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巻の十九、いざ、決戦!

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 先帝のご寵姫、ご出御。
 それも、攻めてきた皎錦国コウキンコクとの戦場へ。
 更に言うなら、ご寵姫、臨月。それで戦場へって。――マジ?
 おどろ木ももの木さんしょの木。「好奇」というか、「ウソだろ、マジか」みたいな視線に見送られて都を出る。
 
 ――お腹の子になにかあったらどうするんだ。
 ――皎錦コウキンの女だ。あちらと内通してるのではないか。

 わたしの行動に感動するか訝しむかは、その人次第。
 でも、わたしのあの飛ばした檄(?)が効いてるのか、御子と国のため、生命を賭ける素晴らしい女と感涙するやつもいる。それと、「厳将軍に斬られるの楽しみ。ドキドキ」野郎も。

 〝わたしが裏切ったなら、腹をかっさばいて御子を取り出せ!〟

 なんて言っちゃったからねえ。
 わたし、ちょっとでも怪しまれたら、お腹ザックリパッカンよ。まったく。

 「菫青妃キンセイヒさま。ご尊顔を日に晒してはいけませんわ」

 近づいてきた女官が、陣地で突っ立ってたわたしの被り物を直す。
 あー、はいはい。日焼けすんなってことね。
 皎錦コウキンの軍と対峙する丘に設けられた陣地。ここにいる女性はわたしを含めて三人。腹心の女儒、尚佳ショウカと、新たに配された女官。――女官。
 妊婦、それも産み月の妊婦に仕えるのが尚佳ショウカ一人では心もとない。産気づいた時のために、産婆仕事もできる女をってことで、用意された。……この女官、若いのに、子を取り上げることもできるんだってさ。

 「――里珠リジュさま」

 同じく被り物をした尚佳ショウカが近づいてくる。
 都と違ってここは、乾燥して埃っぽい。だから、三人して被り物をして顔や体を隠してる。被り物のせいで、体格とかはちょっとわかりにくくなってるけど、この三人のなかで、尚佳ショウカが一番小柄なことはわかる。
 まだ、十四歳の尚佳ショウカ。彼女に戦場は厳しいかなって思ったんだけど、意外にも「着いていきたい!」と言ったのは彼女のほう。

 「書が、届いております」

 「書? 返事来たの?」

 「ええ。まあ」

 ちょっと濁った尚佳ショウカの声。学校なんかでよくある「教室で回ってくるメモ手紙」みたいに小さく折られた書。奇抜な折り方こそされてないけど、渡す途中で読むことはできる。おそらくだけど尚佳ショウカはその内容を知ってるんだろう。だから、今も微妙な顔してるし、声だっておかしなものになった。

 〝我願逢汝(キミに逢いたいよぉ)〟

 グフ。
 これは。これはなかなかイタい。
 あのクールすました慈恩ジオンがどんな顔して書いたのか、メッチャ気になる。愛ちてるんでちゅよ~、チュチュチュ~ってタコ口になってたら面白いなあ。――なんて。

 「これ、返書したためるべきかしら」

 わたくしも逢いとうございますわ~。これでようやく宿願果たされますわね~って。
 渡された書を近くにあった灯りにくべる。こんな書から勘ぐられて、お腹パックリされたらたまんないし。
 問いかけには、誰も返事をしない。けど、軽く頷いて女官が立ち去る。

 「さて、尚佳ショウカ。いよいよよ。覚悟してね」

 慈恩ジオンの「逢いたいよぉ」はともかく。
 明日、わたしは朱煌国シュコウコクの未来の国母として、皎錦国コウキンコクと会見する。
 皎錦国コウキンコクの軍を率いているのは、あのチョウ慈恩ジオン
   
 ――朱煌国シュコウコクの皇帝を君の手で堕落させ、政を混乱させてくれ。それを機に、我々は朱煌国シュコウコクを攻め滅ぼす。

 その言葉通り、宰相のくせに軍を率いてきたチョウ慈恩ジオン
 こちらから、平和的に解決したい、会見したい、代表はわたくしよ♡って伝えたら、「いいよ、会見しよ♡」って返ってきた。
 アイツ、まだわたしが「好き♡」のままだって思ってるのかな~。「皇帝を籠絡して、予定外に妊娠しちゃったけど、でもまだアナタを想い続けてるの♡」って。「皇帝も死んだことだし、わたくし、アナタのもとに帰りたいの。ルン♪」みたいな。
 ゔ~。考えるだけでサブイボ出そう。どんだけ自分に自信あるのよ、クソ慈恩ジオン

 「菫青妃キンセイヒさま」

 ガシャ、ドシャと硬質な音を立てて近づいてきた者。

 「厳将軍……」

 「いよいよ、明日でございますな」

 「ええ。そうですわね」

 隣に立った厳将軍が目をすがめる。
 ここから見える、皎錦国コウキンコクの陣。どんな陣形なのかまでは読み取れないけど、でも、「すげえデカい」ことだけはわかる。おそらくだけど、この将軍からは、「敵、約◯万!」みたいなかんじで、兵力も把握できちゃってるんだろうなあ。

 「菫青妃キンセイヒさまは、我が国の主を抱く、大事な御身。このゲン毅徹ゴウテツ、妃のおそばにて、身命を賭して御身をお守りいたします」

 つまりは。
 「テメエにずっと貼りついてやるからな。おかしな動きしたら、わかってんだろうな? アァン?」みたいな。
 さっきの「逢いたいのん♡」、燃やしておいてよかった。

 「頼りにしておりますわ、将軍」

 ニッコリと微笑みかける。

 「御子のために。そう思いここまで参りましたがやはり女の身。戦場は恐ろしゅうございますもの。将軍がそばでお守りいただけたら、これほど心安らぐことはございませんわ」

 ね?
 念押しの、被り物ずらしてみせた、最上級スマイル。

 「え? あ、その……。必ず! 必ずお守りいたしますぞ!」

 将軍、ゆでダコレベルの真っ赤っ赤。直立不動で、声、裏返ってる。
 オッサンのくせに、女馴れしてないのかなあ。
 とってもウブ。

 「菫青妃キンセイヒさま」

 戻ってきた女官が、軽く咳払いして、ずらした被り物を戻す。
 味方の将軍であっても、顔を見せんなってこと? 女って武器を使うんじゃねえって?

 (めんどくさ)

 ちょっとぐらい、面白いんだし、いいじゃない。

*     *     *     *

 「ようこそおいでくださった、菫青妃キンセイヒ。いや、里珠リジュ

 翌日、会見の日は朝からとても晴れていた。
 両軍の間に設けられた白い天幕。そこで、主風吹かせて待ち受けていたのはチョウ慈恩ジオン
 わたしが、女官と厳将軍を連れて天幕に入ると、うれしそうに立ち上がって両手を広げる。

 チャキ。

 慈恩ジオンがわたしをハグする。
 そう思ったのか、厳将軍が警戒して腰の剣を鳴らす。斬る気マンマンなの?

 「身重の体、無理はさせられんな」

 将軍の動きに、慈恩ジオンが手をわたしを着座を促す形に変える。わたしとしてもその方がありがたい。慈恩ジオンにハグなんてされたくない。吐き気しそう。
 天幕のなかに入るのは、双方三人まで。
 わたしの側が女官と将軍だけなのと同じように、慈恩ジオンのわきに立つのも兵士二人。互いの付き添いは、それぞれの主を守るように、席の後ろに立つ。

 (老けたなあ、コイツ)

 ふと、そんな感慨を持つ。
 向かい合うように座る慈恩ジオン。向こうの国にいたときは、「大人の魅力?」みたいなのを感じてたんだけど、今、改めて見るとなんていうのか「オッサンくさい」。
 あの皇帝を見慣れちゃったからかなあ。「32歳なんて、オッサンよねえ」と、ヒドすぎる感想。だって、肌のハリとか髪のツヤとか。そういうのが全然なんだもん。

 「さて、菫青妃キンセイヒ

 わたしとヤツの間に置かれた卓。そこにゲンドウポーズでカッコつけた慈恩ジオンが言った。

 「ソナタを朱煌国シュコウコクとの友誼の証として贈って、二年になるか」

 そうですね。
 それぐらいの年月は過ぎましたな。

 「皇帝の御子を身籠られたと聞き、とても嬉しく思うよ」

 そうかい。
 アンタ、「わたしのことを好き」って演技してるのなら、「他の男の子を身ごもるなんて」演技のがいいんじゃない? 好きな女を他所の男に取られて、僕ちゃん悲しいのん。
 
 「だが……」

 ガタンとわざとらしいほどの音を立て、慈恩ジオンが立ち上がる。

 「――残念だよ。キミが、朱煌国シュコウコク皇帝を弑し奉るだなんて」

 慈恩ジオンの後ろ、幕が開き、バタバタと抜剣した兵たちが入ってくる。兵だけじゃない。慈恩ジオンも、シャランとわざとらしい音を立てて剣を抜く。

 「ヨウ里珠リジュ。ソナタを、朱煌国シュコウコク皇帝弑逆の罪で捕らえる」

 へえ。
 そういう罪状なんだ。
 突きつけられた剣先に、笑いをこらえる。
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