「キミを愛するつもりはない」は、溺愛未来へのフラグですか?

若松だんご

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17.契約内容、変更してもいいですか?

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 「――ここは?」

 「ウチの、檜原ひはら家のお墓です」

 電車を乗り継いで到着した場所。
 オレンジ色を含み始めた日差しを受けた、墓石。長く風雪に耐えた表面はデコボコだらけで、彫られた文字は判読がつかない。

 「ここに、わたしの祖父と祖母が眠ってるんです」

 言って、途中で買ってきた菊の花を供える。お線香も持ってきたかったけど、ライターなかったので、あきらめた。
 わたしが座ってお墓に手を合わせると、入海さんも並んで手を合わせてくれた。

 「入海さん。お父様から、私の家族について、なにか聞いておられますか?」

 「いや。きみと父親の二人、あとアルバイトの男性とで店を切り盛りしているとしか」

 「そうですか」

 まあ、妥当なところね。

 「わたしの両親が離婚していることは?」

 「それは、まあ……」

 言葉を濁された。言わなかったけど、一応そこまで知っていたのか。でも。
 立ち上がり、入海さんに向き直る。

 「わたしの父は、檜原博己ひろみであって、檜原博己ひろみではありません」

 「どういうことですか?」

 わたしを見る、入海さんの顔が険しくなった。

          *

 「――わたしの両親が離婚した。このことはご存知ですよね」

 お墓から少し離れたところにある、ベンチに並んで腰掛ける。水くみ場の手前。どこに視線をやったらいいのか、正解がわからなかったので、西日にピッカピカに輝き並ぶヤカンに目をやる。

 「わたしの両親は、わたしが保育園に通ってた頃に離婚しました。祖父が亡くなって。祖母だけであの店を切り盛りしていくのは難しかったので、会社員だった父が仕事を辞めて、店を就いだんです。母は、そんな収入の下がった父に見切りをつけ、離婚届とわたしを置いて、家を出ていきました」

 眩しいぐらい金色のヤカン。
 なんで、水くみ場にヤカンがあるんだろう。花立てに水を注しやすいようにかな。場違いな感想を抱く。

 「母が出ていったことは、寂しいですけど……。顔も覚えてないし、大事にしてもらった記憶もないので、そこまで寂しいと思ってないんです。薄情な娘ですけど」

 母について。
 自分が幼すぎたのか、顔も覚えていない。残ってる写真を見れば、きれいな人だったんだなってことはわかるけど。

 「母がいなくなってからは、祖母がわたしを育ててくれました。父も、寂しい思いをさせないようにと、休みの日には、いろんなところに連れてってくれました。でも――」

 そこで、一旦言葉を切る。
 入海さんは、黙って聞いてくれてるけど、今、どんな顔をしてるんだろう。知りたいけど怖い気がして、視線はヤカンに集中する。

 「入海さん。AB型の夫とA型の妻の間にO型の娘が生まれる確率って、ご存知ですか?」

 「え?」

 「AB型の夫とA型の妻の間に生まれるのは、A型とB型、それとABだけなんです。O型は、ありえないんです」

 そこまで言い切って、ようやく入海さんを見る。

 「わたし、中学生の頃に、母が残していった母子手帳でそれを知って。父もそこで初めてわたしの血液型を知ったみたいで。それまで母は、わたしのことをB型だって偽ってましたから。それで、万が一ってことを考えて、血液検査と、DNA検査もしました。――結果、わたしはO型で、父との親子関係はゼロと、完全否定されました」

 「檜原ひはらさん――」

 「わたし、お母さんがお父さんのもとに残していった、〝托卵〟なんですよ」

 驚く入海さんに、笑顔を向ける。――向けたつもりだけど、上手く笑えてたかどうか。

 「親子でないと鑑定されたのだから、父と祖母はわたしを捨ててもよかったのに。それまで娘として育ててきた情のせいか、二人とも、変わらずわたしを大事にしてくれました」

 血は繋がってなくても親子。祖母と孫。
 それは、高校の時、祖母が亡くなっても変わらなかった。
 父は、今でもわたしを娘として扱ってくれる。わたしも、そんな父を扶けたくて、今まで弁当屋で働いてきた。

 「どうして、そのことを僕に?」

 「このことは、亡くなった祖母と、出ていった母と、あとは父しか知りません。父が口外することはないでしょうけど、それでも万が一、どこから漏れるかわからないことですから」

 かすれた入海さんの声に答える。

 「もしかすると、このことが、入海さんの足を引っ張るスキャンダルになるかもしれない。そう思ったから、お話しておきたかったんです。それに、わたしだけ、入海さんの過去を知ってるのは、なんだかフェアじゃないなって思ったんです」

 入海さんと、咲良さんとの恋。
 三井寺さんから聴いた顛末。咲良さんを暴行することで、スキャンダルをでっち上げた結果の出来事。でっち上げなきゃ存在しなかったスキャンダル。
 でも、わたしは違う。
 わたしが生まれたこと、わたしがいること自体が醜聞。
 わたしは咲良さんとは違う。

 「――さて、これからどうしますか?」

 話し終えて、ンーっと腕を伸ばして背伸びをする。

 「これから?」

 「そうですよ。これからです。わたしは、こうしてお祖母ちゃんに、曲がりなりにも結婚できたよ~って報告できたので満足です。あとは、入海さんのお好きなようにしてください。あの結納金だって、時間はかかるかもしれませんが、ちゃんとお返しいたします」

 耳を揃えて今すぐってのは難しいかもしれないけど。それでもちゃんと返すつもり。
 バツ1っていう、戸籍を汚すようなことになっちゃったけど、それでもこれ以上わたしのことで入海さんに迷惑をかけることはできない。
 全部話し終えたからか。二度目の笑顔は自然に作ることができた。

 「――檜原さん」

 かなり時間をかけて。わたしと同じように、遠くを見つめていた入海さんが言った。

 「契約を。結婚の契約を、変更させていただいてもよろしいですか」

 うん。
 いいよ。そうなるのが当然だと思ってたから。
 お父さんに言われた通り、今日一日かけて、わたしの好きなこと、わたしのやりたいことを通して、わたしという存在を入海さんに紹介した。わたしが、お父さんの子でないことも。
 それらすべてを知って、入海さんがどう行動するか。
 最後に、お祖母ちゃんに、すぐに破棄されるものだとしても、結婚報告できてよかった。
 だから、笑え。
 わたしは満足だ。笑え。
 笑え。笑え。思いっきり笑え。じゃないと――

 「結婚契約に、『夫として、アナタを愛する権利』を加えてくれませんか?」

 「え?」

 「僕に、アナタを愛させてください」

 「それって、どういう……」

 驚いた拍子に、ガマンしてた涙が一筋流れ落ちた。
 夫として? わたしを愛する?

 「僕は、咲良のことがあって。それからずっと誰も愛することはしない、そう誓ってきました。僕に関わることで、誰かが傷ついたら。愛した人を失うようなことになったら。誰も近寄らせないことで、自分を守ってきたのかもしれません」

 もう誰も失いたくない。愛した人を失う苦しみを味わいたくない。
 咲良さんへの想いも残ってるんだろう。だから、誰も受け入れなかった。

 「ですが、不思議なんです。アナタと出会って、いっしょに暮らして。どうしようもなくアナタに惹かれていった。あれほど自制していたのに、アナタが他の男と仲良くしているのを見て。嫉妬して、アナタにその苛立ちをぶつけてしまった」

 え? 
 じゃあ、あの醜聞を避けろ、スキャンダルを起こすなってのは、咲良さんみたいな目に遭わせたくないからってだけじゃなく、わたしと雄吾の関係に嫉妬してたってこと?

 「この結婚がアナタの意に沿わない、不本意なものだと知ってます。借金のカタでしかないことも。ですが、僕は、アナタにどうしようもなく惹かれてる。アナタと夫婦としてやっていきたい」

 「入海さん……」

 メガネ越し、真剣な彼の目が、わたしを捉える。彼の目に映る、驚き涙をこぼすわたしの顔。

 「わたしで、いいんですか?」

 問う自分の声がどこか遠くから聞こえる。

 「アナタいいんです」

 「托卵された娘ですよ?」

 「それは、アナタのお母様の罪であって、生まれたアナタに罪はありません。お父様も、変わらずアナタを大事にしたでしょう? それと同じです」

 そうなのかな? そうなのかな?
 わたしに罪はないのかな? わたしはどこも悪くないのかな?
 今まで抱いていた罪悪感みたいなものが、涙といっしょに流れ落ちていく。

 「仮にそのことが醜聞として広まったとしても。僕がアナタを守ります。守らせてください」

 そこには、過去の、咲良さんとの後悔も含まれているのかもしれない。もう二度と、大切な人を傷つけさせないという、強い意志。

 「それに。アナタとならどんなことがあっても乗り越えていける、そんな気がします。なんたって、初対面でグーパンかましてくるような人ですから」

 え、えーっと。それはぁ~。
 うれしくて幸せで。流れてた涙が、「どうしよう」ってアタフタしはじめる。

 「檜原ひはらさん、いえ、透子とおこさん。変更、承認いただけますか?」

 スッと伸びてきた入海さんの手。涙の跡の残る頬に触れる。

 ――はい。

 声に出してYESと伝えられたかどうか。
 自分でも自信なかったので、その頬に触れる手に、顔を擦り寄せて行動でもYESを示す。
 わたしでいいのかな? わたしなんかがいいのかな?
 その気持ちは消えてなくならない。多分、この先も熾火のように心の奥にくすぶり続けるだろう。でも。
 わたしでいいって言ってくれるのなら。入海さんがいいって言ってくれるのなら。
 自分の中にある想いのようなものに、自分で驚く。いつの間に生まれてたんだろう、この感情。

 「透子さん……」

 近づいてきた彼の唇がわたしの唇に重なる。
 お墓でなんてことを。不謹慎。
 理性は、その唇の熱さに吹き飛んだ。
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