「キミを愛するつもりはない」は、溺愛未来へのフラグですか?

若松だんご

文字の大きさ
上 下
26 / 29

26.売られたケンカは、お買い上げ!

しおりを挟む
 「――入海翔平ってヤツ、いるか?」

 荒々しくバアンと開かれたドア。ノックもなければ、挨拶もない。開いたドアの先、廊下からは、「お待ち下さい!」と誰かの声と、バタバタ駆けつける複数の足音。

 「キミは……」

 そんな騒がしさを連れて入ってきた屈強そうな男。その勢いに、副社長室のドアが壊れなくてよかった。

 「武智雄吾。商店街にある、武智ボクシングジムの者だ」

 書類から目を離し、仁王立ちの武智雄吾と名乗ったその男を見る。

 (彼女の店にいたヤツだな)

 いつだったか。彼女の店で、彼女に頭を撫でてもらってた人物。彼女に気安く「雄吾」と呼びかけられていた人物。
 あの時は、主に甘える猫のような印象だったが、今は猛虎の印象を受ける。

 「なんの用だ」

 僕と彼女の関係を知って怒鳴り込んできたのか?
 この男、彼女の幼なじみだと聞いている。小さい頃から兄妹のように育って、今でも親しくしているという。彼女がいっしょに出席しないかと誘ってくれた「友人の結婚式」は、この男の結婚式。

 「用があるから来てるんだろうが。――話がある」

 男がわずかに後ろを見る。やっと追いついた警備員と数人の社員。
 その視線の意味に気づき、「大丈夫だ」と彼らを下がらせる。閉まったドア。それを確認してから、武智がノシノシとこちらに近づいてくる。
 
 部屋には僕と三井寺、それと武智しかいない。

 「――これを見てくれ」

 副社長机に、武智がゴトリとスマホを置く。赤い点が点滅する――地図?

 「これは?」

 「透子が、誘拐された」

 「なんだってっ!?」

 驚き、立ち上がる。

 「こいつは、透子のいるところを示してる。かれこれ30分ほど、この場から動いていない」

 見ただけでは、どこかわからない場所。そこに点はとどまり続ける。

 「だからって、誘拐されたは短慮すぎないか」

 心臓が不規則に暴れまわる。喉の奥の味がおかしい。
 自分の声が遠くから聞こえる気がする。

 「アイツはな。自分は囮だって言ってた」

 「囮?」

 「俺も詳しくは教えてもらってねえが。アンタと結婚したことで、アイツ、狙われるような立場になったんだろ? アンタを陥れる餌になってしまったって言ってた」

 その言葉に、グッと息を飲み込む。

 「結婚しただけで、どうしてそういうことになんのか。俺にはサッパリだが、アイツ、言ったんだ。怪しいと思ったら、GPSを作動させる。その位置情報、30分経っても自分から連絡もなく、ずっと同じ位置に留まってたら、警察に連絡してくれってな」

 「警察に?」

 「ああ。おそらく誘拐監禁されてるだろうからって。だからさっき警察に言いに行ったんだけどよ。30分動かないだけで事件とは判断しかねるって、断られたんだよ」

 だから、ここに来た。

 「どうして彼女が……」

 あの場で、離婚を突きつけたのに。
 父の快気祝いの席で。
 わざと彼女を貶め、彼女を怒らせ、結果離婚を周囲に見せつけた。あれだけ派手に離婚したら、もう彼女は大丈夫だろう。そう思ったのに。

 「理由は知らねえ。俺はこれからここに乗り込むつもりだが、――アンタはどうする?」

 男の真っ直ぐな眼差し。

 「僕も行く」

 答えは決まってる。
 彼女に何かあったら。おそらく僕は、生きていられないだろう。

 「三井寺、警察に連絡してくれ! ウチの名前を出せば動くはずだ! 僕は先に行く!」

 「承知しました」

 うお~、金持ち権力すっげえ。
 男が口笛を鳴らした。

 「――案内してくれ」

 男を追い越し、先に部屋を出る。

 「よっしゃ! なら特別に俺のバイクに乗せてやんよ!」

 会社の前に止められていたバイク。そこから一つヘルメットを投げ渡された。

 「このバイク、美菜しか乗せねえって決めてるヤツだけど。特別だ」

 「そうか。すまないな」

 早く。早く彼女に会って、無事を確かめたい。
 
 (咲良――)

 僕を陥れるために利用された咲良。
 無邪気な彼女は、見知らぬ男たちに襲われ、凌辱された。その写真を拡散され、彼女は生命を絶った。「ごめんなさい」と最期まで僕に謝りながら。

 「大丈夫だ。どうせ透子のことだ。GPSをオンにしたこと忘れて、スマホをほっぽってんだろ」

 ポンポン。
 気安く、僕の被ったヘルメットを叩いた武智。
 その優しさは、どこか彼女に似ている。

 (無事でいてくれ、透子)

 あんな思いは二度と味わいたくない。

*     *     *     *

 「おい、更科! テメェ、ちゃんと飲ませたんだろな!」

 「飲ませたよ! ちゃんと!」

 わたしの前、数人の男が、わたしが動けることに驚き、悲鳴じみた声を上げて後ずさる。
 まあ、そうなるよね。と、頭の片隅で思う。寝てると思った女が、ムクっと起き上がっただけじゃなく、その股間を思いっきり蹴っ飛ばしたんだから。
 わたしが蹴っ飛ばした仲間の一人。大事なそれを押さえて悶絶の表情。ザマアミロ。

 「アンタが用意したドリンク? 当たり前だけど飲んでないっちゅーの!」

 フフン。
 鼻を鳴らしたい気分になった。

 「わたしはね! ずっと警戒してたのよ!」

 そう。
 わたしはずっと警戒していた。

 彼と咲良さんの悲しい過去。
 結婚を考えるほど、愛し合ってた二人。ちょうど彼が副社長に就任する時期で、彼の昇進を阻みたい誰かによって、咲良さんは攫われ、暴行を受け、その写真を社内にばら撒かれた。
 彼は、咲良さんを信じたけれど、咲良さんは自死を選んだ。
 ――ごめんなさい。
 最期までそう言い残して。
 咲良さんを守れなかったこと。助けてやれなかったこと。
 それは今も、彼の深い傷として残っている。どれだけわたしと愛し合っても、彼は毎夜、夢にうなされ苦しんでる。

 あんな成り行きでも結婚した今。
 次に彼を陥れるのに利用されるのは、わたしだ。

 「どうせアンタたちのことだから、前と同じようにわたしにも睡眠薬を飲ませて、暴行しようって魂胆だったんだろうけど。おあいにくさま」

 わたしは、守られてるだけの女じゃないの。
 彼のそばにいたことで、咲良さんがそういう目に遭ったのなら。彼と結婚したわたしにもそういうことが起きないとも限らない。
 だから、ずっと警戒していた。
 わたしの周り、わたしを聞き合わせる人物がいること。
 そして、見慣れない顔の人物がわたしに近づいてきていること。
 ただの杞憂で終わればいい。そう思いながらも用心を重ねていた。

 「そもそもおかしいと思ってたのよねぇ。わたしのことやたらと褒めちぎってくるし」

 いっしょに出かけられてうれしいとか。恋人に立候補したかったとか。
 わたし、生まれてこの方、一度も言われたことないっちゅーの! 悲しいけど!

 「それにね。名誉のために言っとくけど、武智ジムは、下っ端だからってこき使うことはないのよ、更科!」

 結婚の贈り物を選ぶ。
 その話をしたとき、更科が言ったのだ。下っ端だから、贈り物の手配を命じられたって。
 武智ジムにはそういう上意下達(?)みたいなものは存在しない。下っ端だからってこき使われるなんてことはない。
 それに、あそこの門下生って、雄吾がオシメを当ててた頃から、雄吾を知ってるような連中だし。贈り物、選ぶなら兄弟子たちが、雄吾の一番喜ぶものを選ぶわよ。わたしに相談する必要もないってわけ。
 新規の入門が少ないことを嘆いてる武智ジム(言ってて申し訳ないが、それが真実)。そこに、突然現れた門下生。やたらとわたしをヨイショしてくるし、強引に買い物に連れ出すし。
 これを警戒しないで、何を警戒しろってのよ!

 「それでも、わたしがこうしてついてきたのは、アンタたちを捕まえるためよ!」

 更科から渡されたジュースは、飲んだふりして捨てた。
 万が一と思って、用意しておいたGPSは、店を出る時に起動させておいた。
 あとは、雄吾が異変に気づいて、警察を連れて、ここに踏み込んでくることを待つだけ!

 「ほぉら。聞こえない? パトカーのサイレンの音」

 わたしの連れ込まれた、どこかしらのマンションっぽい部屋。そこに近づいてくるサイレンの音。迫るようにジワジワと大きくなってくる。

 「アンタらを捕まえて、すべてゲロってもらうわ!」

 ボスが誰なのか、咲良さんのことも含めてね!

 「……チクショっ! せっかく上手くやれたと思ったのに!」

 「や、やべえよ!」

 「な、なんだよ! 女犯すだけで、金が稼げるんじゃねえのかよ!」

 男たちが騒ぎ出す。
 女犯すだけで金が稼げる? クズね。超ド級のクズ。

 「に、逃げようぜ!」

 「クソ! こうなったら!」

 部屋から逃げ出そうとするヤツ。ヤケクソになってこっちに襲いかかろうとするヤツ。狭い部屋のなかは、ちょっとしたカオス。

 「――透子!」

 逃げ出したヤツが開けたドア。そのタイミングで、誰かがもつれ込むように、突入してくる。

 「翔平さんっ!?」

 クズの肩越しに見えた人物。
 クズ二人を殴ってノシた雄吾と翔平さん。
 雄吾はともかく、なんで翔平さんまで!?

 「――チクショ! こうなったら!」

 わたしの一番近くにいたクズ、更科が、パチンと音を鳴らして私に突進してくる。

 「透子っ!」

 翔平さんが叫ぶ。けど。

 「――――ッ!」

 ガッと掴んだ更科の腕。
 そのまま自分の肩で更科の肩を担ぎ上げ――。

 ドオン!

 部屋に大きな音が響き渡る。
 背負投げ。
 とっさに動いた身体。もんのすごくキレイに決まった背負投げ。
 わたしの投げた更科が、マンションの床に、大の字でひっくり返る。受け身も何も取れず、畳じゃない、フローリングに叩きつけられた更科。昏倒した更科の手から、ポロリと鈍く光るモノが転げ落ちた。――ナイフ?

 「さっすが、黒帯、有段者! その腕、なまってねえようだな」

 雄吾が、近くにいたクズを(彼にとっては軽く)殴り飛ばして口笛を吹く。

 「透子っ!」

 急いで部屋に駆け込んでくる翔平さん。

 「どうして?」

 その必死な顔を、ポカンと見上げる。
 どうして翔平さんが? 雄吾が連絡したの?
 続々と部屋に入ってくる警察。二人がノシたクズと更科。ヤツらを引っ立てていく。

 「――無事……か?」

 「うん」

 「怪我は……ないか?」

 「うん」

 「そうか……」

 翔平さんの手が、ゆっくりとわたしに伸びてくる。けど、頬に触れそうになると、ためらうように、ピクッと揺れて止まった。

 「――透子!」

 絞り出すような、それでいて感極まったような声。

 「よかった! よかった! キミが……! キミが無事で!」

 わたしを抱きしめ? ううん、わたしにしがみつき、声を上げる翔平さん。さっきのためらいはなんだったのってぐらい、強くつよくわたしを抱きしめる。
 泣いてるの? その声は湿っていた。

 「心配かけて……ごめんなさい」

 泣くぐらい、こんな必死になるぐらい、わたしを心配してくれたってことだよね。
 だから、うれしくて、幸せで。思わずわたしも泣きそうになる。
 クズどもを成敗できて、こんなふうに抱きしめられて。今のわたし、とっても幸せだ。

 「……あ、あのぅ――」

 なによ、邪魔しないでよ。
 今、一番いいところなんだから。映画でいうなら、クライマックスなのよ、今!
 遠慮がちに声をかけてきた警察官に視線を向ける。

 「奥さまに、これを……」

 差し出された地味なパーカー。――え? どうしてパーカー?

 「ウギャオッ!」

 そこで気づく。今のわたし、下着しか着けてないっ!
 更科たちを油断させるため、婦女暴行の現場を作って言い逃れさせないため、少しだけ脱がされるってのをやったんだった!
 興奮してたから、ずっと忘れてたけど!
 部屋に入っていた警察官数名。雄吾。
 そんな衆目あるなかで、わたし、裸、一歩手前!
 ってか、裸で、みんなの前で、翔平さんにハグされてるのっ!?

 急転直下。今のわたし、人生で一番最悪。
 こんな格好、みんなに見られて。わたし、もうお嫁に行けない。クスン。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜

青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」 三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。 一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。 「忘れたとは言わせねぇぞ?」 偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。 「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」 その溺愛からは、もう逃れられない。 *第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

処理中です...