車から降りただけで足がすくむ。
 今まで、お嬢さまのお付きで通っていた学園だけど、今は、あたしがお嬢さまなわけで。

 「ごきげんよう、ローゼリィさま」

 「今日も、いいお天気ですわね」

 「ローゼリィさま、後で、お茶をご一緒しませんか」

 話しかけてくる人全部、貴族のお嬢さまだあああっ!!
 それに対して、にこやかに「ごきげんよう」とか、「それは、ステキですわ」とかお返事しなくっちゃいけない。
 それも、優雅に滑るような足取りで、ドレスの裾を踏まないように歩かなきゃいけないなんて。
 うう。拷問。
 いつものように、お付き侍女の控室に向かうわけにはいかなくて。いつものように、頭を下げながら、すみっこを通り過ぎるわけにもいかなくて。

 (お嬢さま、早く帰ってきてくださ~いっ!!)

 初日から泣きそう。
 それでも、授業の時、座学はまだいい。
 じっと座って、理解出来ようと出来まいと、淡々と時間が過ぎていく。
 問題は、その合間にある休憩時間と、実技の授業。
 この学園、貴族相手だからか、やたらと休憩時間が長い。
 午前に一時間、午後に一時間。お茶の時間がしっかりと組み込まれている。
 今までは、その時間のたびに勉学でお疲れのお嬢さまのためにお茶をお淹れしたり、ドレスや髪形をセットし直したりですんだのだけど。

 「今日のお召し物、とっても素敵ですわ」
 「その髪飾りも。ねえ、どちらのお店で仕立てられたのですか?」

 テラスでのお茶会に誘われて、気づけば周りはお嬢さまだらけっ!! 知らない方たちではないけれど、お嬢さまのフリをしてお話しするなんて、かなりキビシイ。
 どう返事をしたらいいんだろう。
 どうやって振る舞ったら、怪しまれずにすむかな。
 いつもお嬢さまは、どう振る舞っていらっしゃったっけ? 近くで見てたはずなのに、全然思い出せない。
 仕方なく、曖昧に笑って見せたり相づちを打ったりするのだけど。

 「あら、今日は、あの侍女を連れていらっしゃらないのね」

 ドッキーンッ!!

 そのセリフ、心臓に悪いっ!!
 もう少しで、紅茶に入れる角砂糖を落っことしそうになった。実際、タプンと飛沫を上げて、紅茶のなかに沈んでいった。

 「えっ、ええ。今日はあの子、熱を出してしまって」

 とりあえず誤魔化す。
 落ち着け、落ち着け。
 今のあたしは、ローゼリィお嬢さま。

 「それで、ローゼリィさまもお元気がないのですね。ご心配なのでしょう?」

 「ええ、まあ」

 そういうことにしておいてください。

 「あら、あのかわいらしいおチビちゃんが!? それは大変だわ」
 「あのおチビちゃんを見てると、心癒されますのに」
 「あの一生懸命頑張っている姿。まるでリスかなにかのようにちょこまかと動いて」
 「それこそ、小動物のようにかわいらしかったのに」
 「ローゼリィさま、ご不便なことがあれば、いつでもおっしゃってくださいましね」
 「わたくしたちで出来ることでしたら、なんでもいたしますわ」

 そうおっしゃってくださったのは、メイフィリア伯爵令嬢と、ロードガルド子爵令嬢。隣で、「そうですわ」と頷き同意したのは、ルイゼバード侯爵令嬢と、シェープフィード伯爵令嬢。

 「ありがとう、皆さま」

 ホント、皆さまお優しい方ばかりだわ。
 微妙な微笑みとともに、目の前の紅茶を手に取る。

 おチビちゃん、小動物、リス―――。 

 って、それ、普段のあたしのことか。
 まあ、チビなことは否定しないけど。そんなあだ名をもらっていたのか。初めて知った。  

 「でも、それなら代わりにあの執事が付き添ってお世話してもよろしいのに」

 シェープフィード伯爵令嬢が、お茶を片手に話題を変えた。

 「そうよね、ローゼリィさまお一人で登校させるなど、職務怠慢ですわ」

 あわわわ。今度はイェルセンさまの悪口が……。

 「あ、あの、イェルセンさ…、イェルセンなら、熱を出したリュリの看病をお願いしているの。わたくしがあまりに心配だったから、彼に無理言って頼んだのよ」

 イェルセンさまは、本物のお嬢さまに付き添っておりますぅ。職務怠慢なんかじゃありませんよぉ。

 「まあ、そうでしたの」
 「本当に、ローゼリィさまは、お優しいのね」

 とっさのウソに、お嬢さま方がウットリとした目になった。
 うえーん。騙してごめんなさーい。
 お優しいのは、皆さまのほうですぅ。
 でも、イェルセンさまの名誉は守れたわ。
 罪悪感は半端ないけど、お嬢さまの「優しい」って株もあがったし。よしっ!!
 あたしのお嬢さまとしておかしな部分は、家に置いてきたおチビちゃんが心配で、上の空になっているせいだ。そんな風に誤解もしてもらった。
 お優しい皆さまには申し訳ないけど、内心ホッとしている。
 残る問題は、実技。
 座学で学んだことを実践してゆく授業なのだけど。
 今日の内容は、炎魔法なのだけど。

 「こぉらあああっ!! ふざけてんのかぁっ!!」

 先生から、容赦ない罵声が響く。
 あたしの出した炎に、先生が大股で近づいてきた。
 うん。わかる、わかるよ。
 あたしが、精一杯の魔力で出せたのは、普段お嬢さまが出しているような炎渦巻く火龍!! みたいな迫力あるものではなく。
 ポッ。
 どう見ても、ロウソクの先っちょ。マッチの代わりにランプに火を灯せます程度。マッチ、節約できてよかったですねレベル。

 「もっと真剣にやらんかぁっ!!」

 ひぃえええええっ!!

 そんな怒らないで下さ~いっ!! これでも真剣、魔力最大なんですってばっ!!
 あたしはお嬢さまとは違うんですうっ!!
 そんな言い訳、間違っても口にすることは出来ない。
 先生が腕を組んだまま、ズンッとあたしを見下ろすように立つ。
 この先生、貴族の子女に対しても容赦なく意見を言うことで有名なのよね。

 レヴィル先生。
 魔法は、一つ間違えば、他人だけでなく、術者本人も生命を落とすことにつながりかねないから、誰であろうと真剣に教えるのだそうで。悪い先生ではないけれど、今のあたしには、怖くて仕方がない。魔術の先生にしては、ガタイがデカいし、筋肉隆々だし。なぜか右目に黒い眼帯つけてるし。燃えるような赤い髪で、容姿からして、スゴく怖い。

 「もう一回、やってみろ」

 「はっ、はいぃっ!!」

 言われるままに、手を前に突き出す。
 えっと…、魔法を使うためには、正しい詠唱が必要で……。
 でも、あたしそういうの、よく知らなくって……。
 えーっと、えーっと……。
 目をつむって必死に考えるけど思い浮かばない。浮かんでくるのは、顔のムダな汗。
 確か、火の精霊に契約のもと、なんとかかんとか命じるのよね。
 火の精霊、火の精霊……。
 えーいっ!! わからんっ!!
 もう、こうなったら、ヤケよ。

 「お願いっ、出てきてっ、炎っ!!」

 いつものように、素のあたしが使うように、火の精霊にお願いする。

 ボウッ……。

 出ましたっ!! 出ましたよ、炎っ!!
 かまどに火をつけられる程度のものがっ!!
 どうですかっ!? っとばかりに先生をふり向くけど。
 レヴィル先生の口は最大に圧し折れた形になって、肩がフルフルと震えだし……。

 「ふざけるなあぁっ!!」

 最大級の雷があたしに落ちた。

 ぴゃあああああっ!!
 もう泣きたい。
 おまけに。

 (あ……)

 身体がグラリと揺れる。視界は真っ暗。

 「おっ、おいっ!!」

 慌てた先生に、ガッシリと抱きとめられたけど。
 すみません。これが精一杯なんです。あたしのなけなしの魔力、使い果たしました……。
 謝罪も出来ないまま、意識を真っ暗闇へと放り投げる。
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