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25.自分のスペックは、自分が一番知っている

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 「今日はどれにしようかのう」

 「儂は、コロッケ海苔じゃな」

 「白身タルタル弁当や!」

 「じゃあ、ワシは贅沢に特製コロッケ弁当で、炊き込みご飯に変更や! 年金も出たことやしな!」

 「ズルいぞ! なら儂も炊き込みごはんに変更じゃ!」

 「こっちもじゃ!」

 佐井さん、湖西さん、丹下さん。いつもの三角関数おじいさん。
 相変わらずの、騒々しいお弁当選び。

 「透子さ~ん。炊き込み、無くなりそうですから、追加お願いしま~す!」

 「わかったぁ!」

 乙丸くんからのお願いに、元気よく返事する。

 「透子ぉ、コロッケ上がったよぉ!」

 「はぁい。じゃあ、武智ジムの注文品、用意するね~」

 「頼む~」

 炊き込みごはんを用意する合間、お父さんの揚げたコロッケをパックに詰める。
 まるふく弁当の日常。
 お昼になれば、ビジネス街からお客さんが殺到して、夕方になれば、帰宅途中のお客さんが立ち寄っていく。

 あのお義父とうさんの快気祝いの席から。
 わたしはずっとここ、実家で暮らしている。

 ――翔平さんが、長期の出張に出かけて留守だから。その間、マンションに帰ってもつまらないからここに居させて。

 そういうことにしておいた。
 さすがに、「ケンカしましたー」は言えないし、「離婚されましたー」も言えない。そんなこと言ったらまた心配かけちゃうし。下手したらお父さん卒倒しちゃう。
 だから、そうやって嘘をついた。
 お父さん、もしかしたら昵懇の仲だというお義父とうさんから、なにか聴いてるかもしれないけど、今のところなんにも言ってこない。「好きなだけ居たらいい」と言ってくれてる。
 だから。
 だからそれに甘える。以前と同じように、このまるふく弁当でたくさんたくさん働いて。忙しく忙しく働いて。ヤなこと、泣きたいこと、悲しいこと、思い出したくないこと、すべてをぶっ潰す。忙殺。いろんな感情を抱えた心を亡くすまで働き続ける。作り物のこの笑顔が、いつか普通の笑顔になるまで。

          *

 「――あ、いらっしゃい……って。更科さん。こんにちは」

 「こんにちは」

 ガタガタゴトゴトとやかましい音を立てて開いた自動ドア。入ってきたのは、以前雄吾のジムで見かけた更科さん。

 「今日は、オレがコロッケもらいに来たっス」

 雄吾は? 美菜さんは?
 訊く前に答えられた。

 「オレ、あのジムで一番下っ端っスからね~」

 こういう使いっ走りは、下っ端仕事。

 「それに。ここのコロッケ旨いから、早く食いたくて。ロードワークついでに来ちゃいました」

 ウニカパ。
 エクボまで作って全開に笑う更科さん。乙丸くんとは別のベクトルで、人好きのする笑顔。人懐っこい性格なのかもしれない。
 そんな彼に、用意しておいた、コロッケ山盛り特別メニューを受け渡す。

 「そ、れ、と。オレが単に、まるふくさんにお会いしたかったからってのもあるんですけど」

 え?
 こそっと囁かれ、ドキンと心臓が跳ねる。

 「――冗談ですけど」

 冗談なんかいっ!
 さっきのドキンを返せ、コラ。

 「会いたかったのは本当ですよ。ちょっと相談したくて」

 「相談?」

 「ええ。今度、雄吾さんと美菜さんが結婚するでしょ? それで、オレたち門下生から結婚のお祝いをサプライズで用意することになったんっス」

 雄吾と美菜さんの結婚式。
 彼と夫婦で出席するって言っちゃったけど……。あれ、どうしようかな。

 「それで、先輩たちから、『更科、お前が用意しろ!』って言われて。下っ端だし、歳も雄吾さんたちと変わらないからって。でもオレ、そういうの疎いから、誰か相談できないかなって」

 先輩のイカツイ声色真似をした更科さん。その後の困った顔といい。表情、感情のコロコロ変わる人だな。

 「まるふくさん、雄吾さんたちとも仲良いし、結婚されてるのなら、そういうの詳しいかなって。それで相談したかったんっス」

 「なるほど」

 歳が近いからって、まだ入門したばかりの更科さんに、雄吾たちが喜ぶものを選ぶのは、至難の業かもしれない。そこで、雄吾たちと気心知れて、結婚生活にも詳しそうなわたしに相談しに来た。そういうことね。

 「もしよければ、いっしょに選んでもらえないかなって。どうですか?」

 「うーん……」

 顎に手を当て、軽く思案するふりをする。
 結婚祝い、選ぶことはできるっちゃあできるけど……。

 「お願いしまっス! どうかお助けくださいっス!」

 パンパン。
 頭の上で柏手打って、こっちにお願いしてくる更科さん。
 
 「……いいわ。わたしで良ければ、いっしょに選んであげる」

 「ありがとうっス! 感謝するっス!」

 ウニカパ最上級。

 「じゃあ、さっそく行くっス!」

 「えっ!? ちょっ、今からっ!?」

 コロッケ取りに来たんじゃないのっ!?

 「ちょっと近くで買い物するだけっスから! ねっ!」

 強引に、カウンターを回り込んできて、わたしの手をグイグイ引っ張ってくる。

 「わかった! 行くから、少し支度させて」

 いくらなんでも。
 エプロンはずして、財布とスマホぐらいは持っていきたい。

 「お父さーん、ちょっと出かけてくるー! 夕方の仕込みまでには帰って来るからー!」

 厨房にいる父に声をかける。
 今は、まだ午後二時半。仕込みまでに決着つくかな。

 「うれしいなあ。まるふくさんといっしょにお出かけできるなんて」

 「買い物でしょ? プレゼント選ぶための」

 お出かけじゃなくて。
 なぜかうかれる更科さんに釘を刺す。

 「口実はなんだっていいんっスよ。こうして出かけられることがうれしいんっス」

 ニッコニコ。
 スキップ始めそうなぐらいウッキウキ。

 「わたしと出かけることがそんなに?」

 「ええ。だって、まるふくさん、カワイイし」

 少し先を歩く更科さんがふり返る。

 「結婚してるって聞いてなければ、『オレ、どうですか?』って恋人に立候補したかったぐらい」

 「そんなに……」

 「だから、今日は一旦旦那さんのこと忘れて。オレに少しだけ甘い夢、見させてくださいよ」

 さあ! とわたしの手を引っ張る更科さん。

 ――旦那さんのこと忘れて。

 ポケットにしまいそびれたままのスマホを、ギュッと握りしめる。
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