オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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20.愛してくれとは言わないが

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 「――ただいま」

 ほへ?
 玄関からしたその声に、四つめの大判焼きを咥えたところで止まる。
 今の声って……。

 「課長ファヒョフ! お帰りなさいヒョファフェヒヒャハイ!」

 モゴモゴ。

 「今日はヒョフハ早かったんですねヒャヒャハッヒャンレフフェ

 「……食べ終えてから話せ」

 ああ、そうだ。すみません。ゴクン。

 「今日は、あっちで泊まりになる。とりあえず、着替えを取りに戻っただけだ」

 「……そうなんですか」

 大判焼きを飲み込んで。まともに喋れるようになったのに、言葉が出てこなかった。
 課長、会社に戻っちゃうんだ。あっちに泊まりなんだ。そんなに忙しいんだ。

 (社長の大バカ)

 心のなかで罵っておく。
 バカタレ、バカヤロ、クソッタレ。
 課長の過重労働、いつか労基に訴えてやる。
 
 「――真白」

 グイッと腕を引っ張られる。

 「少しだけ仮眠していく。膝を貸せ」

 へ?

 (うわわわわあっ!)
 
 ソファに座らされたあたし。ポスッと課長の頭があたしの膝の上に乗る。
 こ、これって、ラブラブカップル御用達の「膝枕」っってやつ!?

 驚くあたしの膝の上で、あっという間に課長が眠りに落ちた。聞こえる、スヤスヤと規則正しい寝息。

 (よっぽど疲れてたんだろうな)

 ここで甘いトークをするでもなく、眠ってしまった課長。よく見れば、その精悍な顔はどこかやつれてるようにも感じる。

 (社長の大バカすっとこどっこい)

 課長を過労死させたら許さないんだからね?
 どこにやれば正解なのかわからない手で、課長の髪を撫でる。
 いつもなら整髪料でキッチリ整えられてるのに。この時間の髪は少し崩れ、乱れてる。ちょっと硬い課長の髪。

 (課長、やっぱりカッコいいな)

 眠ったことでさらに際立つ、その秀麗な顔立ち。まぶたを閉じてるせいで、鋭すぎる眼光も消えて、イケメン度がアップする。
 ゆるめたネクタイ。シワの入ったシャツ。スラっとした足はソファに収まりきらなくて、少しだらしなく床にはみ出してる。

 (課長……)

 いっぱいお話しはできなくても、こうやって甘えてくれただけで、あたし、うれしいんです。
 課長が帰ってきてくれたのは、きっと着替えだけの話じゃない。きっと、あたしのことも心配してくれたから。一人さみしがってるウサギを見に来てくれたから。
 だって、課長はいつだって優しいから。
 多くを語らないけど、でもあたしを想ってくれているから。

 「課長、好きです……」

 行き場に困ってたあたしを住まわせてくれたり。泣いてたあたしに大判焼きをくれたり。今もこうして、忙しいのに帰ってきてくれた。
 あたし、今、すっごく課長にキスしたい。その整った唇に、自分のを重ねてみたい。けど。

 (ンギギギギ……っ!)

 当たり前だけど、唇届きませんっ! 目の前にあるのに、これ以上、背を丸めることができません! 体をねじってみるけど、結局届きません! 無理です!

 (はあ……)

 諦め、さっきと同じ髪を梳くだけにとどめる。
 何度も、なんども。少しでもぐっすり課長が眠れるように。少しでもあたしの思いが伝わるように。
 ――って。

 パチ。

 「うぎょわあああっ!」

 なっ、ななっ、なんで課長、目を開けちゃうんですかぁっ!
 バッチリ目が合っちゃった! それも至近距離で!

 「――うるさい」

 はい。すみません。

 「そろそろ社に戻らないと」

 そうですね。今のはあくまで仮眠で。あたしはただの枕でしたね。
 ソファに座り直し、軽く体を伸ばした課長。
 離れちゃったことが、とってもさみしい。

 「――真白」

 チュッ。

 うつむきかけたあたしの顔をすくい上げるようにして、課長からのキスが来た。
 それだけじゃない。

 「ンっ……、ハッ……」

 驚き閉じそびれた唇。漏らす吐息まで課長に呑み込まれた。

 「――苦しいか?」

 「ンッ、平気れふ」

 それより、頭が驚きと幸せでどうにかなりそう。「どわあああっ!(驚)」と「うひゃあああっ!(幸)」が頭んなかで、グルグルグワワ~っと走り回って螺旋を描いてるであります。頭、爆発しそう。

 「甘いな。大判焼き、いったいいくつ食べたんだ?」

 「えっと……。四つ……です」

 この後、さらに六つ食べるつもりでした。

 「フハっ、食べ過ぎだろ」

 唇を離した課長が笑う。
 うわ。
 その笑顔だけで、お腹いっぱい。そんなに食べなくてもいいぐらい、甘み、補充されましたです。(もったいないから食べるけど)

 「じゃあな。ちゃんと歯を磨いて寝ろよ?」

 そんな。子どもに聞かせるみたいに言わなくても。
 プウ。
 ちょっと怒ったふりして頬を膨らませ――。

 「ぎょわッ!」

 「どうした?」

 「あ、ああ、足っ! 足があっ!」

 しびれてまったく動きません!
 ちょっと身を動かしただけで、ものすごくジンジンします! ビリビリでバンバンに腫れてるみたいです! さっき、膝枕してたときはなんともなかったのにぃ! 足が二倍に膨れ上がった!(気がする!)

 「ハハハッ。さすってやろうか?」

 「やっ、ダメっ! ダメです!」

 そんなことしたら悶絶します! それでなくてもすでに涙目。

 「俺は行くが。ちゃんと痺れが収まったら、歯を磨いて寝ろよ」

 指示が増えた。
 時折笑い吹き出しながら、課長がマンションを出ていく。

 恋人同士の膝枕。
 とってもロマンチックなシチュエーションなのに、どれだけ危険を孕んでいるか。
 今日のあたし、身を持って知らされたわ。ぎょわわわわん。(しびれ反響)

*     *     *     *

 (なんなんだ、さっきのは)

 車に乗り込んで。冷静にエンジンをかけようとするも、すぐに笑いが戻ってくる。

 (真白は面白すぎる)

 膝枕で、足を痺れさせたり。回転焼きを四つも!(四つも・・・なんだ。四つも!)食べてたり。
 なにより。

 (あんなに必死にキスしようとして)

 アイツが、俺の唇を求めて、ウゴウゴしてたのは知ってる。ああでもない、こうでもない。体を色々動かしていた。

 (このまま、こちらからキスをするか?)

 そうも考えた。
 ちょっと不意打ち的に。こっちから身を起こして。
 だが、そんなことをしたら、アイツを怖がらせてしまう。アイツはまだ、恋の入り口で戸惑ってる、無知のウサギだ。下手なことはできない。
 そう思って寝たフリをしてたら、「課長、好きです」ときた。こっちがこんなに我慢してるのに。アイツは無邪気に「好き」って言うんだ。

 (あの小悪魔め!)

 だから、キスをした。少し深めに、アイツを抱きしめて。
 このまま押し倒して、ヤッてやろうか? 俺がどれだけ我慢してるか、その身をもって教え込んでやろうか?
 一瞬、嗜虐的思考がよぎった。
 このままこの甘い唇を貪り、柔らかい体を余すことなく貪り。無邪気に「好き」って言ったことを後悔させてやろうか。その体に、その奥深くに俺を刻みつけてやろうか。
 だが、踏みとどまった。
 そんなことをしたら、俺は真白を失ってしまう。二度と真白は俺に「好き」と言わなくなる。

 こんなのは初めてだ。
 誰かをこんなにも狂おしく求めるなど。求めたいのに、相手を想って踏みとどまるなど。
 こんなの……真白だけだ。真白だけなんだ。

 (クソッ)

 ドォルッと低い音。エンジンがかかり、車が震える。

 この後、やらなければいけない案件がなければ。仕事さえなければ。
 きっと、最後まで、アイツが嫌がったとしても、俺は止まることができなかっただろう。

 (山科め)

 面倒な仕事に巻き込みやがって。
 おかげで両思いになっても、甘いことはできないまま。真白にかまいたくてかまいたくて。本当は真白に会いたかっただけなのに、わざとらしい着替えと口実を作ってしまった。膝枕などと、柄にもない甘え方をしてしまった。甘えたのに、せっかくいい雰囲気に持ち込めたのに。仕事があるから諦めざるを得なかった。

 (山科の大バカ野郎)

 この落とし前は、キッチリつけさせてもらうからな。
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