灰かぶり侍女とガラスの靴。

若松だんご

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8.戸惑いと変化

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 おかしい。

 あの日以来、彼女から目が離せなくなっている。
 テキパキと、僕の世話をしてくれる彼女。
 自分より5つも年下なのに、その仕事ぶりには無駄がない。慣れた手つきでベッドのリネンを整え、部屋を片づける。
 大伯母上に頼まれているのもあるのだろうが、僕が雑事を言いつけられていると、必ずといっていいぐらい姿を現し、手伝ってくれる。
 僕が家から回してもらった書類仕事をこなしているときは、絶妙のタイミングでお茶を持って来てくれたりもする。
 このお茶も何もかも、彼女が僕のために用意してくれたのだろうか。
 軽くうぬぼれも交えて、「このきみが焼いてくれたスコーンは最高だね」と言えば、一瞬キョトンとしたあと、「それは、料理長のスティーブンが」とクスクスと笑われた。
 口元を押さえて、肩を軽く震わせて笑う彼女はカワイイ。
 正直言って、もっと笑わせてたくて、バカなことを言ってみたくなるぐらいカワイイ。
 彼女が僕から離れている時は、なにをしているのか気になる。
 大伯母上と一緒の時は、なにを話しているのかと。

 (おかしい。自分はあの夜会の女性に会いたくてここに来たはずだ)

 それなのに、気づけば目でレイを追いかけている。
 あの黒髪の令嬢とは違う。
 茶色の髪の、メイドでしかない彼女。
 水仕事、針仕事をする手は少し荒れており、髪もキチッと隙のないぐらいしっかりまとめられている。いろんな仕事をこなす身にまとうエプロンは少し裾が薄汚れていて、黒のお仕着せドレスも生地がくたびれている。
 スラッとしなやかな手袋に包まれた手、艶が出るまで梳られた髪、夜会のためにあつらえられた光沢のある華やかな色目のドレス。
 そのどれも持ち合わせていないのに、レイのほうが美しいとすら思えてくる。

 (しっかりしろ、キース)

 ゴチンと頭を小突いておく。
 メイドなんてどこにでもいる。多少美人であってもメイドはメイドだ。自分が求めるべきは、身分のつり合う令嬢でなくてはいけない。
 そう訴える理性に、無性に苛立つ自分がいる。

 (なにをしにここへ来たのか、忘れたのか?)

 何度言い聞かせても、心はメイドの彼女を見つめてしまう。

 (あの夜会の令嬢に会えていないせいだ)

 あの令嬢に会えば、この気持ちもハッキリするに違いない。
 そのためにも、早く大伯母上に認めてもらわねばな。

*     *     *     *

 「キースは、相変わらず頑張っているようね」

 「はい。奥さまに認めていただくのだと、張り切っていらっしゃいました」

 「ほほっ。一途だこと」

 ほほ笑む奥さまの隣、テーブルの上にいつものようにお茶を用意する。

 「それで今は、なにをしているのだったかしら」

 「石炭を。各お部屋に運んでくださっています」

 「ほんと、新しい従僕フットマンを雇ったような気分ね。よく働くこと」

 「奥さま……」

 少し咎めるような声を上げ、茶器の傍らにスコーンとジャムを置く。
 当たり前だけど、このスコーンもジャムも料理長が用意してくれたものだ。彼は、私が焼いたのか、おいしいと、見当違いなことを言って笑わせてくださったけれど。
 思い出すだけで、ほほ笑ましくなる。

 「レイティア」

 「はい」

 「アナタは、あの子のことをどう思ってる?」

 奥さまがティーカップを持ち上げる。

 「ステキな方だと思います。どんな仕事も嫌がらずに頑張っていらっしゃる姿は尊敬に値すると思っております」

 「そう。『尊敬』、ね」

 目を閉じ、優雅にその香りを楽しむように奥さまがお茶を飲まれた。

 「では、もう少しあの子には頑張ってもらわねばね」

 フフッと笑う口元は、優雅な貴婦人というより、いたずらを考えついた子どものようだった。

 (大丈夫かしら)

 奥さまがこんな笑みを見せた時は、大抵とんでもないことを考えついた時だ。

 「……気になる? あの子のことが」

 「え、ええ。お一人で石炭を運んでいらっしゃるのですから」

 少し言い訳めいているけれど、本当のことだ。
 ここで働いているのは年配の人たちばかりだから、その男手を単純に喜んでいるようだけど、私としてはとても気になる。
 あんな重労働、慣れない人がやったら、きっと明日は動けなくなるほど身体が痛むだろう。
 いくら働いてくださっても、あの夜会の女はいないのだし、ムダに希望を持って頑張ってくださっても、心苦しいだけだった。
 奥さまがどういうおつもりかはわからないけれど、私は自分から正体を明かす気はない。彼が諦めてここを立ち去ってくれればいいと思っている。
 あの雷の時。怖がる私を優しく守ってくださった、キースさま。
 彼のような分け隔てなく接してくださる方なら、私なんかよりもっと素晴らしい女性と巡り会うことはそう難しいことでもないだろう。
 私じゃなく、別の誰かをそうやって守って差し上げればいい。優しく、包み込むように。

 「ここはもういいから。手伝ってきてくれる?」

 「あ、はい」

 一瞬、ツキンと痛んだ胸を押さえ、軽く一礼だけを残して、部屋を後にする。
 掃除、石炭運び用にエプロンを替え、彼を手伝いに行く。その足は、自分でも気づかないうちに、小走りになっていた。

 ――若いわね。二人とも。

 そんな奥さまの独り言が、静かになった部屋に紅茶の香りとともに染みていく。
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