灰かぶり侍女とガラスの靴。

若松だんご

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9.苛立ち

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 気に入らない。気に喰わない。

 納得のいかない状況に、思わずコツコツと机の上を指で叩く。
 執務机に並べられた書類、その向こうに立つ若い見慣れた男。
 目の前の男、自分の従僕フットマンが悪いわけじゃない。
 だが、不機嫌になるのを止めることは出来なかった。

 「カーティスは?」

 「階下で、銀器磨きを手伝っておりますが」

 呼び戻してきましょうか? その視線に軽く首を横にふる。
 カーティスも、今目の前にいるこのモーガンもどちらも悪いわけじゃない。

 ―― 一人暮らしの伯母上のもとに、息子が居候するのは申し訳ない。遠く田舎の町で人手も足りないだろうから、従僕フットマンを二人そちらに遣わそう。

 二人は都にいる父上に命じられてここへ、僕の手伝いにやって来ただけなのだから、彼らに非はない。
 一人静かに暮らされてる大伯母上の家に押しかけ、迷惑をかけているのは僕のほうなのだ。自分の身の回りの世話、そして仕事の連絡などをするため、この二人は屋敷にやって来ていた。

 (間違ってはいない。間違ってはいないんだが……)

 彼らは、僕に代わってそれ以外の仕事もこなす。
 大伯母上が僕にさせていた仕事――本来ならば従僕フットマンのもの――を、僕に代わってこなしてくれる。
 銀器磨きに、ランプの手入れ、石炭運びに、夕食の給仕、お茶の用意。町への買い出し、そして、僕自身への世話。
 彼らが尽くしてくれるおかげで、僕は家から持ってきた仕事にも専念できるし、重い石炭を運ばずにすんでいる。時折、仕事の都合で都に戻ることがあっても、彼らの一方を残していけば、この屋敷の仕事も軽減されて問題ない。実際、大伯母上もこうして従僕フットマンがやって来たことに、喜んでくださったし。素人の僕が慣れない仕事をこなすより、彼らのほうが、迅速で確実な結果を残すだろう。
 もとの、都で暮らしていた時と同じ生活に戻ったと言えばそれまでなのだが。

 (面白くない……)

 当たり前だが、彼らがいるおかげで、レイは僕の生活に関わってこない。
 彼女は、大伯母上から命じられて僕の世話をしていただけで、本来男性客である僕の世話は、同性が行うべきものだ。慣れた従僕フットマンの二人がいれば、レイの出番はない。
 その上、彼女と接する機会の多かった仕事まで彼らに任せてしまうと、もう滅多なことでは顔を合わすこともない。せいぜい、廊下ですれ違うか、大伯母上と彼女が歩いているのを見かけるぐらいだ。
 声をかければ応えてくれるかもしれないが、そもそも身の回りの世話をしてくれる二人がいるのに、彼女のなにかを頼むのは間違っているような気がする。
 ましてや、彼らがいるのに自分が彼女と一緒の仕事をこなすなど……。
 
 「カーティスは、階下だな」

 「は!?」

 少し驚くモーガンを置いて、勝手に部屋を出ていく。
 カーティスに用事を頼む。そのために足を運んだ。
 なんとなく思いついた言い訳に、一人ほくそ笑む。
 これなら違和感なく、階下を訪れることが出来る。

*     *     *     *

 「あ~、どうしてこうも銀器ってのはめんどくさいかねえ」

 作業机に磨きかけのスプーンを放り投げて、彼の従僕フットマンの一人がぼやいた。

 「きみもそう思わない?」

 「ええ、まあ。でも私、銀器磨き、嫌いじゃないですよ」

 一つずつ磨くのは大変だけど、磨いたら磨いた分だけキレイになっていくのは気持ちいい。光に煌めく銀器を見ると、達成感に心が弾む。

 「そうかなあ。銀器ってさ、サボるとすぐに黒ずむし、好きじゃねえなあ」

 定期的に磨かなければ黒ずむ。適当に手を抜いても黒ずむ。高価な銀器を曇らせれば、それを管理している執事バトラーから叱られる。
 ぼやく理由がわからないでもないので、苦笑するしかない。
 それに。

 「あ~。早くここの仕事、終わんねえかなあ。この町、何にもなくて退屈なんだよなあ」

 どうやら、この人はここの仕事、日常に飽きているらしい。
 もう一人の従僕フットマン、年上のモーガンさんは愚痴をこぼしたりしないが、この頬にそばかすの跡が残るカーティスさんは、単調な生活、仕事が苦手なようだ。
 単調な毎日がくり返されるだけの生活は、都と比べて刺激が少ないに違いない。
 
 「若さまもさあ、こんな町の令嬢じゃなくって、都の、もっと華々しい女性を好きになってくれたらよかったのにさあ」

 カーティスさんは手より口のほうがよく動き、不満が次から次へと出てくる。

 (若い人には、苦手かもしれないわね)

 そんなことを思って、自分は若くないのか? と自問自答してしまう。カーティスさんの歳、多分、私とさほど変わらないと思うのに。

 「きみは、ここの生活、つまらなくないの?」

 完全に仕事を放棄したカーティスさんが身を乗り出す。

 「そうですね、変化は少ないですけど、逆に落ち着いていていいですよ」

 どちらかというと、華やかすぎる都の暮らしのほうが苦手だ。
 四季の移ろいを感じながら、ゆっくりと時間の流れるここでの暮らしが、私の性に合っていた。 

 「ふうん」

 少し不満が残るような返事。同じ年頃だから、同じ仕事仲間だから話しかけたのに、同意を得られなくて納得いかない。そんな顔をされた。
 
 「――そんなに刺激が欲しければ、仕事を頼まれてくれないか」

 コンコンッと開けっぱなしだったドアをノックされる。

 「キースさまっ!」

 だらけかけていたのが一瞬で、慌てたように背筋を伸ばして立ち上がる。

 「駅まで行って、父上に電報を打ってきて欲しい」

 「はいっ、今すぐにっ!」

 よほど退屈、不満だったのだろう。
 彼からメモを受け取ると、カーティスさんが弾かれたように部屋から飛び出していった。

 「すまないな。急に仕事を中断させてしまって」

 「いいえ。急ぎの仕事というわけでもないですから」

 銀器は定期的に磨く必要はあるものの、晩餐会が近いわけでもないので、そこまで必死に終えなくてはいけない仕事でもない。

 「手伝ってもいいか?」

 彼が私の答えを聞く前に、サッと銀のスプーンを手にした。さっきカーティスさんが放りだしたスプーンだ。

 「僕も少々仕事に行き詰っててね。気分転換したいところなんだ」

 アイツと一緒なんだよ。そう言って、彼が笑った。

 「……助かります」

 誰かと一緒に作業するのは、先ほどと同じ。
 なのに、どうして今はこんなに落ち着かないのだろう。
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