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第8話 流言飛語。

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 ――ご覧になりました? あの首飾り。
 ――ええ。あの真珠の……でしょう? 王太子殿下が宝石商にご注文されていたのは存じておりましたが、まさか……ねえ。
 ――てっきり、エリーズさまに贈られるものだと思っておりましたわ。
 ――まさか、あの田舎娘に……ねえ。
 ――ここだけの話ですけど、あの娘、殿下のご命令で、近々王宮で暮らすことになるそうですわよ。
 ――まあ。殿下のご寵愛を賜るだけでも厚かましいというのに。
 ――仕方ないですわ。殿下はあの娘にかなりのご執心だそうですから。いったいどのような手管で殿下を籠絡したのかしら。
 ――殿下を釣り上げたそうですわよ。田舎娘というのは、とんでもない技を持っているのね。気をつけないといけないわ。フフフフフ……。
 ――おおコワい、コワい。フフフフフ……。
 ――おかわいそうな、エリーズさま。フフフフフ……。

 ――おい、聞いたか、あの話。
 ――ああ、聞いたとも。あの王太子が、田舎娘に真珠の首飾りをプレゼントしたって話だろ?
 ――俺たちのエリーズさまは、薬代にと、自らの首飾りをお売りになったっていうのによ。
 ――舞踏会でもよ、あの女はエリーズさまに見せつけるように王太子と踊ったそうだぜ。
 ――おいおい。王太子と踊るべきは、婚約者であるエリーズさまだろ。
 ――なんでもあの女は、エリーズさまに成り代わって王妃になるつもりらしいぜ。
 ――おい、それ、本当か?
 ――ああ、間違いねえ。エリーズさまが王宮にいらっしゃらないのをいいことに、王太子のそばにあの女の部屋を設けたそうだ。
 ――俺たちの慈しみの乙女をないがしろにするなど。許せねえな。
 ――ああ、許せねえ。エリーズさまは、俺たちの神様みてえなもんだからな。

 ――エリーズさま、おつらいことがございましたら、なんでもお話しくださいませね。
 ――わたくしたちは、いつでもエリーズさまのお味方ですわ。

 その一方で。

 ――アンジェリーヌさま、ウワサなどお気になさることはございませんわよ。
 ――そうですわ。殿下がお気に召されていらっしゃるのは、アンジェリーヌさまですもの。
 ――エリーズさまは、そのご身分から婚約者となられただけ。真に愛されておいでなのはアンジェリーヌさま、ただお一人ですわ。

 ――おい、またあの王太子は新たな税を作るつもりだそうだぞ。
 ――なんでも、エリーズさまが税金を下げるように嘆願したことが、お気に召さないからだそうだ。
 ――腹いせの、八つ当たりか? たまったもんじゃねえな。
 ――王さまが病床にあるっていうのに。好き勝手しやがって。
 ――実の子でありながら、見舞いにもゆかず、女と乳繰り合っているそうだぞ。
 ――新しい税金っていうのも、その女に貢ぐためじゃねえのか。
 ――許せねえな。
 ――ああ、許せねえ。あの王太子は、俺たちをなんだと思っているんだ。
 ――たかが田舎出の女のために、俺たちはまた殺されるんだ。

 王国に、怨嗟と怒りの声が渦巻く。

*     *     *     *

 「なかなか面白い記事を書いたな、レイモン」

 街の片隅にある酒場。そのカウンターでとある男と待ち合わせる。

 「ああ、ドミニクか。おかげで新聞が飛ぶように売れたよ」

 軽くジョッキを上げて交わされた挨拶。

 「王太子に散財させ首飾りを手に入れた売女と、自らの首飾りを売って薬を求めた乙女! 最高の構図だな」

 陽気に語る男の隣に座ると、オレも同じエールを注文する。
 今、街でもちきりのウワサ、首飾りの話は、この男が新聞に載せたことがキッカケで広まった。
 婚約者を顧みず、別の身分低い女にうつつを抜かす王太子。王太子に貢がせ、享楽的な生活を送り、婚約者をないがしろにする田舎出の女。そして、どれだけ王太子に愛されてなくても、どれだけ悲しみの淵に立とうとも、民のために行動し、民を憂い、行動する王太子の婚約者。
 この三者の構図は、とてもわかりやすく民衆に受け入れられ、共感を得ている。愛人と夫(この場合は婚約者)にないがしろにされる女というのは、どこにでもあるような題材だからだ。
 理解しやすい構図だからこそ、エリーズに心寄せる人が増える。
 質素な服装、孤児院への慰問、寄付。
 王太子に疎ましく思われるぐらい、国民の窮状を訴えさせた。
 王太子に嫌われ、奴が女と享楽的な生活を送るようにしむけた。アイツらの姿を見て悲しむフリ。それでも、王太子を慕っているのだとでも言っておけば、さらに同情が増す。
 その姿は、まるで傷ついた哀しみの聖母。
 そう見えるように、計算して演出した。
 人は、自分より幸せそうな立場の人間の不幸を喜ぶが、自分に益ある人の不幸を望まない。そして、誰かのシンデレラ的幸せをねたむ。
 自分たちは、誰かの贅沢のために生命を削って生きているのではない。
 理不尽な増税の先に、田舎女の贅沢があるのだと知れば、それは抑えることの出来ない怒りになる。そしてその女のせいで、自分たちを助けてくれる人が苦しむとなれば……。

 「新しい情報だ。あの田舎女、アンジェリーヌがとうとう王宮で暮らし始めたぞ」

 「ホントか?」

 「ああ、間違いない。オレはこの目で確認してきたからな。王太子の寝室の上、隠し階段で繋がった部屋らしいぞ」

 「王太子妃より先に、王宮入りか。それもヒミツの階段、王太子の部屋の上階ねえ。お部屋までもが、殿下の上かよ。おいおい、どれだけおいしいネタを提供してくれるんだ? あのご寵姫さまはよ」

 取り出したメモに、レイモンが書きつけていく。おそらく、この男の頭のなかでは、すでに記事の下書きが作られているのだろう。夢中になってペンを走らせている。 

 「それだけじゃないぞ。この間の観劇では、王太子と共にボックス席に入って、観客、役者たち全員から歓迎の拍手を受けたそうだ」

 「おい、それって、王族にしか許されてないやつだろ?」

 ペンをとめ、レイモンが目を丸くして驚いた。

 「そうだ。王太子妃となるエリーズさまでも受けたことのない歓迎のされ方だ」

 王太子とともに行動したからといって、アンジェリーヌが受けるのは筋が違う。一緒にいたとしても、その場は一旦離れて、歓迎の拍手が終わってから王太子に寄り添えばいいだけのことだ。
 マナー知らず。厚顔無恥。身分知らずにもほどがある。
 この場合、アンジェリーヌが常識を知らないのであれば、王太子が教えてやればいいのだが、ともに歓迎を受けたということは、王太子はそれがいけないことだと思っていないということだ。
 それだけ、アンジェリーヌに骨抜きにされているということか。

 (エリーズを断罪へと持ち込むという未来は、案外、ウソじゃないのかもな)

 アンジェリーヌとの未来のためなら、平気で人を殺す気がする。そして、女に貢ぐために、エリーズの生家の財産を狙う。あり得ないこととも思えない。

 「さて、と。明日の新聞、楽しみにしていろよ」

 カウンターの上に銅貨だけ残し、スルリとレイモンが椅子から降りて去っていく。
 残されたオレは、エールをもう一杯追加で注文する。

 さて。

 明日、どれだけ炎上するか。見ものだな。
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