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このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

第14話 小さな村の日常。

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 「鳥の焼串と、エール三つ!! リーリア、運んでくれ!!」

 「はーいっ!!」

 適度に客でごった返す店内に、威勢のいい声が響く。
 大きな街道からも離れた、小さな村にある唯一の酒場兼食堂兼旅籠。
 酒や食事は、村の者たちの数少ない娯楽の一つだから、泊まりの客はいないけど、店内は顔見知りの客で溢れかえっていた。
 
 「おーい、リーリアちゃん、こっちにエール二つ追加だ!!」
 「あと、あのミートパイも出してくれ!!」

 「わかりましたー!!」

 狭い店内。
 食事を楽しむ客の合間を縫って歩く。
 外は冷たい風が吹き、雪が積もり始めているけど、店内はお客の熱気と料理の湯気で暑いぐらい。その温度差でついた水滴が窓ガラスを曇らせる。
 
 「マスター、ミートパイとエール二つ、追加です!!」

 「あいよっ!!」

 カウンター越しにこの店の主に注文を伝える。

 「おう、こっちもミートパイ頼むわっ!!」

 オーダーを通してたのが聞こえてたのだろう。近くのテーブルにいた客からも、ミートパイの注文が入る。

 「アンタの作ったミートパイ、大好評だね」

 空のジョッキや皿を山盛りに載せたお盆を、ドカッとカウンターに置いた恰幅のいい女性。マスターの奥さんで、この店の女将さん。
 
 「最初はどうなるかと思ったけど。今じゃ、パイと酒を目当てに来る客だらけだしね。ウチの看板メニューだよ」

 「そう言っていただけるとうれしいです」

 どういう顔をしたらいいのか分かんなかったので、軽くエヘヘと笑って返す。

 「パイ自体もうめえんだけどさ、リーリアちゃんが作ってるとなると、さらにうまくなるんだよなあ」

 すでにミートパイに舌鼓を打っていた客がしみじみと言った。

 「そうそう。同じ料理でも、若い子が用意してくれたと思うとねえ……」
 
 同調する別の客。

 「おや、アタシが用意したのじゃ不満かい?」

 「いやいや、ブリッタはブリッタの良さがあるって」
 「そうそう、熟成された旨味っていうのか? そういうヤツだよ」

 怒る女将に焦る客。
 といっても、こんなのじゃれ合ってるようなもので、どちらも本気でやり取りしてるわけじゃない。
 げんに女将は、クイッと両眉を持ち上げるように目を開いて肩をすくめると、すぐにいつもの笑顔で仕事に戻っていった。客も、何ごともなかったかのように食事を楽しむ。
 
 「リーリア、パイが足りなくなりそうだから、厨房に行って、追加で焼いてきてくれないか」

 一部始終を見ていただろうマスターも、妻がからかわれても、目くじらを立てたりしない。それぐらい当たり前の光景だった。

 「ああ、代わりにこっちを手伝いに来るように、ジェルドに伝えてくれるか?」

 「わかりました――ジェルドさん、交代しますね。ミートパイを追加で作るので」

 カウンターの奥、少し壁で隔てた先にある厨房。そこで忙しく調理を担っていた若い男、ジェルドさんに声をかける。
 
 「おう。じゃあ、あとこの芋を切って揚げておいてくれるか?」

 「はい」

 パイのついで、他の料理も追加で頼まれる。
 ジェルドさんが店内に顔を見せたからだろう。軽くお客さんが歓声を上げたのが、一人となった狭い厨房にまで聞こえてきた。
 陽気な店内。
 さまざまは料理の匂いと、お客さんの愉快そうな笑い声。時折混じる女将さんやジェルドさんの威勢のいい声。マスターはちょっと寡黙な方なので、声はあまり聞こえてこない。
 それらのざわめきを聞きながら、ねかせておいたパイ生地を使ってミートパイを作り始める。

 「はーい、いらっしゃーい」

 カランと、店の入口のドアベルが鳴ると同時に、女将の威勢のいい声が聞こえた。

 「お客さん、こっち、空いてるから座りなよ」
 「寒かっただろ。ここへ来て暖まりなよ」
 「アンタ、旅でもしてるのかい? こんな雪の中を?」

 相手の声は聞こえてこない。寡黙な人なのか、それとも喧騒に紛れるほど声が小さいの か。“お客さん”であって、“お客さんたち”じゃないから、多分、一人。それもこの季節に珍しい、旅人のようだ。

 「リーリア、パイを一つ追加!!」

 「はぁい。ちょうど、焼き上がりましたよ~」

 厨房からマスターのもとへ、焼きたてのパイを持っていく。

 「おっ、リーリアちゃん。ちょうどよかった。今、この兄さんにアンタのパイを自慢してたところだったんだ」
 「そうそう。この店一番の美味い料理だってな」

 マスターの向かい、カウンターに並んで座る常連さんたち。彼らがうれしそうにジョッキを掲げながら、同じようにカウンターに腰掛けた男性に絡む。
 少し薄汚れ、濡れた干し草色の外套をまとった男性。陽気すぎる常連さんと違って、男性は寡黙で俯いたままだった。

 「おまたせしました。ミートパイです」

 注文はこの男性からだったようで、切り分けたパイをマスターがカウンター越しに男性の前に並べた。

 「……ミートパイ?」

 先に出されていたエールで身体を温めていた男性が呟く。

 「そうですけ、ど――」

 言いかけて、言葉を失う。
 驚き、投げかけられた視線。男性の後ろで、椅子が倒れる音がする。

 「リリー……」

 「エディル、さま……?」

 その瞬間、すべての音が消えたような気がした。世界にあるのは、わたしと彼だけ。
 目を見開き、わたしを見つめるエディルさま。多分、わたしも似たような顔をしていることだろう。
 けど次の瞬間、わたしたちの表情は、まったく別のものになる。

 「リリー。やっと……見つけた」

 「エディルさま……、どうしてここに?」

 わたしは困惑と恐怖、エディルさまは安堵と喜び。
 
 「アナタを探して旅をしてました。ここに……いたんですね」

 フワリと柔らかく微笑まれるエディルさま。心底、わたしを見つけられて喜んでいらっしゃる。
 けれど。

 どうして?
 どうしてここにエディルさまが?
 
 わたしの頭のなかは困惑と疑問に満ちていた。

 旅?
 旅をしてたの? エディルさまが?

 王宮の、それも国王陛下付きの護衛騎士のエディルさまが旅をするなんて。それもこんな街道から外れた村にまで。
 王宮付きの騎士は、よほどのことがない限り王都から離れることはない。よほどのこと、例えば故郷の家族が危篤だとかそういう事案。王宮付き騎士は、その名誉と引き換えに、私的な部分が制限される立場にある。
 
 それも、「わたしを探してた」っておっしゃった?
 王の密命を受けての旅とかじゃなく、わたしを探して?
 ありえない。
 王宮付きの騎士が、そんな個人的理由で旅するなんて。
 それも、こんな冬にたった一人で。

 王都からこの村まで、どれだけの山を越えたのか。
 四方を山に囲まれたこの村を訪れるには、雪深くなった山をいくつも越える必要がある。たとえ、エディルさまが体力に自信のある方だったとしても、旅慣れてる方だったとしても、ここまで単身で旅をするのは無謀極まりない。
 よくぞここまで無事にたどり着いたものだと、感心してしまう。

 そこまでして、わたしを探してくれていたの?
 どうして?

 うれしいと感じるわたしと、この二年の間に薄らいでいたのに呼び起こされてしまった黒いわたしが、身体のなかで渦を巻く。

 探しに来てくれてうれしい。
 また会えてうれしい。
 でも。
 それもまた全部王妃さまの命令なんじゃないの?
 王妃さまに命じられたから、命がけでここに来たんじゃないの?

 「リリー!!」

 気づいた時には、きびすを返し、逃げるように裏口へと走り出していた。

 わたしはもう、自分が壊れてしまいそうなあの感情を呼び戻したくない。
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