上 下
25 / 28

第25話 普通に過ごしただけで気に入られる、テンプレ転生スキルはいらない。

しおりを挟む
 ――何かと大変だと思うが、これからも、息子を見捨てずによろしく頼むよ。

 あれってさ、やっぱ、父親公認になったってことだよね。
 わたしと王子。
 まだ、誰を花嫁にするか決定はしてないけど、国王が認めたってことは、そういうことになるってことで間違いないよね。もしかすると、わたしがあそこに現れることを知って、陛下みずから庭師のフリして、息子の嫁候補がどんなヤツか見に来てたとか? それで、ため口本音喋りまくりのわたしは、そのまま気に入られてしまったと。

 …………はあ。

 冗談じゃない。
 そういうのは、よくある転生令嬢ラノベだけで充分なんだってば。
 およそ令嬢らしくない、素の自分で惚れられる、気に入られるのは、物語のご都合主義でしかないと思う。本音丸出しなんてものは、身分ある人に対して不敬でしかないからね、普通。
 王子を「悪い人ではない」って評したけど、今のところ、それ以上の感情を持ったことはなくって。どっちかというと、「ウザい」に心の天秤は大きく傾いたままだ。
 
 「もう、完全に外堀を埋められちゃってますねえ、これは」

 「うん。だよね、やっぱり」

 「国王陛下まで認めた仲なのに、これで結婚しませんなんて言ったら……ねえ」

 ミネッタの言葉に、気持ちがズーンとめり込んでいく。

 国王陛下まで認めてくださったのに、王子殿下のどこが不満なんだ――。
 男爵の娘ごときが、つけ上がるな――。

 男爵の娘ごとき・・・だから嫌なのよ!!って言ってもムダなんだろうなあ。
 このまま結婚しちゃったところで、今度は「男爵の娘ふぜいが王子妃などと」とか、「だから身分の低い女は」とか言われちゃうのよ。
 「ごとき」と「ふぜい」。
 結婚してもしなくっても、ずっと言われ続けちゃうんだろうなあ。
 今までは、「本を読んでる時に、『なあなあ』って声をかけられる」ぐらいのウザさだたけど、これからは、「本を夢中になって読んで、推しにときめいて妄想してる時に、ドスンと本の上に転がりに来たデブ猫。そして本はメチャクチャに」ぐらいのウザさになった王子。

 「もうこうなったら、腹を決めて、結婚するしかないんじゃないですか?」

 それは、「かまってちゃんなデブ猫を、『もーしょうがないなあ』って笑って許して頬ずりする」ようなもんなのか。市販の本なら、「まあ、買い直せばいっか」と許せるけど、貴重な薄い同人誌だった場合、頬が引きつりそうよ、それ。殺意を覚えるわ。

 「でもさ、わたし、まだ一度も王子に『好き』とか言われたことないのよね。わたしを候補に選んだのだって、サッサと決めて戦場に戻りたいからだって言ってたし」

 結婚に「はいそうですか」って頷けないのは、そういう部分があるからだ。
 他の候補の方々の前とかで、熱々アピールとかするくせに、一度も「好き」って言われたことがない。

 「本当に結婚したいって思ってるのなら、一度ぐらい、言ってくれてもいいのに」

 そしたら、わたしだって、少しは考えるかもしれないのに。
 「ウザいデブ猫」じゃなくて、「小憎たらしくてもカワイイ猫」ぐらいに思うかもしれないのに。

 「お嬢さま……」

 「ま、悩んだってしょうがないわね。わたし、ちょっと花壇の様子を見てくるわ」

 膝を抱えて座ってた椅子からピョンと降りる。
 こうやってグジグジ悩むのは、性に合わない。悩むときには、体を動かす!!

 「では、私もご一緒させていただきます」

 立ち上がったミネッタ。

 「いいわよ、花壇ぐらい。ドレスを仕立て直してる最中なんでしょ?」

 ミネッタの手には、縫いかけのドレス。この後行われる晩餐会に参加するため、急遽こしらえてくれてるのだ。
 ゴマすりたちがドレスをプレゼントしてくれてたけど、わたしとしては、そんなろくでもない魂胆のこもったドレスより、ミネッタのオタク心のこもったドレスを身にまといたい。
 
 「大丈夫よ。土いじりに夢中になりすぎて、爪が真っ黒泥だらけってことにならないように注意するから」
 
 「……晩餐会に間に合うようにお戻りくださいね」

 そんな、「日が暮れる前に帰ってくるのよ」的に言わなくても。
 
 「わかってるわよ」

*     *     *     *

 遅い。
 いくらなんでも、遅い。

 仕立て直したドレス。それがすっかり出来上がっても戻ってこないお嬢さま。
 いくら晩餐会に出席するのが億劫であったとしても、こんな風に戻ってこないのはおかしすぎる。

 遊びほうけてるのかしら。

 ありえないことじゃない。
 畑仕事に夢中になって、うっかり帰る時間を忘れてたなんてことは、領地にいた時に何度もやらかしてるけど。
 でも、約束をすっぽかしてまで夢中になるなんてこと、今まで一度もなかった。
 約束は約束。
 殿下のことをどう思っていようが、そのへんのけじめはちゃんとつける方なのに。

 探しに行った方がいい?

 庭にいるなら、その首根っこをひっつかんでも連れ戻さなくては。晩餐会に間に合わない。
 意を決して部屋を出る。これ以上自由にさせておくことはできないし、時間も足りない。
 遊びほうけて忘れてたのなら、晩餐会の後にでも、膝詰めでお説教だ。

 「おっと。お前はアデルの侍女――」

 「殿下……。申し訳ありません」

 扉を開けた瞬間、目の前に立っていた殿下とぶつかりそうになった。というか、なんでこんなところに殿下?

 「いや、ちょうどよかった。アデルは不在か?」

 「はい。庭の様子を見に行くと一人で、出かけられて。まだ戻ってきておりません」

 「……そうか」

 ヤケに真剣な顔の殿下。
 その表情に胸騒ぎを覚える。

 「先ほど、この手紙が届けられた。アデルの、俺への別れを告げる手紙だ」

 殿下の手に一枚の紙片。感情のままに力をこめたのだろう。手のなかで、クシャっと握りつぶされかけていた。

*     *     *     *

 迂闊だった。

 薄暗い倉庫の中、後ろ手に縛られ転がされた私の体。
 少しかび臭い空気とジットリ湿った床。
 転がっているのは、庭園の世話をする園芸用の資材倉庫。土から発せられる独特の埃っぽさが周囲に漂う。
 まさか、王宮でこんな目に遭うとは思わなかった。
 花壇の様子を見に行くと、ミネッタに告げて部屋を出たわたし。
 そこでまあ、なんだ。
 「ちょっとお話がある」とかなんとかで四阿に誘われて。
 「今まで、ごめんなさい」とかなんとか言われたわけよ。
 「王子のことを思うがゆえに、つい、辛くあたってしまった」とかなんとか。
 「でも、自分たちが間違ったことをしていると気がついたの」とか。「殿下がアナタを愛していらっしゃる、わたくしたちに望がないって、わかってしまったの」とか。
 だから「これからは、アナタと殿下の恋を応援するわ」、「わたくしたちと仲良くなんてできないかもしれないけれど、せめてものお詫びとして、ここで一緒におしゃべりをすることを許してくださらないかしら」って言われて。
 「じゃあ、まあ……」ってかんじで出された紅茶を飲んじゃったのよね。
 謝りながら勧められて、嫌です飲みませんなんてできない、日本人気質だし。
 お茶を濁すっていうかさ、わたしがお茶を飲めば場の空気が少しは和むかなって思って。
 クイッと飲んじゃったわけよ。

 その結果がこれだ。

 お茶に薬が混ぜられてた。
 飲んですぐに襲ってきた、強烈な眠気。
 座ってることも立つこともできなくて、気絶するように手放した意識。

 「あら。ようやくお目覚めかしら」

 薄暗い小屋のなか。
 蝋燭の灯りが逆光となって顔はハッキリわからないけど、声なら誰か判じることができる。

 「アナタに書いていただきたい手紙がありますの」

 「殿下に、お別れを告げる手紙。書いていただけますわよね」

 意識を失う直前にも見た歪んだ笑顔。
 マリエンヌ、リーゼル、クラリッサ。
 三人の花嫁候補たちの、陰湿すぎる笑顔だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...