よろしい、ならば革命よ!!

若松だんご

文字の大きさ
上 下
15 / 17

第15話 思わぬ結末。

しおりを挟む
 「では、二人をしかるべき場所へお連れしてください」

 「はっ!」

 私の言葉に駆け寄ってきたのは、群衆ではなくこの王宮の兵士だった。二人を押さえていた者たちは、その役目を兵士に譲り渡す。
 引っ立てられる二人を一瞥してから、クルリと背を向け歩き出す。
 この二人を断罪しただけでは、この暴動は収まらない。バルコニーにでも出て、私が即位したこと、無事なことを宣言して事態を終息させたほうがいいだろう。
 それに、女王として名乗りを上げた以上、やるべきことが山積している。ゆっくり立ち止まったり、感慨にふけっている時間はない。
 民衆たちも少し落ち着いたのか、その場を離れようと三々五々に歩き出した。

 「エリィィズッ!」

 地の底から唸るような声がした。
 驚きふり返ったそこにあったのは、目を血走らせ、剣を上段に振り上げたフェルディナンの姿。

 (――――っ!)

 「エリーズッ!」

 ドンッと誰かに押される。振り下ろされた剣が、誰かの身体を斬る。

 「ドミニクッ!」

 彼の左腕から鮮血が滴り落ちる。

 「だい、じょうぶ……だ」

 痛む左腕を押さえながらも、ドミニクが私を守るようにフェルディナンの前に立ちはだかる。

 「この魔女めっ! お前が父上を殺したんだろうがっ! 父上を殺して、すべてを奪った!」

 ハアハアと荒い息。ドミニクの血を滴らせた剣を持つ彼の姿に、恐怖を覚える。

 「だから俺は、お前を殺したかったんだっ!」

 再び構えられる剣。
 しかし、その剣が振り下ろされることはなかった。

 「この野郎っ! 女王さまを傷つけるなどっ!」

 「国家への反逆罪だっ! 大逆だっ!」

 騒ぎに気づいた民衆が、戻ってくるなりフェルディナンを押さえつけた。

 「やめろっ、何をするっ!」

 それが、最期の言葉だった。
 民衆に囲まれ、地面に押しつぶされ、動けなくなったフェルディナンの頭上に凶刃が煌めく。

 「やめっ――!」

 止める間もなく振り下ろされた剣。それは正確に、彼の首を斬り落とす。
 断末魔の悲鳴を上げることも出来ずに、フェルディナンの首がゴトリと地面に転がった。

 「きゃあああっ!」

 代わりにアンジェリーヌが叫ぶ。
 すると、怒りに我を忘れた民衆の殺意が彼女に向けられた。彼女を連行しようとしていた兵士からその身体を奪い、地面に押さえつける。

 「ダメよっ! それ以上の暴行は、このわたくしが許しませんっ!」

 震える膝を叱咤しながら、毅然と言い放つ。

 「どんな罪があろうとも、罪は法廷で裁かれるべきもの。それを忘れるような者を、わたくしは民とは認めません」

 口のなかがおかしな味がする。血液がすべて足元にだけ滞っているような感覚。
 やたらと自分の息だけが大きく聞こえる。
 それでも、私は負けじと立つ。
 民衆が、狂気の熱が冷めていくように、振り上げた拳を下げていく。
 彼らの代わりに私の前に進み出たのは、数人の貴族。
 どこから現れたのだろう。そんなことを考える余裕もなく、彼らが跪くのを見下ろす。

 「我らが偉大なる女王陛下。我々はあなたのようなお方に、永遠の忠誠を誓います」

 転がったフェルディナンの首が、光のない虚ろな瞳で、そんな私を見上げていた。

*     *     *     *

 それから私は、当初の予定通り、バルコニーに立ち、この国の女王であることを宣言した。
 民衆は歓喜の声を上げ、貴族はそれに異を唱えることはなかった。
 遺体となった先王とフェルディナンは、そのまま教会に安置され、アンジェリーヌはしかるべき時までと、牢につながれた。
 夜になっても、革命の熱が鎮まる気配はなかった。
 王都のあちこちで、祝杯が上げられ、人々が喜びを分かち合う。

 コンコン……。

 「そこにいたのか」

 「ドミニク……」

 やや遠慮がちな叩扉の音とともにやって来たのはドミニクだった。
 王宮に用意された私用の部屋、そこからつながるバルコニーに私はいた。

 「ケガ、もういいの?」

 「ああ、大したことはない。手当てもすんでるしな」

 平気なことを知らせたいのだろう。白い包帯の巻かれた左腕を軽く振ってみせた。

 「それよりも。アンタは大丈夫なのか?」

 「もちろんよ。アナタが守ってくれたもの」

 そういう意味じゃない。彼が首を横に振る。

 「わかってるわ。でも、これは私が受け止めなくてはいけないことなの」 

 バルコニーの手すりにもたれ、彼に微笑みかける。

 「この革命は、私が求めたもの。だから、今ここにある結果を、私が受け止めなくてはいけないの」

 「女王になって、……か」

 「ええ、そうよ。王もアイツもいない今、誰かが指導者とならなくては、混乱したこの国は、諸外国に喰われるか。内乱が続くわ。それこそ革命後の恐怖政治が始まるかもしれない」

 国家が迷走すれば、その分、民が苦しむ。

 「私、これ以上民を苦しめたくないの。孤児院で見てきたあの子供たちのためにも、平和な世界を作ってあげたいの。そのための責任なら、いくらでも引き受けるわ」

 「エリーズ……」

 「この先は、民を想う政治、民が参加できる政治、立憲君主制を目指すわ。国王は、『君臨すれど統治せず』だったかしら。民衆も参加する議会を作って新しい国を始めるの」

 三権分立。衆議院と参議院。
 前世で得たなけなしの政治知識が、いろんな計画の元になる。

 「今まであった既存の勢力、貴族たちとも折り合ってやっていかなくてはいけないけど。それでも、この国を前へ進めることを止めるわけにはいかないわ」

 「そこまで、……考えていたのか?」

 「ええ。それが、私の責任だから」

 革命を望んだ者として。私の覚悟は決まっていた。
 首だけとなったフェルディナンのうつろな視線が、脳裏から離れない。
 私は、この先、あの視線を忘れることなく生きていくのだろう。
 両親をコリンヌを守るという大義名分のもと、民衆を利用し、フェルディナンを殺した罪を背負って。
 どのような理由があっても許されることじゃない。

 「女王陛下Your Majesty……」

 ドミニクが胸に手を当て跪く。

 「アナタに、永遠の忠誠を」

 「ありがとう」

 大丈夫。
 彼のこの信頼があるならば、私は女王としてやっていける。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...