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第9話 ドミニク・ノディエ。

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 「さすがね、ドミニク。素晴らしいほどの炎上っぷりだったわ」

 慰問からの帰り道、乗り合わせた馬車のなかで、エリーズが感心したように言った。

 「どこに行っても、『お気を強くお持ちください』だの、『オレたちは、アンタの味方だの』。私を慰めようと手をとってくれたり。ちょっと心苦しいけど、悪くはないわ」

 全ての行動が、フェルディナンとアンジェリーヌを追い落とすため。フェルディナンを愛してなどいないし、こうして行動するのは、同情され、民衆の王家への怒りを募らせるためなのだからと、彼女は笑う。

 「民衆は、ゴシップネタが好きだからな。週刊誌やワイドショーと一緒だ。わかりやすく、センセーショナルに出せば、誰だって飛びつく」

 「そうね。今、ここにTVや週刊誌があれば、私のネタは、トップを飾っていたんでしょうね」

 「ああ、連日報道間違いなしだ」

 「でも、私、ここにきてようやく芸能人の気持ちが分かった気がするわ」

 エリーズが、軽く首を回してコキコキと肩を鳴らす。

 「囲み取材、注目されるのは悪くないけど、ウソを並べ立てる演技は、ちょっと大変だもの。ちょっと一息つきたくなるわ」

 何度も同じようなことを答えて、悲しんでいるフリをする。ウソとバレないように行動するのは、素人にはかなり骨の折れる仕事かもしれない。

 「それもまあ、あとしばらくの辛抱だ。もうすぐなんだろう? 国王が死ぬのは」

 「ええ、そうよ。あと半月ほど先よ」

 誰かの死を話しているというのに、エリーズの声は淡々としていた。

 「父親が死んで、その箍が外れるとアイツは一気に行動を始めるの。自分の戴冠式で、アンジェリーヌを王妃にしたいんでしょう。私と両親を捕まえると、ロクに裁判も行わずに断頭台へ送るわ。それが、ちょうど一か月後のことよ」

 言いながら、エリーズの顔が紙のように白くなっていく。突き放したように話すが、やはり経験してきた恐怖は、簡単にはぬぐい切れないのだろう。膝の上の手が強く握りしめられていた。

 「大丈夫だ。今度はそうはならない」

 「ええ、そうね」

 本当は、その手を取ってやればいいのだろうが。オレは言葉だけを紡ぐ。
 辻馬車は、公爵邸の正面で停まる。出迎えに立っていたのは顔なじみとなりつつある老執事と、幼なじみのコリンヌだけ。危険なことに巻き込みたくないと、エリーズがほとんどの召使いを両親とともに領地に帰したからだ。

 「それじゃあな」

 「ええ。また」

 軽やかにエリーズが馬車から降りていく。
 扉が閉まる直前、こちらを覗きこんだコリンヌと目が合った。

 「……出してくれ」

 コンコンッと御者に出発を命じる。
 彼女の言いたいことはわかっている。
 だからこそ、止まることはできなかった。

*     *     *     *

 「あの者を……ドミニクをあまり信用なさらないでください」

 思いつめたような顔で、コリンヌが切り出した。

 「どうしたの、コリンヌ。彼を紹介してくれたのは、アナタじゃない」

 「ええ。……そうなんですけど」

 コリンヌの顔色がさえない。どこか思いつめたように、ギュッと手が握りしめられていた。

 「お嬢さまから弁護士か新聞記者をと言われた時に、思いついたのが彼だったのですけど。どういう性格か、気心は知れてますのでちょうどいいと思って紹介させていただきましたが……」

 それまでさまよっていた視線が、グッと私を見上げる。

 「お願いです。これ以上は、ドミニクと関わり合いにならないでください」

 「コリンヌ……」

 「最近、王都ではずっとお嬢さまのおウワサでもちきりです。慈愛の乙女だとか、王太子殿下とのこととか」

 「そ、それは……」

 「あの男がウワサを広めている。それはわかっています。そしてそれをお嬢さまも望んでおられることも。でも……、でも……」

 再び視線が彷徨う。

 「お願いです。これ以上のことは、どうかおやめください。あの男は、ドミニクはお嬢さまを破滅させてしまいます」

 戻った視線と同時に、ガシッと腕を掴まれた。

 「恐ろしいことが起きる。そんな予感がするのです。このままいけば、きっと恐ろしいことが。お願いです。これ以上はドミニクに関わらないでくださいまし」

 「コリンヌ……」

 その思いつめた瞳に涙があふれる。
 タイムリープ前、コリンヌはその瞳の光を失う直前まで、私のことを案じてくれていた。守ろうとしてくれていた。
 狭くすえた臭いのする牢獄で、次々に男に犯されながらも、私を守ろうともがいていた。

 ――お嬢さま、お嬢さまっ!

 コリンヌが叫ぶたびに、男が殴る。鼻を圧し折られ、口から血と折れた歯を溢れさせながらも私を呼んだ。あまりに暴れるからと、数人がかりで押さえつけられ、輪姦された。そして最後は「うるさいから」と、首を絞めて殺された後も、その温もりが消えるまで犯され続けた。

 「もう後戻りはできないの」

 「お嬢さま……」

 次は、今度こそ彼女を守りたい。
 ドミニクが、純粋に私のためだけに行動しているとは思っていない。彼には、彼の野心めいた思惑があるのだろう。
 でも、それでもかまわないのだ。
 私の周りにいる、大切な人を守ることができれば。

 「止まることはできないのよ」

 もう走り出してしまったこの運命をとめることは、誰にもできない。

*     *     *     *

 もうすぐだ。
 もうすぐ決着がつく。
 手にしていたしおれかけの小さな花束を、そっと置く。
 辺りに吹く冷たい風が、さびれた景色を鉛色に染めていく。

 (待ってろ。オレが必ずお前の恨みをはらしてやるからな)

 目を閉じれば、そこに広がるのは真紅の世界。
 固い石畳に吸い込まれていく彼女の鮮血。

 ――痛い……。死にたく……ない、よ。怖い……。おにぃ……。

 それが最期の言葉だった。

 ――リディッ!

 血だまりから幼い彼女を抱き上げる。
 彼女は、遊びに出かけたオレとコリンヌを追いかけてきてしまっただけだ。それなのに。
 馬車についていたのは王家の紋章。なかにいたのは、国王だったか、王太子だったか。彼女を轢いた馬車は止まることなく、狭い路地をそのまま速度を落とすことなく走り去った。
 盲目の妹、リディを轢き殺し、そのまま捨て置いた王家など。

 (滅びてしまえばいい。なにもかも)

 そのために、あの女、エリーズの思惑も利用する。
 革命を起こし、すべてをぶち壊してやる。
 王家をぶっ潰すためなら、なんだってやってやるさ。リディの代わりに、アイツらの血で世界を塗りつぶしてやる。

 (待ってろリディ。もうすぐだからな)

 決意を新たに、彼女の眠る地を立ち去る。
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