オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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16.暴走ウサギは止まれない

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 あたし、課長が好き。

 課長の声を聴いて心臓がバクバクするのは、「課長アレルギー」なんじゃなく、課長を好きだったから。
 課長の(貴重な)笑顔を見て、胸がキューっとするのも同じ。あたしが、課長に恋をしてたから、漫画なんかでよくある「キュン!」って反応を体が起こしてただけ。
 だから。

 ――卯野真白。俺はお前が好きだ。

 あの言葉は、すっごくうれしかった。
 あたしみたいな、チビで、これという取り柄もなくて。
 お父さんやお母さんは「真白はかわいい」と言ってくれたけど、それは親の欲目百パーセントの言葉なだけで。現実は、一度どこかに埋もれてしまえば、二度と発見されないようなモブレベル顔。今まで両親以外、誰からも「かわいい」も「好きだ」も言われたことない。
 仕事だってポンコツで、褒められるより叱られるほうが、圧倒的に多い。
 
 それに比べて課長は、(目つきは鋭いけど)イケメンだし、(目つきは鋭いけど)背も高いし、(目つきは鋭いけど)仕事はできるし、(目つきは鋭いけど)面倒見が良くて優しいし、(目つきは鋭いけど)低くていい声してるし。
 あの専務のお嬢さんじゃないけど、(目つきが鋭いのを除けば)誰だって好きになっちゃうぐらいにカッコいい。

 (やっぱり。課長、後悔してるのかなあ)

 あたしを恋人役に選んだこと。あたしに「好きだ」って言ったこと。
 あたしと課長じゃ、全然釣り合わない。そのことに、あのキスで気づいたとか?
 キスしてもオタオタするだけで反応のない女→ダメだな、コイツ→待て。俺はどうしてこんな女を好きだと思ったんだ?(我に返る)→捨てたいが、このまま捨てるのは飼い主としての責任が云々→とりあえず、ほとぼりが覚めるまでは家に置いておくか。(でも捨てたい)

 (そういうこと……なのかな)

 悶々と、延々と考え続けた帰り道。
 その考えにたどり着いたあたしは、足がピタッと止まってしまう。あたし、このまま前へ、課長のマンションへ歩いていっていいの?
 課長は、自分の帰りが遅くなるからって、マンションのカギを渡してくれたけど。だからって、このまま帰っていいの?

 (あ゛ーっ! ダメだ。ダメだ、ダメだ、ダメだ! こういう考えって、ダメダメのダメだ!)

 拳を握りしめ、声なき声で空に向かって叫ぶ。
 こういう後ろ向きな考えはダメ! 前に進まなきゃいけないのに、後ろ向きになってたら転んじゃうでしょうが!
 ってことで、気持ちリセット! マイナス思考をプラスに強引方向転換!

 (よし! というわけで、まずはエネルギー補給!)

 マンションへ向かう足を、そのままスーパーへと進路変更。目指すはあの――

 「すみませーん。大判焼き、5個セットを二つください!」

 5個×2箱=合計10個。
 落ち込むときには、甘いもの! 甘いものでお腹を満たして、気持ちハッピー! ってことで。

 「それと、たい焼きとみたらし団子も! あと、カスタード大判焼きも一箱!」

 それだけ甘味を接種すれば大丈夫でしょ。これを全部全部食べて、あたしの前に進むエネルギーにする。
 奮い立て! 負けるな、あたしのウサギハート!

*     *     *     *

 タンタンタカタンタンタタンタン、タンタンタカタンタンタタン♪

 リズムよく、アップビートで入力。今日の入力作業は、とってもゴキゲンナンバーなんだぜい。イェイ。出していいなら、鼻歌だって披露しちゃうぜい。フッフフ~、イェイイェイ♪

 「う、ウサギ……ちゃん?」

 「なんですか、先輩」

 ノリノリビートですよ、あたし。

 「先輩。あたしにお手伝いできるようなこと、ありますか?」

 今やってる入力作業、もう少しで終わりますし。あたしでよければ、お仕事、お手伝いいたしますわよん♪

 「じゃ、じゃあ、このファイル、保管庫に運んでおいてもらえる?」

 先輩の机の上にある、いくつかの青くて分厚いファイル。

 「わかりましたー!」

 仕事一丁、入りましたー!
 タンタンタカタンタンタンタンッ、ホイ!

 「ねえ、今日のウサギちゃん、どうしちゃったの?」
 「さあ? って、ちょっ! アンタ、そんなにいっぱい運べるのっ!?」

 ヨイショっと持ち上げたあたしに、先輩たちが驚く。

 「何回かに分けて運んでくれてもいいんだよっ?」

 「私たちも運ぶからっ!」

 「大丈夫です! あたし、こう見えて力だけはありますから! 先輩方は、ご自身の仕事を頑張ってください」

 フッフ~ン♪

 昨日、たっぷりこれでもかってぐらい甘いもの、補充したからねぇ。
 大判焼きにみたらし団子、カスタード大判焼き。そこから二軒目、コンビニをハシゴして、ショートケーキにどら焼きも買い込んだ。
 甘いものの大人買い。そして贅沢食べ。
 一度はやってみたかったのよね~、こういうの。
 ってことで、今のあたしはエネルギーチャージ完了の、フルパワーウサギなのです! 昨夜は、夕飯が入るゆとりもないぐらい、たらふく甘味をお腹に仕込みました!
 こんなファイルの五冊や六冊ぐらい、なんてことないのです! あらヨット! ――ちょっと前が見えないけど。だいじょう――

 「ブッ!」

 「何をしてるんだ、お前は!」

 ボヨン。
 ファイルごと、体が目の前のなにかにぶつかる。そして、お叱り。
 立ちふさがる、仁王立ちの課長。

 「……、あ!」

 「貸せ」

 抱える手からファイルが消え、フワッと体が持ち上がるような感覚に、バランスを崩しかけた。
 
 「これは俺が戻しておく。お前は自分の業務に集中しろ」

 「――はい」

 あたしが、あれだけ頑張って抱えたファイル。課長にかかれば、ヒョイッと軽く一抱え。去ってく足取りも「ヨロヨロ」じゃない。「スタスタ」。

 「愛されてるわねえ、ウサギちゃん」

 「そうねえ」

 先輩たちのヒソヒソが、丸くうなだれた背中に響く。

 (あたし、愛されてなんかない……)

 課長がファイルを持っていってくれたのは、あたしが危なかっしくて、見てられなかったからだ。よろけてケガしたら、労災になっちゃうから。だから、「運ぶのを手伝う」んじゃなくて、「全部自分で運んでいった」。今日も一日ご安全に。そういうことなんだ。
 だって。

 (課長、怒った一瞬は、あたしと目を合わせてくれたけど、すぐにフイッて目を逸らしたし)

 愛されてるなら……、もう少し甘い眼差しがあってもいいじゃないですか。もう少し、あたしを見てくれてもいいじゃないですか。

 (――ダメだ)

 ゴシゴシ。
 自分のなかのマイナス思考を乱暴に拭き取る。

 「先輩! 次! 次に、なにかお手伝いできることありますか?」

 前を向け、あたし。

 「じゃ、じゃあ、この書類の入力、手伝ってくれる?」

 「わかりました! 喜んで!」

 ピコン、ピコン。
 あたしの心のカラータイマーが鳴り響く。
 ダメだな。甘いもの、補充しなくちゃ。
 昨日、あれだけ食べて補充したのに。もう空っぽになりかけてるあたしの元気。
 
 (コンビニ行って、――そうだ! あの冷やし白玉ぜんざい買ってこよ♪)

 最近、ちょっとご無沙汰してた、あたしの大好物。あれをお昼に食べよう。少しトロっとした小豆にツルンとした白玉。モチッとした白玉の食感に、崩れかけた小豆のクシュッとした感じがものすごく合うのよ。とりあえず、三つぐらい食べておけば、午後も頑張れるかな?
 糖分補給で、元気も補給! 好きなもの食べて、テンションアップ! 立ち止まってるヒマはない!
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