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15.キスより先に進むには?
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課長のことが好き。
ついさっき自覚したこと。
課長を見ると、課長の声を聴くと、胸がどうにかなりそうなほど心臓が苦しいのは、あたしが課長アレルギーなんじゃなくて、課長を好きだったから。
課長が好きだったから、心臓がどうにかなりそうになってた。
そして。
――卯野真白。俺はお前が好きだ。
課長が言ってくれたこと。
ちゃんと聞き間違い、勘違いじゃないぞとばかりに、名前まで呼んでくれた。その上、キスまで。
(うれしい)
あたしの初恋。あたしのファーストキス。
別に、「大切な人とのために」とか、そういう理由で、この歳まで残してあったわけじゃない。今まで、「いいな」って思える人がいなくて、「そういうことしたいな」って思う人もいなかっただけ。
だから、こうして好きな人ができて、好きな人にキスされるのはうれしいんだけど。
(これって、やっぱりそういうことするんだよねぇっ!)
チュッ。チュッ。チュッ。チュッ。
何度も角度を変えて重ねられるキス。
顔を、体を抑えられ、課長の思うがままにキスをくり返される。
暗い寝室。ベッドの上。動けないあたし。覆いかぶさる課長。
この状況で、「はい。キスを堪能したから、これで解散!」はないわけで。
となると。
あれやこれやして。それをなにして。なにがなにしてそれをこれしてどうなって。それこそ互いに、「生まれたままの姿」になって。いろんなところを触れ合って、「恥ずかしいから、灯り、消してください」みたいなことになって。(もともと灯りは消えてる) 「あ♡ あ♡ あ♡ あ♡ あ♡ あ♡」みたいな声をあげるようになって。朝、スズメがチュンチュンさえずる頃に、課長の腕のなかで目を覚まして、昨夜のことを思い出して顔を赤らめてみたり。
そういうこと、知らないわけじゃないし、理解してるつもりだけど。
だけど。
(そ、それでいいの、かなっ!?)
キスの合間に、必死に考える。
もう大人なんだし。好きな人と両思いになれたら。恋を自覚したら、そういうことになってもおかしくないんだけどっ!
わかんない!
わかんないまま、胸の奥で心臓が、網に捕らわれたケモノみたいに暴れまくってる。
「――真白」
熱かった唇が、わずかにヒンヤリとした空気に触れる。
「今日は、このまま休め」
唇だけじゃない。体も冷たさを感じる。
課長が身を起こして、あたしから離れたからだ。
「あの、課長……?」
ボンヤリ蕩けかけてた思考が戻ってくる。
どうして? どうして離れるの?
わからず課長の顔を見ていたら、サラッと課長の手が、あたしの髪を撫でた。
とっても優しい眼差しつきで。
「おやすみ」
汗ばんでたあたしの額に、軽いキスが落ちる。
それだけ。
それだけ残して、課長は部屋から出ていってしまった。
課長が戻ってこない。
そのことに、体から力が抜け、さんざん暴れてた心臓がスンってなった。
* * * *
カタカタカタカタ、タン。カタ、カタカタカタカタカタカタ、タンタン。
黙々とキーボード打ち、画面上に文字を入力していく。
表の数値入力。計算。そして説明文章の添付。
いつもの仕事。いつもの内容。いつもの業務。
だから、深く考えなくても作業は続けられるんだけど。
(やっぱり。コイツじゃないなとか思われたのかな)
キスして、「やっぱナシ!」とか思い直すことがあるかどうか、わかんないけど。
でも、あたしが知らないだけで、そういうこともあるのかもしれない。「どうしてオオカミオレサマが、こんなチビウサギと恋愛を? ハッ。話にならんな」みたいな冷静思考。
(だってあたし、どこも好きになってもらえる要素なんてないし)
そりゃあ、先輩たちは「ウサギちゃん」って、あたしをかわいがってくれるけど。でも先輩たちが男だったら、「ウサギに恋愛感情? ナイ。ナイわ~、ソレ(手をパタパタ振って否定)」一択だろうし。
この歳までカレシいなかったってことは、それだけあたしに女の魅力がないって証拠だし。
課長だって、「その仕事に一生懸命なところが好きだ。いつでもニコニコと笑ってる顔が好きだ」って言ってくれたけど。一生懸命とか、ニコニコって、なんか小学校の成績表に書かれる、「とりあえずこういうこと言っとけばいいだろ」的先生所感みたいだし。あたしのことを気になってたってのも、「コイツ、チョロチョロと危なっかしいから観察しておくか」って、保護責任者的理由かもしれないし。
今朝の課長。
今までと同じように「おはよう」で始まり、「朝飯だ。食え」で終わった。
仕事に来ても特に変わったことはなく、今のところ業務連絡すらない。
(やっぱり、違うなって思ったのかな)
キスしてみて。
「あ、コイツじゃねーわ」ってなった。
一応、専務のお嬢さんのこともあるから、恋人っぽく扱ってくれるけど。それは前と同じで、あくまでフリってことで。
ほとぼり冷めたら、以前から予定してた通り、「おつかれさまでしたー」で終わる。
(課長……)
あたしのことどう思ってるんだろう。
気になって、気になって。
すこぉしだけ画面から目を離して、チラッと、課長の席を盗み見る。けど。
(――あ)
今、目をそらされた?
書類を見ていた課長。ちょっと顔を上げたタイミングで目が合ったんだけど。すぐさま顔をフイって逸らしたよね? 今、絶対逸らしたよね? あたしを見てから、そっぽ向いたよね?
(課長、もしかして、「好き」って言ったこと後悔してる? 目も合わせたくないぐらい嫌いになっちゃった?)
朝から一度も「真白」って呼んでくれないし! 今もこうして視線を合わせてくれないし!
(あううううう~)
ダカダカダカダカダカダカ、ダンダン!
課長はそれで「アデュー」でいいかもしれないけど、恋を自覚しちゃったあたしは「再見!」とはいかないのよ!
一度「好き」って自覚しちゃったら、前と同じようには振る舞えないのよ!
みせかけじゃなく、本物の恋人になりたい。
キスだけじゃなくて、その先も知りたい。怖いけど。
課長ならいいかなって、チラッと思ったんだからぁっ!
ダンダンダンダン、ダカダンダン!
「う、ウサギちゃん?」
「大丈夫?」
先輩方の心配する声。
「だ、大丈夫です。アハハ……」
さすがに、「課長が好きなんですけど。キス以上のことをおねだりする方法ってないですかね」なんてことは訊けない。口が裂けても言えない、そんなこと。
「あたし、ちょっと休憩してきます」
命より大事な仕事を抜け出すなんて、言語道断だけど。
でも今は、少しだけ。ものすごく頭を冷ましてきたい。
「――卯野」
立ち上がったあたしのそばに、いつの間にか課長が寄ってきていた。
もしかして、「仕事を抜けるとは何事だ」って叱られる? 「そんな不真面目なやつは願い下げだ」って。
今も、「真白」じゃなく、「卯野」って呼んだし。
「すまないが、今日はいっしょに帰れない」
はい。
「社長とミーティングが入った。お前は先に帰っていろ。夕飯も先に食べてて構わない」
チャリ。
半ば強引にあたしの手に載せられたカギ。――課長のマンションのカギ?
(あたし、課長のマンションに帰っていいの?)
問いかけることもできないまま、足早に立ち去っていく課長の背中を見送った。
ついさっき自覚したこと。
課長を見ると、課長の声を聴くと、胸がどうにかなりそうなほど心臓が苦しいのは、あたしが課長アレルギーなんじゃなくて、課長を好きだったから。
課長が好きだったから、心臓がどうにかなりそうになってた。
そして。
――卯野真白。俺はお前が好きだ。
課長が言ってくれたこと。
ちゃんと聞き間違い、勘違いじゃないぞとばかりに、名前まで呼んでくれた。その上、キスまで。
(うれしい)
あたしの初恋。あたしのファーストキス。
別に、「大切な人とのために」とか、そういう理由で、この歳まで残してあったわけじゃない。今まで、「いいな」って思える人がいなくて、「そういうことしたいな」って思う人もいなかっただけ。
だから、こうして好きな人ができて、好きな人にキスされるのはうれしいんだけど。
(これって、やっぱりそういうことするんだよねぇっ!)
チュッ。チュッ。チュッ。チュッ。
何度も角度を変えて重ねられるキス。
顔を、体を抑えられ、課長の思うがままにキスをくり返される。
暗い寝室。ベッドの上。動けないあたし。覆いかぶさる課長。
この状況で、「はい。キスを堪能したから、これで解散!」はないわけで。
となると。
あれやこれやして。それをなにして。なにがなにしてそれをこれしてどうなって。それこそ互いに、「生まれたままの姿」になって。いろんなところを触れ合って、「恥ずかしいから、灯り、消してください」みたいなことになって。(もともと灯りは消えてる) 「あ♡ あ♡ あ♡ あ♡ あ♡ あ♡」みたいな声をあげるようになって。朝、スズメがチュンチュンさえずる頃に、課長の腕のなかで目を覚まして、昨夜のことを思い出して顔を赤らめてみたり。
そういうこと、知らないわけじゃないし、理解してるつもりだけど。
だけど。
(そ、それでいいの、かなっ!?)
キスの合間に、必死に考える。
もう大人なんだし。好きな人と両思いになれたら。恋を自覚したら、そういうことになってもおかしくないんだけどっ!
わかんない!
わかんないまま、胸の奥で心臓が、網に捕らわれたケモノみたいに暴れまくってる。
「――真白」
熱かった唇が、わずかにヒンヤリとした空気に触れる。
「今日は、このまま休め」
唇だけじゃない。体も冷たさを感じる。
課長が身を起こして、あたしから離れたからだ。
「あの、課長……?」
ボンヤリ蕩けかけてた思考が戻ってくる。
どうして? どうして離れるの?
わからず課長の顔を見ていたら、サラッと課長の手が、あたしの髪を撫でた。
とっても優しい眼差しつきで。
「おやすみ」
汗ばんでたあたしの額に、軽いキスが落ちる。
それだけ。
それだけ残して、課長は部屋から出ていってしまった。
課長が戻ってこない。
そのことに、体から力が抜け、さんざん暴れてた心臓がスンってなった。
* * * *
カタカタカタカタ、タン。カタ、カタカタカタカタカタカタ、タンタン。
黙々とキーボード打ち、画面上に文字を入力していく。
表の数値入力。計算。そして説明文章の添付。
いつもの仕事。いつもの内容。いつもの業務。
だから、深く考えなくても作業は続けられるんだけど。
(やっぱり。コイツじゃないなとか思われたのかな)
キスして、「やっぱナシ!」とか思い直すことがあるかどうか、わかんないけど。
でも、あたしが知らないだけで、そういうこともあるのかもしれない。「どうしてオオカミオレサマが、こんなチビウサギと恋愛を? ハッ。話にならんな」みたいな冷静思考。
(だってあたし、どこも好きになってもらえる要素なんてないし)
そりゃあ、先輩たちは「ウサギちゃん」って、あたしをかわいがってくれるけど。でも先輩たちが男だったら、「ウサギに恋愛感情? ナイ。ナイわ~、ソレ(手をパタパタ振って否定)」一択だろうし。
この歳までカレシいなかったってことは、それだけあたしに女の魅力がないって証拠だし。
課長だって、「その仕事に一生懸命なところが好きだ。いつでもニコニコと笑ってる顔が好きだ」って言ってくれたけど。一生懸命とか、ニコニコって、なんか小学校の成績表に書かれる、「とりあえずこういうこと言っとけばいいだろ」的先生所感みたいだし。あたしのことを気になってたってのも、「コイツ、チョロチョロと危なっかしいから観察しておくか」って、保護責任者的理由かもしれないし。
今朝の課長。
今までと同じように「おはよう」で始まり、「朝飯だ。食え」で終わった。
仕事に来ても特に変わったことはなく、今のところ業務連絡すらない。
(やっぱり、違うなって思ったのかな)
キスしてみて。
「あ、コイツじゃねーわ」ってなった。
一応、専務のお嬢さんのこともあるから、恋人っぽく扱ってくれるけど。それは前と同じで、あくまでフリってことで。
ほとぼり冷めたら、以前から予定してた通り、「おつかれさまでしたー」で終わる。
(課長……)
あたしのことどう思ってるんだろう。
気になって、気になって。
すこぉしだけ画面から目を離して、チラッと、課長の席を盗み見る。けど。
(――あ)
今、目をそらされた?
書類を見ていた課長。ちょっと顔を上げたタイミングで目が合ったんだけど。すぐさま顔をフイって逸らしたよね? 今、絶対逸らしたよね? あたしを見てから、そっぽ向いたよね?
(課長、もしかして、「好き」って言ったこと後悔してる? 目も合わせたくないぐらい嫌いになっちゃった?)
朝から一度も「真白」って呼んでくれないし! 今もこうして視線を合わせてくれないし!
(あううううう~)
ダカダカダカダカダカダカ、ダンダン!
課長はそれで「アデュー」でいいかもしれないけど、恋を自覚しちゃったあたしは「再見!」とはいかないのよ!
一度「好き」って自覚しちゃったら、前と同じようには振る舞えないのよ!
みせかけじゃなく、本物の恋人になりたい。
キスだけじゃなくて、その先も知りたい。怖いけど。
課長ならいいかなって、チラッと思ったんだからぁっ!
ダンダンダンダン、ダカダンダン!
「う、ウサギちゃん?」
「大丈夫?」
先輩方の心配する声。
「だ、大丈夫です。アハハ……」
さすがに、「課長が好きなんですけど。キス以上のことをおねだりする方法ってないですかね」なんてことは訊けない。口が裂けても言えない、そんなこと。
「あたし、ちょっと休憩してきます」
命より大事な仕事を抜け出すなんて、言語道断だけど。
でも今は、少しだけ。ものすごく頭を冷ましてきたい。
「――卯野」
立ち上がったあたしのそばに、いつの間にか課長が寄ってきていた。
もしかして、「仕事を抜けるとは何事だ」って叱られる? 「そんな不真面目なやつは願い下げだ」って。
今も、「真白」じゃなく、「卯野」って呼んだし。
「すまないが、今日はいっしょに帰れない」
はい。
「社長とミーティングが入った。お前は先に帰っていろ。夕飯も先に食べてて構わない」
チャリ。
半ば強引にあたしの手に載せられたカギ。――課長のマンションのカギ?
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