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第15話 思わぬ結末。

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 「では、二人をしかるべき場所へお連れしてください」

 「はっ!」

 私の言葉に駆け寄ってきたのは、群衆ではなくこの王宮の兵士だった。二人を押さえていた者たちは、その役目を兵士に譲り渡す。
 引っ立てられる二人を一瞥してから、クルリと背を向け歩き出す。
 この二人を断罪しただけでは、この暴動は収まらない。バルコニーにでも出て、私が即位したこと、無事なことを宣言して事態を終息させたほうがいいだろう。
 それに、女王として名乗りを上げた以上、やるべきことが山積している。ゆっくり立ち止まったり、感慨にふけっている時間はない。
 民衆たちも少し落ち着いたのか、その場を離れようと三々五々に歩き出した。

 「エリィィズッ!」

 地の底から唸るような声がした。
 驚きふり返ったそこにあったのは、目を血走らせ、剣を上段に振り上げたフェルディナンの姿。

 (――――っ!)

 「エリーズッ!」

 ドンッと誰かに押される。振り下ろされた剣が、誰かの身体を斬る。

 「ドミニクッ!」

 彼の左腕から鮮血が滴り落ちる。

 「だい、じょうぶ……だ」

 痛む左腕を押さえながらも、ドミニクが私を守るようにフェルディナンの前に立ちはだかる。

 「この魔女めっ! お前が父上を殺したんだろうがっ! 父上を殺して、すべてを奪った!」

 ハアハアと荒い息。ドミニクの血を滴らせた剣を持つ彼の姿に、恐怖を覚える。

 「だから俺は、お前を殺したかったんだっ!」

 再び構えられる剣。
 しかし、その剣が振り下ろされることはなかった。

 「この野郎っ! 女王さまを傷つけるなどっ!」

 「国家への反逆罪だっ! 大逆だっ!」

 騒ぎに気づいた民衆が、戻ってくるなりフェルディナンを押さえつけた。

 「やめろっ、何をするっ!」

 それが、最期の言葉だった。
 民衆に囲まれ、地面に押しつぶされ、動けなくなったフェルディナンの頭上に凶刃が煌めく。

 「やめっ――!」

 止める間もなく振り下ろされた剣。それは正確に、彼の首を斬り落とす。
 断末魔の悲鳴を上げることも出来ずに、フェルディナンの首がゴトリと地面に転がった。

 「きゃあああっ!」

 代わりにアンジェリーヌが叫ぶ。
 すると、怒りに我を忘れた民衆の殺意が彼女に向けられた。彼女を連行しようとしていた兵士からその身体を奪い、地面に押さえつける。

 「ダメよっ! それ以上の暴行は、このわたくしが許しませんっ!」

 震える膝を叱咤しながら、毅然と言い放つ。

 「どんな罪があろうとも、罪は法廷で裁かれるべきもの。それを忘れるような者を、わたくしは民とは認めません」

 口のなかがおかしな味がする。血液がすべて足元にだけ滞っているような感覚。
 やたらと自分の息だけが大きく聞こえる。
 それでも、私は負けじと立つ。
 民衆が、狂気の熱が冷めていくように、振り上げた拳を下げていく。
 彼らの代わりに私の前に進み出たのは、数人の貴族。
 どこから現れたのだろう。そんなことを考える余裕もなく、彼らが跪くのを見下ろす。

 「我らが偉大なる女王陛下。我々はあなたのようなお方に、永遠の忠誠を誓います」

 転がったフェルディナンの首が、光のない虚ろな瞳で、そんな私を見上げていた。

*     *     *     *

 それから私は、当初の予定通り、バルコニーに立ち、この国の女王であることを宣言した。
 民衆は歓喜の声を上げ、貴族はそれに異を唱えることはなかった。
 遺体となった先王とフェルディナンは、そのまま教会に安置され、アンジェリーヌはしかるべき時までと、牢につながれた。
 夜になっても、革命の熱が鎮まる気配はなかった。
 王都のあちこちで、祝杯が上げられ、人々が喜びを分かち合う。

 コンコン……。

 「そこにいたのか」

 「ドミニク……」

 やや遠慮がちな叩扉の音とともにやって来たのはドミニクだった。
 王宮に用意された私用の部屋、そこからつながるバルコニーに私はいた。

 「ケガ、もういいの?」

 「ああ、大したことはない。手当てもすんでるしな」

 平気なことを知らせたいのだろう。白い包帯の巻かれた左腕を軽く振ってみせた。

 「それよりも。アンタは大丈夫なのか?」

 「もちろんよ。アナタが守ってくれたもの」

 そういう意味じゃない。彼が首を横に振る。

 「わかってるわ。でも、これは私が受け止めなくてはいけないことなの」 

 バルコニーの手すりにもたれ、彼に微笑みかける。

 「この革命は、私が求めたもの。だから、今ここにある結果を、私が受け止めなくてはいけないの」

 「女王になって、……か」

 「ええ、そうよ。王もアイツもいない今、誰かが指導者とならなくては、混乱したこの国は、諸外国に喰われるか。内乱が続くわ。それこそ革命後の恐怖政治が始まるかもしれない」

 国家が迷走すれば、その分、民が苦しむ。

 「私、これ以上民を苦しめたくないの。孤児院で見てきたあの子供たちのためにも、平和な世界を作ってあげたいの。そのための責任なら、いくらでも引き受けるわ」

 「エリーズ……」

 「この先は、民を想う政治、民が参加できる政治、立憲君主制を目指すわ。国王は、『君臨すれど統治せず』だったかしら。民衆も参加する議会を作って新しい国を始めるの」

 三権分立。衆議院と参議院。
 前世で得たなけなしの政治知識が、いろんな計画の元になる。

 「今まであった既存の勢力、貴族たちとも折り合ってやっていかなくてはいけないけど。それでも、この国を前へ進めることを止めるわけにはいかないわ」

 「そこまで、……考えていたのか?」

 「ええ。それが、私の責任だから」

 革命を望んだ者として。私の覚悟は決まっていた。
 首だけとなったフェルディナンのうつろな視線が、脳裏から離れない。
 私は、この先、あの視線を忘れることなく生きていくのだろう。
 両親をコリンヌを守るという大義名分のもと、民衆を利用し、フェルディナンを殺した罪を背負って。
 どのような理由があっても許されることじゃない。

 「女王陛下Your Majesty……」

 ドミニクが胸に手を当て跪く。

 「アナタに、永遠の忠誠を」

 「ありがとう」

 大丈夫。
 彼のこの信頼があるならば、私は女王としてやっていける。
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