オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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6.オオカミ課長の依存症問題

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 黒毛和牛サーロインがイン。
 ついで、鹿児島黒豚ヒレ肉もイン。
 うなぎもイン。マグロもイン。
 とにかく、高そうで美味しそうなものが次々インしていく、課長の持つカゴ。
 ドラッグストアの次、立ち寄ったスーパーで、お高そうなものを大して悩みもせずに、次々カゴに入れていく課長。

 (金銭感覚ぶっ壊れてる?)

 あたしだったら、そのサーロイン一つだけで、買うかどうか30分は悩むわ。
 それとも、課長クラスになると、こういうのを食べるのが当たり前なのかな。それも大量に。
 次々ドンドン商品が放り込まれるせいで、まだ店の半分も進んでないのに、カゴはもういっぱいになりかけてる。

 「む。カゴが足りんな」

 そのことに気づいた課長が、足を止める。

 「あのう、課長」

 「なんだ」

 「それって、何日分かのまとめ買い……」

 「今日一日分だ」

 一日分? それが?
 ぎっしり盛られたカゴの中身と、課長のお腹を交互に見ちゃう。
 一日? 一日でこれを食べちゃうわけ? とんでもない大食漢だけど、課長、お腹出張ってないな。

 「お前は、もっと大きくならんといかんからな」

 は?
 あたしが? 大きく?

 「もしかして、そのカゴの中身って。あたしに食べさせるものだったんですか?」

 「当たり前だ。俺一人では、こんなに食いきれん」

 「あたしだって、そんなに食べられません!」

 いっぱい食べて大きくなれよ。
 22にもなって、そんなに食べたら、よ、こ、に! 大きくなっちゃうって!
 そもそも、そんなにお腹に入らないし!

 「だが……」

 「あたしなら、ほら、そのお肉で充分ですって!」

 さっき課長がカゴにインした黒毛和牛の隣、やっすい外国産のサーロインを手にする。

 「いや、それでは……」

 「コレで充分なんです! お肉が固いってのなら、塩麹にでも漬けてから焼けば、美味しくなります!」

 塩麹と外国産お肉。合わせても、黒毛和牛よりとってもお値打ち。

 「真白は、料理上手なんだな」

 「いえ。そういうわけじゃありませんけど……」

 料理上手というより、節約の知恵というか。
 給料日前には、鶏肉使ったチキンライスの代わりに、ギョニソ使ったギョニソライスになるぐらいだし。QUARTETTO!のグッズを買いすぎた時は、数日の間、実家から送ってもらったお米で、ひたすら塩にぎりになるし。
 どっちかというと、料理より、その涙ぐましすぎる節約術を自慢したい。自慢にならないけど。

 「とにかく。あたしにいっぱい食べさせたいってお気持ちはうれしいですけど、こんなに食べきれませんから」

 だから、カゴの中身を棚に戻す。
 残ったのは、外国産サーロインと、新たに入れた塩麹。

 「今日のお夕飯、あたしが作ります。課長は、他に食べたいものがあったら、教えて下さい」

 残ったカゴを、課長から奪い取って歩き出す。
 さっきのドラッグストアといい、ここといい。
 課長に買い物を任せてたら、あたしのためってことで、とんでもない量を買い込みそう。

 (というか。なんであたしのため?)

 ドラッグストアでもそうなんだけど。なんであたしのために、そんなにお買い物したがるの? それもお高そうなものばっかり。
 ニセモノ、カモフラージュ恋人のあたし。
 やっすい化粧品とか、お値打ちお肉しか食べてないことが気に入らない?
 それでなくても、あたしチビだし。どっちかというと幼児体形、スットーンとした体だし。今だって、課長と連れ立って買い物してたって、「兄妹で買い物かしら、仲いいわね。フフフ」って見られてるかもしれない。最悪、「あら、パパとお買い物かしら。カゴ持ってお手伝いして。偉いわね、娘ちゃん」かもしれない。(それはイヤだ)
 そういうのを、課長は、あたしに課金することで、変えていこうとしてたのかな。もしそうだったとしたら。あたし、悪いことしちゃった?

 (いや、でもでもでも。無駄遣いはダメでしょう)

 あたしにそんな課金したって、それ、ドブにお金捨ててるようなもんだから。どれだけお高い化粧品を使っても、美味しいお肉をお腹がはち切れるぐらい食べても、あたしはあたしで、それ以上の変化は見込めないだろうし。

 (となってくると、やっぱり恋人役をチェンジしてもらうしかないよなあ)

 「俺は、真実の愛に目覚めた! 俺が心から愛するのは〇〇さん、ただ一人! こんなチビウサギじゃない!」みたいな。
 ちょっと傷つくけど、そっちのがいいような……。う~~ん。

 「真白、お前」

 へ? ――あ。

 「すすっ、すみません!」

 考え事してたら、勝手にお会計済ませた!
 
 「課長、なにか食べたいもの、ありましたかっ!?」

 だとしたら、もう一回お買い物して会計しますけどっ!?

 「いや、そういうわけじゃないが」

 そういうわけじゃないと言いながら、どこか不満そうな顔。

 「俺が支払うつもりだったのに」

 「ふへ?」

 ボソリと呟かれた不満に、目を丸くする。
 
 俺が? 支払うつもりだった?
 買い物することでストレスを発散する、買い物依存症とかそういう性癖あるけど、支払いしたい依存症とかそういうパターンってあるのかな。

 「他に欲しいものはないのか? 必要なものとか」

 えっと。
 どうしよう。
 課長が、「支払いしたいねん依存症」だったのだとしたら。あたし、欲しいものなんて――。

 (あっ!)

 「課長! アレ! アレ買ってください!」

 どこからともなくかすかに漂ってきた、ほんのり甘い香り。スーパーに併設された店で焼かれてるあの――

 「あの、大判焼き!」
 「ああ、回転焼きか」

 って。――え?
 お店を見た課長とあたしの言葉が重なって、二人同時に首をひねった。

 「回転焼きだろ?」

 「大判焼き……ですよね?」

 丸くこんがり焼かれた生地のなかに入った小豆餡。
 〝御座候〟ってナニ?
 あれは、どこからどう見ても〝大判焼き〟でしょう? なぜか、お店の看板には〝今川焼き〟って書いてあるけど。――今川焼き? 新たな呼び名が加わったぞ?

 「――真白、お前、どこの出身だ?」

 出身?

 「福島……ですけど」

 「そうか。俺の故郷では〝回転焼き〟と呼ぶんだ、あれは。関東では〝今川焼き〟が主流らしいな」

 ほえ~。

 「それで? あれが欲しいのか?」

 「えっと。あ、はい」

 とりあえず、奢ってもらうなら~で、目についただけだけど。ついでに、お腹すいてるし。美味しそうな匂いだったし。

 「そうか」

 ズンズンと歩く勢いの増した課長。追いかけるあたし。

 「すまない、この5個パックを、そうだな――、五つ頼む」

 「うわわっ! まっ、待ってください! 2個で結構です!」

 5×5=25個。とてもじゃないけど、食べきれない。

 「では、5個パックを二つ――」

 「じゃなくて、大判焼きを2個です!」

 どうしてそう、大量購入したがるわけっ!? 5×2=10個。よほどの大食らいでもなきゃ、夕飯前にその量はキツすぎる!
 ふざけてるんじゃなくて、真顔で注文してるのが恐ろしい。
 課長の、「大量に買って、支払いしたいねん依存症」。気をつけなきゃ。

 「あいよ。二つね」

 お店のおじさん、笑いながら、紙に挟んだ大判焼きを二つ渡してくれた。

 「――本当にこれだけでいいのか?」

 「いいんですよ、これだけで」

 言って、受け取った大判焼きの一つを、不満そうなままの課長に渡す。

 「――もしかして、甘いのお嫌いですか?」

 「いや。そんなことはないが――」

 だったら、自分に渡される、ハンブンコするって予想してなかったから、驚いてるとか? 大判焼きを持つ、課長の顔。とっても不思議な未知のものを渡されたような顔。

 「しかし、これだけでよかったのか?」

 これだけ?
 ハムっと大判焼きにかぶりつきながら、首を傾げる。

 「よかったヒョヒャッヒャんですよンフェフヒョこれだけでホォレヒャヘヘ

 モゴモゴ。
 口の中いっぱいに広がった、アンコの味を堪能しながら答える。

 「――食べてから話せ」

 あ、そうですね。ゴクン。

 「これで良かったんです。あたし、アンコ大好きなので」
 
 課長の恋人役には、あるまじきアイテムかもしれないけど。でも、百二十円の大判焼きぐらいが、あたしにはちょうど合ってるんです。

 「では、次はたい焼きを買いに行こうか。どら焼きもいいな。まんじゅうやモナカも捨てがたい」

 「いや、ちょっと待ってください! そんなにアンコまみれにされたくないです!」

 いくらアンコ好きでも! そういうのは、少しずつ、チビチビと、たま~にいただくから美味しいのであって!

 「ハハハッ。冗談だ。これ以上甘い物を食べ続けたら、夕飯が入らなくなるからな」

 珍しく笑う課長。
 ってか、夕飯?
 そうだ、あたしが作るんだった。

 「今日の夕飯、楽しみにしている」

 驚くあたしに、今まで見たことないような、アンコより甘い課長のいたずらっぽい視線が下りてきた。
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