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三、慈鳥

(三)

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 (これ、どんだけ少ないんだよ……)

 室に戻ったオレは、たいして記されてない紙を前に絶句する。
 〝皇子の食べられるもの一覧〟
 書けと言って書き出させたら、あまりの早さで書き終えて、どんなもんかと読んでみたら……。

 (ほとんど白紙じゃねえか)

 書くのを面倒くさがったわけじゃないと思う。紙面を埋め尽くすほど書けない。それほど食べられるものが少ないんだ。
 幸い、一番必要な米と麦は記されてるからなんとかなるとして。

 (魚? 肉? ほとんどダメなもんばっかりだな)

 これじゃあ、生きることは維持できても、育つことまでは難しい。でも。

 ――殿下のお食事ですか? 殿下は、いつもきれいに完食なさっておいでですよ。

 帰る途中、訪れた膳夫司で聞いたこと。
 毎食、皇子の室に届けられた料理は、すべて器が空になって戻ってくるという。

 ――殿下は、好き嫌いなさらない、いいお方ですよ。あんなに全部召し上がっていただいてたら、こっちも作りがいがあるってもんですよ。

 つまみ食いのしすぎか、太っちょ膳夫司長が、出っ張りすぎてる腹を揺らして笑ってた。
 
 ――好き嫌い激しくて面倒なのは、弟皇子のほうでさ。ちょーっとつまんだだけで「いらない」「不味い」で返してくるんだもんな。
 ――でも、そのおかげで、残り物を食えるんだからいいけどな。
 ――ちげえねえ。

 部下の膳夫たちが笑い合う。
 よく食べる兄皇子と、好き嫌いだらけの弟皇子。膳夫司ではそういう認識らしい。

 ――ですから、姫さまが何を作ろうと、殿下は美味しく召し上がってくださいますよ。

 オレが男なら、背中をバンバン叩いてきそうな励まし。

 ――そうそう。姫の愛情たっぷりですからねえ。殿下もいつにもまして、たくさん召し上がってくださるんじゃないですか?

 いや、だからオレ、〝姫〟じゃねえし。
 殿下のご寵姫が、愛する殿下に差し上げるため、手ずから料理をお作りあそばされる――。
 オレが皇子のために料理をするってことが、さっそく膳夫司伝わっているらしい。〝殿下のご寵姫が気持ちよく料理ができるよう、新たな竈、厨房を用意せよ〟とかなんとか。で、その愛しの姫さまが膳夫司を確認しに来たと。オレが立ち寄った理由をそう勘違いされた。

 ――愛の力だねえ。

 それが膳夫たちの感想。
 本気で勘弁してほしい。
 
 「殿下はね、あまりお召しになりませんから。代わりに俺が食べて空にしてるんですよ」

 「オッサンが?」

 オレが膳夫司で抱えた疑問の正解を、オッサンが教えてくれた。

 「食べ残したりして、『体の弱い皇太子』と思われてはいけませんからね。せっかく作ったものを残したら、膳夫たちもかわいそうですし、食材を献上した者の立場もありませんから」

 「めんどくせえんだな、皇宮って」

 飢えて栄養失調になる庶民と違って、暴飲暴食、贅沢に食べ放題なんだって思ってた。
 食べたくなくても食べたようにしなくちゃいけなくて、好き嫌いがあるなんて弱みは誰にも見せられない。

 「それが上に立つ者ってことなんですよ。食べたいものを好きなだけ食べることも、食べたくないものを拒否することもできません。好悪の感情だけで動いていたら、下の者が仕事を失ったりして、路頭に迷ってしまいます」
 
 「ふぅん」

 だから、皇子が全部平らげたように思わせるため、こっそりオッサンが食べていたのか。

 「のわりにはオッサン、腹が出てねえな」

 とてもじゃないが、毎回二人分食ってる腹には見えない。

 「それはまあ……。あの殿下にお仕えしてますとですねえ……」

 軽く腹をさすったオッサン。なるほど。二人分食っても、それが身になる前に胃痛から腹痛になって出て行ってしまうってわけか。それかただの食あたり。食い過ぎによる腹下し。

 「それでリュカ姫、殿下のための献立はできそうですか?」

 オッサンが話題を変えた。

 「んー、まあ。食べられる食材は少ねえけど、なんとかなるだろ。豪華な食事にはなりそうにねえけど」

 あれも食べられない、これも食べられないでは、食材をふんだんに使った料理は見込めない。だけど、ちゃんと栄養の摂れる食事を作ることはできる。

 「さっきも言ったけど、貧血を治すために、なにも動物の肝ばっかり食べりゃあいいってもんじゃない。他にも豆とか青菜からでも摂ることはできるし。問題ねえよ」

 肉がダメなら豆とか卵とか。人参がダメなら南瓜で補う。どれか一つの食材が食べられなくても、別のものが食べられれば問題ない。

 「あとは……、そうだな。皇子、茘枝ライチが好きなのか?」

 紙面に連ねられた食材のなかで、ひときわそれが目を引いた。心なしか、ちょっとだけ字が大きいような気もする。

 「そうですね。茘枝ライチは幼い頃から好まれてますよ」

 「贅沢なやつだなぁ」

 素直にそう思う。
 この国の南方でしか産出しない茘枝ライチ
 茘枝ライチは、「枝を離れるや、一日で色が変わり、二日で香りが失せ、三日ですべてが失われてしまう」と言われる果物。赤い鱗のような棘は、鮮度が落ちるとともに、あっという間にシナシナになるらしい。
 だから南方で暮らしているか、早馬で届けさせることのできる金持ち、身分ある者しか食べることのできない幻の果物。それを好物って言えるなんて。
 
 (やっぱアイツ、皇子さまなんだな)

 好物って言えるものの基準が庶民と違う。
 オレなんて名前は知ってるけど、見たこともなければ食ったこともないってのに。

 「僕がなんだって?」

 室に響く、軽い叩扉の音と声。

 「せっかくだから姫と散策したいなって誘いに来たんだけど――何?」

 いたずら心満載、にこやかに近づいてきた皇子の顔色が、微妙に変化した。オレが、丸薬を差し出したからだ。

 「今日はまずこれを呑め」

 「これは?」

 「お前の貧血を治す薬。ちゃんとお前用に甘く作ってある」

 「僕のために?」

 「そうだよ。お前、苦いの、苦手だろ?」

 毒を経験している者からしてみれば、自然の苦味も恐怖の対象になるって、じいちゃんから教えてもらったことがある。苦味は毒。普通の自然界にあるような苦味も毒かもしれないって思ってしまうんだってさ。
 皇子がその症例に当てはまるのかどうかは知らねえけど、好きなもの、食べられるもののなかに「苦瓜」が入ってないことから、「苦味は嫌い」と判断した。

 「僕の……ために」

 コロンとその手のひらの上に丸薬を転がしてやると、なぜか、それを眺めながら呟きがくり返された。

 「その丸薬を呑み続けるだけで、体調はかなり改善されるはずだ」

 とりあえず、立ってるだけで襲ってくる目眩は治まる。オレに胸倉つかまれただけでぶっ倒れるなんてことはなくなる。

 「ああ、あと、それ。呑んだら便秘気味になったり、ウンコが黒くなったりするけど、問題ないからな」

 「なっ……! ウン……!」

 皇子が思いっきり顔をしかめた。

 「これも治癒師として説明しとかなきゃいけないことなんだよ。説明ナシに呑ませて、後から『ウンコが出なくなった!』とか『黒くなった! 病気だ!』って騒がれたらたまらないからな」

 そうならないように、予め説明しておく。

 「だからって、その格好で『ウンコ』はないと思いますよ」

 皇子の代わりにオッサンが非難の声を上げた。
 まあ、これでも一応オレ、〝姫〟だし? ヒラヒラの格好したヤツの言う言葉じゃないわな、〝ウンコ〟。
 でもさ。

 「それ呑んで、腹苦しいとかあったら言えよ? 下剤もちゃんと用意してやる。ムリして出そうとすると、今度は痔になるからな」

 オレは〝姫〟である前に〝治癒師〟なんだよ。格好どうこう言う前に、治癒師としてちゃんと伝える義務があるんだ。
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