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10.今日のゴハンは、何かな? なにかな?

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 「おーい、透子ちゃーん、来たよぉ」

 ガタガタと開いた自動ドア。同時に響いた声。

 「ああ、いらっしゃい」

 お昼用に弁当を並べる手を止め、顔を上げる。
 入ってきたのは、一人じゃない。ゾロゾロと三人。ウチの常連客、ご近所に住む、佐井さん、湖西さん、丹地さん。サイ佐井ン・コサイ湖西ン・タンジ丹地ェント。三角関数おジイさん三人組。遊びに行くのも病院行くのも、こうして買い物に来るのもいつもいっしょと仲が良い。

 「今日はどれにしようかのう」

 佐井さんが、並べたばかりのお弁当を眺める。

 「そうやのう」

 つられるように、湖西さんと丹地さんも弁当を前に思案する。顎に手をやるその姿も三人ソックリ。

 「ワシはこれや! コロッケ海苔弁!」

 「鮭海苔弁!」

 「白身タルタル海苔弁、ご飯は贅沢に炊き込みご飯に変更や!」

 380円、400円、そして480円。
 普通の、ハンバーグ弁当550円とか、カットステーキ弁当850円に比べたら、どれも格安。炊き込みご飯で+30円してもらっても、唐揚げ弁当530円よりお値打ち。ワンコインで買えちゃう。
 それでも。

 「ありがとうございます」

 大きく売上に貢献してくれるわけじゃないけど。

 「ここの、コロッケはスーパーなんかのやつより旨いんよな」

 「鮭もふっくら焼けてて」

 「透子ちゃんが作ってくれてる炊き込みご飯。やみつきになるわ」

 弁当が出来上がるまで。丸椅子に腰掛けた三人の会話に、気持ちが浮き立つ。厨房に戻って、ご飯を詰めるけど。――ご飯、おまけで大盛りにしてあげよ。
 常連だから贔屓してあげるんじゃなくて、この店の味を気に入ってくれてるから贔屓してあげたい。店員だって人間だもん。自分の作ったものを「美味しい」って言ってくれる人には、ちょっとなにかしてあげたくなるじゃん。
 作り置いてた弁当を見て「地味」って言われたり、「なに? スマホ決済できないの?」で嫌な顔されると、こっちだってムッとした気分になる。あからさまにご飯を減らしたりとかしないけど、代わりに規定量より多くよそうことも絶対しない。

 「こんにちは~」

 再びガタガタと音を立てて開いた自動ドア。

 「いらっしゃいませ~、って、美菜さん」

 「こんにちは。お弁当いただきに来ました。特製欲張り弁当を二つと、コロッケ海苔弁を三つ。あと、おふくろ惣菜セットを一つ」

 890円✕2と、380円✕3と、550円。合わせて3470円。

 「それと、全部のお弁当、炊き込みご飯に変更してもらっていいかしら」

 +30✕5。しめて3620円。

 「雄吾がね、今日はまるふくの弁当が食べたいってきかなくて。お義母さんとお昼作ってたのに、あっちも食べるんだって。そしたら、お義父さんまで『儂も欲しいな』ですって」

 ちょっとムッとした顔の美菜さん。せっかくお昼を用意したのに、さらにお弁当を欲しがる、その底なしの食欲に呆れてるのか、怒っているのか。

 「男の人って、どうしてあんな食欲オバケなのかしら。作っても作っても、全部食べられちゃうのよねえ」

 「でも、それってありがたいことじゃないの?」

 「まあ、残されるよりは……ねえ。お義母さんも同じようなこと言ってたけど……」

 残されるよりはマシ。でも、どこか納得してない、浮かない顔の美菜さん。

 「キレイなお嬢さんやなあ」

 わたしたちのやりとりを見てた、丹地さんが言った。
 
 「透子ちゃんの友だちに、こんなべっぴんさんがおったとはなあ」

 と、佐井さん。

 「こんなべっぴんさんの手料理なら、儂も張り切って平らげるかのう」

 これは、湖西さん。三角関数のなかでは、一番細身で少食なのに。美菜さんの料理なら完食できるの?

 「フフッ。そこまでお褒めいただいて。ありがとうございます」

 美菜さんが、ふり返って微笑む。
 一瞬で「ホワアッ」となった店内の空気。間抜けにも、口ポカーン目ぇホニャ~ンな三角関数おじいさんたち。うん、わかる。わかるよ、三角関数。わたしも、同性ながら、フニャ~ンって魅了されそうだし。
 雄吾が必死にアタックした理由がよくわかる。これは、当たって砕けても、何度粉砕されてもアタックし続けちゃうわ。

 「ところで、透子さん。結婚式のこと、考えてくれた?」

 ほへ?

 「あ、ごめんなさい。わたしは出席するけど、夫にはちょっと――、まだ聞いてないの」

 突然の話題変更に驚く。
 
 「そうなの? ゆっくりでいいから、返事、聞いといてくれるかな」

 「うん。ごめんね」

 「いいわよ。旦那さんまで出席してほしいってのは、こちらのワガママなんだし」

 出来上がったお弁当。それを袋に入れてお会計を済ませる。

 「式はちょっとっていうのなら、二次会だけでも構わないから。二次会、立食パーティ形式にするつもりだから、当日の飛び込み参加でも大丈夫よ」

 渡したお弁当の袋を手に下げた美菜さん。
 いつもの。いつものまるふく弁当ロゴ入り袋、味気ないほか弁のはずなのに。

 (なんか、ステキ……)

 そのまま銀座とかの街中を歩いてても、違和感ないぐらい美しい。
 ホント、よくこんな気遣いもできる、トンデモ美女を手に入れたなあ、雄吾。
 アイツ本人は、ジャングルでツルかなんかにつかまりながら、「ア~アア~」とか雄叫び上げてたほうが似合うってのに。

 「じゃあね」

 軽く、三角関数おじいさんたちにも頭を下げて、帰っていった美菜さん。おじいさんたち、自分たちの注文したお弁当より先に、美菜さんが持って帰ったことにも気づかず、ポヘ~とそのキレイな後ろ姿を見送ってたけど――。

 「あの娘! あの娘は、どこのお嫁さんなんじゃ!」

 「誰があんなべっぴんさんを射落としたんじゃ!」

 「それより透子ちゃん、アンタ、旦那さんって。結婚しとったんかっ!? いつの間にっ!?」

 質問がとっ散らかった。

 「はいはい。彼女は、武智ジムのお嫁さんですよ」

 カウンターに、出来上がった三人分の弁当を置きながら答える。
 
 「武智ジムの? ってことは、あの雄吾の嫁さんか?」

 「あの雄吾に、あんなべっぴんさんが……」

 「美女と野獣だの」

 あ、それに関しては同意見。
 同性のわたしが見てもキレイと思える美菜さんと、ゴッツい筋肉ダルマの雄吾では「美女と野獣」って表現しかでてこないわよね。

 「ほら、それよりお弁当できましたよ。サッサと会計済ませて帰らないと、お昼に訪れるサラリーマンたちに押しつぶされちゃうわよ」

 時計は、ただいま11時53分を指す。怒涛のサラリーマンラッシュまでには、あともう少し。

 「そうじゃ、そうじゃ」

 「急がねばの」

 「儂ら、か弱いご老人は、サラリーマンには勝てんからの」

 何言ってんだか。
 美菜さんに鼻の下伸ばす程度には元気なくせに。
 笑いをこらえながら、いそいそと近づいてきた三角関数と会計を済ませる。
 にしても。

 (あの夫に訊くのかあ……)

 ゴハンをいっしょに食べるようになったし、少しは会話もするようになったけど。

 (いっしょに、出席してくれるのかなあ)

 訊いたところで、「は? なぜ僕がキミの友だちの結婚式に参加しなくちゃいけないんだ?」とか冷たく言われたら……。なぜだろう。考えただけで、お腹の底に鉛を詰めたような重さが訪れる。

 (っと、いけない、いけない!)

 三角関数も帰っていき、つかの間の静寂を取り戻した店内。
 ここには、もうすぐ一日で一番忙しい、嵐が訪れる。飢えたサラリーマン、時間に余裕のないサラリーマンをさばくには、とんでもない精神力と体力が求められる。そこで余計なことを考えてるヒマはないのよ。うん。

 パンパンと頬を叩いて気合いを入れる。

 「いらっしゃいませ~」

 ガタガタと音を立てて開いた自動ドア。閉まることを忘れたかのように開きっぱなしになるドアから、サラリーマンたちが押し寄せる。

 さあ、お昼ラッシュの始まりだ。
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