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第12話 戦慄と抱擁。

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 古びて薄くなった扉を体当たりでぶち破る。
 狭くすえた臭いとロウソクの牛脂の匂いの混じった部屋。三人の男に囲まれ、押さえつけられていたのは……。

 (――――っ!)

 気がつけば、オレは手にしていた棒で男たちと戦っていた。
 襲いかかってくる野郎どもを棒で殴り、突き、叩きのめした。
 オレにこんな力があったのか。
 戦いながら、自分でも驚いていた。得物はただの棒っ切れ。竹刀ほどの長さのシロモノだが、オレに剣術の心得などない。前世の学生時代に、授業でチョロッとやっただけだ。
 それが今はどうだ。
 次々と男を倒している。ナイフを持った、ケンカなれしているであろうチンピラ相手に。
 ここまでやれる理由は、なんとなく理解していた。

 「大丈夫かっ? ケガはないかっ!」

 気絶した男が落としたナイフで、彼女を縛っていた縄を切り落とす。
 口に詰め込まれていたボロ布も吐き出させる。

 「ド、ミニク……」

 彼女の声がかすれ、震えている。

 「もう大丈夫だ。助けに来た」

 「……うん。うん」

 オレを見上げる茶色の瞳が大きく揺れた。

 「すまない、オレが目を離したばっかりに」

 「ううん。ドミ、ニクはっ、悪く、ないわっ……」

 嗚咽をこらえているのだろう。言葉が途切れ途切れになる。

 「……ドミニク、後ろっ!」

 エリーズの声が鋭く叫ぶ。
 オレは振り向きざまに、手にしてた棒で、襲いかかる男の喉元を突き上げた。

 「……ぐ、う……」

 喉をまともに突かれたのだろう。男が白目をむいて泡を吹きながら仰向けに倒れた。
 まるでどっかの剣豪か、ロボットアニメの殺陣シーンみたいだな。自分に出来るとは思ってもみなかった。
 そんなことを思いながら、棒を収め、彼女に自分の上着をかけてやる。
 切り裂かれたドレスは痛々しく、オレの後を追って小屋に突入してきた群衆の目に、彼女の肌を晒したくなかった。

 「立てるか?」

 「……うん。大丈夫」

 気丈に振る舞う彼女に手を貸す。

 「乙女っ! 乙女は無事かっ!」

 小屋の内外では、彼女を捜していた民衆が騒がしかった。
 オレが倒した男たちは、縛り上げられ、殴る蹴るの暴行が加えられた。
 彼女を心配して集まってくる連中を押しのけるようにして、近くに停まっていた辻馬車に乗り込む。

 「出してくれ」

 心配してくれるのはありがたいが、襲われ傷ついたエリーズを衆目に晒しておきたくなかった。
 一刻も早く、この場を離れたい。
 オレはそう思っていたのに、エリーズは違ったようだ。

 「わたくしは、無事ですっ! 皆さま、ありがとうございますっ!」

 動き出した馬車の窓を開け、外に向かって叫ぶ。

 (こんな時にまで、演技をするつもりか?)

 いや、それは違う。純粋に彼女は感謝を述べただけだ。
 精一杯自分の無事だけ報告すると、ストンと力が抜けたように座席に座りこんだ。今のあれが、限界だったのだろう。隣に腰かけているオレには、一言も話さない。
 犯されてはいないようだが、それでも彼女の身なりはヒドいものだった。
 キレイに結われていたはずの髪はほどけ、ざんばらにこぼれ落ちている。ドレスは切り裂かれ、必死に前を合わせようとしているが、ところどころから白い肢体がのぞいている。
 なにかをこらえるように噛まれた下唇。かすかに震え続ける身体。じっとうつむき、一点を見つめたまま動かない視線。

 「……ドミニク」

 長い時間を経て、エリーズが重い口を開いた。

 「助けに来てくれて、ありがとう。私、スゴくうれしかった」

 弱々しく、でもしっかりとこちらを見てほほ笑む。

 「でも、よく私が捕まってた場所がわかったわね」

 「街にいた花売りの子どもが、アンタが連れ込まれるのを見ていたんだ。以前、アンタがその靴をあげた、あの子どもだよ」

 「ああ、あの。ナタリーね。あの子の足に私の靴は大きかったかもしれないけど。そう。あの子が助けてくれたの」

 視線を外し、そっと目じりを拭う。

 「ねえ、あの子は元気だった? あの靴、のんべえの父親に売られてなければいいんだけっ……、ドミニクッ?」

 驚き身じろぐエリーズを丸ごと抱きしめる。
 こんな時までムリすんな。気丈に振る舞おうとするな。礼なんて言うな。
 震えてるくせに。怯えてるくせに。怖かったくせに。
 ガマンするなよ。

 「……ドミ、ニ、クッ!」

 エリーズが大きく喉を震わせた。
 オレにしがみつくようにシャツを握り、嗚咽混じりに何度も名前を呼ばれる。
 力一杯その華奢な身体を抱きしめると、彼女の涙が胸にしみた。
 オレは、この女を、エリーズをどこへ連れて行こうとしているのだろう。
 どうしようもなく、奥歯をグッと噛みしめる。

*     *     *     *

 「お嬢さまっ!」

 屋敷から飛び出してきたコリンヌが私を見て驚く。
 隣にいた執事のブノワも顔が真っ青だ。

 「ごめんなさい。なんでもないのよ」

 そう口にしてみるが、ボロボロに切り裂かれたドレスといい、なんでもないことはないのは一目瞭然だ。
 ふらつく足に力を込めて歩き出そうとする、が。

 「ドミニクッ?」

 隣から彼に横抱きに持ち上げられた。

 「着替えと、お湯を用意してくれ」

 その行動に驚いたのは、私だけじゃない。コリンヌもブノワも同じだったが、苛立ったように「早くっ!」とドミニクに急かされ、彼らは弾かれたように慌ただしく動き出した。
 屋敷の中までそのまま運ばれると、一人、切り裂かれ、汚れたドレスを脱ぎ去り、急いで用意されたお風呂に浸かる。

 「……ふう、っつ!」

 温かいお湯のなか、じんわりと筋肉がほぐれていく。それと同時にピリピリした痛みもはしる。
 ドレスと一緒に斬られたのかもしれない。縄でこすれたのもあるだろう。
 ランプの灯りで確認してみれば、少し腫れているもの、赤く筋になっているもの、いろんな傷と打ち身が身体のあちこちにあった。

 (まさか、こんな手に出るとはね)

 あの男たちは、アイツらの手先だろう。
 フェルディナンかアンジェリーヌか。
 どちらか片方、いや、二人の考えたことなのかもしれない。
 私を襲わせ傷物にすることで、私の評判を貶める。
 自分たちに逆らえばどうなるのか。見せしめの意味もあるのだろう。

 (さすが、人を冤罪で殺そうとするだけのことはあるわね)

 タイムリープしたこちらの世界でも、こういうことをしてくるなんて。
 何度も何度も念入りに身体をこする。以前の記憶も傷に残る恐怖も洗って消し去ってしまいたい。
 こんなことで負けはしない。
 再びこぼれそうになった涙を打ち消すように湯船に潜る。

 (ドミニク……)

 彼がしてくれたように、震える身体をギュッと抱きしめた。
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