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巻の六、命短し、遊ぶぜ乙女!

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 遊ぶ。遊ぶ。遊ぶ。
 とことん遊び尽くす。
 寝て起きて。遊んで食べてまた遊ぶ。
 遊びすぎ?
 いいのよ。他にやることないんだから。
 
 遊ぶって決めてから。
 とことん遊び尽くすわたしの前に、あのクソガキ皇帝が現れる――なんてことはなかった。
 だからわたしも、「もしかして今夜こそ?」みたい期待もしないし、「いつだって準備万端!」にもならない。
 「うおお、長い~」と自分で自賛したくなった髪は、邪魔なのでグリグリっと適当に巻いて結わえておく。化粧も面倒だからすっぴん。衣装も「あ~れ~、お代官様ぁ~」しやすい絹のヤツじゃなくて、質素に飾り気なくて解けにくい綿の衣。
 どこからどう見ても、「ハニトラ行きます!」って格好じゃない。
 その上。

 ジャジャジャラジャ、ジャジャン、ジャララララン♪ ジャジャラララララン、ジャラララランラン♪

 琴で思い出した前世の曲をかき鳴らす。

 ジャジャジャジャラン♪ ジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャ、ジャラララララ、ジャジャジャジャララララン♪ トテテテテテテン♪

 うーん。やっぱ箏だとイマイチな部分もあるなあ。
 同じ弦楽器なら、ギターが欲しい。それとリズム打ってくれるドラム。
 現世でしっかり楽器も仕込まれたから、弾けるには弾けるんだけど、どこか物足りない。
箏以外には、笙とか琵琶もあるけど。笙だと、どっか神前結婚式の曲みたいになっちゃうし、琵琶だと……、ベベンベンっと『平家物語』唄い始めそう。ここはやはり、二胡の出番かな。

 「――里珠リジュさま」

 「あ、おかえり尚佳ショウカ

 開いた扉に、箏から顔を上げる。

 「どう? なんか美味しいお菓子あった?」

 さっきまで膳夫司に行ってた尚佳ショウカ。わたしの代わりに、お菓子をいくつか取りに行ってもらってたんだけど。

 「美味しいお菓子じゃありません! 里珠リジュさま、今、とんでもない噂になってるの、ご存知ないんですか!」

 ダン!
 尚佳ショウカが、手にしてた箱を、力任せに卓に置く。

 「噂って……」

 ご存知になりたくても、わたしここから出られないし? ここにいて、尚佳ショウカ以外、誰とも話せないから、知りようがないんだけど? ――なんてことは黙っておく。今の尚佳ショウカ、なんか怖いし。

 「里珠リジュさまが、あまりにおかしな曲をお弾きになるから! 皎錦国コウキンコクでは、あんな恐ろしげな曲を好むのかって言われてるんですよ!」

 ダン、ダン、ダン!
 お、お願い尚佳ショウカ、それ以上、箱で卓を叩かないで。中のお菓子と卓が心配。

 「大きなお声で、変な曲ばっかり歌われるから」

 ああ。あれね。
 悲しみには優しい調べを~ぉ♪ 企む悪には怒りの調べを~ぉ♪ 奏でる調べで世界を守る~ぅ♪ クインテット! こうきょ~ぉせんたぁい交響戦隊 ムジークファイブ♪
 前世で覚えてた曲。『交響戦隊ムジークファイブ』のオープニング。
 小さい頃にお兄ちゃんといっしょに観てたせいか、他の歌よりもよく覚えていた。ポイントは「クインテット!」っていう合いの手。子供の頃に聴いた曲って、案外キチンと覚えてたりするものなのねえ。転生しても覚えてるとは思わなかったけど。
 戦隊ヒーローの曲は、アップテンポでノリがよく、口ずさみやすいメロディなのがいい。

 「いいじゃん。どう思われたって」

 「よくありません!」

 ダン、ダン、ダン、ダン!
 ちょっ、それ以上叩かないで! お菓子が粉末になっちゃう! 卓がベコベコになっちゃう!

 「このままだと、皎錦コウキンの民の沽券にかかわります! 里珠リジュさまがおかしな人扱いされるのは構いませんが、同じ程度の民なんだと思われるのはイヤです!」

 それ、なんかヒドくない?

 「だ、大丈夫よ。これも作戦なんだから」

 「作戦んん~~?」

 メッチャうろんげな尚佳ショウカの目。信じてないな?

 「桃園に居た時に書で見たのよ。こうやって好き放題、皇帝陛下なんて知らないわ~ってやってるとね。なぜか皇帝陛下ホイホイ出来るんだって」

 ウソです。前世で読んだラノベ知識です。
 『後宮の嫌われ冷遇妃、放ったらかしにされたので、好き放題させていただきます。~そしたら、なぜか陛下に寵愛されちゃったんですが?~』みたいな。(長いタイトル)
 普通後宮でやらないでしょっていう、「陛下なんて興味ないね。ハッ」みたいなことをしてるとさ、なぜか陛下に「おもしれーやつ」認定されて。「わたくし、寵愛なんてされたくないですの。モフモフとスローライフさせてくださいですの」ってジタバタあがくと、さらに「おもしれーやつ」度が上がって。最終的に「物珍しい」程度の興味が、「溺愛!」に変化する展開。そして、「わたくし、そんなつもりじゃなかったのよぉ!」までがお約束。
 まあその場合、陛下の脳みそがとっても柔軟で、規律とか規範にとらわれない、革新的な思考を持ってなきゃダメなんだけど。

 「とにかく。押してダメなら引いてみな作戦っての? 興味ないの~ってのがいいらしいわよ」

 「へえ。そうなんですねぇ。これ、作戦だったんですねぇ」

 説明しても、尚佳ショウカのジト目は直らない。

 「あたし、てっきり里珠リジュさまがヤケを起こして、好き放題してるだけだと思ってたんですが。作戦だったんですねえ。ヘエェェ……」

 やっぱ、ウソを見抜かれてる?
 百パーセント遊びたかっただけです、皇帝なんてホイホイするつもりなんて、毛ほどもありませんでしたって。

 「まあ、どうでもいいですけどね。里珠リジュさまのお気持ちがそれで慰められるのなら」

 へ?

 「こうやってよくわからない遊びをされて、お気持ちが落ち着かれるのなら」

 「尚佳ショウカ?」

 「――宰相さまのこと、お忘れになりたいんでしょう?」

 う。
 そ、それは……。

 「でしたら、やけ食いでも変な曲でも。おつき合い致しますよ。里珠リジュさまのお気持ちが済むまで」

 「尚佳ショウカ……」

 その優しい言葉が不意打ちすぎて。目のあたりが一気に熱くなって、ボロっと涙がこぼれた。
 そう。
 わたしは、慈恩ジオンさまのことを忘れたかった。
 思いっきりバカやって、思いっきり楽しんで。
 恋心にサヨナラしたかった。
 
 ――失恋には、お菓子よ! カラオケよ!

 前世の友だちが言ってたこと。
 お菓子を食べて、歌を歌って。
 悔しいこと、悲しいこと、辛いことをふっとばす。他にも、ボウリングやバッティングでかっ飛ばしたり。
 そうやって、楽しいことをいっぱいやれば、悲しいことを少しだけ忘れられる。ふさぎ込みそうな気持ちが少しだけ浮上できる。辛い時には、それが一番。

 「うわぁあん、尚佳ショウカぁ~」

 泣きながら尚佳ショウカに抱きつく。
 わたしのこと、よくわかってくれてるじゃぁん。うぇ~ん。わたし、ホントは悲しかったんだよぉ。慈恩ジオンさまと別れたまま生きていかなきゃいけないって、辛かったんだよお。
 不自由なく生きられたとしても、寂しいもんは寂しいんだよぉ。

 「はいはい。お辛いですね、里珠リジュさま」

 ポンポンと、あやすようにわたしの背中を叩く尚佳ショウカ。これじゃあ、どっちが年上かわかんないけど、今はその優しさに甘えて泣く。

 「――ねえ、尚佳ショウカ

 涙も収まってきた頃。

 「もう少しだけ、ワガママきいてもらえないかな?」

 「なにを、ですか?」

 わたしのお願いに、少し警戒した顔になった尚佳ショウカ

 「あのね。これぐらいの重めの木の棒を十本ばかりと、毬を用意してほしいの」

 「――は?」

 「それと、毬を打てるだけの棒。こっちの毬は少し小さめ、手のひらに収まるぐらいがいいわ」

 ボーリングとバッティング。
 ストレス解消には、かっ飛ばすのがいいのよ。

 「それがダメなら、こう、蹴っ飛ばすことのできる毬!」

 「――里珠リジュさま」

 「だ、ダメかな?」

 おずおず。

 「ダメに決まってます! そんなことして、自ら進んで名を貶めにいくつもりですか!」

 プンスカ尚佳ショウカ
 
 「皇帝に冷遇されてるんじゃなくて、奇抜すぎて皇帝に敬遠される姫になっちゃいますよ?」

 ゔぐ。
 それは、なんとなくだけど嫌だ。
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