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第25話 普通に過ごしただけで気に入られる、テンプレ転生スキルはいらない。

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 ――何かと大変だと思うが、これからも、息子を見捨てずによろしく頼むよ。

 あれってさ、やっぱ、父親公認になったってことだよね。
 わたしと王子。
 まだ、誰を花嫁にするか決定はしてないけど、国王が認めたってことは、そういうことになるってことで間違いないよね。もしかすると、わたしがあそこに現れることを知って、陛下みずから庭師のフリして、息子の嫁候補がどんなヤツか見に来てたとか? それで、ため口本音喋りまくりのわたしは、そのまま気に入られてしまったと。

 …………はあ。

 冗談じゃない。
 そういうのは、よくある転生令嬢ラノベだけで充分なんだってば。
 およそ令嬢らしくない、素の自分で惚れられる、気に入られるのは、物語のご都合主義でしかないと思う。本音丸出しなんてものは、身分ある人に対して不敬でしかないからね、普通。
 王子を「悪い人ではない」って評したけど、今のところ、それ以上の感情を持ったことはなくって。どっちかというと、「ウザい」に心の天秤は大きく傾いたままだ。
 
 「もう、完全に外堀を埋められちゃってますねえ、これは」

 「うん。だよね、やっぱり」

 「国王陛下まで認めた仲なのに、これで結婚しませんなんて言ったら……ねえ」

 ミネッタの言葉に、気持ちがズーンとめり込んでいく。

 国王陛下まで認めてくださったのに、王子殿下のどこが不満なんだ――。
 男爵の娘ごときが、つけ上がるな――。

 男爵の娘ごとき・・・だから嫌なのよ!!って言ってもムダなんだろうなあ。
 このまま結婚しちゃったところで、今度は「男爵の娘ふぜいが王子妃などと」とか、「だから身分の低い女は」とか言われちゃうのよ。
 「ごとき」と「ふぜい」。
 結婚してもしなくっても、ずっと言われ続けちゃうんだろうなあ。
 今までは、「本を読んでる時に、『なあなあ』って声をかけられる」ぐらいのウザさだたけど、これからは、「本を夢中になって読んで、推しにときめいて妄想してる時に、ドスンと本の上に転がりに来たデブ猫。そして本はメチャクチャに」ぐらいのウザさになった王子。

 「もうこうなったら、腹を決めて、結婚するしかないんじゃないですか?」

 それは、「かまってちゃんなデブ猫を、『もーしょうがないなあ』って笑って許して頬ずりする」ようなもんなのか。市販の本なら、「まあ、買い直せばいっか」と許せるけど、貴重な薄い同人誌だった場合、頬が引きつりそうよ、それ。殺意を覚えるわ。

 「でもさ、わたし、まだ一度も王子に『好き』とか言われたことないのよね。わたしを候補に選んだのだって、サッサと決めて戦場に戻りたいからだって言ってたし」

 結婚に「はいそうですか」って頷けないのは、そういう部分があるからだ。
 他の候補の方々の前とかで、熱々アピールとかするくせに、一度も「好き」って言われたことがない。

 「本当に結婚したいって思ってるのなら、一度ぐらい、言ってくれてもいいのに」

 そしたら、わたしだって、少しは考えるかもしれないのに。
 「ウザいデブ猫」じゃなくて、「小憎たらしくてもカワイイ猫」ぐらいに思うかもしれないのに。

 「お嬢さま……」

 「ま、悩んだってしょうがないわね。わたし、ちょっと花壇の様子を見てくるわ」

 膝を抱えて座ってた椅子からピョンと降りる。
 こうやってグジグジ悩むのは、性に合わない。悩むときには、体を動かす!!

 「では、私もご一緒させていただきます」

 立ち上がったミネッタ。

 「いいわよ、花壇ぐらい。ドレスを仕立て直してる最中なんでしょ?」

 ミネッタの手には、縫いかけのドレス。この後行われる晩餐会に参加するため、急遽こしらえてくれてるのだ。
 ゴマすりたちがドレスをプレゼントしてくれてたけど、わたしとしては、そんなろくでもない魂胆のこもったドレスより、ミネッタのオタク心のこもったドレスを身にまといたい。
 
 「大丈夫よ。土いじりに夢中になりすぎて、爪が真っ黒泥だらけってことにならないように注意するから」
 
 「……晩餐会に間に合うようにお戻りくださいね」

 そんな、「日が暮れる前に帰ってくるのよ」的に言わなくても。
 
 「わかってるわよ」

*     *     *     *

 遅い。
 いくらなんでも、遅い。

 仕立て直したドレス。それがすっかり出来上がっても戻ってこないお嬢さま。
 いくら晩餐会に出席するのが億劫であったとしても、こんな風に戻ってこないのはおかしすぎる。

 遊びほうけてるのかしら。

 ありえないことじゃない。
 畑仕事に夢中になって、うっかり帰る時間を忘れてたなんてことは、領地にいた時に何度もやらかしてるけど。
 でも、約束をすっぽかしてまで夢中になるなんてこと、今まで一度もなかった。
 約束は約束。
 殿下のことをどう思っていようが、そのへんのけじめはちゃんとつける方なのに。

 探しに行った方がいい?

 庭にいるなら、その首根っこをひっつかんでも連れ戻さなくては。晩餐会に間に合わない。
 意を決して部屋を出る。これ以上自由にさせておくことはできないし、時間も足りない。
 遊びほうけて忘れてたのなら、晩餐会の後にでも、膝詰めでお説教だ。

 「おっと。お前はアデルの侍女――」

 「殿下……。申し訳ありません」

 扉を開けた瞬間、目の前に立っていた殿下とぶつかりそうになった。というか、なんでこんなところに殿下?

 「いや、ちょうどよかった。アデルは不在か?」

 「はい。庭の様子を見に行くと一人で、出かけられて。まだ戻ってきておりません」

 「……そうか」

 ヤケに真剣な顔の殿下。
 その表情に胸騒ぎを覚える。

 「先ほど、この手紙が届けられた。アデルの、俺への別れを告げる手紙だ」

 殿下の手に一枚の紙片。感情のままに力をこめたのだろう。手のなかで、クシャっと握りつぶされかけていた。

*     *     *     *

 迂闊だった。

 薄暗い倉庫の中、後ろ手に縛られ転がされた私の体。
 少しかび臭い空気とジットリ湿った床。
 転がっているのは、庭園の世話をする園芸用の資材倉庫。土から発せられる独特の埃っぽさが周囲に漂う。
 まさか、王宮でこんな目に遭うとは思わなかった。
 花壇の様子を見に行くと、ミネッタに告げて部屋を出たわたし。
 そこでまあ、なんだ。
 「ちょっとお話がある」とかなんとかで四阿に誘われて。
 「今まで、ごめんなさい」とかなんとか言われたわけよ。
 「王子のことを思うがゆえに、つい、辛くあたってしまった」とかなんとか。
 「でも、自分たちが間違ったことをしていると気がついたの」とか。「殿下がアナタを愛していらっしゃる、わたくしたちに望がないって、わかってしまったの」とか。
 だから「これからは、アナタと殿下の恋を応援するわ」、「わたくしたちと仲良くなんてできないかもしれないけれど、せめてものお詫びとして、ここで一緒におしゃべりをすることを許してくださらないかしら」って言われて。
 「じゃあ、まあ……」ってかんじで出された紅茶を飲んじゃったのよね。
 謝りながら勧められて、嫌です飲みませんなんてできない、日本人気質だし。
 お茶を濁すっていうかさ、わたしがお茶を飲めば場の空気が少しは和むかなって思って。
 クイッと飲んじゃったわけよ。

 その結果がこれだ。

 お茶に薬が混ぜられてた。
 飲んですぐに襲ってきた、強烈な眠気。
 座ってることも立つこともできなくて、気絶するように手放した意識。

 「あら。ようやくお目覚めかしら」

 薄暗い小屋のなか。
 蝋燭の灯りが逆光となって顔はハッキリわからないけど、声なら誰か判じることができる。

 「アナタに書いていただきたい手紙がありますの」

 「殿下に、お別れを告げる手紙。書いていただけますわよね」

 意識を失う直前にも見た歪んだ笑顔。
 マリエンヌ、リーゼル、クラリッサ。
 三人の花嫁候補たちの、陰湿すぎる笑顔だった。
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