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一、碧鳥

(三)

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 ――困っている者、苦しんでいる者がいたら助ける。それが治癒師というものだ。

 じいちゃんがいつも言ってる治癒師の信条。

 ――どれだけ困難でも、どれほど難しくても必ず治すという信念を持って接する。治せそうにないから、難しそうだから、失敗したら評判が下がるなどというくだらない理由で患者を選り好みするようでは一流の治癒師ではない。

 じいちゃんは、どんな症状の患者が来ても、必ず診察を引き受けた。やくざ者の切った張ったには、ちょっと荒っぽい治療を施したけど、それでもちゃんと治してやっていた。他の治癒師が見捨てたような患者でも引き受けて、結果助からなかったとしても全力で治療にあたった。お金のない患者には、「気が向いたら払ってくれればいい」と告げ、金持ちからはビタ一文負けずに容赦なく請求していた。
 治らないと言われたから、お金がないから……なんて理由で治療を断るなんて絶対しなかった。
 患者が治療を嫌がったら、その気になるまで根気よく待つ。まあ、じいちゃんのいかめしすぎる面が怖くて嫌がってる場合は、もっぱらオレがなだめて治療に向かわせる役だったけど。治療が痛そう、怖そうで尻込みしている患者には「そのままで辛いのはお主じゃぞ? それでもよいのか?」とドッシリ構えて、相手が「おねがいします」と言い出すのを待っていた。そして、「おねがいします」と言われたら、軽く笑って、そこからは全力で治療にあたる。
 オレは、そういうじいちゃんの姿勢にあこがれて、同じ治癒師になろうって決めた。治癒師になって、じいちゃんみたいに誰か一人でも多くの患者を助けてあげたい。
 オッサンの万年胃痛腰痛頭痛の原因である皇子の治療を行って、どちらも治せば一石二鳥。じいちゃんに一歩近づける。そう思ってここに来たんだ。

 (そうだ。これぐらいでへこたれてちゃダメなんだよ)

 あのクソ皇子になんとしても治療を受けさせる。皇子を治して、オッサンの胃痛腰痛頭痛も治してやる!
 めげず、あきらめず、へこたれず。
 それが信条。それがオレ。
 ってことで、何度だって皇子に会って治療を了承させるぜ!

*     *     *     *

 「――必要ない」

 にべもない返答。

 「帰れ」

 ニコリともしなければ、ピクリとも動かない表情。
 まあ、こういうのは想定内。これぐらいじゃへこたれねえぜ、オレは。
 くり返す、皇子との接触。
 皇子のいるところなら、どこにだって出没する。

 「よお、せっかく会ったんだから、ちょっとぐらい体調を診させ……」
 「必要ない」

 「でも、ちょっと顔色悪……」
 「問題ない」

 皇子の室、庭園、回廊、図書寮。
 皇子がいそうな所なら、どこにだって神出鬼没、どこだって参上。
 
 「めげないね、きみも」

 何度目? 何十回目かの出没失敗、回廊にポツンと取り残されたオレに、オッサンが呆れた。

 「それだけ拒絶されてもへこたれないとは」

 無視されたオレと、オレに呆れるオッサンを残して歩いていったアイツ。衛士を連れて、悠然と回廊の角を曲がる背中を見送る。
 あそこまで取り付く島もない、島影すら見えない状況に、普通ならへこたれて、諦めてこの依頼を降りそうなものなのに。

 「これぐらいでへこたれてちゃ、じいちゃんに叱られる。患者を放り出すとはなにごとだ! ってさ。帰ったところで絶対家に入れてもらえねえ」

 「なるほど」

 「それにさ、最近はオレに目を向けるようになってきたんだ」

 「目?」

 オッサンが首をかしげた。

 「ほんのちょっとだけどな。『必要ない』『うるさい』って言うときに、ちょっとだけこっちを見るようになったんだ」

 本当に、ほんとうにわずかな変化だけど。
 でも、この変化が大事だと思ってる。

 「それにさ、アイツ、どれだけオレを嫌がっても、絶対衛士とかに『つまみ出せ』とは言わないんだぜ? 本当に嫌なら、皇子さまの権限でオレを皇宮の外に追っ払ってもいいのにさ」

 一応、この皇宮で暮らせるように、オッサンが近侍の権限で許可を与えてくれたけど、そんなもん、皇子さまの「ね」って一言で簡単に吹き飛んでしまう。
 だけど、その皇子さま権限は使わない。アイツは、現れたオレに少しだけ驚いて、ちょっとだけ見て、無視して立ち去るだけ。周囲にいる衛士に何も言わないもんだから、衛士のオッサンたちにも「がんばるねえ」とか「よくやるねえ」とか労われ、しまいには「なんだ、今回もダメだったか」とか「クッソ、今日こそイケると思ったのに」「チクショウ、大損だ!」みたいなことを言われるようになったんだけど……。大損ってなんだ?

 「まあ、きみの成功には期待しているよ」

 「おう、任せておけ!」

 オッサンの言葉に、ドンッと胸を叩く。

 「野良猫だってさ、毎日現れてたらそのうち情がわいてさ、『ちょっとは餌でもあげてかわいがってやろうかねえ』ってされるだろ? 毎日頻繁に顔を合わせてたら、『ちょっとぐらい診察を受けてやろうか』って思うようになるかもしれねえじゃん?」

 「そんなもんかねえ」

 「そんなもんだよ」

 これはオレと皇子の根比べ。どっちが先に根負けするかの勝負……みたいなもの。
 てことで、次の突撃準備。
 さっき会ったのは回廊。自分の室を出て、あそこを歩いてたってことは行き先は……。

 「じゃあな、オッサン。オレ、図書寮に行ってくるわ」

 「――行き先がわかるのかい?」

 「これだけ追っかけ回してたらな。なんとなく察しがつく」

 それぐらい追いかけ回して出没してる。

 「そうか。ならよろしく頼むよ」

 「おう。その胃痛改善のためにも、ちょっくら頑張ってくらあ」

 無意識なんだろう。腹に手を当てたオッサン。そのオッサンの姿に笑いながら、オレは軽く走り出した。
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