「キミを愛するつもりはない」は、溺愛未来へのフラグですか?

若松だんご

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9.将を射んと欲すれば先ず胃袋を掴め?

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 「――ただいま」

 「おかえり。もうすぐゴハン出来るよ」

 「ありがとう」

 マンションに帰ってきた夫。夕食の匂いの立ち込めたキッチンから声をかける。
 わたしが出来たものをテーブルに並べる間、彼は自室に、スーツの上着を脱ぎに行く。

 「いただきます」

 テーブルの上に並んだ料理。それを挟むように、互いに向き合って座る。手を合わせるタイミングもほぼ同じ。
 まるで「新婚の夫婦の夕食風景」みたいだけど、中身はそんなもんじゃない。
 箸を動かし、黙々と食べる夫とわたし。
 時折、「旨い」って夫が言うけど、それは感想がホロリとこぼれただけで、わたしに向かって話しかけたわけじゃない。あくまで独り言。だから、わたしも返事をしないし、夫もそれについてとやかく言わない。
 箸を動かす音。食器の鳴る音。
 それ以外はなんの音もしない食事風景。
 新婚さんなら、もう少しイチャイチャ楽しそうに食事をするでしょ。
 まだ、結婚してないけど、雄吾と美菜さんなら、もっと……そうだな、「雄吾、はい、あ~ん♡」「あ~ん、パクッ♡」みたいな感じで、食べさせたりしてもらってるんだろうな。
 そこまで露骨じゃなくても、二人で一つの皿から分け合ったりとか。
 よっぽど親密でなければできない、大皿からの取り分け食べ方。もちろんだけど、目の前の食卓の料理は、すべて個々に盛り付けてある。片付ける食器の数が増えるから、面倒っちゃあ面倒なんだけど、いっしょの皿からってのに抵抗あったので、このスタイルにした。

 (乙丸くんとなら、気にしないんだけどなあ)

 仕事上がり、時折いっしょに夕飯を食べてく乙丸くん。彼が山盛りに積んだ唐揚げを崩していくのを見るのは、ちょっとした楽しみだった。よく食べるなあ。幸せそうに食うなあ。すごい、あれだけあったのに。毎回、感心して見てたんだけど。

 (まあ、こうして個別に盛り分けたおかげで、ゆっくり食べられるんだけど)

 乙丸くんといっしょの時は、早く取らないと全部食べ尽くされちゃう恐怖があった。食い尽くし系っていうの? ものすごい勢いで口の中に消えてくから。
 今日のゴハンは、店で残った唐揚げを、玉ねぎといっしょに卵でとじた唐揚げ丼。
 それと、個人的にブームが来てる白菜と豆腐の味噌汁。
 作り置きしておいたほうれん草のおひたしに、切って和えるだけのわかめと胡瓜の酢の物。
 仕事帰り、チャチャッと用意できるメニューだけど、悪くないと思ってる。むしろ、いい。

 「旨いな」

 唐揚げ丼を食べて、こぼれた夫の感想。
 フフン。そうでしょ。美味しいでしょ。
 心のなかで鼻を鳴らしておく。
 出汁と醤油の染みた玉ねぎと、ふわとろ卵は好相性。そこに少しサクッとした衣のついた唐揚げは、最高の取り合わせ。

 「この唐揚げは、キミの店のものか?」

 「そうだけど?」

 何口か食べて箸を止めた夫に、ちょっとだけ身構える。まさかと思うけど、「店の余り物を食べさせるなんて」とか、「手抜きだ!」とか言わないわよね? 言ったら、今後一切ゴハンを用意してやらないんだからね?

 「いや。この唐揚げを食べられるなんて。キミの店の客は幸せ者だな」

 は?
 なにをそんなにしみじみと?

 「入海いりうみさんも食べたいんですか?」

 その唐揚げ。

 「食べたいというか……。そうだな。そういうことに、なるのかな」

 自分で自分がよくわかってない。丼を置いた夫が、困ったように視線をそむけた。

 「そんなにその味が好きなら、――お弁当、作りましょうか?」

 「いいのかっ!?」

 うお。すごい食いつき。
 前のめりになった夫に、驚いたこっちが背を反らす。

 「ええっと。わたしの作った唐揚げでよければ、ですけど」

 「ああ。僕はこの唐揚げが食べたい。是非、頼む」

 そ、そんなに?
 びっくりしながら、唐揚げ丼二口目を頬張る。
 じっくり醤油に漬けた鶏肉。サクッとした衣。ジュワっと広がる鶏の旨味。
 悪くない。むしろ美味しいと思える味だけどさ。

 「では、その、ご飯を炊き込みご飯にしてもらうこともお願いできないか?」

 「へ?」

 「この唐揚げも絶品だが、あのご飯の味も捨てがたい。毎日食べても飽きない味だ」

 いや、そこまで喜んでもらうと、なんていうのかこそばゆいようなうれしいような。
 けど。

 「すみません。あの炊き込みご飯は無理です。あれはお店で炊いてるので、お弁当には間に合いません。お昼に届ける余裕もないですし」

 お店で作って、お昼の会社に届けるって方法もあるけど、ウチの店、お昼がとんでもなく忙しい。夕方ならまだ乙丸くんに配達に行ってもらえるけど、お昼時の店は戦場。とてもじゃないけどそんな余裕はない。

 「そうか。……仕方ないな」

 夫の身体が椅子に沈む。シュンとなった垂れ耳が、頭の上についてるみたいなうなだれ方。

 「その代わりに、炊き込みご飯を持って帰ってきます」

 夕食にしてもいいし、夜食にしてもいい。

 「この間、置いてあったみたいにか?」

 「ええ。あんな感じで良ければ、持ってきますよ」

 「ありがとう」

 ってか、わたしが持ち帰ったあの炊き込みご飯のおにぎり、置いてあったの気づいてたの?
 翌朝まで微動だにせず置いてあったから、てっきり嫌いだとか、見てないのかと思ってたんだけど。

 「でも、そんなに入れ込むほど美味しかったんですか?」

 「ああ。今日の夕飯もそうだが、これほど美味しい料理は初めてだ」

 言って、夫が味噌汁のお椀を持ち上げる。わたしも、目の前の丼を持ち直す。
 会話が途切れ、食卓に静寂が戻る。
 盛り付けた料理は、すべてわたしと夫の胃袋に収まった。

 「ごちそうさま」

 先に食べ終えた夫が、空いた食器を持って立ち上がる。
 流し台に運ばれていく食器。チラリと横目で見たけど、どの器もキレイに食べられていた。米粒一つ残ってない。

 「洗い物なら、ついでにやっておきますよ」

 「そうか。では頼む」

 蛇口をひねろうとした夫に告げると、彼はそのまま自室に戻っていった。けど。

 (フフッ……)

 なんだろう。
 思わず笑いたくなるような、心がワクッと浮かび上がるような感覚。
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