応募資格は、「治癒師、十三歳、男限定???」

若松だんご

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四、翅鳥

(四)

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 「いいか。ここ、芯にシッカリと紐を巻きつけてだな……」

 言いながら、手にした独楽に紐を巻きつけていく。

 「最初の三周はキツめに。あとはゆるくていいから独楽に沿って巻いていくんだ」

 いつもの厨房。独楽を片手に紐を巻くのを上から覗き見てるのはジェス。真剣に、興味深そうに見ているからか、その唇がツンと前に尖っている。

 「出来たら、親指と薬指で独楽を挟んで持って。胸の前で構えて斜め下、地面に向かって押し出すようにっ――!」

 ヒュッ――

 「わっ! 回った!」

 「素早く紐を体の方に引っ張るのが上手く回すコツだ。やってみろ」

 竈の前、硬い地面で回り終えた独楽を取り、ジェスに渡す。オレのやり方を真似て紐を巻き付けるジェス。

 「これでいい?」

 「ああ。あとは前の地面に向けて投げるだけだけど」

 ヒュッ――

 「あれ?」

 投げられはしたものの、そのまま地面にゴロンと転がった独楽。

 「紐を引くのが早いんだ。最初は引くなんて思わないで、前へ出せ」

 地面に落ちる前に勢いよく紐を引っ張ると回転が上がるし、腰のひねりも加えたらもっと勢いよく回るんだけど、さすがに初心者にはムリ。だから、初めてのやつは、単に前に押し出して地面の上で回すことだけを練習する。

 ヒュッ――

 三回目の独楽は、グワングワンと地面の上を転がって、とてもじゃないが「回った」とは言えない終わり方になった。

 「これ、本当に回るのか?」

 ジェスが疑問を投げかける。

 「回る。ほら、もう一回だ」

 ふてくされかけたジェスに代わって独楽に紐を巻きつける。それを半ば無理やり持たせて、後ろから手を添える。

 「いいか。こんなふうに――」

 ヒュッ――

 「回った!」

 独楽回し成功。オレの独楽と違って、それほど速いわけじゃないけど、それでも初めてジェスの手で回せた独楽。よっぽどうれしいのか、こっちを見上げるジェスの顔がパアッと明るくなった。

 「これでルーシュンにも勝てるな!」

 「もうちょっと練習したらな。あっちには、〝独楽打ち名人〟がついてるからな」

 「独楽打ち名人?」

 「オ……わたくしのお父さまですわ」

 「ふうん。じゃあ、お前の父とお前、どっちが上手なんだ?」

 「そりゃあオ……わたくしですわよ」

 ホホホ。
 オレ、街のガキンチョのなかでも、それなりに強かったし。あんな頼りねえオッサンに、負けてるとは思いたくない。

 「さ、殿下。兄上さまとの勝負に向けて、もう少し練習いたしましょうか」

 「その勝負に勝ったら、リュカをもらってもいいか?」

 「あ、それはムリ」

 「どうして」

 「わたくしも参加するからですよ。わたくし、殿下はもちろん、ルーシュン殿下にも負けるつもりはございませんから」

 「じゃあ、お前に勝てたら、お前をもらうぞ」

 「勝てましたら、ね」

 オレが手を添えて、ようやく初成功のやつに負けるとは思えない。だからこその約束。

 「よし! やるぞ!」

 それでも、ジェスがやる気を出したみたいで、自分で独楽に紐を巻きつける。

 (平和な光景だよなあ)

 独楽に夢中になるジェス。
 オッサンに用意してもらった独楽を渡した時は、面食らったような顔してたけど。兄貴が、自分のために用意したってことに驚いたらしい。

 (ここに皇子の野郎もいたらなあ)

 オレじゃなくて、皇子が独楽を渡してあげてたら。
 一緒に遊んだことのない、関わり合いの少ない兄弟。
 勝負でもなんでもいい、一緒に楽しいことを積み重ねていけば。今はムリでも少しずつ少しずつ……って。

 「おわっ!」

 いきなりオレの方にぶっ飛んできた独楽。「回す」なんてもんじゃない。オレが避けると、そのまま机の足や椅子にガンッ、ゴンッとぶつかっていった。

 「紐を早く引っ張り過ぎだ」

 そのせいで、後ろに向かって飛んできた。

 「ちゃんと焦らなくても独楽は回るから。落ち着いて投げろ――って、どうした?」

 「……お前、男みたいな喋り方をするな」

 あ。

 「申し訳ございません。つい。わたくし、街で育ちましたから、あまり言葉がよろしくないんですの」

 ホホホのホ。
 笑ってごまかせ。

 「独楽も上手いし、胸もペッタンコだし」

 う。

 「気は強いし、ズケズケ言うし」

 うう。

 「おおお、男の子たちに混じってよく遊んでおりましたので。男勝りな気性になってしまったんですの」

 そういうことにしておいてくれ。そして。

 「女性にあまり体型のことを、とかやくおっしゃってはいけませんよ。体のことを言われると、女性は男性の何倍も深く傷つきますからね」

 「そういうものか?」

 「そういうものですわ」

 別にオレは傷つかないけど。ペッタンコなのは当たり前だし。

 「おっ、独楽ですか」

 不意にかかった声。隣の厨房から見てたんだろう。ゾロゾロと興味深そうに現れたのは、膳夫のオッサンたちだった。

 「懐かしいですなあ」

 「昔はよくやったもんだよ」

 感慨深そうなオッサンに、ヒュッと投げる真似をするオッサン。

 「もう少し、腰のひねりもあると上手く回りますぜ」

 コツを教えようとするオッサンもいる。
 まあ、独楽回しなんて、男なら誰もが通る道だ。拙いジェスの独楽回しに、なにか言いたくて仕方ないんだろう。

 「お前ら、独楽は得意なのか?」

 「そりゃあ、もちろん!」

 ジェスの問いに、膳夫のオッサンたちが口をそろえて頷いた。

 「ならば、ぼくが独楽打ち勝負に勝てるように、コツを教えろ」

 「あっしらが……ですかい?」

 「そうだ。得意なのだろう?」

 皇子の独楽回し指南役に、自分たちなどでいいのだろうか。困惑した膳夫のオッサンたちの視線に、「大丈夫だ。頼む」と頷いて返す。

 「じゃ、じゃあ、殿下。駒を持つ時は、もっと脇を締めてくだせえ」

 「脇を?」

 「それから、投げる先、地面をちゃんと見るんでさ」

 「あと、力を込めないで、横にスッと流すように投げるんですよ」

 「こう……か?」

 「ああ、違いますよ。腰のひねりはこう!」

 「ちょっと貸してみてください。手本を見せますから!」

 オッサンたちは、口だけじゃなく手まで出す。ジェスと独楽を囲んでああでもない、こうでもないと騒ぎ立てる。

 (街のオッサンもこんな感じだったよなあ)

 街で子どもたちが独楽打ちをしてると、必ず誰かが絡んでくる。子どもの父親だったり、見知らぬ通りすがりのオッサンだったり。最初は勝負のコツを教えてくれるんだけど、そのうち大人の方が夢中になって、最後は子どもから借りっぱなしの独楽で、大人が真剣勝負を始めちゃうっていう。
 目の前で繰り広げられてるのは、まさしく街で見かけるその光景そのものだった。ここにもう一つ独楽があれば、それこそオッサン同士で勝負を始めてしまいそうなぐらい。
 日が暮れるまで。いや、日が暮れても続けられる勝負。それを強制的に止めさせるのは……。

 「――そこで何をしているのです、ジェス」

 夕飯を告げる母親の声……ではなく。

 「母上……」

 ビクッと揺れたジェスの声。
 厨房の入り口。大勢のお付きを従えた一際華やかな衣装の女性。
 そこにいたのは、ジェスの母親、皇后陛下だった。
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