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11.四の五の言ってる場合じゃない!

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 ――ゆっくりでいいから、返事、聞いといてくれるかな。
 ――式はちょっとっていうのなら、二次会だけでも構わないから。

 やさしい美菜さんの心遣い。
 わたしの夫が、面識もない妻の友人の結婚式に尻込みしてる……とでも思ったのかな。だから「二次会だけでもいいから」とか言ってくれたんだろう。
 けど。

 (尻込みしてるのは、夫じゃなくて、わたしなのよね~)

 借金のカタで妻になったわたし。
 ケンカこそ終了したみたいだけど、いっしょにゴハンを食べる仲になったけど。だからって、「わたしの友だちの結婚式にいっしょに参加しませんか?」は、ハードルが高い。
 あっちからしてみれば、「押し付けられた嫁」「病気のお父さんを安心させるためのみせかけ仲良し」なんだろうし。
 ゴハンこそいっしょに食べるし、それに関する会話もするけど、それ以外の行動は前と変わらない。ゴハンを食べ終えたらサッサと自室にこもるし、そのままいっしょにテレビでも観ようかなんてことは起きない。
 夫婦っていうより、ルームシェア相手。
 いや、シェアのほうがもう少し喋るか。
 そんな状況だから、「いっしょに結婚式」は言い出しにくい。「は? なんで僕が?」なんて冷たいメガネ光線をくらったりしたら。さすがのわたしでも傷つく。

 (とりあえず。夕飯作って。食べてる最中に持ちかけてみよう)

 一番のタイミングは、それを食べ終わるかどうかって時。人って、お腹いっぱいになってる時って、おおらかになるっていうし。そしたら「いいよ、行こうか」って言うかもしれないし。万が一、「は? なんで僕が?」でも、食べ終わる間際なら、そのまま気まずくゴハンを食べる地獄にはならないし。
 ってことで、ちょっと早めに帰って夕飯作り。

 店から多めに炊き込みご飯を持って帰ってきたので、そのまま茶碗によそう。
 メインは、三角関数おじいさんの一人、湖西さんの息子がやってる魚屋で買ってきた、カレイ。これを煮つけにする。カレイの煮つけ。
 あとは、お肉も欲しいだろうから豚肉たっぷり豚汁。インゲンとささみの辛子醤油和え。足りなかったら、作り置きから何品か取り出す予定。
 さて、と。
 舞台はできた。あとは役者がそろうだけ。

 「――ただいま」

 「おかえり。ゴハン、できてるよ」

 開いたドア。そこから入ってきた夫に声をかける。

 「――カレイ?」

 「そうだけど……」

 普段なら、「ありがとう」とか言って、自室にスーツの上着を脱ぎに行ったりするのに。

 「なんでもない。……いただきます」

 言って、珍しくそのまま椅子に腰掛けた夫。
 箸を持ち、いつものように手を合わせて食べ始めるけど。

 「……もしかして、カレイ、苦手?」

 夫の箸は、いつものように進まない。絶賛停滞中。自分が好物だから、つい「今日一番のおすすめ!」に乗って買っちゃったけど。――カレイ、嫌いだった?

 「そんなことはないが……」
 
 言いながら、額を押さえた夫。

 「悪い。その夕食は置いといてもらえないか。明日、食べる」

 フラフラと自室に向かう夫。その顔は青く、足取りもおぼつかない。

 「もしかして、具合悪いんですか?」

 「ああ。申し訳ない」

 「じゃあ、そんなこと言ってないで、サッサと寝てください!」

 カレイが~、夕飯が~じゃないわよ! 申し訳ないとか、そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが!

 「いや……、ただの片頭痛だから」

 「いーから、早く休む!」

 グイグイ、夫を寝室に押し込むように背中を押す。

 「ほら、上着脱いで、ネクタイ外して!」

 子どもじゃないんだから、グズグズしない! 早く着替えて布団に入る!

 「……積極的だな」

 は?

 「うわわわわっ……!」

 手にしてたネクタイを放り投げる。
 早く寝かせたいからって。わたし、今、何してたっ!?
 ネクタイ外して、シャツのボタンも外れかけてる夫の姿。全部、それ、わたしの所業。言われるまで、全部無意識行動。

 「ハハハハッ……」

 夫が声を上げて笑った。暗い寝室でもハッキリわかるぐらい、口角を上げて。

 (笑うんだ。こんなふうに……)

 場違いだけど、そっちに驚く。
 今まで、外面笑顔しか見たことなかったから。ちょっと意外。

 「と、とにかく! 薬とか持ってきますから、先に横になっててください!」

 「恥ずかしい」って感情が後発的に押し寄せる。急いで部屋を出て、ドアを閉めるけど。

 (うおうっ!)

 頭を抱え、心のなかで思いっきり叫んだ。

*     *     *     *

 用意したのはお水と薬。あと熱ピタシート。
 片頭痛なら、薬飲んで、涼しく暗い部屋で休んでたらよくなるでしょ。
 自分の経験則から用意した物々。わたしも、生理前とかになると片頭痛に襲われるタイプだから、その辛さと乗り越え方はなんとなく知ってる。

 (にしても、どうしてそういうのが置いてないのかね、この家)

 結婚する以前から、夫が暮らしていたというマンション。わたしと暮らすにあたって、色々買い揃えてたみたいだけど、薬とかそういうのが欠落していた。

 (自分、片頭痛持ちなら、薬ぐらい用意しておきなさいよっての)

 おかげで、商店街の薬局まで走ってくることになったじゃない。
 
 「入りますよ~」

 ささやくように、口パク程度に言ってそっと夫の自室に入る。
 寝てるのなら無理に起こすことないし、そうじゃなければ、薬、飲んでほしいし。

 (あ、寝てる……)

 窓から差し込むだけのぼんやりした明りの下。
 パジャマ姿で、ベッドに横たわる夫の姿。
 規則正しい寝息が聞こえる。

 (とりあえず、辛さは取れたのかな?)

 顔色まではわからないけど、その寝息から、痛くて苦しいようには思えなかった。静かにくり返される呼吸にホッとする。

 (にしても、殺風景な部屋ねえ)

 一応用意してきたものをナイトテーブルに置いて、グルっと部屋を見回す。
 ベッドと、ちょこんとメガネの置かれたナイトテーブル、デスクトップパソコンの置かれた机。キチンと本の並んだ書棚。さっき着てたスーツのかけられたクローゼット扉。それだけ。
 結婚前からここに住んでたというわりに、押しかけてきてるわたしの部屋よりスッキリしてる。どっかの景品でもらったキャラ人形とか、なんかの思い出の写真なんてものは一つもない。無機質に。とっても無機質に、最低限の物しか置かれてない部屋。
 スタイリッシュ? というか、どこか物悲しく感じる。

 「ン……」

 少し体を動かした夫。うっすらと目を開ける。
 あ、やばい。
 わたしの気配で、起こしちゃった?

 「……行かないでくれ」

 ――は? え? 「ちょっと!」

 心の声。最後は口からこぼれる。
 だって。

 (この状態で、どう動けとっ!?)

 伸びてきた夫の手。それが、部屋を出ていこうとしたわたしの服の裾を掴む。で、掴んだことで安心したように、また眠りに落ちていってしまった。
 夫の容態だけみたら、わたし、ゴハン食べるつもりだったのに! 片頭痛くらい、寝てたら治るでしょ!? だったのに!

 (「……行かないでくれ」ってなによぉぉぉぉっ!)

 アンタはただの同居人、仕方なく結婚しただけでしょうがぁっ!
 外ではラブラブ新婚夫を演じるけど、家だとゴハンをいっしょに食べる程度の関係でしょうがっ!
 わたしに、「こんな結婚を受け入れるなんて。バカなのか」なんてほざくようなヤツで! 結婚したからって指一本触れてこないし、人のドレス姿を見て何にも言わないようなヤツのくせにっ!
 それが、それが、それがっ!
 
 ――行かないでくれ。

 どうせ、片頭痛が治まったら、またクールにメガネブリッジ指クイするくせに。料理は褒めても、それ以外の会話もしないくせに。外面だけわたしを妻として丁重に扱うくせに。

 (どうしてくれんのよ、こんなの)

 お腹空いたのに、振りほどくこともできないじゃない。
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