オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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8.キミの名は、――なんだっけ?

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 「――ええっと。あの……おやすみなさい」

 「ああ、おやすみ」

 お風呂から上がって。ルームウェアに着替えたあたしは、リビングにいた課長に声をかける。
 リビングのテーブルには、ノートパソコンと、いくつかのファイル。――もしかして、持ち帰りの仕事?
 あたしといっしょに、定時に退社した課長。その帰りに買い物したり、夕飯もいっしょに食べたりしたけど。もしかして仕事、まだ残ってた?

 「あの、お仕事でしたら、なにかお手伝いしましょうか?」

 あたしだって、一応経理課の社員だし。少しは課長のお手伝いもできるかもしれない。

 「問題ない。お前は、気にせず先に寝ろ」

 パソコンをあたしの視界から隠すように、さり気なくだけど課長が動く。――? ヒラが見ちゃいけない機密案件だったりするのかな?

 「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

 「ああ」

 軽く頭を下げて、寝室へ。
 
 (って、本当に先に寝てもいいのかな)

 だって、お兄ちゃん言ってたもん。上司が仕事をしてる時は、部下はそのサポートに務めなくちゃいけないって。自分の仕事がないならなおさら。上司が仕事しやすいように資料をまとめたり。それも、今の仕事じゃなくても、その先の先を読んで行動しろって。仕事がないなら、仕事を生みだせ。自分の頭で考えろ。いつ必要になるかわからない資料でも、徹底的に読み込んで上司の役に立てるようになれ。
 上司が「あがっていいぞ」って言ったからって、定時になったからって、仕事する上司より先に帰るのは言語道断。部下失格。そこは、「ぜひ、お手伝いさせてください!」と、前のめりに仕事に意欲を燃やすことこそ肝要だって。
 だから。

 (――よし!)

 ベッドの上で転がることしばし。意を決して寝室を出る。

 「どうした。眠れないのか?」

 そっとドアを開けたあたしを、目ざとく見つけた課長。

 「あ、あのっ! やっぱりお仕事のお手伝いを……」
 「だから、必要ないと言っている」

 ピャン!

 「で、ででで、でもっ! せめて飲み物をご用意させて……」
 「そんなこと気にする暇があるなら寝ろ」

 ピャピャン!

 言うたびに速攻否定(お怒りつき)されて。あたしは何度も身を縮める。

 「……のどが渇いてるなら。――ホットミルクでいいか?」

 いや、あたしがのど乾いてるわけじゃなくってですね。
 思うあたしの前で、キッチンに向かった課長が、手早くホットミルクを作っていく。なんていうのか、誰も入る隙もない、流れるような手さばき。

 「ほら」

 「あ、ありがとうございます」

 促されるまま座ったあたしの前、コトンと、テーブルに置かれたカップ。 
 
 (あたし、ホットミルクはあんまり……)

 どっちかというと、牛乳は苦手。
 だけど、課長が用意してくれたんだから、飲むっきゃない!
 上司の勧めに、逆らうべからず!
 ――って。

 「甘い……」

 牛乳独特の味がするんだけど、それ以外に、なにかがほんのり甘くて。

 「ハチミツを入れておいた」

 あ、それでこんなふうに甘いんだ。
 熱いからフーフーしなきゃだけど、でもこれなら飲める。

 「仕事のことは気にするな。それよりお前は早く寝ろ」

 「でも……」

 こういうのって、「寝ろ」→「はい、わかりました!」でいいのかな。何度かそれをくり返して、最終的に「どうぞどうぞ」になるまで、「それじゃあ」をしちゃいけないんじゃないかな。
 でないと、気の利かない部下ってことで叱責されるんじゃないのかな。

 「……お前、誰かに言われたのか? 上司が仕事してる時は、部下も仕事するべきだとか」

 ギク。

 「いつもやたらと意欲的に仕事を欲しがるし、定時に帰るというと不思議そうな顔をするし」

 ギクギク。

 「誰よりも早く出勤するし、どんな仕事も引き受けようとするし。お前、ウチで働く前、どこかブラック企業にでも勤めてたのか?」

 「いえ。あたしじゃなく、お兄ちゃんが会社ってものは、そういうもんだって言ってたので……」

 会社って、みんなそれぞれの仕事だけこなして、誰も話しかけてこないとか、誰かが困ってても助けてくれないとか。ノルマは山積み、平らになることはなく、定時に帰れないのは当たり前で、終電始発に乗るのが普通。万が一に備えて、会社に寝袋は必須。「ノー残業デー」は、「ノー(給料)残業(エブリ)デー」のことで。社訓を暗唱できないと給料減らされる。
 上司の命令は絶対。上意下達、上命下服、上が黒だって言ったら白いものも黒なんだ。上司の罵倒は、部下を育てるための愛のムチなんだって。ゆっくりしてる暇があるようなら、上司のお役に立つように、身を粉にして働けって。
 盆正月に帰って来るお兄ちゃんから、そう聞かされてたから、それを実行してデキるOLになりたかっただけなんですけど。
 お兄ちゃん、ブラック企業にお勤めだったの? 

 「とりあえず。ウチの会社は、定時帰宅を推奨するし、仕事だって無茶なノルマを課さないのが普通だ」

 向かい合う席に座った課長。

 「それでなくても、お前には恋人役という余計な仕事を課している。慣れない業務で大変なのに、それ以上に気を使おうとするな」

 「――はい」

 「真白は、普通にここで暮らしていればいい。俺の恋人役も、そこまで真面目に堅苦しくとらえずに、今川焼きを頬張っていたらそれでいい」

 あたしを見るその目は、いつもと違って、どこか優しく感じられる。

 「わかったら、もう寝ろ」

 あたしの飲み終わったタイミングを見計らったように、サッとカップを持って立ち上がった課長。そのままキッチンへと向かう。

 (課長。優しいなあ)

 資料が見づらい。
 作成が遅い。
 文章がくどすぎ。
 ムダに紙を使いすぎ。
 まだ仕事してるのか。早く帰れ。
 いつもは、仕事に厳しくて。毎日のように「卯野っ!」って怒ってくるのに。
 ――って、アレ?

 (最近、課長ってあたしのこと「真白」って呼び捨ててない?)

 さっきも「真白」って呼んできたよね? 「卯野」じゃなく。
 「ウサギちゃん」扱いの多い社内で、唯一「卯野」って呼んできてたのに。いつの間にか「真白」呼び?

 (これも、恋人を演じる一環?)

 「卯野」呼びでは、恋人らしくない。だから「真白」に変更した。

 (だったら、あたしも「課長」呼びを変更したほうがいい?)

 恋人っぽく名前呼びに……。

 (あれ? 課長って、名前、ナニ?)

 課長って、「苗字=大神、名前=課長」じゃないよね。さすがに。
 でも入社した時から課長は課長で。課長以外知らなくて。課長って呼んだら返事もらえてたから。あれ? 名前、なんていうんだろ。マジで覚えてない。

 「どうした?」

 「あ、いえ。なんでもありません」

 敵に襲われたサワガニのように、ソソソっと寝室に戻る。けど。

 (なんでもないことないのよぉ!)

 恋人というお仕事を課された以上、あたしも課長をそれっぽく呼ばなきゃいけないのにぃっ!
 「課長のお名前、教えて下さい」
 その一言が言えなかったあたし。
 ああ、課長の怖さと、自分の訊けない不甲斐なさが恨めしい。
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