「キミを愛するつもりはない」は、溺愛未来へのフラグですか?

若松だんご

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14.どうしてくれんの、この感情!

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 あ、食器洗ってある。
 翌朝遅く。
 夫が出勤したであろう時間に起き出したわたし。流し台に昨日の食器は残っていない。彼が、全部食洗機に入れたのだろう。キッチンは、いつものようにキレイに片付けられていた。

 (悪かったとか思ってんのかな)

 それでせめてもの償いとして、食器を洗った?

 (ううん。どうせ「片付いてないのは嫌だ」とか、そういう理由でしょ)

 なんとなくだけど、彼、潔癖症っぽいし。「片付けもせずに寝る妻など!」とか文句言いながら片付けたのよ、きっと。
 泣きすぎてシパシパハレハレの目。その目を水に濡らしたタオルで冷やす。

 (今日、仕事行きたくないな~)

 だって、この顔見たら、絶対お父さんに訊かれるもん。何があったんだって。お父さんが訊かなくても、乙丸くんが訊く。それぐらいヒドい顔をしてる。

 (でもなあ……)

 今は夫が出社してわたししかいないけど。だからって、このままここにいたくない。
 今朝は、朝食もお弁当も作らなかったけど、夕食もストライキ……というわけにはいかない。してもいいけど、なんていうのか、そういうレベルじゃなくて、もう顔を合わせたくない。

 (家、帰ろっかな)

 お父さんはダメって言うかもしれないけど。そこはどうにか頼み込んで。
 そうと決めたら仕事は早い。二、三日分の着替えをバッグに詰めて、出勤ついでに家を出る。お父さんがダメって言ったら、別の……、そうだな、雄吾んちはさすがにマズいから、美菜さんちにでも泊めてもらおう。
 夫婦げんか(?)の巻き添えみたいで申し訳ないけど。
 玄関を出て、パタンと扉を閉める。カチャリと鍵を回した瞬間、涸れたはずの涙がもう一度溢れそうになった。

*     *     *     *

 「中華弁当一丁! 特から弁当炊き込み変更一丁!」

 「中華弁当一丁! 特から弁当炊き込み変更一丁! 牛ステーキ重、できたよ!」

 「はいよ!」

 お昼時の店は、まさしく戦場。
 先に用意しておいた弁当をお買い上げしてくれるお客さまもいれば、ちょっとマイナーどころ、+30円しても炊き込みご飯を求めてくれるお客さんもいる。
 それらを、おそらく彼らのタイムリミット13時までに、さばいていく。少しでも早く、少しでも多く休憩時間を確保してもらうために。お店側がのんびりする時間はない。

 (こういう時間って、余計なこと考えなくてすむから助かる)

 考えるべきは、金銭授受の間違いがないかってことと、お客さんのオーダーを間違えないかってこと。それだけ。あとは、お箸は何膳? ドレッシングつけるんだっけ?
 荷物つきで店に来た娘に、お父さんは何も言わなかった。乙丸くんも同じ。
 仕事が終わっても帰らずに、いっしょに夕食食べて、そのまま何日も泊まっていっても、「帰りなさい」は言わなかったし、「何があったんだ」とも訊かなかった。
 以前と同じように、普通にここの娘として扱ってくれる。前と同じように、乙丸くんの「スパゲッティは飲み物だ! カレーだって飲み物だ!」の豪快食いを見て笑ってる。

 「はい、お待たせしました、コロッケ海苔弁と、鮭海苔弁当。お二つで780円です」

 「はい、こちらは炊き込みご飯に変更の特製欲張り弁当ですね。920円です」

 黙々と、並ぶ列をさばいていく。すし詰めになってた狭い店内に、ちょっとずつ息がつけるほどのスペースが生まれていく。

 「いらっしゃいませ~、って。三井寺さん」

 「こんにちは」

 お客さんがかなり減って。それまで開きっぱなしだった自動ドアがようやくガタゴト開閉できるようになった頃。そのドアを開けて入ってきたのは、夫の秘書である三井寺さん。

 「今日は、お客としてこちらに伺いました。特製コロッケ弁当一つ、ご飯を炊き込みご飯に変更で、お願いしていいですか?」

 「はい。特製コロッケ炊き込み変更一丁!」

 「特製コロッケ炊き込み変更一丁!」

 こだまのように、お父さんが厨房から返事する。

 「それにしても、三井寺さん、こんな時間からお昼ですか?」

 店にかけてある時計は、12時48分をさしている。午後のお仕事が13時からだとすると、今から食べて間に合うんだろうか。

 「大丈夫です。遅れた分は、ちゃんと休憩いただきますから。副社長のことも、他の秘書に任せてありますので」

 あ、そうなんだ。
 秘書って、一人じゃないし、主人と分離可能なのね。
 滅私奉公みたいな感じで、いつでも主人に付き従う、「主の影!」みたいなイメージがあったから意外。

 「奥さま。いえ、檜原ひはら透子とおこさま。少し、お時間ございますでしょうか」

 「え?」

 「私事で申し訳ないのですが、よろしければ少しお話しさせていただきたいのですが」

 出来上がった特製コロッケ弁当。受け取った三井寺さんが言った。
 どうしよう。
 ふり返ったわたしに、お父さんが「行け」と強く頷いてみせた。

          *

 「すみません。お忙しい時に」

 「いえ……」

 三井寺さんに連れられてきたのは、商店街を出てすぐにある小さな公園。滑り台やブランコ、砂場という公園三点セットと、木陰にベンチが用意されている。

 「ここは、気持ちいい風が吹きますねえ。オフィス街に近いとは思えない、清々しい場所です」

 「はあ……」

 並んで腰掛ける三井寺さん。
 わたしをこんなところまで連れてきて、何を話すつもりなんだろう。前置きっぽい会話からは、想像がつかない。
 いや。
 想像はなんとなくついてる。――別れ話だ。
 成り行きであっても結婚したのに、他の男と親しくする妻。そんなスキャンダラスで貧乏な実家しかない妻など不要だ。押し付けられてとても迷惑だった。これを機会に離婚してやる。
 そういうところかな。
 結婚話のときもそうだけど、あの旦那は、誰かに全部丸投げで終わらせる質なんだろう。だから、こうして秘書の三井寺さんが、別れ話を告げにわたしのところに来た。膝の上に置かれてる弁当は、そのついで。

 「私、この特製コロッケ弁当が大好きなんですよ」

 三井寺さんが弁当に視線を落とす。

 「コロッケ、とってもサクサクしてて。そして炊き込みご飯が何より美味しい! ゴボウへの味の染み込み具合とか、味付け最高です」

 「えっと……、ありがとう、ございます」

 作ってる側としては、少しこそばゆい褒められ方。

 「ですから、副社長がお弁当持参なさるようになって。その内容がふくまる弁当のものソックリで。ちょっと……、いや、かなり羨ましかったんですよ。私は独身ですからね。その愛妻弁当、美味しそうだなって羨んでました」

 「そうなんですか」

 「ええ。ですが最近副社長がお弁当を持参されなくなって。どうしたんだろうって思っていたところなんです」

 お弁当を持っていかなくなった。それは、わたしがあのマンションで暮らさなくなったから。腹を立てて、どんな顔して会えばいいのかわからなくなって。あれから一度もマンションに戻ってない。

 「透子さま」

 軽く息をついて、三井寺さんが話を続ける。

 「これは私の独り言のようなものですが、聴いていただけますか?」

 「え?」

 「副社長のこと、少しお話しさせていただきます」
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