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第5話 やっちまった……みたい、……な(焦)

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 「どうかしたの? 帰ってくるなり機嫌悪いみたいだけど」

 わたしのイライラを察したユリアナが、心配そうに声をかけてくれた。

 「ちょっとね。色狂いの変態に会ったもんだからさ」

 「色狂いの変態!?」

 ユリアナが驚き、口に手を当てた。

 「そ。イキナリ、人の着替えに乗り込んできた変態がいたのよ」

 言いながらも食べる手を止めない。
 イヤなことは、うれしいこと、楽しいことで上書きして忘れるに限る。
 幸い、大広間にある料理は食べても食べても無くなる心配のいらないほど有り余ってる。わたしもコルセットを外してきたおかげで、まだお腹に余裕がある。
 目の前にあるのは、貝と野菜を魚をワインで蒸したもの。アクアパッツァっぽいなにか。王都の人は魚をあまり食べないのか、それとも「わたくしお腹いっぱいですの、ホホホ」なのか知らないけど、切り分けられることなく、魚が原型のまま残ってた皿を手近に持ってくる。
 ということで。
 食べますっ!!
 って。

 …………アレ!?
 なんか、広間の入り口が騒がしいような……。

 「あ、アデル、おかえり」

 わたしに負けず劣らず料理を堪能していたイルゼが近づいてきた。手にした皿にはブルーベリーのサンド。一切れもらって、こっちもアクアパッツァっぽいものを差し出す。

 「何か、あったの」

 サンドを口にしながら問いかける。あ、これも美味しい。折り詰め持ち帰り確定。

 「ああ、あれね。王子が戻ってきたんじゃないかしら」

 王子? 戻ってきた?
 どういうこと?

 「さっきさ、王子が席を外したんだけど……」

 おっかけがすごかったのよ。
 コッソリ、ユリアナが耳打ちしてくれる。
 王子が退席したら、“妃になりたくてしかたないです候補群”が集団で追いかけていったそうで。黄色い歓声とライバルを蹴落とそうとする金切り声とともに広間を出ていったのだという。

 「すごかったんだからぁ。アデルにも見せてあげたかったよ。あの修羅場」

 イルゼの言葉に、控えめながらもユリアナが同意した。
 王子を追いかけて廊下に出るなり、淑女のたしなみも何もなく、ギャーギャーと騒ぎ立てながら王子の後を追いかけていったらしい。それも、全速力で。我先にと出入り口に広がったドレスで殺到したもんだから、パニエが押しつぶされたりなんだりで、かなりの騒動に発展したそうだ。

 う、うわあ……。

 「ま、レディだなんだって言っても、所詮はその程度ってことよね。玉の輿に必死でさ。見苦しいったらありゃしない」

 イルゼ。アンタがそれを言うか?
 幸せそうにアクアパッツァに食らいついたアンタが。ついでに言えば、アンタも玉の輿(王子以外で)狙ってたんだし、同じ穴のムジナなのでは?

 「あの方たちは、家のためにも妃の地位が必要なのでしょうし。上の方は、家の期待も背負っていらっしゃるだろうし。大変なのよ、きっと」

 ユリアナの微妙なフォロー。
 まあ、王子、それも次期国王となる跡取り王子との結婚ともなれば、生家の地位も権力も格段にアップするし、将来はこの国の国母、ファーストレディになれるわけだし。家のためにも自分のためにも必死になるのもわからないでもない。

 でも……。

 「王子もかわいそうね~」

 完全に他人事だから言えるんだけど。
 自分を好きになって、自分を想ってアタックしてきてくれるのならいいのに、「アナタの地位に惚れましたっ!!」、「実家の権力のために結婚してくださいっ!!」って近寄ってこられてもなあ。

 わたしなら萎える。
 逃げ出したくなる気持ち、わからなくもない。
 あ、でも、王子だって強制的に令嬢を集めて(それも年齢とかの条件付きで)、その中から結婚相手を選ぼうとしてるんだからなあ。
 かたや、顔じゃないのよ、性格じゃないのよ、お金と地位だけなのよという令嬢たち。女は若けりゃいいんだ、あと連れ添うのに問題なさそうな身分と顔って感じの王子。

 割れ鍋にとじ蓋?
 牛は牛連れ、馬は馬連れ?
 蓼食う虫も好き好き?

 どっちもどっちかもね。
 ま、わたしみたいな底辺令嬢には関係のない話だけど。
 目の前にあった、小さく切られて一口大になってた鶏モモのローストをヒョイッと口に入れる。フィッシュの次はミートでしょ。少食のフリする令嬢用に切られた肉は、ちょっと物足りない。モモ肉ってのは、こう骨付きで手で持って、ガツッとガブッとやりたいよなあ。令嬢としてはあるまじき食べ方だけど。ドレス汚れるし。
 なんて思いながら食べてたんだけど……。

 「ねえ……」

 「どうしたの? アデル」

 「あの令嬢に囲まれてる人さ」

 「うん、王子殿下のこと?」

 「あの人って、兄弟いたっけ?」

 「兄弟? いないよ? 一人っ子だし」

 「従兄弟とか、そういうのも?」

 「いたと思うけど、まだ幼いって話だから、ここにはいないと思うよ?」

 「影武者がいるなんてことは……」

 「王子だからいてもおかしくないと思うけど。アデル、どうしたの?」

 手にした肉をポロッと落としても気づかないわたしに、質問に答えてくれていたイルゼが不審がる。
 キラキラしい(というかキラキラしすぎる)令嬢たちより頭一つ分抜きん出た男性。大勢の令嬢に囲まれてるにも関わらず、こっちに視線を向けてくる。
 まっすぐこっちを見ているというか、睨みつけてるというか。……眉間、ものすごいシワなんだけど? イケメンな分、メッチャ怖いんですけどっ!?
 そして竜巻のように周囲に令嬢をまとわせたまま、こっちに近づいてくる~っ!!

 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 血の気が一気に引いて、足元で滞ってる感覚。
 鶏モモ味だった口腔内がイヤな味で満たされる。
 薄暗がりだった控え室で見た顔。
 豪華すぎるシャンデリアの灯りの下で見る顔。
 間違いであってほしいのに、その顔はどうやら同一のものらしくて。
 ムダな肉のない、精悍そうな顎には、わたしの殴ったままにうっすら赤くなった痕が残っていて……。
 他人の空似であってほしいのに、そんな願いもむなしく王子だろう人が、わたしの目の前に立つ。

 「一曲、お相手願えますか?」

 言葉は丁寧。
 誘う仕草も優雅。
 整った顔には余裕のある笑み。
 けど。
 
 目っ!!
 全然笑ってないんだけどっ!!

 ……正直、怖い。
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