ハニトラしかけてこいと敵国に贈られましたが、よく考えればクソブラックな故国より、寵愛してくれる彼のがいいので、寝返らせていただきます。

若松だんご

文字の大きさ
上 下
19 / 23

巻の十九、いざ、決戦!

しおりを挟む
 先帝のご寵姫、ご出御。
 それも、攻めてきた皎錦国コウキンコクとの戦場へ。
 更に言うなら、ご寵姫、臨月。それで戦場へって。――マジ?
 おどろ木ももの木さんしょの木。「好奇」というか、「ウソだろ、マジか」みたいな視線に見送られて都を出る。
 
 ――お腹の子になにかあったらどうするんだ。
 ――皎錦コウキンの女だ。あちらと内通してるのではないか。

 わたしの行動に感動するか訝しむかは、その人次第。
 でも、わたしのあの飛ばした檄(?)が効いてるのか、御子と国のため、生命を賭ける素晴らしい女と感涙するやつもいる。それと、「厳将軍に斬られるの楽しみ。ドキドキ」野郎も。

 〝わたしが裏切ったなら、腹をかっさばいて御子を取り出せ!〟

 なんて言っちゃったからねえ。
 わたし、ちょっとでも怪しまれたら、お腹ザックリパッカンよ。まったく。

 「菫青妃キンセイヒさま。ご尊顔を日に晒してはいけませんわ」

 近づいてきた女官が、陣地で突っ立ってたわたしの被り物を直す。
 あー、はいはい。日焼けすんなってことね。
 皎錦コウキンの軍と対峙する丘に設けられた陣地。ここにいる女性はわたしを含めて三人。腹心の女儒、尚佳ショウカと、新たに配された女官。――女官。
 妊婦、それも産み月の妊婦に仕えるのが尚佳ショウカ一人では心もとない。産気づいた時のために、産婆仕事もできる女をってことで、用意された。……この女官、若いのに、子を取り上げることもできるんだってさ。

 「――里珠リジュさま」

 同じく被り物をした尚佳ショウカが近づいてくる。
 都と違ってここは、乾燥して埃っぽい。だから、三人して被り物をして顔や体を隠してる。被り物のせいで、体格とかはちょっとわかりにくくなってるけど、この三人のなかで、尚佳ショウカが一番小柄なことはわかる。
 まだ、十四歳の尚佳ショウカ。彼女に戦場は厳しいかなって思ったんだけど、意外にも「着いていきたい!」と言ったのは彼女のほう。

 「書が、届いております」

 「書? 返事来たの?」

 「ええ。まあ」

 ちょっと濁った尚佳ショウカの声。学校なんかでよくある「教室で回ってくるメモ手紙」みたいに小さく折られた書。奇抜な折り方こそされてないけど、渡す途中で読むことはできる。おそらくだけど尚佳ショウカはその内容を知ってるんだろう。だから、今も微妙な顔してるし、声だっておかしなものになった。

 〝我願逢汝(キミに逢いたいよぉ)〟

 グフ。
 これは。これはなかなかイタい。
 あのクールすました慈恩ジオンがどんな顔して書いたのか、メッチャ気になる。愛ちてるんでちゅよ~、チュチュチュ~ってタコ口になってたら面白いなあ。――なんて。

 「これ、返書したためるべきかしら」

 わたくしも逢いとうございますわ~。これでようやく宿願果たされますわね~って。
 渡された書を近くにあった灯りにくべる。こんな書から勘ぐられて、お腹パックリされたらたまんないし。
 問いかけには、誰も返事をしない。けど、軽く頷いて女官が立ち去る。

 「さて、尚佳ショウカ。いよいよよ。覚悟してね」

 慈恩ジオンの「逢いたいよぉ」はともかく。
 明日、わたしは朱煌国シュコウコクの未来の国母として、皎錦国コウキンコクと会見する。
 皎錦国コウキンコクの軍を率いているのは、あのチョウ慈恩ジオン
   
 ――朱煌国シュコウコクの皇帝を君の手で堕落させ、政を混乱させてくれ。それを機に、我々は朱煌国シュコウコクを攻め滅ぼす。

 その言葉通り、宰相のくせに軍を率いてきたチョウ慈恩ジオン
 こちらから、平和的に解決したい、会見したい、代表はわたくしよ♡って伝えたら、「いいよ、会見しよ♡」って返ってきた。
 アイツ、まだわたしが「好き♡」のままだって思ってるのかな~。「皇帝を籠絡して、予定外に妊娠しちゃったけど、でもまだアナタを想い続けてるの♡」って。「皇帝も死んだことだし、わたくし、アナタのもとに帰りたいの。ルン♪」みたいな。
 ゔ~。考えるだけでサブイボ出そう。どんだけ自分に自信あるのよ、クソ慈恩ジオン

 「菫青妃キンセイヒさま」

 ガシャ、ドシャと硬質な音を立てて近づいてきた者。

 「厳将軍……」

 「いよいよ、明日でございますな」

 「ええ。そうですわね」

 隣に立った厳将軍が目をすがめる。
 ここから見える、皎錦国コウキンコクの陣。どんな陣形なのかまでは読み取れないけど、でも、「すげえデカい」ことだけはわかる。おそらくだけど、この将軍からは、「敵、約◯万!」みたいなかんじで、兵力も把握できちゃってるんだろうなあ。

 「菫青妃キンセイヒさまは、我が国の主を抱く、大事な御身。このゲン毅徹ゴウテツ、妃のおそばにて、身命を賭して御身をお守りいたします」

 つまりは。
 「テメエにずっと貼りついてやるからな。おかしな動きしたら、わかってんだろうな? アァン?」みたいな。
 さっきの「逢いたいのん♡」、燃やしておいてよかった。

 「頼りにしておりますわ、将軍」

 ニッコリと微笑みかける。

 「御子のために。そう思いここまで参りましたがやはり女の身。戦場は恐ろしゅうございますもの。将軍がそばでお守りいただけたら、これほど心安らぐことはございませんわ」

 ね?
 念押しの、被り物ずらしてみせた、最上級スマイル。

 「え? あ、その……。必ず! 必ずお守りいたしますぞ!」

 将軍、ゆでダコレベルの真っ赤っ赤。直立不動で、声、裏返ってる。
 オッサンのくせに、女馴れしてないのかなあ。
 とってもウブ。

 「菫青妃キンセイヒさま」

 戻ってきた女官が、軽く咳払いして、ずらした被り物を戻す。
 味方の将軍であっても、顔を見せんなってこと? 女って武器を使うんじゃねえって?

 (めんどくさ)

 ちょっとぐらい、面白いんだし、いいじゃない。

*     *     *     *

 「ようこそおいでくださった、菫青妃キンセイヒ。いや、里珠リジュ

 翌日、会見の日は朝からとても晴れていた。
 両軍の間に設けられた白い天幕。そこで、主風吹かせて待ち受けていたのはチョウ慈恩ジオン
 わたしが、女官と厳将軍を連れて天幕に入ると、うれしそうに立ち上がって両手を広げる。

 チャキ。

 慈恩ジオンがわたしをハグする。
 そう思ったのか、厳将軍が警戒して腰の剣を鳴らす。斬る気マンマンなの?

 「身重の体、無理はさせられんな」

 将軍の動きに、慈恩ジオンが手をわたしを着座を促す形に変える。わたしとしてもその方がありがたい。慈恩ジオンにハグなんてされたくない。吐き気しそう。
 天幕のなかに入るのは、双方三人まで。
 わたしの側が女官と将軍だけなのと同じように、慈恩ジオンのわきに立つのも兵士二人。互いの付き添いは、それぞれの主を守るように、席の後ろに立つ。

 (老けたなあ、コイツ)

 ふと、そんな感慨を持つ。
 向かい合うように座る慈恩ジオン。向こうの国にいたときは、「大人の魅力?」みたいなのを感じてたんだけど、今、改めて見るとなんていうのか「オッサンくさい」。
 あの皇帝を見慣れちゃったからかなあ。「32歳なんて、オッサンよねえ」と、ヒドすぎる感想。だって、肌のハリとか髪のツヤとか。そういうのが全然なんだもん。

 「さて、菫青妃キンセイヒ

 わたしとヤツの間に置かれた卓。そこにゲンドウポーズでカッコつけた慈恩ジオンが言った。

 「ソナタを朱煌国シュコウコクとの友誼の証として贈って、二年になるか」

 そうですね。
 それぐらいの年月は過ぎましたな。

 「皇帝の御子を身籠られたと聞き、とても嬉しく思うよ」

 そうかい。
 アンタ、「わたしのことを好き」って演技してるのなら、「他の男の子を身ごもるなんて」演技のがいいんじゃない? 好きな女を他所の男に取られて、僕ちゃん悲しいのん。
 
 「だが……」

 ガタンとわざとらしいほどの音を立て、慈恩ジオンが立ち上がる。

 「――残念だよ。キミが、朱煌国シュコウコク皇帝を弑し奉るだなんて」

 慈恩ジオンの後ろ、幕が開き、バタバタと抜剣した兵たちが入ってくる。兵だけじゃない。慈恩ジオンも、シャランとわざとらしい音を立てて剣を抜く。

 「ヨウ里珠リジュ。ソナタを、朱煌国シュコウコク皇帝弑逆の罪で捕らえる」

 へえ。
 そういう罪状なんだ。
 突きつけられた剣先に、笑いをこらえる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...