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巻の十四、啼かぬなら 泣かされるんです 皇帝に

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 (うわぁ……)

 目の前に広がったものに、思わず感嘆の声を上げる。
 それも、「うわあ、素敵」ってほうじゃない。「うわあ、ドン引き」のほう。
 だって。だってね。

 「では、こちらはいかがでしょう」

 シュルルンって音を立てて、オッサンの手で広げられた反物。
 
 「こちら、最高の織手と染師によって作られた一品でございます。織り、染めもさることながら、この柔らかな手触り。まこと、菫青妃キンセイヒさまに相応しい品かと存じます」

 かと思えば。

 「それでしたら、こちらの簪などいかがでしょう。東海より取り寄せた珊瑚をあしらいました。ここまで赤く大きな珊瑚は他に類を見ない、最高の一品かと。菫青妃キンセイヒさまの黒々とした御髪おぐしによく映えましょう」

 に、次いで。

 「いやいや、それでしたら、わたくしどものご用意いたしました、こちらの櫛をいかがでしょう。匠の渾身の逸品。この螺鈿の精巧さ。きっと、菫青妃キンセイヒさまの豊かな御髪にこのような一品こそ最適かと思います」

 団扇。刺繍の入った靴。香物。帯。カゲロウの羽のように薄い披帛。
 そういうのが、所狭しと並べられて、あーでもなければこーでもない、最高の一品はどれだ選手権をやってる。
 語るのは、オッサンがほとんどだけど、そこにエクボが特徴的な奥さまみたいなのも混じってる。
 手にする品はそれぞれだけど、口にする言葉はどれも同じ。

 「菫青妃キンセイヒさまにこそ似合う、最高の一品」
 「菫青妃キンセイヒさまの美しさにさらに磨きがかかり、より艶やかに彩りますわ」

 (……そんなに磨かれたら、わたしペッカペカのキンキラキンじゃん)

 なんてことを、皇帝の膝の上で思う。
 今日は、廷議とかに連れて行かない、珍しいなって思ったら。まさかの「これなどいかがでしょう」攻撃。

 (庭でも見せてくれるのかと思った)

 今いる場所は菫青宮キンセイキュウではなく、皇帝の居住区、思清宮シセイキュウ。皇帝のプライベート空間なだけあって、ここには、色とりどりの花と広い池のある庭(というより、どっかのデッカイ公園レベル)がある。今いる室は、その庭に面していて。太い柱、影になって黒っぽくなった軒の先には、抜けるような青空と緑が見える。
 どっちかというと、目の前の品々より、あっちのがキレイ……なんだけどな。

 「どうした。気に入らぬのか?」

 わたしの腰掛け――もとい、皇帝が訊ねる。
 これだけ良品揃えたのに、気に入らない?
 最高の一品プレゼンをした商人たちが、「ヒィッ」と悲鳴を上げた(気がした)。皇帝と寵姫。その二人のゴキゲンを損ねたら。

 「いえ。とても素晴らしい品ばかりで。わたくし、気後れしてしまいましたの」

 ごめんなさい。
 皇帝の頬をツツッと撫で、それから不安げな商人たちに微笑んでやる。それだけで、商人の顔に赤味が戻ってくる。

 「そうか。余にしてみれば、ソナタを彩るのに、これぐらいの品ではまだ足りぬと思うがな」

 だーかーらー。
 そういうこと言わないの! また商人たちの顔が青くなったじゃない。
 赤から白、そして青と、商人の顔色変化が目まぐるしい。

 「だが……」

 わたしを抱っこしたまま、皇帝が立つ。

 「この香物はソナタによく似合いそうだ」

 商人の一人から、香物の入った袋を一つ取り上げた皇帝。わたしを下ろすと、その香袋をわたしに渡してくる。

 「あら。これは、蘭香ですわね。とても深く佳い香りがいたしますわ」

 「佳い香りであろう? この香りだけをまとったソナタを愛してみたいものよ」

 「まあ」

 アンタ、わたしの焚いた香は「クサイ」って言ったくせに。

 「それとも、この絹はどうだ? よい染め具合だ。ソナタによく似合う」

 勝手に反物を手にして、わたしに合わせた皇帝。

 「気に入った。これで仕立てよ。早急にな」

 「ハハッ!」

 平伏した商人。宝物のように、その反物を受取る。
 反物だけじゃない。
 「好き放題、やりたい放題」スイッチが入ったのか。皇帝が、あの簪、この帯と、手当たり次第、わたしに着けては、「お買い上げ」を決定していく。
 なんていうのかな。「ここにある商品、すべていただくわ」マダムの買いかた。手当たり次第、どれもこれものお買い上げ。

 「――陛下」

 次の獲物(?)、団扇に手を伸ばした皇帝の腕に手を添える。

 「わたくし、ここにあるものより、もっと欲しいものがございますの」

 (訳:ええ加減、そのドカ買いやめてよ。そんなに身につけられないってば!)

 「なんだ。なんでも用意してやるぞ」

 「では、陛下の愛を、わたくしにくださいませんか?」

 (訳:小っ恥ずかしいけど、買い物止めさせるには、これっきゃない!)

 「愛、とな。昨日もあれほど注いだというのに、まだ足りぬのか?」

 「ええ。わたくしとっても欲張りですの」

 (訳:ぎゃあああっ! ウソ! ウソよ、ウソ! だけどここは演じきる!)

 甘えるように両腕を、皇帝の首に回す。

 「陛下と出会ってからというもの。わたくし、とっても欲張りになってしまいましたの」

 (訳:うぎゃああ! 止めて! 誰かわたしを止めて!)

 自分から抱きつきに行くなんて! 慈恩ジオンにだってやったことない!
 愛されご寵姫を演じきってる自分が怖い。

 「それともう一つ。庭の花を一輪、くださいませんか?」

 「花?」

 「ええ。先程からよい香りが漂ってきております。わたくし、あの香りをまとっていたいと思いますの。そうすれば、菫青宮キンセイキュウにいても、ここを思い出して。ずっと陛下に抱かれてるような気持ちになります」

 (訳:というか、ここを離れたいの! 別に、何も欲しくないけど!)

 キレイなものには興味あるけど、だからって「ドカ買いして欲しい」とか、「全部買って!」なんて思わない。
 それぐらいなら、庭から甘い香りを漂わせてる、山梔クチナシの花でも贈って終わりにしてよ。(昨日も注いだとか抜かす「愛」は要らない)
 
 「では、共に花をめでに参るか」

 ほへ?

 (うぎゃあ!)

 抱きついたままだったのがアダになる。そのままわたしを抱き上げ、歩き出した皇帝。

 「みなはついてくるなよ。妃と二人で過ごしたい」

 皇帝のその言葉に、控えていた兵が「だるまさんが転んだ」みたいにストップ。
 あ~、なるほど。お花のついでに、そういうこともしてくるのね。
 みたいな空気が流れる。

 「それと、そこなる品はすべて買い上げる。後で菫青宮キンセイキュウに届けよ」

 「ハハッ。ありがとうございます」

 ホクホク顔の商人たち。スッゴいいい笑顔でわたしたちを見送ってくる。

 「ちょっと! 全部買うなんて、正気っ!?」

 庭に出て、山梔の花陰で皇帝に問う。

 「あれ、いくらすると思っ――ングウっ!」

 ベシンと、手のひら口塞ぎ。

 「そう大きな声で、騒ぎ立てるな。それに、あれぐらい買ったところで問題ない」

 「あれぐらいってフガフゴフグフグっ!」

 あれ、全部でいくらすると思ってんのよ! いくら寵姫溺愛中のフリだからって、そう簡単に散財していいってもんじゃないでしょうが!
 人がせっかく、波風立てないように品物だけ褒めて、山梔の花で手を打ったってのに! そのために、欲しくもない「愛」をねだる演技したってのに!

 「そんな無駄金使うぐらいなら、孤児とかにお金使ってあげてください」

 口を押さえる手を払い除け、今度は呟くように言う。

 「菫青妃キンセイヒ?」

 「この国にもいるでしょう? 貧しくて親に売られた子どもとか」

 いないとは言わせない。
 皎錦国コウキンコク朱煌国シュコウコクは、長く戦を続けてきた。その戦で、両親を亡くしたり、飢えに耐えかね売られた子もいるはずだ。わたしみたいに。
 あそこの商品の代金ぐらいじゃ、全員を助けることはできないかもしれないけど。それでも一人でも多くの子が飢えずにすむかもしれないし、親といっしょに暮らせるかもしれない。

 「優しいのだな、ソナタは」

 「べ、別にっ。そういうわけじゃあ……」

 優しいとか、そういうのじゃない。ただ、自分みたいに、売られる子が少しでも減ればいいって思っただけ。それと、わたしのために散財してほしくなかっただけ。

 「だがな、妃よ。あそこに並んだ品はすべて、そのような孤児たちが作った品でもあるのだぞ」

 「へ?」

 「ソナタが結んでくれた友誼。平和になったこの国で、みなが豊かに生きていくためには、殖産振興が必要。そこで始めたのが、絹織物や、宝飾品の製造なのだ」

 「え? じゃあ、あれは……」

 「戦で民が疲弊しても、貴族は豊かなままだ。だから、服飾に関わるものを作らせた。民に金を落とさせるためにな」

 庶民に宝飾品は買えなくても、貴族になら買える。豊かな者に売りつけることで、金を庶民に回そうってこと?

 「余の寵姫であるソナタが身につければ、みな、それを真似をする。そうすれば、さらに金が落ちる」

 つまり、わたしはファッションリーダーの役目を負うってこと?
 皇帝に愛される女の装いは、誰もが真似たい至高のファッション?

 「まあ、ソナタを着飾らせたい。そういう魂胆も含んでいたのだがな」

 ニッと笑い、わたしの髪を軽くかき上げた皇帝。

 「よく似合うぞ」

 へ?
 
 驚き、髪に手をやると、そこに柔らかい感触と、甘い香り。
 ――これって、山梔クチナシの花?
 鏡がないからわかんない。
 けど。

 (あれ? なんでわたし……)

 こんなに胸がドキドキするの? 心臓、どうなっちゃったの?
 皇帝の顔を見てると、なんていうのか、変な感じなんだけど。

 「さて、と。菫青妃キンセイヒ

 その皇帝の笑顔が変化する。

 「そろそろ、啼け」

 「――は?」

 ここで? 庭ですけど? ついでに真っ昼間ですけど?

 「余の愛が欲しいと望んだのはソナタであろう?」

 「そっ、それは……」

 あそこを離れる口実!

 「それに、みなの期待に応えねばならんからな」

 「はあああぁあっ!?」

 そんな期待、裏切って結構!
 アオ◯ン期待されても、うれしくない!

 「ほら。啼かぬのなら、啼くようにしようか?」

 「い、いいです! 自分でやります!」

 何言い出すのよ、このクソガキ皇帝!
 やっぱ、さっきのドキドキはナシ!

 ンンッと喉を調節して、めいいっぱい息を吸う。そして。

 「あっ♡ あっ♡ あぁんっ♡ あっ♡ へ、陛下ぁっ♡ そこはっ、ああっ♡ ダメェ、ダメですわぁ♡」

 いつもの一人喘ぎ。

 「あっ♡ へ、陛下ぁっ♡ 激し過ぎますぅ♡ ああん♡ あっ♡ そ、そんな♡ 外でこんなぁ♡」

 ちょっとだけ状況説明つき。そして。

 「あっ♡ も、もっとぉ、あっ♡ ンあっ♡ いっ、イクぅ♡ イっちゃうっン♡ あっ♡ ひっ♡ ああぁン♡」

 ひときわ大きく啼いて、イッたフリ。

 「よい子だ。いい声で啼けたな。偉いぞ」

 一通り喘ぎ終えて、喉を抑えたわたしの頭を、ヨシヨシ撫でる皇帝。
 
 (ふざけんじゃないわよ)

 わたし、次にどんな顔してあの商人や兵に会えばいいってのよ。恥ずかしさで憤死しそう。
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