応募資格は、「治癒師、十三歳、男限定???」

若松だんご

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六、番鳥

(四)

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 「どうし……て。どうして、ここに」

 驚く皇子の声がかすれた。

 「どうしてって。そりゃお前の治療をするために決まってんだろ」

 オレ、また診察してあげてほしいって頼まれたから来たんだけど?

 「オッサン、コイツに何も伝えてなかったのかよ」

 皇子の後ろにいたオッサンに尋ねる。皇子もふり返り、「セイハ、お前」とオッサンを睨む。で、当のオッサンは、ピッピピ~と明後日の方を見ながら口笛を吹く。説明、逃げたな。

 「オレはさ、またお前の体調が思わしくないって、オッサンに聞いたからここに来たんだ。具合の悪い患者がいれば、それを診るのが治癒師の仕事だからな――、ってこら。またそうやって睨んで萎縮させる。オッサンの胃が悪化するだろ」

 ゴンッと、鈍い音を立てて皇子の頭を小突く。

 「お前、かりにも皇帝の頭を――」

 「それより、五年ぶりか。お前、相変わらず色白いまんまだし。ある程度大きくなったみたいだけど――チビだな」

 皇子の文句を無視して、勝手にズカズカと室の中に入っていく。
 さっき向かい合って立ったかんじでは、皇子の背はオレより頭一つ分低い。さっきの拳だって、ゲンコツを落としやすい位置に頭があった。

 「きみが大きくなりすぎなんだ」

 遅れて戻った皇子が口を曲げた。

 「そうか?」

 言われて自分の体を見回すけど、オレが大きくなりすぎなのか、皇子がちっちぇえのか。判断はつかない。

 「それよりさ。オレ、お前のためにタップリ薬を仕入れてきたから。一回、ちゃんと診察させろ」

 ドスッと牀の上に行李を下ろす。中に入っているのは、この五年の間に集めたさまざまな薬種。

 「お前、またちゃんと食ってねえだろ。それに寝てねえ。ほら、目の下にクマが出来始めてるぞ」

 隣に立った皇子のまぶたに触れる。まぶたの裏は白っぽく、目の下はうっすら青黒い。
 それらの症状は、皇子の貧血と寝不足を表してる。目の青さは相変わらずで、とんでもなくキレイなぶん、その体調不良は、よけいにもったいないと思った。

 「どうして……」

 「あん?」

 「どうして戻ってきたりしたんだ。きみは放逐されたんだぞ」

 皇太子暗殺未遂の嫌疑をかけられて。戻ってきたら命はないと脅されて。

 「あのなあ。あんな状態の患者を放っておけるほど、オレはデキた治癒師じゃねえんだよ」

 皇子に向き直る。

 「お前がぶっ倒れたのがオレの調合した薬のせいだって言うのなら、その原因を突き止める。そして、滋養強壮薬程度で昏睡するような弱っちいお前の体を治す。それが治癒師ってもんだ」

 何があっても患者を見捨てない。それがじいちゃんから受け継いだ信条。オレの薬で昏倒したってのならなおさらだ。

 「オレはな、次にお前がぶっ倒れてもいいように、いろんな薬を集めてきたんだよ。これだけあれば、いつだってお前を治してやれる」

 「リュカ……」

 まあ、本当はコイツの「薬のせいで昏睡状態に陥った」っての、嘘だってわかってたんだけど。
 オレが牢に打ち込まれてた時、オッサン言ったんだもん。「昏睡状態にある皇子からの温情でオレは放逐となった」って。昏睡って、意識もないのに、オレの罪に温情をかけられるか?
 それと渡されたオレの行李。中には治癒師としての道具だけじゃなく、路銀もぎっちり詰まってたし、なんなら真新しい外套まで入れてあった。
 オレがいた村に、時折行商で訪れてたロンガもそう。アイツはオッサンの細作で、放逐されたオレのことを見守ってたんだって。だから、「朱烏」って元号を聞いてオレがどんな反応をするか見てたし、オレが皇都に戻るって決めたら、オッサンに連絡を取って、帰る手筈を整えてくれた。

 オレがここにいてはいけないから、オレを守るためにわざと追い出した。

 こんだけ条件が揃えば、それぐらいの察しはオレでもつく。なんたって蔵子に閉じ込められて、丸焼けにされる一歩手前だったし。
 オレがここにいたら、また命を狙われる。どうしてオレが狙われるのかは知らねえけど、次も襲われて、同じように助かるとは限らない。
 それを危惧した皇子が、「薬による殺害未遂の罪」を作り上げ、オレを守ろうとした。
 さすがに、そこまで追い詰められ悩んでくれてる皇子に、「治癒師なんだから、ここに居させろ」とは言えない。オレだって、もしじいちゃんの命が狙われてるとなったら、似たようなことをするだろう。自分を守った近侍が亡くなったことを、自分のせいだと責め続けてた皇子に、これ以上負担をかけちゃいけない。そう思った。
 でもまあ、最初はそんなこと露ほども思わなくて、しばらく「どうしてだよ」って怒ってたけどな。

 「ってことで、ほら、ちゃんと見せろ」

 軽く膝を曲げ、目線を同じ高さに合わせる。――やっぱキレイだな、コイツの目。

 「オッサンからの手紙じゃあ、お前、仕事に追われすぎて全然休んでねえってあったけど、他にどっか悪いとこねえか?」

 「手紙、やり取りしてたのか?」

 「まあ、な。それより、やっぱ肌がカサついてるな。ハリがねえ」

 内臓の調子が悪いのか? それともただの栄養不足か、心労か。パッと見ただけでは、その原因はわからない。

 「――やめろ。僕に触るな」

 「んだと?」

 また、診られたくないとか言い出すのか? 皇子の両頬を包んだ手が、パンッと弾かれた。

 「僕は汚れている。きみも知ってるんだろう? 僕が何をしたのか」

 顔をそむけ、床に視線を落とした皇子。

 「継母だった皇后を殺し、丞相を殺した。ジェスの皇位を剥奪して僧院に幽閉した。皇帝になるために、たくさんの血を流したんだよ」

 自分のしたことを苦々しく思っているのだろう。眉根を寄せ、唾棄するように言葉を紡ぐ。

 「それが何だって言うんだよ」

 弾かれた手を、もう一度皇子に向かって伸ばす。今度は手だけじゃない。

 「お前はどこも汚れてねえよ、ほら」

 「リュッ、リュカ!」

 その体をギュッと抱きしめてやったら、皇子が目をまん丸にした。

 「お前はどこも汚れてねえよ。昔と変わらねえ」

 腕に力を込め、囁くように告げる。

 「もし、お前が汚れてるっていうのなら、オレも一緒に汚れてやる」

 生きることを「穢れ」と言うのなら。生き残るためにあがき、もがいたことを「穢れ」と忌み嫌うのなら。オレも一緒に穢れてやる。
 皇后や丞相を殺したことは、人として正しいことなのかどうか。そんなのオレにはわからねえ。ジェスを幽閉したことだって、「どうしてだよ!」って非難することは簡単だ。けど、コイツがそうするに至るまで、ざんざん悩んだろうことを、オレは知っている。コイツは、そんな冷酷非情なやつじゃない。

 「ほら、オレをいっぱい汚せ。ほれほれ」

 皇子の手を掴み、ペタペタと強引にオレに触らせる。オレの顔、首、肩、腕。汚し足りねえってのなら、もっと触れ。オレを汚せ。オレも一緒に、お前の咎を背負ってやるからよ。一人で何もかも背負い込むな。

 「バカだな、きみは」

 「うっせ。バカって言ったやつのほうがバカなんだぞ」

 ニッと笑ってやると、同じように笑おうとした皇子の目から涙が溢れた。
  
 「バカだ、よ……、きっ、みは……。大バカ、だ……っ!」

 皇子の声は言葉にならなかった。大粒の涙と嗚咽。それを受け止めたくて、震える体を再び抱きしめる。

 「リュ……カ……!」

 胸に、オレを呼ぶ声が染みる。
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