灰かぶり侍女とガラスの靴。

若松だんご

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10.ラベンダースティック

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 窓から射しこむ光が薄く柔らかいオレンジに染まり始める。
 作業部屋には、私と彼しかいない。
 時折聞こえる小鳥のさえずり。
 黙々と続けた作業のおかげで、キレイに光る銀器の数が増えていく。
 
 「そういえば、この部屋、なんだかいい匂いがするな」

 表面上は穏やかな空気に包まれていた世界を壊したのは、彼の声だった。

 「ああ、そこの。ラベンダーですね。先ほど庭で摘んできたんです」

 窓の手前、棚の上に置きっぱなしになっていたカゴを見る。

 「ラベンダー?」

 「ええ。スティックにしようと思って」

 カゴに光が当たって、薄紫色の花穂が輝く。
 摘んできたばかりのラベンダー。今の時間スティック作りに当てようと思っていたのだけれど、カーティスさんの銀器磨きが文句ばかりであまりに進まないので、後回しにして銀器を手伝っていた。
 薄紫と灰緑色に溢れたカゴを作業台の上へと置いた。

 「これにリボンを巻きつけてスティックを作るんです。洗濯物の香りづけに使ったりするんですよ」

 「へえ。どうやって作るんだ?」
 興味深そうに、彼が問いかけてくる。

 「あらかじめ古布を裂いて細いリボン状にしておいたもので、花穂の下を結びます。花穂を包むように茎を折り返して、リボンをカゴを編むように茎の間をくぐらせていって……」

 言いながら実演してみせる。
 その間、彼の視線はジッと私の手元に釘付けだ。少し、緊張する。

 「花穂を包み終えたら、リボンを結んで終わりです」

 作業を終えるころには、部屋にラベンダーの香りが充満してくる。

 「それは……、僕にも出来るかな?」

 「ええ、まあ。やってみますか?」

 二本目を作るついでに、彼に作り方を伝授する。

 「ラベンダーは奇数本で。そうです。花穂の下で、ギュッと縛ってください」
 「こう?」

 「ええ。それから丁寧に茎を折り曲げてください。力任せにすると、ボキッと折れてしまいますから」

 「これは……、難しいな」

 「あとは、格子状になるようにリボンを編みこんでいきますが、無理に締めつけなくても大丈夫ですよ。少しぐらいフワッとした編み方になってもかまいません」

 リボンを編み始めた彼は、無言のまま目を寄せながらラベンダーと格闘を始めた。
 私にとっては大したことない作業だけど、慣れない彼には眉間にシワが出来るほど大変な作業だったようだ。口までムスッと一文字に結われてる。

 「最後の結びも、仮なのでゆるくでかまいませんよ」

 「どうして、仮なんだ?」

 「このまま吊るして乾燥させたらギュッと結び直すんです。乾燥するとカサが減って、リボンがどうしても緩みがちになりますから」

 「なるほど」

 出来上がったラベンダースティック二本を、彼が見比べる。

 「……不格好だな」

 彼の手元にあるのは、大味な編みこみ方をしたスティック。リボンの編み目がガタガタしていて、お世辞にも上手いとは言えない。

 「大丈夫ですよ。乾燥すれば、もう少しキレイに編み目がそろいますから」

 多少緩くても、花穂が飛び出ていないし、スティックとして使うことは出来る。
 カゴから次のラベンダーを取り出して、新しいスティック作りにとりかかる。摘んできたラベンダーは、できれば今日中にスティックにしてしまいたい。

 「うわ、手がラベンダーくさい」

 それ以上スティックを作るのを諦め、銀器磨きに戻ろうとした彼が少し顔をしかめた。
 まあ、あれだけ一生懸命ラベンダーを握りしめていれば、自然と香りもうつってしまうだろう。

 「洗いますか?」

 「いや、このままでいい。悪くない香りだ」

 なぜかうれしそうに、彼が手の香りを何度も嗅ぐ。
 
*     *     *     *

 (そうか。彼女はこうやってスティックを作ったりしてるから……)

 だから、あの時彼女からラベンダーの香りが立ち昇ったのか。その理由に納得する。
 貴婦人がつけるような華やかな香水ではない。控え目な、それでいて安らぐようなラベンダーの香り。
 彼女の人柄そのものを表すような香りだった。
 花を握りしめたせいで染みついたその香りを、不快に思うことはなかった。
 むしろ、彼女を身近に感じられて心地よい。
 なんてことを言ったら、真っ赤になって速攻逃げ出すんだろうな、
 さっき、スティックを作る間は、指導するために何のためらいもなく触れてきたけど、それが終わればまた当たり前のように、距離を置かれる。

 (まあ、それが淑女として当然なんだが)

 最近の都の令嬢たちは、そういう恥じらいもなく下心満載で近づいてくるから、彼女の反応は結構新鮮だった。
 古風な女性がいいというわけではないが、それでもあからさまな態度よりは好ましいと思う。

 (あの夜会の令嬢と同じだな)

 この町の女性の気風なのだろうか。古く穏やかな町が、彼女たちのような気質を作り出しているのかもしれない。
 穏やかで、控え目な。それでいて美しい女性。慎ましやかで、優しいだけかと思えば、年頃の女性らしく、笑った顔もかわいらしい。

 (いや、それはレイの話だ。あの令嬢とは違う)

 そう思うのに、踊っている時に見た、彼女のほほ笑みがレイと重なる。ダンスが苦手だと言っていたが、本当は好きなのだろう。少し紅潮した頬が、ゆるんだ口元が印象的だった。
 その笑顔が、なぜか、先ほど自分の作ったスティックを見て笑った彼女と重なる。スコーンを褒めた時の彼女とも。カーティスと話している時に見た彼女とも。

 (髪の色も、立場も全然違う。それをどうして……)

 どうして重ねる? そして重ねるたびに、令嬢の印象が霞み始める?

 (レイの香りはラベンダー。令嬢はバラ……)

 「キースさま? どうかしましたか?」

 「ああ、いや、なんでもない」

 手にしたスプーンを再び磨き始める。

 (何を考えてるんだ、僕は)

 しっかりしろ。ここに滞在する理由はなんだ。彼女に、あの令嬢にアプローチするためだろう?
 それなのに。

 「すまないが、そのスティックを一つ、分けてくれないか?」

 「かまいませんが……どうぞ」

 「ありがとう」

 レイの作ったスティックを一本受け取る。
 少し困惑したような彼女の顔。その茶色の瞳を見ると、さらに戸惑いが増す。
 令嬢の印象が、上書きされて霧の彼方へ消えていく。
 自分は、何のためにここに滞在しているのだろう。
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