上 下
16 / 30
四、翅鳥

(一)

しおりを挟む
 「お前が、ルーシュンのいい人・・・か?」

 突然、オレ専用の厨房に現れた子ども。
 なんか偉っそうに腕組みして、ふんぞり返ったような格好。オレよりチビなのにメチャクチャ尊大。オレのみぞおちぐらいの背の高さなのに、威張ってるせいで、もう少しだけ大きく感じる。

 「おい。答えないのか?」
 
 それが、人にものを尋ねる態度か? ムカついたけど、ここは……我慢。

 「リュカと申します。皇太子殿下付きの近侍、セイハの娘でございます」

 出来上がった料理を盛り付けてた最中だったんだけど。箸を置き、代わりに裳をつまんでお辞儀。あ、タスキ、外すの忘れた。まあ、いっか。

 「名前など訊いてない」

 いや、初対面なんだから、普通は名乗ることから始めるだろ。

 「お前は、ルーシュンの女なのか?」

 そういやコイツも名乗ってねえな。ってか、あの皇子を「ルーシュン」って呼び捨て? コイツ、何者だ?
 いくら冷遇されてる皇子であっても、アイツは〝皇太子殿下〟。この国の世継ぎだ。呼び捨てなど、普通ならできないはず。

 「おい、聞いているのか! お前!」

 チビが苛立つ。気ぃ、短けえな。

 「あの。どちら様が存じませんが、人にものを尋ねる時は、そちらから名乗りあそばしたらどうですか? それが礼儀というものでしょう?」

 別にお前が怒っても怖くないもんね。
 ニッコリと、姫さまらしく余裕の笑顔で対応。

 「……………………ジェス、だ。これでいいか?」

 後半の「これでいいか」は、かなり小さな声でそっぽ向いてだったけど、そでれもちゃんと名乗った。納得いかなくても、ちゃんと礼儀は知ってるガキンチョだったんだな。ってか、――ジェス?

 (第二皇子じゃねえか)

 あのルーシュン皇子の五つ年下の異母弟。今の皇后の一人息子。

 (なるほど。それで……)

 その居丈高な態度。豪華な衣装。後ろにゾロゾロ従うお付きの者たち。
 そして、特徴的な赤い瞳。
 
 ――皇族の方々は、それぞれ操ることのできる力を象徴した瞳をお持ちです。火の紅。水の碧。土の琥珀。風の翠。
 
 いつだったかオッサンからそういう話を聞いた。ルーシュン皇子は水の力を操れるから、澄んだ湖面のような青い瞳。
 このジェス皇子は火の力を操れるんだろう。だから真紅の、炎のように赤い瞳。その瞳が燃え上がるように、ギッとこちらを睨みつけてくる。

 「で? お前は答えぬのか?」

 「ああ、失礼いたしました。〝いい人〟というのがどのようなものを指す言葉が存じませんが、今はルーシュン殿下にお仕えしております」

 おそらく、〝いい人〟ってのは〝閨事指南の姫〟ってのを当てこすってるんだろうけど、そこは気づかないふりをする。

 「フン。ルーシュンをたぶらかす〝女狐〟のくせに」

 メッ、メギッ……!

 「とりたてて美しいというわけではなさそうだが。アイツはこれのどこが気に入ったのだ? その貧し気な料理か?」

 貧し気な料理って。素朴な料理って言え。素朴なって。
 料理だけじゃない。オレをしげしげ、ジロジロ、隅から隅まで眺めまわして吟味するジェス皇子。

 「胸もペッタンコだし。カカシみたいだな」

 うるせえな。これでも多少は盛ってるんだい。カカシなのはしょうがねえだろ。男なんだし。

 「いやいや、殿下。体つきは貧相でも、案外とんでもない名器の持ち主かもしれませんぞ?」

 お付きの一人が言い出した。

 「おとなしい顔であっても、夜の顔も同じかどうか、わかりませんからねえ」

 「一夜で虜にしてしまうほどの、素晴らしい手練手管を持ってるのかもしれませんな」

 (……お前ら、言わせておけばなあ!)

 わずか八つか九つの皇子の前で言う台詞じゃねえだろ。
 お付きから囁かれた皇子はキョトンとした顔だったけど、お付きたちの意味あり「フフフ」は許せねえっ! ――って、我慢、ガマン。オレがここで暴れたら、オッサンにも皇子にも迷惑がかかる。我慢。我慢だ、リュカ。握った拳がフルフルしてくるけど、それでも我慢だ。

 「お前、どんなメイキを持っているのだ?」

 は?

 「ぼくに見せてみろ」

 いや、あの。何言ってんだ、このチビ。

 「殿下。申し訳ありませんが、それはお見せするわけにはいかないのです。わたくしはルーシュン殿下にお仕えする身ですので」

 見せられるかあっ! ってかなんなんだ、このマセすぎクソガキはっ!

 「いけませんよ、殿下。このような卑しい生まれの者を所望されては」

 お付きがチビを制した。

 「そうですとも。このような卑しい者を相手にしたら、殿下のイチモツが喰い千切られてしまいますぞ」

 そっちの心配かいっ!
 って、食いちぎるってなんだ。物騒すぎるだろ。

 「ささっ、殿下。このような者に関わるのは時間のムダです。室に戻りましょう」

 「母上さまもお待ちですよ」

 そうだ。帰れ、帰れ。
 お付きと一緒に出ていくことを心のなかで促す。
 
 「嫌だ。せっかくだから、もう少し話がしたい」

 「殿下、そのようなことをおっしゃらずに」

 「このような卑しく汚い所、殿下にふさわしくありませんよ」

 悪かったな。卑しくって汚くて。
 オレの厨房の隣、膳夫たちが使う調理場で、ちょうど鶏がダーンッと首を落とされて、血の臭いが漂ってきてるけど、だからって汚いはないだろ。ここでお前たちの飯を作ってんだぞ? 今首を落とされた鶏は、お前らが夕餉に美味しくいただくように調理されるんだぞ?

 「うるさいっ! ぼくがどこで何をしようが勝手だ!」

 チビが爆発した。お付きたちがあれやこれや言うのが我慢できなかったんだろうけど。

 ガシャーン!

 チビが暴れたせいで、机の上に並べた器が次々と床に叩き落され、出来上がった料理が硬い土の上に散らばる。

 「テメッ、なにしやがるっ!」

 「うるさい! ぼくは皇子だぞ! 何をしたっていいんだっ!」

 癇癪を起こしたチビ。むやみやたらと腕を振り回して――。

 「あぶねえっ!」

 腕がぶつかったのは、熱々の羹の入った器。

 「――ァツッ!」

 ぶちまけられたそれが、とっさに手を伸ばしたオレの腕にかかる。

 「リュカッ!」

 「皇子?」

 驚くお付きたちとジェス皇子を押しのけて現れたのは、ルーシュン皇子。

 「ケガをっ!?」

 「あ、いや。羹、引っ被っただけ。布越しだからたいしたことない」

 どうしてここに? 騒ぎを聞きつけてきたのか? こんなところまで?
 現れるはずのない場所に、血相を変えてやって来た皇子に、熱さも痛みも忘れる。

 「大丈夫だ。これぐらいなら、水で冷やせば問題ない」

 床に座り込んだオレに合わせ、床に膝をついた皇子。いつもは凪いだ水面のような瞳なのに、今は風に波立つ泉のよう。オレの腕を見つめ、顔を真っ青にした皇子を安心させるため、少しだけ笑ってみせる。
 けど。

 「ジェス皇子」

 そばに突っ立ったままになってたチビに視線を向ける。

 「お怪我はございませんか?」

 とっさに、オレの腕でかばったけど。だからって火傷してない保証はない。

 「……うん」

 「それはよろしゅうございました。ですが――」

 ホッとして、作った笑顔を引っ込める。
 
 「『ごめんなさい』、は? 料理をムダにして、『ごめんなさい』はないのですか?」

 オレの言葉に、チビの体がビクンと震えた。

 「皇子はこの国の主の子。だからといって、食べものを粗末にしていいことにはなりませんよ? 食べものには、それを育てた人、作った人の苦労も詰まっているのです。皇子だからって、好きにしていい理由にはなりません」

 オレにやけどさせたてことで、オレにもゴメンは必要かもしれねえけど、それよりも食べものに対して謝って欲しい。
 どれだけ身分があろうと、食べものを粗末にしていいなんてことはない。

 「ごめん……なさい」

 小さな、蚊の鳴くような謝罪。でも、受け取ったからには、息を吐いて体の力を抜く。

 「よろしい。では皇子さま方。お詫びに料理を手伝ってください」

 「え?」
 「リュカ?」

 異母兄弟、二人の声が重なった。

 「せっかくですから、料理でもしながらお喋りしましょうか。これを片付けて作り直すの、手伝ってください」

 「ぼくが?」
 「僕もか?」

 なんでそこまで息ピッタリなんだよ。

 「ええ、お二人共です。ともにここにいらしてくださるほどお暇なようですし」

 笑いたいのをこらえて話す。

 「わたくしは火傷を冷やさねばなりませんから。お二人で夕餉を作ってください」

 なんかわかんねえけど、せっかく兄弟そろったんだし。たまには一緒になんかやってもいいだろ。

 「ああ、お付きの方々には、殿下が割った器の片付けをお願いしますね。殿下方にお任せすることはできませんから」

 オレをバカにしたからな。ちょっとした罰だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

恋の終わらせ方がわからない失恋続きの弟子としょうがないやつだなと見守る師匠

万年青二三歳
BL
どうやったら恋が終わるのかわからない。 「自分で決めるんだよ。こればっかりは正解がない。魔術と一緒かもな」 泣きべそをかく僕に、事も無げに師匠はそういうが、ちっとも参考にならない。 もう少し優しくしてくれてもいいと思うんだけど? 耳が出たら破門だというのに、魔術師にとって大切な髪を切ったらしい弟子の不器用さに呆れる。 首が傾ぐほど強く手櫛を入れれば、痛いと涙目になって睨みつけた。 俺相手にはこんなに強気になれるくせに。 俺のことなどどうでも良いからだろうよ。 魔術師の弟子と師匠。近すぎてお互いの存在が当たり前になった二人が特別な気持ちを伝えるまでの物語。 表紙はpome bro. sukii@kmt_srさんに描いていただきました! 弟子が乳幼児期の「師匠の育児奮闘記」を不定期で更新しますので、引き続き二人をお楽しみになりたい方はどうぞ。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

僕の平凡生活が…

ポコタマ
BL
アンチ転校生によって日常が壊された主人公の話です 更新頻度はとても遅めです。誤字・脱字がある場合がございます。お気に入り、しおり、感想励みになります。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

玄牝観の奇怪な事件

六角堂
BL
◆中華風オメガバース異世界 ◆若干グロ表現あり(解剖ネタ等) ◆クトゥルー神話要素あり ◆変人元医者アルファ×新米役人オメガ    元は岐(き)を国号とする大帝国が支配していたが,現在は群雄割拠の戦国時代。  有力勢力の一つ,華氏の入り婿となり,同時に兵部卿(軍務大臣)に任じられ、異例の出世を遂げた共琅玕(きょう ろうかん、アルファ・攻)は、男オメガの新米役人、顔に酷い瘢痕のある紫翠(しすい・受)と運命の番として出会い、強引に彼を妾に迎える。  琅玕の別邸につとめる奉公人、オメガの王仁礼(おう にれい)が火事で焼け落ちた安宿で焼死体で発見されるが、紆余曲折を経てこの王仁礼が、岐の皇族・尖晶王家の落とし胤であることが判明。国力の衰退した岐は、皇族のオメガと有力勢力の者とを政略結婚させて同盟を結び、起死回生を図ろうとしている。  王仁礼は生存の可能性もあり、もし生きていれば彼が未来の皇帝の地位につくかもしれない。オメガ皇帝の婿候補には琅玕の名があがっていたが…

処理中です...