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五、放鳥

(四)

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 「葱はなるべく細く切るんだ。あまり長く煮込めねえからな。火が通りやすいように千切りにするんだよ」

 厨房で丸椅子に腰掛けながら指示する。

 「鍋の火は、弱くな。あまり強いと焦げついちまう。時折でいいから、底からこそげ取るようにかき混ぜてやってくれ」

 「こう?」

 「そうだ。あんまりガチャガチャかき混ぜずに。焦げない程度に混ぜたらいい」

 ジェスの問いに、鍋の様子を見て頷く。

 ――夜食を作ろう。

 そう二人の皇子に提案したのはオレなんだけど。オレの右手、絶賛包帯グルグル巻き。左手だけでは調理できない。
 今作ってるのは、雑炊。
 隣の厨房で飯食ってた膳夫のオッサンたちから分けてもらった米で作ってる。
 
 ――俺たちの飯でいいんですかい?

 オッサンたちが食べていたのは雑穀の混じった玄米。皇子たちが普段食べつけてる白い米じゃねえけど。

 ――それがいいんだよ。

 白い米より、そっちのが栄養豊富だ。

 「葱が切れたら鍋に入れてくれ。青菜も同じな」

 茹でた青菜。それを食べやすい大きさに切ってもらう。
 ルーシュンとジェス。二人の皇子が、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら飯を作る。

 (やっぱいい光景だ)

 兄弟が仲良く一つのことをこなす。きっと今までの皇宮では見られなかった光景。仲悪いと思われてた皇子たちが、こうして一緒に過ごす。独楽打ちはまだ実現してねえけど、いつかもっと長く、もっと一緒に過ごせる時間が来たらいいのに。
 皇子たちが料理をするってのがよほど珍しいのか、膳夫のオッサンたちも不思議そうに厨房を覗き込んでくる。普通に雑炊を作ろうとしたら、「玄米の粉も入れると、とろみが出ていい」と教えてくれたのは、他でもない膳夫のオッサンたちだった。

 「最後に醤油と胡麻油を一たらしして、溶き卵を混ぜ入れる。蓋をして少し蒸らしたら完成だ」

 オレの言ったとおりに皇子たちが動く。しばらくして蓋を取ると、あたりに胡麻と醤油のいい匂いが広がった。卵と雑穀米の混ざり具合もちょうどいい。

 「美味いな」
 「おいしいぞ」

 皇子たちが、フーフーと匙に息を吹きかけて冷ましながら、自分たちの作った雑炊を食べる。

 「だろ?」

 オレも同じものを、左手で匙を動かして食べる。オレの指示どおり作ってくれたからか、初めての雑炊は、なかなか美味しかった。

 「ここに生姜とか大根を入れるともっと旨いんだけどな」

 食材はあの火事で大半が焼けてしまった。数日もしたら、また街から仕入れられて元に戻るだろうけど、それまでは今ある食材で調理するしかない。

 「おかわりしてもいいか?」

 「ああ。でもその前に、顔を拭け。ご飯がついてる」

 言いながらジェスの顔を拭いてやる。ってか、自分で拭けよ。顔を突き出してないでさ。
 拭き終わるなり、早速おかわりしに行ったジェス。その姿を少し見送る。

 「――ん? どうした、オッサン。食べたいのか?」

 厨房の入り口からオレたちを見ていたオッサンの一人に声をかける。なんか言いたげだけど。

 「いえ。ただ、なんだか殿下方が夫婦とその子どもみたいだなって……、す、スミマセン!」

 言ってからオッサンが頭を下げた。

 「夫婦?」

 思わず皇子と顔を見合わせる。
 この場合、女装のままのオレが母親で、同い年の皇子が夫……? ジェスはオレたちの子ども?

 「プハッ……」

 思わず吹き出す。

 「あ、あの……、姫さま?」

 「ああ、いい。ゴメン、怒ってるわけじゃねえよ」

 夫婦と子ども、家族かあ。
 夫婦役のオレたちと子ども役のジェスはそう歳が離れてないから、ちょっと稚すぎる感はあるけど。男同士で夫婦もへったくれもないような気がするけど。そんな風に仲良く見えたのならそれでいいかと思うけど。

 「夫婦か」

 なぜかしみじみと言った皇子。なんだ? 嫌なのか?

 「将来の予行をジェスで行うか。悪くないな」

 「いや、悪いって」

 夫婦ってなんだよ。男同士の夫婦っておかしいだろ。
 オレが嫌そうに顔をしかめてみせると、皇子が声を上げて笑った。そこに、雑炊のおかわりを持ってきたジェスが、「何があった」と問いかけ混じる。
 夫婦じゃないし親子じゃないし、なんならオレは兄弟でもなんでもない、ただの治癒師だけど、この空間は居心地がいい。雑炊を食べ終えて片付けてしまうのが惜しいぐらいに。

 「この手が治ったらさ、オレが二人に作ってやるよ」

 今度は生姜を効かせた、もっともっと旨いやつ。他にもたくさん、三人で食えるやつ。

 「楽しみだな、ジェス」

 「うん」

 皇子二人が、雑炊の鋺を片手に、互いの顔を見て笑い合う。その姿は、仲いい父子のように思えた。

*     *     *     *

 「リュカ。薬を一つくれないか?」

 ジェスと別れ、後は室に戻るだけってなった頃、皇子が言い出した。

 「なんだ? どっか具合が悪いのか?」

 腹の調子でも?

 「いや。そういうのじゃないんだ。ただ、ちょっと疲れたなって思ったから」

 「ああ、そういうことか」

 オレを助けるため、術を使ったらしい皇子。その後ぶっ倒れてたオレの看病もしてたし、ここに来て疲れが押し寄せてるのかもしれない。

 「睡眠薬もつけておくか?」

 「そうだな。頼むよ」

 疲れって、酷くなりすぎると逆にうまく寝つけないこともある。日中いろんなことがありすぎて、精神が高ぶってしまうせいだ。

 「じゃあ、これとこれ。寝る前に飲んでも問題ない薬だから」

 室に戻って、行李のなかから取り出した薬を手渡す。
 滋養強壮の薬は、眠れなくなる成分が入っていることもある。だから、ちゃんとその辺も考慮して薬を選んだ。

 「ありがとう」

 「これ呑んで、シッカリ寝ろよ?」

 「ああ。姫の調合してくれた薬なら、グッスリ眠れるに違いない」

 だから、それやめろって。

 「じゃあな」

 「ああ、おやすみ」

 オレはそのまま室に入り、皇子は自分の室へと帰っていく。

 「――リュカ」

 しばらく回廊を歩いた先で皇子がふり返った。

 「きみがいてくれて本当に良かった」

 「おう」
 
 「きみは僕にとって、最高の治癒師だよ」

 軽く笑って手を振った皇子。オレもお返しに手を振る。

 (――最高の治癒師……か)

 あんなに頑なに治療を嫌がってたアイツにそう言われると、なんか……悪くないな。うれしくって、恥ずかしくって、こそばゆくっ。、ニンマリしそうになるのを、鼻の下を強くこすって落ち着ける。

 「また明日な」

 回廊の角を曲がった皇子。オレの声が聞こえなかったのか、皇子からの返事はなかった。
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