このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご

文字の大きさ
上 下
6 / 23
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

第6話 結婚報告!?

しおりを挟む
 「――ミス・フォレットッ!!」

 「エディルさま?」

 夕闇時、足元もハッキリしないような暗さのなか、家の扉に手をかけたわたしの後ろから、聞こえてきたのはエディルさまの声だった。

 「よかった。家に戻ったら、姿が見えなかったので」

 「ああ、すみません。さっきまでパン屋さんでパイを焼かせてもらってたんです」

 「パイ?」

 「ええ。今日の夕飯にと思って」

 軽く手にしていたカゴを持ち上げてみせる。近づいてきたエディルさまの表情が、あきらかにホッとしたものに変わった。

 「すみません。ご心配をおかけしました」

 「いや。それならいいんです。それなら……」

 わたしの帰りが遅くなったことを心配して捜してくれたんだろう。その額には、少し汗が滲んていた。息もかすかに弾んでいる。ついさっきまで走っていた証拠だ。
 申し訳ないけど、ちょっとだけうれしい。

 「官舎のかまどでは、パイが焼けませんから。アンナさんに教えていただいて、近所のパン屋さんの窯をお借りしてたんです」

 わたしの焼いたパイは二つ。一つはわたしたちの夕飯用、もう一つは、窯を貸してくれたパン屋さんと紹介してくれたアンナさんへのお礼。半分こして、それぞれに渡して帰る途中だった。

 「家のかまどでは、焼けないのですか?」

 「そうですね。ちょっと火加減とか難しいですから」

 火の上に鍋やフライパンを置いて調理するしかないので、焼き加減に難がある。

 「本当は窯代として1シリング必要なんだそうですけど、今回は初めてだし、特別にってタダで使わせていただいちゃいました」

 正確には、「母ちゃんの手伝いえらいな、ご褒美だ」でタダだったんだけど。それを言うと、わたしがチビでガキに見られてることまで説明しなくちゃいけなくなるので黙っておく。

 「ここに人たちはみんな親切で優しくて。感謝してもしたりないぐらいです」

 わたしも王都育ちだけど、祖父母の家のあった場所はこことは離れている。あちらの人が特別不親切だったわけじゃなく、わたしが子どもだったから、そういう大人のやり取りをよく知らなかっただけだ。祖父母が亡くなってからは、王宮の侍女の部屋で先輩たちと暮らしてたし。
 街にこういう親切なやり取りがあることを知り、あらためて自分が大人になったこと、いつでに言えば結婚したことに思い至る。家のことを担う立場にならなかったら、こういうことに気づかなかっただろう。

 「シチューも作ってありますから、さっそくですが夕飯にいたしましょう」

 ちょっと饒舌気味に話して家に入る。
 久々に上手くパイが焼けたこと、それと心配してもらったことで、気分が上がってるのかもしれない。
 パイ作りと並行して作ったシチュー。パン屋に焼きに行ってる時間、さすがに冷めていたので、もう一度かまどに火をくべ温め直す。その間にパイを切り分け、食卓に並べる。
人の窯を借りて焼くなんて初めてのことだったけど、サクッと上手く焼けているようだった。
 温め直したシチューを皿に盛り、並べると同時に食卓に着く。
 エディルさまと向かい合って座る席。ある程度慣れたとはいえ、やはり緊張する。
 「では」と軽く感謝の言葉を述べ、エディルさまの手がパイへとのびる。一緒に焼いたパイ。パン屋さんもアンナさんも喜んでい受け取ってくれたけど――。

 「――美味しい。美味しいです、ミス・フォレット」

 パイを咀嚼し、嚥下したエディルさま。
 その言葉と緩んだ頬に、わたしの肩から力が抜ける。
 よかった。お口に合ったんだ。

 「そのパイ、わたしの亡き祖母直伝の味なんです」

 「祖母君の?」

 「ええ。わたし、物心つく前に両親を亡くして。王宮に上がる前は、父方の祖父母がわたしを育ててくれたんです」

 両親のいなくなったわたしを育ててくれた祖父母。祖父は十三の時に、祖母は十五の時に亡くなったけど、それまでは深く愛情をかけて養ってくれた。わたしが王妃さま付きの花師としてやってこれたのも、パイ作りをはじめ家事をこなせるのも、すべて祖父母のおかげだ。

 「よい祖父母君だったのですね」

 「そうですね……」

 両親はいなかったけれど、幸せに育ててもらったと思う。
 パイを齧るたび、祖父母との思い出が胸にせまってくる。

 「お二人の墓は、王都に?」

 「ええ。都の外れに」

 「では、次の休みにでも、お墓に連れていっていただけませんか?」

 「え?」

 「一度、キチンと報告に上がりたいと思っていたのです」

*     *     *     *

 ほ、報告って――っ!!

 エディルさまの提案に驚くしかないわたし。
 だって。だってね。
 
 (そんなの、本当に結婚したみたいじゃないっ!!)

 わたしの結婚は、あくまで(仮)であって。泉下の祖父母に報告するようなもんじゃないと思うのよ。

 ――仮の夫婦として暮らして、じっくりわかり合う。

 そういう、王妃さまからの命令なんだもん。
 それなのに。

 二人そろって取れた休日の朝。
 王都の外れにある教会墓地。そこに小さな花束を二つ持ったエディルさま。二つ並んで建つ祖父母の墓の前に膝を折り、花束を供える。

 (やっぱり、カッコいいなあ~)

 不謹慎かもしれないけど、墓に向かって瞑目するエディルさまの横顔は、凛々しくてカッコいい。こんなステキな人がダンナさまだなんて、(仮)でしかないけど、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもきっと驚くだろうなあ。
 今も、墓の下で目を丸くしてるに違いない。リリーに何があったんだって。

 「さて。今日、これから何か予定は?」

 立ち上がったエディルさまが問う。

 「いえ。特にないですけど」

 墓を参りたいというエディルさまの希望に合わせて休みを取ったけど、特にその後のことなんて考えていなかった。強いて言うなら、「お布団干したかったな~」とか、「またパイでも焼きたいな~」ぐらいのやることはあったけど、別に、「絶対!!」と言うわけじゃないので、予定というほどのものはない。
 
 「なら、これから一緒に街に出かけませんか?」

 へ? 街?

 「先日のパイのお礼がしたいので、つき合ってくれませんか?」
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)
恋愛
 ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。  ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。 『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』  可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。  更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。 『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』 『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』  夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。  それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。  そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。  期間は一年。  厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。  つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。  この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。  あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。    小説家になろうでも、掲載しています。 Hotランキング1位、ありがとうございます。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...