オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

文字の大きさ
上 下
9 / 26

9.モテ期到来? ンなバカな

しおりを挟む
 「ウサギちゃん、悪いけど、庶務課に行ってきてくれないかな」

 「庶務課、ですか?」

 どうしてあたしが?
 疑問を含みつつ、内線を受けてた先輩にオウム返し。

 「なんかねえ。この間の備品のことで訊きたいことがあるんだってさ。なるべく早く来て欲しいって言ってるのよ」

 備品?
 そういうことなら、あたしより課長に訊いたほうがいいような気がするけど。

 (あ、でも、課長、会議に出席中……)

 今、課長は経理課にいない。
 だとしたら、あの書類を作成したあたしが行くべきだよね。あたしで庶務課の方が満足できる説明ができるかどうか、わかんないけど。

 「わかりました! じゃあ、行ってきます!」

 庶務課の方も急いでるから、電話かけてきたんだし。
 それに。

 (ここで一発、ちゃんと仕事こなしたら、課長、褒めてくれないかな~)

 よくやった。
 さすがウサギだ。
 そんなこと言ってもらえたら、ラッキーじゃん。
 この間の、出張経費のことで、あたし、助けてもらったし。ここで、ちゃんと仕事をこなしたら、「がんばったな」ぐらいは言ってもらえるかもしれない。

 「すみませ~ん。経理課の者ですけど~」

 軽くノックして、庶務課に入る。
 備品倉庫の隣、庶務課は、少しガランとした味気ない部屋なんだけど。

 「やあ。待っていたよ、ウサギちゃん」

 「えと。はい。お待たせしました」

 とりあえずの挨拶を交わすけど。――ウサギちゃん?
 あたしのあだ名、こんなとこにまで広まってるわけ?

 「あの備品リストで、わからないことがあるとうかがって、それで来たんですけど……」

 庶務課らしく、黒のスラックスにブルーの作業上着を着た若い男性に話す。ってか、イケメンだな、この人。庶務課って、年配のオジさんが多い印象だったけど。
 今も、この人の後ろで、いかにも「庶務課!」ってオジさんがパソコン作業してるし。

 「あー、うん。その件は解決したからもういいよ」

 ほへ?

 「ごめんね、せっかく来てもらったのに」

 「いいですけど……」

 なんだ。あたしが来る前に、解決しちゃったのか。
 ウサギ大活躍! そして課長に褒めていただく! その目論見がアッサリ瓦解。
 でも、解決したのならヨシ! そう思おう。うん。

 「では、あたしは帰りますね」

 「待ってよ。せっかくだから、少しお話ししてかない?」

 は?
 きびすを返したあたしを、男性が呼び止める。

 「僕さ、あの大神と友だちなんだけど。アイツに恋人ができたって聞いて、驚いてさ」

 「はあ……」

 「それで、一度会ってみたかったんだよね~、アイツのカノジョ」

 もしかして。
 もしかしてのもしかしてだけど、そのために経理課を呼び出した――とか?
 いやいや、待て待て。それだと、あたしじゃなくても「別の人が説明に来ましたー!」ってこともあるわけだし。会ってみたかったのは本当だとしても、あたしに会ったのはたまたまで。そのまま「帰っていいよ」にするのは申し訳ないから、そういう雑談をまじえてきただけかも?
 どうなんだ?
 真意を確かめたくて、男性を観察するけど。う~~ん、あたしにわかるはずがない! 以上!
 わかるのは、この人もイケメンだってこと。課長がクールでおっかないイケメンだとしたら、この人は柔和で人あたり良さそうなイケメン。イケメンのベクトル違いの人。
 課長と友だちって言ってたし。この人と課長が並んでたら、QUARTETTO!じゃないけど、両極端なタイプのイケメンを拝めそうだな~って。
 ――ん? 課長のお友だち?

 「あっ、あのっ!」

 「ん? なに?」

 「課長のお名前、教えていただけませんか?」

 「名前? 大神の?」

 「そうです! あたし、課長の名前、知らなくて!」

 そりゃあ課長に訊けば教えてくれるかもしれないけど! そうじゃなくて、コッソリ調べて、『アテクシ、知ってましてよ。フフン♪』ってかんじで、サプライズで呼んで驚かしてやりたい!
 友だちなら知ってるでしょ、課長の名前!

 「アイツの名前ねえ……」

 なぜか、顎に手を当て思案し始めたイケメンさん。もしかして、友だちでも教えてもらってない、重要機密トップシークレットとか?

 「教えてもいいけど、その前に、僕の名前も覚えてほしいな」

 「は?」

 「せっかく、知り合いになれたんだから。僕の名前も覚えていって欲しいな」

 それって。
 
 (――ナンパ?)

 課長の名前を教える代わりに、僕のことも覚えてよね。アイツより、僕なんてどう? みたいな。

 (いやいやいやいや、いくらなんでもそれは自意識過剰!)

 いくらなんでも、それはない。アンタ、自分のスペックは充分理解してるんじゃないの、ウサギ!
 自分で自分を叱咤。
 いくらなんでも、こんなイケメンさんが、あたしをナンパしてくるわけないじゃない。課長の恋人役になれたからって、自惚れるんじゃないわよ。
 友だちの恋人だから。恋人の友だちだから。
 だから、名前知らないのもいろいろ不都合あるでしょ。それだけの理由よ、きっと。
 
 「――そこで何をしている」

 「ぴゃっ!」

 背後から、地獄の底から響くような低い声。驚き、数ミリ床から浮かび上がったあたしの体。

 「やあ、大神。会議は終わったのかい?」

 ふり返った庶務課の入口。そこに、恐ろしいほどオオカミの形相で、課長が立ってるというのに。
 イケメンさんは、どこまでも明るく朗らかなまま。陽気に軽口を叩く。

 「会議も何も、お前がいなけりゃ始まらんだろうが!」

 ピャピャン!
 
 イケメンさんと課長。二人に挟まれたあたしが、その声に身をすくめる。けど。

 (お前がいなけりゃ始まらない――って、ナニ?)

 言われてるのが、あたしじゃないことは確かなんだけど。
 このイケメンさん、もしかして……。

 「あの、庶務課の課長さん……ですか?」

 「は?」

 「いや、あの、だって。会議に出席しなくちゃいけなかったんですよね! でも、備品のことで問い合わせて、それで遅れて、その……」

 課長の友だちなら、別の課の課長であってもおかしくないし。でも、備品のことを済ませてからとかしてて、それで会議に遅れてたとか。
 課長がここに来たのだって、会議に遅れてるお友だち課長を呼びに来たからとか、とか!

 「ブッ……!」

 庶務課課長かもしれないイケメンさんが吹き出して。

 「ウサギちゃ……、ククッ、アッハッハッ……、き、キミって、おもしろっ……、アハハハハハッ」

 笑いが爆発した。口を開けて思いっきり笑い、そのままお腹を抱えて身をよじりだす。

 「――真白。そいつは、社長だ」

 「ほへ?」

 「山科やましなれん山科やましなグループの御曹司で、この会社の社長だ」

 「ほっ、ほえええええっ!?」

 しゃっ、社長っ!?
 この、ムカつくぐらい人のことを笑ってくる、この人がっ!?
 
 「ごめんね、ウサギちゃん」

 目尻の涙を拭って、社長が言った。

 「ホントは社長室に呼び出したかったんだけど、そうするとキミが萎縮しちゃうと思って。でも、そんなふうに勘違いされるとは……」

 ククッ。
 涙を拭っても、こらえきれなかた笑い、復活。

 「あー、でも、大神と友だちってのはホント。僕と大神は大学時代からの友だち。彼の優秀さを買って、僕を扶けてほしくて、この会社に入ってもらったんだ」

 そうだったんですか?
 視線で課長に問いかけると、頷くでもなく憮然と腕を組んだ。

 「――とにかく。山科はサッサと会議に来い。お前がいないと会議にならん」

 「わかったよ」

 微笑み程度の笑いに押さえて、社長が課長に従う。

 「大崎さん。お騒がせしてすみませんでした」

 課長が、最後に謝罪するけど。――大崎さん?
 ダレソレ、どこにいるの?――って。あ!
 部屋の奥でずっと黙ってパソコン作業をしていたオジさん。その人が、軽くこっちを見て頷いた。
 大崎さん、あまりに空気だったから、存在を忘れてた。

 「ほら、お前も謝れ、山科。昔から知ってる顔なじみだからって、ここを遊び場にするな。それも上着まで着替えて」

 課長が社長の頭をグイッと押す。

 「わかったよぉ。ごめんね、大崎さん」

 言われるままに、社長が頭を下げる。大崎さんは、さっきと同じでウンと頷くばかり。ホント、無口な人だな。
 あたしも、最後に大崎さんに頭を下げておく。

 「真白も早く経理に戻りなさい」

 「はい」

 あたしも社長と同じく課長の言葉に従う。
 ここにいるなかで、一番偉いのは社長のはずなのに。誰もオオカミには逆らえない。

 「じゃあね、ウサギちゃん、またね☆」

 どこまでも軽い社長。
 その社長の頭を小突く課長。
 そんな二人と別れて、経理課に向かって歩き出す。――けど。

 (ああっ! 結局課長の名前、教えてもらってない!)

 社長と知り合いになって、社長の名前と、庶務課の大崎さんを覚えたけどっ!

 (それじゃあ、意味ないのよぉぉぉっ!)

 ――ガックリ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月
恋愛
 雪代 恵舞(ゆきしろ えま)28歳は、ある日祖父から婚約者候補を紹介される。  アメリカの企業で部長職に就いているという彼は、竹篠 依澄(たけしの いずみ)32歳だった。  恵舞は依澄の顔を見て驚く。10年以上前に別れたきりの、初恋の人にそっくりだったからだ。けれど名前すら違う別人。  戸惑いながらも、祖父の顔を立てるためお試し交際からスタートという条件で受け入れる恵舞。結婚願望などなく、そのうち断るつもりだった。  一方依澄は、早く婚約者として受け入れてもらいたいと、まずお互いを知るために簡単なゲームをしようと言い出す。 「俺が勝ったら唇をもらおうか」  ――この駆け引きの勝者はどちら? *付きはR描写ありです。 エブリスタにも投稿しています。

社長はお隣の幼馴染を溺愛している

椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13 【初出】2020.9.17 倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。 そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。 大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。 その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。 要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。 志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。 けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。 社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され――― ★宮ノ入シリーズ第4弾

処理中です...