オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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7.いつかデキるウサギになる日まで

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 「――そこをなんとか。頼む! ウサギちゃん!」

 経理課のカウンター。そこで必死にあたしを拝み倒してくる人。営業部販売促進課の伊坂さん。
 渡された出張費の追加申請用紙。
 出張時かかった費用と請求するために提出するものなんだけど。

 「ほんと申し訳ない! これも提出しなきゃいけないの、忘れてたんだ!」

 出張先での、レンタカー費用。と、その領収書。
 出張先で車を借りるのは、ままあることなんだけど。

 (だからって、遅れて申請するってどうなの?)

 出張先までの交通費、宿泊費用。そういうのはすでに申請が上がってる。支払いだって終わってる。つまり、彼の出張にかかった費用については、精算済みなのだ。
 それなのに、この追加。

 「悪いとは思ってる! でもうっかり忘れててさ!」

 だったら、そのまま忘れていて欲しい。
 終わった一件に、「追加で~す」は、よほどのことがない限り認められない。
 でも……。

 (これ、なんとかしなきゃいけない案件よね)

 だって、こうして必死に拝んでくるし。伊坂さんは、課は違うけど、あたしより先輩だし。先輩の言うことは絶対でしょ?

 「わ、わかりました。なんとかします……」

 「ありがとう! ウサギちゃん!」

 伊坂さんが、最上級の笑顔になった。

 「いやあ、受付がウサギちゃんでよかったよぉ」

 ホッと胸をなでおろしたような声。申請書を受け取ってもらえるか、不安だったんだろうけど。

 「あの、許可が降りるかどうかはわかりませ――」
 「じゃっ! ヨロシクっ!」

 最後まで聞かんかいっ!
 ツッコミ入れたいほどの速さで、伊坂さんが経理課を出ていった。

 (これ、どうしよ……)

 処理の終わった出張に、さらに追加って。

 (課長に相談案件?)

 一瞬、日付欄を書き換えて、「最近のです~」って顔しようかと思ったけど、領収書の日付とズレちゃうからバレるかなと、浅知恵却下。

 「――どうした?」

 「あ、課長。あのっ、販売促進課の伊坂さんから出張費の追加申請を受けまして……」

 「知ってる」

 説明しながらふり返ると、課長に手のなかにあった申請書を取り上げられた。

 「――まったく、アイツは。申請の時期はとっくに過ぎているというのに」

 そうですよね。そうですよね。
 無理な申請は、そんなふうに顔をしかめたくなりますよね。どうやって上手く隠して申請通そうか悩んじゃいますよね。

 「というか、なんだこのレンタカー代は。アイツの出張、今回は車不要の取引先だったはずだぞ」

 ほへ?
 じゃあ、このレンタカー代はナニ? 偽造? 
 というか課長、社員の出張先の土地事情までよく知ってるなあ。
 あたしには、領収書に書かれた「福岡県北九州市小倉」って地名から、「へえ、小倉って小倉市じゃなくて、北九州市の一部だったんだあ」ぐらいの情報しか読み取れなかったのに。そして、北九州市が福岡県のどこにあるかもわかってない。ついでに「じゃあ、博多どこにあるんだろう。博多市?」レベル。

 「舐められてるな、お前」

 ほへ? 舐められてる?

 「お前なら、頼み込めばどうになかなる。そう思われてるから、お前がいる時を狙って、ああやって頼み込みに来る」

 な、なんですとっ!?
 だから、「受付がウサギちゃんでよかった」になるってこと?
 あたしなら、チョロく受け取ってくれるから。受け取ったらなんとかしてくれるから。
 ウサギちゃんは頼りになる――じゃないのか。
 これまで、「先輩の困りごとを解決する、頑張るウサギ、頼りにされるウサギ」になれたと思ってたのに。

 「お前の人の良さは、いいように使われやすい。利用されてばかりじゃ、仕事にならんぞ」

 ゔ。
 
 「……はい。すみません」

 「とにかく。この案件は俺に任せろ」

 ポンと、俯いたあたしの頭を撫でるように叩いた課長。

 「それと。俺は、その人としての甘さ、悪くないと思うぞ」

 ほへ?
 
 驚き顔を上げると、なぜか顔を真っ赤にして不自然な咳払いを始めた課長。――喉に、なんかつっかえたの?

 「よかったわね、ウサギちゃん」

 課長が立ち去ってしばらくして。先輩たちが、コッソリ近づいてきた。

 「アイツさあ。ウサギちゃんが断らないのをいいことに、調子乗って持ってくるんだよねえ」

 「そうそう。私らだと断られるってわかってて。あれ、絶対ワザとなんだよねえ」

 「そうなんですか?」

 「そうよ。ウサギちゃんがカウンターに近づいたの、見計らってこっちに来たもん」

 そ、そうだったのか。
 あたしは、たまたまカウンター下にある用紙を取りに行っただけなんだけど。あの伊坂さんは、その動きを見計らってたのか。あたしの知らない間に。

 「まあ、課長がそのへんはシメてくれるだろうから。よかったわね、ウサギちゃん」

 「あの課長がバックについてるとなったら、伊坂も無茶なこと頼めなくなるでしょ」

 「そうそう。出張先で、カノジョとドライブデートした請求書なんて、ね」

 え? ちょっ。

 「あの請求書、そういうヤツだったんですか?」

 出張先で、カノジョとドライブデート? そのためのレンタカー?
 それを、シレッと会社に請求してたわけ?

 「そうよぉ。金曜に出張してさ、遅くなったからあっちに泊まるってことにして。週末、カノジョと落ち合って、そのままデートよ」

 うひゃあ。
 というか。

 (み、皆さん、よくご存知で……)

 先輩たちの情報網に驚く。

 「あのオオカミがカレシになった時は、ウサギちゃんが食べられちゃう! って心配したけど」

 「そうね。あのオオカミなら、ウサギちゃんをシッカリ守ってくれそうだし。あれはあれで良かったのかもね」

 ウンウンと、うなずき合う先輩たち。
 って、「守って」?
 あたし、課長に守られてるの?
 さっきは、困ってるあたしを、さり気なく助けてくれてたけど。けど、課長なら誰だって助けてくれる、守ってくれると思うんだけど。
 だって、課長、優しいし。
 部屋が水浸しになって困ってたあたしを、家に招いてくれるぐらいだし。他の誰かが困ってたとしても、別け隔てなく、誰にでも手を差し伸べてくれるんじゃないかなあ。あたしに限らず。

 「でもね、ウサギちゃん! 守ってもらえるからって、安心してちゃダメよ」

 へ?

 「そうそう。男はオオカミなんだから、いつ豹変して襲いかかってくるか、わからないんだからね! 油断しちゃダメ!」

 いや、その……。

 「まさか、もう食べられちゃってたりとかっ!?」

 ほげ? 食べられ……?

 「ウサギちゃん、女になっちゃったの?」

 あのぉ。あたし、課長に食べられてもいなければ、生まれた時からずっと女ですけど? 課長、男を女にするような技を持ってたりするんですか?
 というか、先輩たちの言ってること、サッパリわかんないんですけど? 食べられる、女になるって――ナニ?
 お目々パチクリ。
 お兄ちゃん、先輩たちは何を仰ってるんでしょう。食べられる、女になるは、ナニかの隠語、会社の暗号なのかな。
 
 「ああ、ウサギちゃん! あんたはそのままの純真無垢、疑うことない真っ白なままでいなさい!」

 (うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁ~)

 なぜか感極まったような先輩たちが両手を広げ、なぜかあたしに抱きつきにくる。
 ついでに、ガシガシグリグリ、頭を撫でてくる。
 なんていうのか。
 お兄ちゃんの言ってた、「会社ってのは、みんなそれぞれの仕事だけこなして、誰も話しかけてこないし、誰かが困ってても助けてくれない」とは全然違うなって思うけど。
 だからって。

 (あたし、もしかして愛玩動物扱い?)

 抱きしめられて、撫でくりまわされて。そして課長に守られて。
 グワングワン揺れる頭で、そんなことを思った。
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