8 / 18
8.戸惑いと変化
しおりを挟む
おかしい。
あの日以来、彼女から目が離せなくなっている。
テキパキと、僕の世話をしてくれる彼女。
自分より5つも年下なのに、その仕事ぶりには無駄がない。慣れた手つきでベッドのリネンを整え、部屋を片づける。
大伯母上に頼まれているのもあるのだろうが、僕が雑事を言いつけられていると、必ずといっていいぐらい姿を現し、手伝ってくれる。
僕が家から回してもらった書類仕事をこなしているときは、絶妙のタイミングでお茶を持って来てくれたりもする。
このお茶も何もかも、彼女が僕のために用意してくれたのだろうか。
軽くうぬぼれも交えて、「このきみが焼いてくれたスコーンは最高だね」と言えば、一瞬キョトンとしたあと、「それは、料理長のスティーブンが」とクスクスと笑われた。
口元を押さえて、肩を軽く震わせて笑う彼女はカワイイ。
正直言って、もっと笑わせてたくて、バカなことを言ってみたくなるぐらいカワイイ。
彼女が僕から離れている時は、なにをしているのか気になる。
大伯母上と一緒の時は、なにを話しているのかと。
(おかしい。自分はあの夜会の女性に会いたくてここに来たはずだ)
それなのに、気づけば目でレイを追いかけている。
あの黒髪の令嬢とは違う。
茶色の髪の、メイドでしかない彼女。
水仕事、針仕事をする手は少し荒れており、髪もキチッと隙のないぐらいしっかりまとめられている。いろんな仕事をこなす身にまとうエプロンは少し裾が薄汚れていて、黒のお仕着せドレスも生地がくたびれている。
スラッとしなやかな手袋に包まれた手、艶が出るまで梳られた髪、夜会のためにあつらえられた光沢のある華やかな色目のドレス。
そのどれも持ち合わせていないのに、レイのほうが美しいとすら思えてくる。
(しっかりしろ、キース)
ゴチンと頭を小突いておく。
メイドなんてどこにでもいる。多少美人であってもメイドはメイドだ。自分が求めるべきは、身分のつり合う令嬢でなくてはいけない。
そう訴える理性に、無性に苛立つ自分がいる。
(なにをしにここへ来たのか、忘れたのか?)
何度言い聞かせても、心はメイドの彼女を見つめてしまう。
(あの夜会の令嬢に会えていないせいだ)
あの令嬢に会えば、この気持ちもハッキリするに違いない。
そのためにも、早く大伯母上に認めてもらわねばな。
* * * *
「キースは、相変わらず頑張っているようね」
「はい。奥さまに認めていただくのだと、張り切っていらっしゃいました」
「ほほっ。一途だこと」
ほほ笑む奥さまの隣、テーブルの上にいつものようにお茶を用意する。
「それで今は、なにをしているのだったかしら」
「石炭を。各お部屋に運んでくださっています」
「ほんと、新しい従僕を雇ったような気分ね。よく働くこと」
「奥さま……」
少し咎めるような声を上げ、茶器の傍らにスコーンとジャムを置く。
当たり前だけど、このスコーンもジャムも料理長が用意してくれたものだ。彼は、私が焼いたのか、おいしいと、見当違いなことを言って笑わせてくださったけれど。
思い出すだけで、ほほ笑ましくなる。
「レイティア」
「はい」
「アナタは、あの子のことをどう思ってる?」
奥さまがティーカップを持ち上げる。
「ステキな方だと思います。どんな仕事も嫌がらずに頑張っていらっしゃる姿は尊敬に値すると思っております」
「そう。『尊敬』、ね」
目を閉じ、優雅にその香りを楽しむように奥さまがお茶を飲まれた。
「では、もう少しあの子には頑張ってもらわねばね」
フフッと笑う口元は、優雅な貴婦人というより、いたずらを考えついた子どものようだった。
(大丈夫かしら)
奥さまがこんな笑みを見せた時は、大抵とんでもないことを考えついた時だ。
「……気になる? あの子のことが」
「え、ええ。お一人で石炭を運んでいらっしゃるのですから」
少し言い訳めいているけれど、本当のことだ。
ここで働いているのは年配の人たちばかりだから、その男手を単純に喜んでいるようだけど、私としてはとても気になる。
あんな重労働、慣れない人がやったら、きっと明日は動けなくなるほど身体が痛むだろう。
いくら働いてくださっても、あの夜会の女はいないのだし、ムダに希望を持って頑張ってくださっても、心苦しいだけだった。
奥さまがどういうおつもりかはわからないけれど、私は自分から正体を明かす気はない。彼が諦めてここを立ち去ってくれればいいと思っている。
あの雷の時。怖がる私を優しく守ってくださった、キースさま。
彼のような分け隔てなく接してくださる方なら、私なんかよりもっと素晴らしい女性と巡り会うことはそう難しいことでもないだろう。
私じゃなく、別の誰かをそうやって守って差し上げればいい。優しく、包み込むように。
「ここはもういいから。手伝ってきてくれる?」
「あ、はい」
一瞬、ツキンと痛んだ胸を押さえ、軽く一礼だけを残して、部屋を後にする。
掃除、石炭運び用にエプロンを替え、彼を手伝いに行く。その足は、自分でも気づかないうちに、小走りになっていた。
――若いわね。二人とも。
そんな奥さまの独り言が、静かになった部屋に紅茶の香りとともに染みていく。
あの日以来、彼女から目が離せなくなっている。
テキパキと、僕の世話をしてくれる彼女。
自分より5つも年下なのに、その仕事ぶりには無駄がない。慣れた手つきでベッドのリネンを整え、部屋を片づける。
大伯母上に頼まれているのもあるのだろうが、僕が雑事を言いつけられていると、必ずといっていいぐらい姿を現し、手伝ってくれる。
僕が家から回してもらった書類仕事をこなしているときは、絶妙のタイミングでお茶を持って来てくれたりもする。
このお茶も何もかも、彼女が僕のために用意してくれたのだろうか。
軽くうぬぼれも交えて、「このきみが焼いてくれたスコーンは最高だね」と言えば、一瞬キョトンとしたあと、「それは、料理長のスティーブンが」とクスクスと笑われた。
口元を押さえて、肩を軽く震わせて笑う彼女はカワイイ。
正直言って、もっと笑わせてたくて、バカなことを言ってみたくなるぐらいカワイイ。
彼女が僕から離れている時は、なにをしているのか気になる。
大伯母上と一緒の時は、なにを話しているのかと。
(おかしい。自分はあの夜会の女性に会いたくてここに来たはずだ)
それなのに、気づけば目でレイを追いかけている。
あの黒髪の令嬢とは違う。
茶色の髪の、メイドでしかない彼女。
水仕事、針仕事をする手は少し荒れており、髪もキチッと隙のないぐらいしっかりまとめられている。いろんな仕事をこなす身にまとうエプロンは少し裾が薄汚れていて、黒のお仕着せドレスも生地がくたびれている。
スラッとしなやかな手袋に包まれた手、艶が出るまで梳られた髪、夜会のためにあつらえられた光沢のある華やかな色目のドレス。
そのどれも持ち合わせていないのに、レイのほうが美しいとすら思えてくる。
(しっかりしろ、キース)
ゴチンと頭を小突いておく。
メイドなんてどこにでもいる。多少美人であってもメイドはメイドだ。自分が求めるべきは、身分のつり合う令嬢でなくてはいけない。
そう訴える理性に、無性に苛立つ自分がいる。
(なにをしにここへ来たのか、忘れたのか?)
何度言い聞かせても、心はメイドの彼女を見つめてしまう。
(あの夜会の令嬢に会えていないせいだ)
あの令嬢に会えば、この気持ちもハッキリするに違いない。
そのためにも、早く大伯母上に認めてもらわねばな。
* * * *
「キースは、相変わらず頑張っているようね」
「はい。奥さまに認めていただくのだと、張り切っていらっしゃいました」
「ほほっ。一途だこと」
ほほ笑む奥さまの隣、テーブルの上にいつものようにお茶を用意する。
「それで今は、なにをしているのだったかしら」
「石炭を。各お部屋に運んでくださっています」
「ほんと、新しい従僕を雇ったような気分ね。よく働くこと」
「奥さま……」
少し咎めるような声を上げ、茶器の傍らにスコーンとジャムを置く。
当たり前だけど、このスコーンもジャムも料理長が用意してくれたものだ。彼は、私が焼いたのか、おいしいと、見当違いなことを言って笑わせてくださったけれど。
思い出すだけで、ほほ笑ましくなる。
「レイティア」
「はい」
「アナタは、あの子のことをどう思ってる?」
奥さまがティーカップを持ち上げる。
「ステキな方だと思います。どんな仕事も嫌がらずに頑張っていらっしゃる姿は尊敬に値すると思っております」
「そう。『尊敬』、ね」
目を閉じ、優雅にその香りを楽しむように奥さまがお茶を飲まれた。
「では、もう少しあの子には頑張ってもらわねばね」
フフッと笑う口元は、優雅な貴婦人というより、いたずらを考えついた子どものようだった。
(大丈夫かしら)
奥さまがこんな笑みを見せた時は、大抵とんでもないことを考えついた時だ。
「……気になる? あの子のことが」
「え、ええ。お一人で石炭を運んでいらっしゃるのですから」
少し言い訳めいているけれど、本当のことだ。
ここで働いているのは年配の人たちばかりだから、その男手を単純に喜んでいるようだけど、私としてはとても気になる。
あんな重労働、慣れない人がやったら、きっと明日は動けなくなるほど身体が痛むだろう。
いくら働いてくださっても、あの夜会の女はいないのだし、ムダに希望を持って頑張ってくださっても、心苦しいだけだった。
奥さまがどういうおつもりかはわからないけれど、私は自分から正体を明かす気はない。彼が諦めてここを立ち去ってくれればいいと思っている。
あの雷の時。怖がる私を優しく守ってくださった、キースさま。
彼のような分け隔てなく接してくださる方なら、私なんかよりもっと素晴らしい女性と巡り会うことはそう難しいことでもないだろう。
私じゃなく、別の誰かをそうやって守って差し上げればいい。優しく、包み込むように。
「ここはもういいから。手伝ってきてくれる?」
「あ、はい」
一瞬、ツキンと痛んだ胸を押さえ、軽く一礼だけを残して、部屋を後にする。
掃除、石炭運び用にエプロンを替え、彼を手伝いに行く。その足は、自分でも気づかないうちに、小走りになっていた。
――若いわね。二人とも。
そんな奥さまの独り言が、静かになった部屋に紅茶の香りとともに染みていく。
2
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?
【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」
まほりろ
恋愛
聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。
だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗
り換えた。
「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」
聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。
そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。
「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿しています。
※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。
※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。
※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。
※二章はアルファポリス先行投稿です!
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます!
※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17
※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる