3 / 30
一、碧鳥
(三)
しおりを挟む
――困っている者、苦しんでいる者がいたら助ける。それが治癒師というものだ。
じいちゃんがいつも言ってる治癒師の信条。
――どれだけ困難でも、どれほど難しくても必ず治すという信念を持って接する。治せそうにないから、難しそうだから、失敗したら評判が下がるなどというくだらない理由で患者を選り好みするようでは一流の治癒師ではない。
じいちゃんは、どんな症状の患者が来ても、必ず診察を引き受けた。やくざ者の切った張ったには、ちょっと荒っぽい治療を施したけど、それでもちゃんと治してやっていた。他の治癒師が見捨てたような患者でも引き受けて、結果助からなかったとしても全力で治療にあたった。お金のない患者には、「気が向いたら払ってくれればいい」と告げ、金持ちからはビタ一文負けずに容赦なく請求していた。
治らないと言われたから、お金がないから……なんて理由で治療を断るなんて絶対しなかった。
患者が治療を嫌がったら、その気になるまで根気よく待つ。まあ、じいちゃんのいかめしすぎる面が怖くて嫌がってる場合は、もっぱらオレがなだめて治療に向かわせる役だったけど。治療が痛そう、怖そうで尻込みしている患者には「そのままで辛いのはお主じゃぞ? それでもよいのか?」とドッシリ構えて、相手が「おねがいします」と言い出すのを待っていた。そして、「おねがいします」と言われたら、軽く笑って、そこからは全力で治療にあたる。
オレは、そういうじいちゃんの姿勢にあこがれて、同じ治癒師になろうって決めた。治癒師になって、じいちゃんみたいに誰か一人でも多くの患者を助けてあげたい。
オッサンの万年胃痛腰痛頭痛の原因である皇子の治療を行って、どちらも治せば一石二鳥。じいちゃんに一歩近づける。そう思ってここに来たんだ。
(そうだ。これぐらいでへこたれてちゃダメなんだよ)
あのクソ皇子になんとしても治療を受けさせる。皇子を治して、オッサンの胃痛腰痛頭痛も治してやる!
めげず、あきらめず、へこたれず。
それが信条。それがオレ。
ってことで、何度だって皇子に会って治療を了承させるぜ!
* * * *
「――必要ない」
にべもない返答。
「帰れ」
ニコリともしなければ、ピクリとも動かない表情。
まあ、こういうのは想定内。これぐらいじゃへこたれねえぜ、オレは。
くり返す、皇子との接触。
皇子のいるところなら、どこにだって出没する。
「よお、せっかく会ったんだから、ちょっとぐらい体調を診させ……」
「必要ない」
「でも、ちょっと顔色悪……」
「問題ない」
皇子の室、庭園、回廊、図書寮。
皇子がいそうな所なら、どこにだって神出鬼没、どこだって参上。
「めげないね、きみも」
何度目? 何十回目かの出没失敗、回廊にポツンと取り残されたオレに、オッサンが呆れた。
「それだけ拒絶されてもへこたれないとは」
無視されたオレと、オレに呆れるオッサンを残して歩いていったアイツ。衛士を連れて、悠然と回廊の角を曲がる背中を見送る。
あそこまで取り付く島もない、島影すら見えない状況に、普通ならへこたれて、諦めてこの依頼を降りそうなものなのに。
「これぐらいでへこたれてちゃ、じいちゃんに叱られる。患者を放り出すとはなにごとだ! ってさ。帰ったところで絶対家に入れてもらえねえ」
「なるほど」
「それにさ、最近はオレに目を向けるようになってきたんだ」
「目?」
オッサンが首をかしげた。
「ほんのちょっとだけどな。『必要ない』『うるさい』って言うときに、ちょっとだけこっちを見るようになったんだ」
本当に、ほんとうにわずかな変化だけど。
でも、この変化が大事だと思ってる。
「それにさ、アイツ、どれだけオレを嫌がっても、絶対衛士とかに『つまみ出せ』とは言わないんだぜ? 本当に嫌なら、皇子さまの権限でオレを皇宮の外に追っ払ってもいいのにさ」
一応、この皇宮で暮らせるように、オッサンが近侍の権限で許可を与えてくれたけど、そんなもん、皇子さまの「去ね」って一言で簡単に吹き飛んでしまう。
だけど、その皇子さま権限は使わない。アイツは、現れたオレに少しだけ驚いて、ちょっとだけ見て、無視して立ち去るだけ。周囲にいる衛士に何も言わないもんだから、衛士のオッサンたちにも「がんばるねえ」とか「よくやるねえ」とか労われ、しまいには「なんだ、今回もダメだったか」とか「クッソ、今日こそイケると思ったのに」「チクショウ、大損だ!」みたいなことを言われるようになったんだけど……。大損ってなんだ?
「まあ、きみの成功には期待しているよ」
「おう、任せておけ!」
オッサンの言葉に、ドンッと胸を叩く。
「野良猫だってさ、毎日現れてたらそのうち情がわいてさ、『ちょっとは餌でもあげてかわいがってやろうかねえ』ってされるだろ? 毎日頻繁に顔を合わせてたら、『ちょっとぐらい診察を受けてやろうか』って思うようになるかもしれねえじゃん?」
「そんなもんかねえ」
「そんなもんだよ」
これはオレと皇子の根比べ。どっちが先に根負けするかの勝負……みたいなもの。
てことで、次の突撃準備。
さっき会ったのは回廊。自分の室を出て、あそこを歩いてたってことは行き先は……。
「じゃあな、オッサン。オレ、図書寮に行ってくるわ」
「――行き先がわかるのかい?」
「これだけ追っかけ回してたらな。なんとなく察しがつく」
それぐらい追いかけ回して出没してる。
「そうか。ならよろしく頼むよ」
「おう。その胃痛改善のためにも、ちょっくら頑張ってくらあ」
無意識なんだろう。腹に手を当てたオッサン。そのオッサンの姿に笑いながら、オレは軽く走り出した。
じいちゃんがいつも言ってる治癒師の信条。
――どれだけ困難でも、どれほど難しくても必ず治すという信念を持って接する。治せそうにないから、難しそうだから、失敗したら評判が下がるなどというくだらない理由で患者を選り好みするようでは一流の治癒師ではない。
じいちゃんは、どんな症状の患者が来ても、必ず診察を引き受けた。やくざ者の切った張ったには、ちょっと荒っぽい治療を施したけど、それでもちゃんと治してやっていた。他の治癒師が見捨てたような患者でも引き受けて、結果助からなかったとしても全力で治療にあたった。お金のない患者には、「気が向いたら払ってくれればいい」と告げ、金持ちからはビタ一文負けずに容赦なく請求していた。
治らないと言われたから、お金がないから……なんて理由で治療を断るなんて絶対しなかった。
患者が治療を嫌がったら、その気になるまで根気よく待つ。まあ、じいちゃんのいかめしすぎる面が怖くて嫌がってる場合は、もっぱらオレがなだめて治療に向かわせる役だったけど。治療が痛そう、怖そうで尻込みしている患者には「そのままで辛いのはお主じゃぞ? それでもよいのか?」とドッシリ構えて、相手が「おねがいします」と言い出すのを待っていた。そして、「おねがいします」と言われたら、軽く笑って、そこからは全力で治療にあたる。
オレは、そういうじいちゃんの姿勢にあこがれて、同じ治癒師になろうって決めた。治癒師になって、じいちゃんみたいに誰か一人でも多くの患者を助けてあげたい。
オッサンの万年胃痛腰痛頭痛の原因である皇子の治療を行って、どちらも治せば一石二鳥。じいちゃんに一歩近づける。そう思ってここに来たんだ。
(そうだ。これぐらいでへこたれてちゃダメなんだよ)
あのクソ皇子になんとしても治療を受けさせる。皇子を治して、オッサンの胃痛腰痛頭痛も治してやる!
めげず、あきらめず、へこたれず。
それが信条。それがオレ。
ってことで、何度だって皇子に会って治療を了承させるぜ!
* * * *
「――必要ない」
にべもない返答。
「帰れ」
ニコリともしなければ、ピクリとも動かない表情。
まあ、こういうのは想定内。これぐらいじゃへこたれねえぜ、オレは。
くり返す、皇子との接触。
皇子のいるところなら、どこにだって出没する。
「よお、せっかく会ったんだから、ちょっとぐらい体調を診させ……」
「必要ない」
「でも、ちょっと顔色悪……」
「問題ない」
皇子の室、庭園、回廊、図書寮。
皇子がいそうな所なら、どこにだって神出鬼没、どこだって参上。
「めげないね、きみも」
何度目? 何十回目かの出没失敗、回廊にポツンと取り残されたオレに、オッサンが呆れた。
「それだけ拒絶されてもへこたれないとは」
無視されたオレと、オレに呆れるオッサンを残して歩いていったアイツ。衛士を連れて、悠然と回廊の角を曲がる背中を見送る。
あそこまで取り付く島もない、島影すら見えない状況に、普通ならへこたれて、諦めてこの依頼を降りそうなものなのに。
「これぐらいでへこたれてちゃ、じいちゃんに叱られる。患者を放り出すとはなにごとだ! ってさ。帰ったところで絶対家に入れてもらえねえ」
「なるほど」
「それにさ、最近はオレに目を向けるようになってきたんだ」
「目?」
オッサンが首をかしげた。
「ほんのちょっとだけどな。『必要ない』『うるさい』って言うときに、ちょっとだけこっちを見るようになったんだ」
本当に、ほんとうにわずかな変化だけど。
でも、この変化が大事だと思ってる。
「それにさ、アイツ、どれだけオレを嫌がっても、絶対衛士とかに『つまみ出せ』とは言わないんだぜ? 本当に嫌なら、皇子さまの権限でオレを皇宮の外に追っ払ってもいいのにさ」
一応、この皇宮で暮らせるように、オッサンが近侍の権限で許可を与えてくれたけど、そんなもん、皇子さまの「去ね」って一言で簡単に吹き飛んでしまう。
だけど、その皇子さま権限は使わない。アイツは、現れたオレに少しだけ驚いて、ちょっとだけ見て、無視して立ち去るだけ。周囲にいる衛士に何も言わないもんだから、衛士のオッサンたちにも「がんばるねえ」とか「よくやるねえ」とか労われ、しまいには「なんだ、今回もダメだったか」とか「クッソ、今日こそイケると思ったのに」「チクショウ、大損だ!」みたいなことを言われるようになったんだけど……。大損ってなんだ?
「まあ、きみの成功には期待しているよ」
「おう、任せておけ!」
オッサンの言葉に、ドンッと胸を叩く。
「野良猫だってさ、毎日現れてたらそのうち情がわいてさ、『ちょっとは餌でもあげてかわいがってやろうかねえ』ってされるだろ? 毎日頻繁に顔を合わせてたら、『ちょっとぐらい診察を受けてやろうか』って思うようになるかもしれねえじゃん?」
「そんなもんかねえ」
「そんなもんだよ」
これはオレと皇子の根比べ。どっちが先に根負けするかの勝負……みたいなもの。
てことで、次の突撃準備。
さっき会ったのは回廊。自分の室を出て、あそこを歩いてたってことは行き先は……。
「じゃあな、オッサン。オレ、図書寮に行ってくるわ」
「――行き先がわかるのかい?」
「これだけ追っかけ回してたらな。なんとなく察しがつく」
それぐらい追いかけ回して出没してる。
「そうか。ならよろしく頼むよ」
「おう。その胃痛改善のためにも、ちょっくら頑張ってくらあ」
無意識なんだろう。腹に手を当てたオッサン。そのオッサンの姿に笑いながら、オレは軽く走り出した。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
転生したら乙女ゲームの攻略対象者!?攻略されるのが嫌なので女装をしたら、ヒロインそっちのけで口説かれてるんですけど…
リンゴリラ
BL
病弱だった男子高校生。
乙女ゲームあと一歩でクリアというところで寿命が尽きた。
(あぁ、死ぬんだ、自分。……せめて…ハッピーエンドを迎えたかった…)
次に目を開けたとき、そこにあるのは自分のではない体があり…
前世やっていた乙女ゲームの攻略対象者、『ジュン・テイジャー』に転生していた…
そうして…攻略対象者=女の子口説く側という、前世入院ばかりしていた自分があの甘い言葉を吐けるわけもなく。
それならば、ただのモブになるために!!この顔面を隠すために女装をしちゃいましょう。
じゃあ、ヒロインは王子や暗殺者やらまぁ他の攻略対象者にお任せしちゃいましょう。
ん…?いや待って!!ヒロインは自分じゃないからね!?
※ただいま修正につき、全てを非公開にしてから1話ずつ投稿をしております
完結•出来損ないの吸血鬼は希少種の黒狼に愛を囁かれる
禅
BL
吸血鬼は美を尊び、優秀な血を求める一族。
その中で、異端な性質を持つラミアは出来損ないと罵られてきた。
一族から逃げたラミアは優秀な血を持つ女性を探すため、女装をして貴族のお茶会へ参加するように。
そこで王城の社交界へ誘われたラミアは、運命の出会いをすることになる。
※小説家になろう、にも投稿中
玄牝観の奇怪な事件
六角堂
BL
◆中華風オメガバース異世界
◆若干グロ表現あり(解剖ネタ等)
◆クトゥルー神話要素あり
◆変人元医者アルファ×新米役人オメガ
元は岐(き)を国号とする大帝国が支配していたが,現在は群雄割拠の戦国時代。
有力勢力の一つ,華氏の入り婿となり,同時に兵部卿(軍務大臣)に任じられ、異例の出世を遂げた共琅玕(きょう ろうかん、アルファ・攻)は、男オメガの新米役人、顔に酷い瘢痕のある紫翠(しすい・受)と運命の番として出会い、強引に彼を妾に迎える。
琅玕の別邸につとめる奉公人、オメガの王仁礼(おう にれい)が火事で焼け落ちた安宿で焼死体で発見されるが、紆余曲折を経てこの王仁礼が、岐の皇族・尖晶王家の落とし胤であることが判明。国力の衰退した岐は、皇族のオメガと有力勢力の者とを政略結婚させて同盟を結び、起死回生を図ろうとしている。
王仁礼は生存の可能性もあり、もし生きていれば彼が未来の皇帝の地位につくかもしれない。オメガ皇帝の婿候補には琅玕の名があがっていたが…
幼なじみプレイ
夏目とろ
BL
「壱人、おまえ彼女いるじゃん」
【注意事項】
俺様×健気で幼なじみの浮気話とのリクエストをもとに書き上げた作品です。俺様キャラが浮気する話が苦手な方はご遠慮ください
【概要】
このお話は現在絶賛放置中のホームページで2010年から連載しているもの(その後、5年近く放置中)です。6話目の途中から放置していたので、そこから改めて連載していきたいと思います。そこまではサイトからの転載(コピペ)になりますので、ご注意を
更新情報は創作状況はツイッターでご確認ください。エブリスタ等の他の投稿サイトへも投稿しています
https://twitter.com/ToroNatsume
異世界に転移したショタは森でスローライフ中
ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。
ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。
仲良しの二人のほのぼのストーリーです。
小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)
九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。
半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。
そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。
これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。
注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。
*ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)
ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~
てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」
仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。
フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。
銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。
愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。
それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。
オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。
イラスト:imooo様
【二日に一回0時更新】
手元のデータは完結済みです。
・・・・・・・・・・・・・・
※以下、各CPのネタバレあらすじです
①竜人✕社畜
異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――?
②魔人✕学生
日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!?
③王子・魔王✕平凡学生
召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。
④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――?
⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。
ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る【完結】
君影 ルナ
BL
動物大好き包容力カンスト攻め
×
愛を知らない薄幸系ポメ受け
が、お互いに癒され幸せになっていくほのぼのストーリー
────────
※物語の構成上、受けの過去が苦しいものになっております。
※この話をざっくり言うなら、攻めによる受けよしよし話。
※攻めは親バカ炸裂するレベルで動物(後の受け)好き。
※受けは「癒しとは何だ?」と首を傾げるレベルで愛や幸せに疎い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる