「キミを愛するつもりはない」は、溺愛未来へのフラグですか?

若松だんご

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5.そういや、肩書「副社長夫人」だって、忘れてた

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 「今日は、すまなかった」

 病院を出て、駐車場に向かう途中、旦那が言った。

 「いえ。お義父とうさんのこと、お見舞いできてよかったです」

 それは本当。
 たとえどれだけわたしたちがケンカしてても、夫婦じゃなくても。知ってる人が入院してるのなら、お見舞いしたいと思うのは当然。
 けど、どこか答える声が硬いのは、どうしようもない。

 「――――。僕は、このまま会社に戻るが、キミは、まだ時間はあるか?」

 「ありますけど?」

 今日一日フリーって、お父さんにしてもらってるし。店に急いで戻る必要はない。

 「では、――三井寺みいでら

 パチンと指を鳴らしそうな感じで、旦那が誰かを呼びつける。

 「はい、副社長」

 「彼女を、例の店に連れて行ってやってくれ」

 「承知いたしました」

 執事? 
 そう思わせるほど優雅に、頭を下げた男性。暗めの落ち着いたスーツに、アースカラーのネクタイ。キレイに撫でつけた髪。おそらく30代半ば。

 「はじめまして、奥さま。わたくし、副社長の秘書を勤めております、三井寺みいでら真人まさとと申します」

 すべらかな自己紹介。
 ってか、「奥さま」って。
 奥さま=わたしだって、気づくのに時間かかった。

 「本日は社長のお見舞い、ご苦労さまでした。この後、申し訳ないのですが、とある店に参りたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
 
 「お店?」

 「ええ。近く、我が社の懇親会がございますので。そこに出席いただくため、お召し物を新調させていただきたく存じます」

 懇親会?

 「店は、わたくしどもで手配しておりますが、もし、奥さまのお気に入りブランド、懇意になさってるお店などございましたら、そちらに変更していただいても構いませんが、いかがいたしますか?」

 ほげ? ぶ、ブランド? お気に入りのお店?

 「いえ。そういうのは、ありませんので……」

 というか、服にお気に入りとかなんとかってあるわけ? それも大手企業の懇親会なんていう、とんでもない場に着てけるような服ってどんなの?
 いつも、ショッピングセンターのお値打ち量産ブランドしか着てないわたしには、異次元世界の話。
 っていうか、懇親会ってなに? なにするとこなの?
 町内会の新年会とかとは違うよね、やっぱり。

 「では、こちらで手配いたしましたお店へ、ご案内いたします」

 「はあ。よろしくお願いいたします」

 どんなお店か知らないけど。
 このしっかりしてそうな秘書さんが案内してくれるところなら。わたしに似合う服を用意してくれるんじゃないかな。
 三井寺と名乗った秘書さんの、その物腰の柔らかさから、勝手に想像しておく。

 「では、副社長」

 「頼んだ」

 あ、妻のことは秘書に丸投げなんだ。
 わたしと三井寺さんを置いて、スタスタと歩き出した旦那の背中。

 「では、参りましょうか、奥さま」

 三井寺さんに声をかけられ、わたしもその背中に背を向ける。
 いいわよ。
 仲良い夫婦は、あくまでお義父とうさんの前でだけの演技。こうやって秘書に丸投げするぐらい、わたしには興味ないってことなんでしょ。
 今日の見舞いのことだって、懇親会のことだって。少しも説明してくれなかったし。
 会社の業務連絡だって、もう少し話したりするわよっての。「◯日、◯時から、見舞いに参りますので、お時間を空けておいてもらえますか」とか、「◯日に、謝恩会がございますので、お召し物をご用意ください」とかさ。

 (ま、そこまで嫌ってる妻ってことね)

 五百万の融資の担保。借金のカタ。
 押し付けられた妻。
 興味のない妻。
 でも、父親の元では演技して、妻として同伴しなくてはいけない場には、着飾らせて連れて行く。

 (サイテー)

 心のなかで、別の車に乗り込んでいく背中に、思いっきりドロップキックをかましておく。

*     *     *     *

 (うわわ、すごーい)

 そして、懇親会当日。
 お店で仕立ててもらった(仕立ててもらったんだよ、オーダーメイドで!)ドレスを着たわたしは、会場の広さと、華やかさ、それと、配膳台に並んだ料理の数々に圧倒される。

 なに、あの料理。メチャクチャ美味しそうなんだけど。
 見たこともない料理が白いトレーの上に、小さな器にかわいく盛り付けられて、ズラッと並ぶ。
 アレも気になる。コレも食べたい。
 下から温められてる、銀色の器(?)のなかのやつ、あれ、自分で取り分けて食べてもいいんだよね? 気になるデザートは後で食べたらいいんだよね? 飲み物は、なにから飲んだらいいのかな?
 弁当屋だけど、これでも調理に携わる者として、並ぶメニューがとっても気になる。食べたい。食べて、味を覚えて、美味しかったら、お店で出したい。(できることなら、レシピを教えて欲しい)
 けど。

 ――おめでとう、翔平くん。
 ――なかなか、キレイな奥さんじゃないか。
 ――これなら、お父さんも一安心かな。

 ハッハッハッ。
 実質、わたしのお披露目会場となった懇親会会場。
 立食ビュッフェ式なのがアダとなり、食事を取りに行くより早く、わたしと旦那のもとに、祝辞を述べに来る招待客に囲まれてしまう。
 
 (うう。これなら着席コース料理のがありがたかったなあ)

 料理は遠く、果てしなく。空いたお腹は、鳴り出す寸前。グウ。
 会社の懇親会。食事を取りながら、気軽に誰とでも会話できる立食ビュッフェは最適解なんだろうけど。
 懇親会の主催者である旦那。そこに、招待された取引先のおエラいさんとか、社内の重役とか。そういう人が代わる代わる挨拶に来る。

 結婚してよかった。これで社長も安心だろう。
 さすがに、「次は、一日も早く社長に孫の顔を見せてあげなくては」なんていうセクハラ発言はないけど、「よかった、よかった」「これで会社も安泰だ」はくり返し何度も訪れる。
 男は、結婚して一人前。
 そんな昭和思想がヒシヒシと伝わってくる。
 
 「――翔平さん」

 ニコニコスマイル仮面を被り続けるわたしと旦那。そこに近づいてきた女性。

 「ああ、叔母さん」

 わたしが首を傾げたのだろう。

 「紹介するよ。僕の母方の叔母、宇野彩也香さんだよ」

 軽くわたしの背中を押して、旦那がその年配女性を紹介してくれた。

 「はじめまして。妻の透子です」

 促されるままに、頭を下げる。って、そんな背中押さなくても、ちゃんと妻として挨拶するっての。「妻」って単語に、少し頬がひくつくけどさ。


 「あら、かわいらしい奥さんね。歳はおいくつかしら?」

 「26です」

 「お若いのね」

 ニコニコと叔母さんが笑う。
 なんだろう。「26なら、これからバンバン子を産めるな」なのかな。それとも、「こんな若嫁に副社長夫人が務まるのかしら」かな。その笑顔から、正解を見つけるのは難しい。

 「それにしても、驚いたわ。翔平さん、あれだけ結婚をしぶっていらっしゃったのに。こんな急に結婚されるなんて。――ねえ」

 うん、まあ、驚くよね。
 交際ゼロ日婚だし? 五百万の借金のカタ婚だし?
 普通は、ゆっくりと愛情を育てて、愛を確かめ合ってからの、婚約、結婚だろうしねえ。

 「すみません、叔母さん」

 ガシッとわたしの肩を掴みにかかった旦那。そのままグイッと身体を抱き寄せられる。

 「僕がどうしても彼女を手放したくなくて。こんな素敵な女性。もたもたしてたら、誰かに盗られてしまいそうで。それで、結婚を焦ってしまいました」

 「あらあら」

 叔母さんが少し困ったように微笑む。
 「爆散しやがれ、このリア充。ノロケが」とか思われてるんだろうな。

 「今は、父が入院していることですし。父が元気になったら、挙式する予定ですので、その時は、叔母さんもご出席ください」

 ふうん。
 わたし、知らない間に、挙式するっていうスケジュールが組み込まれてたんだ。
 ホント、なんでもかんでも勝手に決めやがって。憎たらしいから、そのキレイに磨かれた靴先でも踏んづけてやろうかな。

 「そうね。是非、出席させていただくわ」

 フフフ。ホホホ。
 微笑ましい、叔母と甥の会話。
 にこやかに笑う甥。
 ああ、こうして騙されていく犠牲者が増えていくのね。
 義父に、義理の叔母。次の犠牲者は誰だろう。

 「それにしても。本当に、透子さんは愛されてるのね」

 ああ、勘違い犠牲者爆誕。

 「翔平さんが、こんなにせっかちに結婚するなんてよほどのことよ」

 「はあ……」

 それは、喜ぶべきことなのかな。騙してる側として、心がとんでもなく痛い。

 「まあ、前の方とは残念なことになったから、急いだのかもしれないけれど――って。ああ、ごめんなさい。余計なことを言ってしまったわ」

 「あっ」て顔して、叔母さんが口を押さえる。

 「なんにしろ、アナタたちが幸せなら、亡くなった姉さんも満足してるはずよ。翔平さん、透子さん。結婚おめでとう」

 「ありがとうございます、叔母さん」

 取り繕うように言われた「おめでとう」。
 隣に立つ旦那は、眉一つ動かさずに、それを受ける。けど。

 (前の方? 残念って――ナニ?)

 わたしの胸には、叔母さんの失言が、でっかな杭のようにぶっ刺さった。
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