応募資格は、「治癒師、十三歳、男限定???」

若松だんご

文字の大きさ
上 下
12 / 30
三、慈鳥

(二)

しおりを挟む
 「ととっ、とりあえず治療を始めるが、まずはお前の嫌いなもの、食べたくないものを書き出せ」

 ケツ穴の話題を逸らすため、急いで卓の上に持ってきた紙を取り出す。

 「嫌いなもの?」

 「そうだ、嫌いなもの。一応言っとくけど、嫌いなものづくしの料理を並べるってんじゃないから安心しろ」

 嫌いなもの満漢全席。この間の蕃茄づくしみたいなことはしない。

 「嫌いなものを少しずつなくす。その努力はしてほしいが、ムリに嫌いなものを食べても、体の栄養にはならないんだ」

 嫌いなもの、不味いと思いながら食べるせいか、体が受けつけない。ムリに食べる、飲み下したところで、結局下痢やなんかで体の外に排出されてしまう。

 「だから、それらの食材を使わない料理を用意してもらう。例えば、さっき言った獣の肝が食べられなくても、豆や青菜を食べることができるなら、そちらで栄養を補うこともできるんだよ」

 「へえ……。絶対、なにが何でも食べなきゃいけないってことはないというのか」

 「そう。まあ、食べられるようになったら、それに越したことはないんだけどな。ムリしてもいいことないから、ここではあえて除く」

 オレの蕃茄嫌いだって、「蕃茄を食べなきゃ死んでしまう!」なんてことはないから、じいちゃんもムリに食べさせようとはしなかった。まあ、人前で残すなんて恥にならないように、嫌いを直そうとはしてくれてたけど。

 「お前の嫌いなもの、食べられないものを知って、そこから献立を考える」

 だから書き記せ。
 状況を察したオッサンが、硯と筆を持ってきて、皇子のために墨を擦り始めた。

 「嫌いなものを書けばいいのか?」

 「ああ。なるべく具体的にな。煮込んだら食べられるが、炒めたら嫌い……なんてもんがあったら、それも書き記せ」

 オレの場合は萵苣ちしゃ。生のままのシャキッとした食感は好きだが、うっかり煮込みすぎたスープなんかに入ってる、デロッとした食感は好きじゃない。

 「となると、リュカ姫。これだけの紙の量では到底足りませんよ?」

 墨を擦り続けるオッサンが言った。

 「殿下の嫌いな食べものは多岐にわたりますからねえ。微に入り細に入り、調理方法によっては嫌いまで書き記していたら、時間も紙も足りなくなりますよ?」

 「え? そんなにあるのか?」

 一応、多めに紙を持ってきたつもりだけど。予想以上に多いのか?

 「セイハ、お前……」

 「〝そんなに〟なんてものじゃありませんよ、殿下の嫌いなも――オゴッ!」

 調子に乗って喋ってたオッサンの眉間に、皇子の持ってた筆の尾骨が突き刺さる。

 「――なんだ? 文句でもあるのか?」

 ジロリと、筆の代わりに視線がオレに突き刺さる。

 「いや。文句なんてねえけど。なあ、なんでそこまで好き嫌いがあるんだ?」

 一応、皇子が超偏食家だった場合を想定して、紙を多めに用意したんだが。

 「昔はもう少し、召し上がることのできる食べものもあったんですがねえ……」

 筆攻撃から復活したオッサンが言った。

 「じゃあ、なんで」

 味覚、好き嫌いというのは、年齢とともに変化する。昔は食べられなかったものが今は平気というのはあるけど、その逆ってのは。

 「……それを食べてあたった・・・・からだ」

 なぜか、ふてくされたようにしてプイッと顔をそむけた皇子。――あたった・・・・? それを食って体調を崩したってことか?
 でも、コイツは〝味選丹〟のとき、自分には体の毒になる食べ物はないって……。

 「リュカ姫。皇宮では、まれにそういうこともあるんですよ」

 食べて体に不調をきたすようなことが? 皇宮っていうよりすぐりの食材と、一流の腕を持った膳夫がいるだろう場所でか? 

 不思議に思うオレに、いつになく真面目な顔になったオッサン。
 妙に重苦しい空気になった室で、オレは一人首をかしげる。

 生煮え、腐った食材なんてないだろうし。オレがここに来てから食べてるものは全部美味かったから、特別皇子の食った飯だけが不味いなんてこともないだろうし。体の毒になる食材はないと言い切るのに、体調不良になった? 食べられなくなった? もし皇子がそういう体質だったのだとしたら、膳夫たちがそれを除いて料理するだろうし。体の毒になるのは、小さい頃から同じで、大きくなってからそれが毒になるなんておかしな話だし。
 ――――――?
 ――――……って。

 「あっ!」

 「そういうことだ。わかったか、ボンクラ治癒師」

 理由を閃いたオレに、皇子がそっぽ向いたまま、怒ったように言った。

 「皇宮ではね、時折そういうことが起きるんですよ」

 静かにオッサンがつけ加えた。
 ある日突然それが体の毒になる――のではなく、ある日提供された食事に毒が入っていた。

 「おかげで、大好きな柑子も食べられなくなった」

 「生死の境をさ迷うほど、盛大にあたり・・・ましたからねえ」

 (いったい、どれだけの食べものに毒を入れられたんだよ)

 二人の会話に、二の句が告げなくなる。
 好きな食べものが食べられなくなる。普通だったものまで食べられなくなる。昔はもう少し食べられたのに。今は食べられないもののほうが多い。
 人間は賢い生き物だ。
 一度食べて、死にそうなほど苦しめば、二度とその食べものを受けつけなくなる。「嫌い」になるとかじゃなくて、体が拒絶する。
 また苦しくなるのではないか。次は大丈夫だという保証がどこにある。
 それをくり返すことで、食べられるものが少しずつ減っていく。今の皇子の食の細さ、栄養不足はそこが原因だったのか。

 「……ならムリして嫌いなもの、食べる必要はねえ。食べられなくても構わねえよ」

 そんな辛い思いをしているのなら、なおさらだ。好き嫌い激しい、偏食家であっても構わない。誰も怒らない。怒れねえ。

 「とりあえず、好きなもの、食べられるものを書き記せ。そこからオレが献立を考えてやる。なんならオレが作ってやってもいい」

 オレを信用してくれるなら、だけど。

 「料理、できるのか?」

 「ああ。じいちゃんと二人暮らしだったからな。じいちゃんが仕事で忙しい時は、オレが飯を作ってたんだよ。宮廷料理のような豪華な飯は作れねえけど、普通の飯なら大丈夫だ」

 皇子って身分のやつが口にするような料理じゃねえかもしれねえけど。

 「オレにも経験があるんだよ。一度あたって、二度と食べられなくなったものがさ」

 驚く皇子に、ニッと笑いかける。

 「オレの場合は丸芋。食って腹こわしたことがあるんだよ。ねじきれそうなほど腹痛かったし。あれ以来丸芋は食ってない。じいちゃんもムリに食わせようとしなかったしな」

 あの時食べた丸芋が、たまたま腐ってただけで、次に食べても問題ないのかもしれねえけど。でも、体がまったく受け付けなくなった。じいちゃんも、嫌いなだけの蕃茄は調理方法を変えて食べさせようとしたけど、丸芋は食べなくても文句言わなかった。

 「って、あ! 次は丸芋づくしだ! 食え! ってすんなよ?」

 やられたら、オレ、一口も食えねえからな?

 「しないよ。せっかくの愛しの姫の手料理、食す機会を自ら潰したりしない」

 「いや待て。その〝愛しの姫〟ってやつ、マジでやめろ」

 鳥肌立つ。

 「ダメかい?」

 「ダメに決まってんだろ!」

 腕をさすって肌をなだめる。 落ち着け、オレの肌。

―――――――
 萵苣=レタス 柑子=みかん 丸芋=里芋
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

華麗に素敵な俺様最高!

モカ
BL
俺は天才だ。 これは驕りでも、自惚れでもなく、紛れも無い事実だ。決してナルシストなどではない! そんな俺に、成し遂げられないことなど、ないと思っていた。 ……けれど、 「好きだよ、史彦」 何で、よりよってあんたがそんなこと言うんだ…!

後宮の華、不機嫌な皇子 予知の巫女は二人の皇子に溺愛される

たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
キャラ文芸
【書籍化決定!23年12月13日発売です♫】 「予知の巫女」と呼ばれていた祖母を持つ娘、春玲は困窮した実家の医院を救うため後宮に上がった。 後宮の豪華さや自分が仕える皇子・湖月の冷たさに圧倒されていた彼女は、ひょんなことから祖母と同じ予知の能力に目覚める。 その力を使い「後宮の華」と呼ばれる妃、飛藍の失せ物を見つけた春玲はそれをきっかけに実は飛藍が男であることを知ってしまう。 その後も、飛藍の妹の病や湖月の隠された悩みを解決し、心を通わせていくうちに春玲は少しずつ二人の青年の特別な存在となり…… 掟破りの中華後宮譚、開幕!

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

残念でした。悪役令嬢です【BL】

渡辺 佐倉
BL
転生ものBL この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。 主人公の蒼士もその一人だ。 日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。 だけど……。 同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。 エブリスタにも同じ内容で掲載中です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ガラス玉のように

イケのタコ
BL
クール美形×平凡 成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。 親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。 とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。 圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。 スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。 ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。 三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。 しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。 三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。

処理中です...