上 下
14 / 23
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

第14話 小さな村の日常。

しおりを挟む
 「鳥の焼串と、エール三つ!! リーリア、運んでくれ!!」

 「はーいっ!!」

 適度に客でごった返す店内に、威勢のいい声が響く。
 大きな街道からも離れた、小さな村にある唯一の酒場兼食堂兼旅籠。
 酒や食事は、村の者たちの数少ない娯楽の一つだから、泊まりの客はいないけど、店内は顔見知りの客で溢れかえっていた。
 
 「おーい、リーリアちゃん、こっちにエール二つ追加だ!!」
 「あと、あのミートパイも出してくれ!!」

 「わかりましたー!!」

 狭い店内。
 食事を楽しむ客の合間を縫って歩く。
 外は冷たい風が吹き、雪が積もり始めているけど、店内はお客の熱気と料理の湯気で暑いぐらい。その温度差でついた水滴が窓ガラスを曇らせる。
 
 「マスター、ミートパイとエール二つ、追加です!!」

 「あいよっ!!」

 カウンター越しにこの店の主に注文を伝える。

 「おう、こっちもミートパイ頼むわっ!!」

 オーダーを通してたのが聞こえてたのだろう。近くのテーブルにいた客からも、ミートパイの注文が入る。

 「アンタの作ったミートパイ、大好評だね」

 空のジョッキや皿を山盛りに載せたお盆を、ドカッとカウンターに置いた恰幅のいい女性。マスターの奥さんで、この店の女将さん。
 
 「最初はどうなるかと思ったけど。今じゃ、パイと酒を目当てに来る客だらけだしね。ウチの看板メニューだよ」

 「そう言っていただけるとうれしいです」

 どういう顔をしたらいいのか分かんなかったので、軽くエヘヘと笑って返す。

 「パイ自体もうめえんだけどさ、リーリアちゃんが作ってるとなると、さらにうまくなるんだよなあ」

 すでにミートパイに舌鼓を打っていた客がしみじみと言った。

 「そうそう。同じ料理でも、若い子が用意してくれたと思うとねえ……」
 
 同調する別の客。

 「おや、アタシが用意したのじゃ不満かい?」

 「いやいや、ブリッタはブリッタの良さがあるって」
 「そうそう、熟成された旨味っていうのか? そういうヤツだよ」

 怒る女将に焦る客。
 といっても、こんなのじゃれ合ってるようなもので、どちらも本気でやり取りしてるわけじゃない。
 げんに女将は、クイッと両眉を持ち上げるように目を開いて肩をすくめると、すぐにいつもの笑顔で仕事に戻っていった。客も、何ごともなかったかのように食事を楽しむ。
 
 「リーリア、パイが足りなくなりそうだから、厨房に行って、追加で焼いてきてくれないか」

 一部始終を見ていただろうマスターも、妻がからかわれても、目くじらを立てたりしない。それぐらい当たり前の光景だった。

 「ああ、代わりにこっちを手伝いに来るように、ジェルドに伝えてくれるか?」

 「わかりました――ジェルドさん、交代しますね。ミートパイを追加で作るので」

 カウンターの奥、少し壁で隔てた先にある厨房。そこで忙しく調理を担っていた若い男、ジェルドさんに声をかける。
 
 「おう。じゃあ、あとこの芋を切って揚げておいてくれるか?」

 「はい」

 パイのついで、他の料理も追加で頼まれる。
 ジェルドさんが店内に顔を見せたからだろう。軽くお客さんが歓声を上げたのが、一人となった狭い厨房にまで聞こえてきた。
 陽気な店内。
 さまざまは料理の匂いと、お客さんの愉快そうな笑い声。時折混じる女将さんやジェルドさんの威勢のいい声。マスターはちょっと寡黙な方なので、声はあまり聞こえてこない。
 それらのざわめきを聞きながら、ねかせておいたパイ生地を使ってミートパイを作り始める。

 「はーい、いらっしゃーい」

 カランと、店の入口のドアベルが鳴ると同時に、女将の威勢のいい声が聞こえた。

 「お客さん、こっち、空いてるから座りなよ」
 「寒かっただろ。ここへ来て暖まりなよ」
 「アンタ、旅でもしてるのかい? こんな雪の中を?」

 相手の声は聞こえてこない。寡黙な人なのか、それとも喧騒に紛れるほど声が小さいの か。“お客さん”であって、“お客さんたち”じゃないから、多分、一人。それもこの季節に珍しい、旅人のようだ。

 「リーリア、パイを一つ追加!!」

 「はぁい。ちょうど、焼き上がりましたよ~」

 厨房からマスターのもとへ、焼きたてのパイを持っていく。

 「おっ、リーリアちゃん。ちょうどよかった。今、この兄さんにアンタのパイを自慢してたところだったんだ」
 「そうそう。この店一番の美味い料理だってな」

 マスターの向かい、カウンターに並んで座る常連さんたち。彼らがうれしそうにジョッキを掲げながら、同じようにカウンターに腰掛けた男性に絡む。
 少し薄汚れ、濡れた干し草色の外套をまとった男性。陽気すぎる常連さんと違って、男性は寡黙で俯いたままだった。

 「おまたせしました。ミートパイです」

 注文はこの男性からだったようで、切り分けたパイをマスターがカウンター越しに男性の前に並べた。

 「……ミートパイ?」

 先に出されていたエールで身体を温めていた男性が呟く。

 「そうですけ、ど――」

 言いかけて、言葉を失う。
 驚き、投げかけられた視線。男性の後ろで、椅子が倒れる音がする。

 「リリー……」

 「エディル、さま……?」

 その瞬間、すべての音が消えたような気がした。世界にあるのは、わたしと彼だけ。
 目を見開き、わたしを見つめるエディルさま。多分、わたしも似たような顔をしていることだろう。
 けど次の瞬間、わたしたちの表情は、まったく別のものになる。

 「リリー。やっと……見つけた」

 「エディルさま……、どうしてここに?」

 わたしは困惑と恐怖、エディルさまは安堵と喜び。
 
 「アナタを探して旅をしてました。ここに……いたんですね」

 フワリと柔らかく微笑まれるエディルさま。心底、わたしを見つけられて喜んでいらっしゃる。
 けれど。

 どうして?
 どうしてここにエディルさまが?
 
 わたしの頭のなかは困惑と疑問に満ちていた。

 旅?
 旅をしてたの? エディルさまが?

 王宮の、それも国王陛下付きの護衛騎士のエディルさまが旅をするなんて。それもこんな街道から外れた村にまで。
 王宮付きの騎士は、よほどのことがない限り王都から離れることはない。よほどのこと、例えば故郷の家族が危篤だとかそういう事案。王宮付き騎士は、その名誉と引き換えに、私的な部分が制限される立場にある。
 
 それも、「わたしを探してた」っておっしゃった?
 王の密命を受けての旅とかじゃなく、わたしを探して?
 ありえない。
 王宮付きの騎士が、そんな個人的理由で旅するなんて。
 それも、こんな冬にたった一人で。

 王都からこの村まで、どれだけの山を越えたのか。
 四方を山に囲まれたこの村を訪れるには、雪深くなった山をいくつも越える必要がある。たとえ、エディルさまが体力に自信のある方だったとしても、旅慣れてる方だったとしても、ここまで単身で旅をするのは無謀極まりない。
 よくぞここまで無事にたどり着いたものだと、感心してしまう。

 そこまでして、わたしを探してくれていたの?
 どうして?

 うれしいと感じるわたしと、この二年の間に薄らいでいたのに呼び起こされてしまった黒いわたしが、身体のなかで渦を巻く。

 探しに来てくれてうれしい。
 また会えてうれしい。
 でも。
 それもまた全部王妃さまの命令なんじゃないの?
 王妃さまに命じられたから、命がけでここに来たんじゃないの?

 「リリー!!」

 気づいた時には、きびすを返し、逃げるように裏口へと走り出していた。

 わたしはもう、自分が壊れてしまいそうなあの感情を呼び戻したくない。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~

瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】  ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。  爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。  伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。  まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。  婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。  ――「結婚をしない」という選択肢が。  格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。  努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。  他のサイトでも公開してます。全12話です。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...