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24.「キミとはやっていけない。離婚だ!」――断罪劇場、始まる?

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 「もう限界だ。離婚しよう」

 それは、突然の宣告だった。
 翔平さんに言われ、訪れたお義父とうさんの退院祝いの会場。彼の実家である、広大な庭で開かれてた園遊会の席で。
 突然。本当に突然言われたのだ。

 ――離婚しよう。

 なんで? どうして? 
 わたしの聞き間違い? 翔平さん、酔ってふざけてるの?
 頭の中も、目の前もグワングワンして、グルグルする。
 理解が追いつかない。理解なんてしたくない。どう理解したらいいのかわからない。
 翔平さんの話す言葉は、まるで遠い異国の言葉のよう。わたしにはサッパリ理解できない。

 「キミの父親が経営する店に、借金があることが判明した」

 静かに、でもどこか怒気を孕んだ翔平さんの声。

 「キミは、その借金返済のため、お金目当てで、僕に近づいたんだろう?」

 「そ、それは……」

 それは、お義父とうさんから提案されたことで、結婚当初から翔平さんだって知ってたはず。
 知ってて結婚して、でもわたしを好きになってくれて。
 昨日だって、あんなにわたしを愛してくれたのに。いっぱい愛してわたしの名前を呼んでくれたのに。
 スタートこそ普通と違う結婚だけど、今は夫婦らしく愛情持って暮らせてると思ったのに。

 「あやうく騙されるところだったよ。キミが求めていたのは僕じゃなく、僕が持ってる資産だということを」

 「そんな……」

 そんなことない。そんなの求めてない。
 言いたい。わたしがほしいのは翔平さんであって、そのバックの資産なんてミリも興味ないって叫びたい。
 だけど、声が喉に張りついて上手く出てこない。
 気持ち悪い。目の前がグラグラする。
 昨日、あれだけ愛してくれたのに。今、目の前に立つ彼は、本当に昨日の彼と同じなの?
 スーツの袖から見えるその指は、昨日、わたしを愛撫してくれたのと同じ指? メガネ越しのその目は、昨日、わたしを慈しんでくれたのと同じ目? 抱き寄せてくれた腕は? 睦言を紡いでくれた口は? なにもかも、昨日の彼と同じなの?
 誰か、ソックリさんが入れ替わったんじゃないの?
 理解が追いつかない。
 目の前に立つ夫は、本当にわたしの夫なの?

 園遊会の会場。
 「ささやかな」と表現された会場には、会社の関係者、入海家の親族がたくさん集っている。その誰もが、「なにごとだ?」と驚き、わたしと翔平さんに視線をむける。
 お義父とうさんも、彼の叔母さんも。お酒のグラスを持ちながら、軽食をつまむ手を止めて、歓談も口をつぐんで。
 誰もが、わたしと翔平さんを見てる。
 ここでわたしが泣けば、わたしは悲劇のヒロインぶることができるのかもしれない。誰かが、「翔平くん、そんな簡単に離婚なんて言わなくても」とか、助け舟を出してくれるかもしれない。けど。
 わたしの目からは涙もこぼれない。信じられないもの、信じられないことを話す夫をその目に映すだけ。

 「まあ、僕に近づいたことで、今ある借金が返せたとしても、遅かれ早かれキミの店は潰れるだろうけどね」

 吐き捨てるように言われた。

 「キミの店、自然素材にこだわる? 一から手作り、安価がウリ――だったか。今のご時世、そんな信条で店を経営していけるとは思えない」

 今朝、わたしの青いドレス姿を見て、「キレイだ」って言ってくれた彼の口。
 「このまま誰にも見せたくない」って。「でも、僕の奥さんはこんなにキレイなんだって見せびらかしたい」って。そんなふうに褒めてくれた彼の声が、今はまるふく弁当を罵り続ける。

 「食材に冷凍食品を使う、流行りのメニューを開拓する。原価を下げて利益を取れる価格設定にする。そういう工夫もできない、商売の基本もわかってない店なんて、どれだけ投資したってムダに終わる」

 なんでそんなこと言うの?
 わたしの作ったゴハン、持ち帰ったお店のゴハン。全部美味しいって食べてくれてるじゃない。投資する価値があるかどうかはわかんないけど、でもあの味は気に入ってくれてたじゃない。

 「借金返済のために、娘を差し出すような父親だ。経営なんて、少しも理解してないんだろう」

 どうしてそんなふうにお父さんまでなじるの?
 お父さんがバツ1でも、わたしが托卵の子でも。それでもちゃんと受け入れてくれたんじゃないの? 契約内容を変更って、お父さんのお人好しな部分も合わせて、受け入れてくれたんじゃないの? 受け入れて、わたしを愛してくれたんじゃないの?

 「僕は、これ以上キミたち親子に搾取されるつもりはない。離婚してくれ」

 崩れ落ちたい。崩れ落ちて、ここから消え去ってしまいたい。

 「ああ、あの結納金は、返してくれなくていい。婚姻期間も短い。財産分与しないかわりの手切れ金とさせてもらう」

 泣いて崩れて砕けて消えて。
 サラサラ失われていく自分。その中から、硬い核のような自分が現れる。

 「――言いたいことはそれだけですか?」

 グッと拳を握る。
 どれだけ衝撃を受けようと。どれだけ絶望しようと。どれだけ悲しくても。
 絶対消えない、わたしのファイティングスピリッツ。

 「そんなにわたしが嫌いなら、離婚していただいて結構です!」

 立ち上がる。叫ぶと同時に、そのクールで端正な横っ面をぶん殴ってた。

 「手切れ金なんていりません! お金は、絶対お返しします! お店だって、絶対潰しません!」

 時間はかかるかもしれないけど、それでも絶対返す! お店も潰さない!

 「短い間でしたけど、お世話になりました!」

 言って、メガネもふっとばした彼の顔を見る。歪んだ視界に映る彼の顔。

 「さよなら!」

 泣くな。
 泣くな、わたし。
 背を伸ばせ。シャンとしろ。
 走るな。
 ふりむくな。誰に声かけられても、立ち止まるな。
 元お義父とうさん、彼の叔母さん。三井寺さん。
 みんなが見ている。その視線、衆目の真ん中を、堂々と歩いていけ。
 わたしにやましいことはない。だから、堂々とここを出ていく。
 最後のプライド、最後の意地。泣き出したい、逃げ出したい自分を自分で叱咤する。
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