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7.雷鳴
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「あー、やっと終わった」
一方的に居心地の悪かった時間は過ぎ、手元のランプはすべて磨かれ、オイルも補充された。
「暗くなってきたな。早く戻しておいた方がよさそうだ」
「そうですね」
雨はやや小降りになってきたものの、空の暗さは変わらない。窓の隙間からは、冷たい風も吹きこんでくる。
このままだと手元のものも見にくく、奥さまたちだってご不便なさっておいでだろう。
部屋すべてに戻してくるには時間がかかる。
手分けして運んだ方がいい。そう思ってランプの入った木箱を持ち上げようとするけれど……。
バリバリッ、ダダーンッ!!
まるで天からすべてを押しつぶすような音があたりに響いた。世界が、白一色に染まるような光が窓からあふれた。
「近くに……、落ちたようだな」
彼が軽く息を吐きだし、窓に近づく。
「大丈夫か?」
「え、あ……、きゃあっ!!」
ピカッ。
ガラガラガラッ!!
閃光、そして轟音。
その二つに思わず身をすくめる。
さっきから外の暗さに、遠雷の音に嫌な予感はしていたけれど、まさかこんな近くで落ちるなんて。
「もしかして、苦手なのか?」
その問いかけに、無言で頷く。
雷は、大の苦手だ。
小さい頃から、その音を聞いただけでソワソワしてくる。
家のなかにいれば安全だと言われても、怖いものはどうしようもない。
どうにも落ち着かなくなって、ガマンできなくて、いつもベッドのなかにもぐりこんでやり過ごす。それでもどうにもならない時は、母にギュッと抱きしめてもらっていた。母も、私が雷を苦手としていることを知っていたから、雷が鳴ると私のところに来て、「大丈夫よ」と抱きしめてくださった。
今は、さすがにそういうことはできないのでグッとこらえているけれど、本音はどこかへ逃げ出したい。大人になって平気なフリを多少は出来るようになったけれど、落ち着かないのは変わらない。
「だ、大丈夫です。それよりも皆さまのところにランプを持って行かな……きゃあっ!!」
再びの雷鳴。
やはり、怖いものは怖い。
目をつむって逃げ出したい。だけど、だけど……。
フワッ……。
怯える私の上に、広げられた大きなリネン。
「こうしていれば、怖くないだろ?」
そのリネンごとギュッと抱きしめられる。
「あ、あの……」
「怖いときは、怖いと。無理しなくていい。ランプは、雷が落ち着いたら届ければいい。あの大伯母上のことだ。ランプがなくても、『ミステリー小説みたいでワクワクするわね』で笑って過ごされるさ」
「えっと……」
流石にそれはないと思うけれど。
茶目っ気たっぷりに言われ、少しだけ心がほぐれる。
促されるまま、そのままストンと、彼の隣、ベンチに腰掛ける。
雷は怖い。けれど、それ以上の緊張と安らぎが私を包む。
かけられたリネンのおかげで、光は見えない。代わりに伝わってくるのは、彼の腕の温かさ。抱き寄せられているせいで、その熱がリネン越しに伝わってくる。
トクントクンと心音まで聞こえそうなほど神経が研ぎ澄まされているのに、雷の恐怖は感じられなかった。
むしろ、こうしていることを心地よく思えてくる。
それはかつての母の腕のなかのようで。それでいて、母の腕よりも力強く、私を安心させてくれる。
その心地よさをもう少しだけ味わいたくて、肩の力を抜き、彼に身を預ける。
リネンで包まれているおかげだ。これがなければ、きっとここまで大胆なことは出来なかったに違いない。
トクン、トクン、トクン……。
響く音が布越しに伝わってくる。
* * * *
「そろそろいいかな」
外が先ほどより明るくなってきている。雷の音も止んで久しい。
雷雲が立ち去ったのだろう。切れ始めた雲間から光が差し込んできている。
「レイ……?」
軽く呼びかけてみるが、返事がない。
不思議に思いそっとリネンを外してみると、腕のなかで、スヤスヤと彼女が眠っていた。
かすかに開いた唇。少しほつけてしまった髪。
安心したようにこちらにもたれかかって眠る彼女。
(まあ、怖くなかったのならいいか)
妙齢の女性を抱き寄せてるのはいかがなものかと思わないでもないが、ことさら無理に起こす気にはならなかった。
彼女が目を覚ますまで、しばらくこのままでいるしかない。
(まつ毛……、長いな。キレイな顔立ちをしている)
いつもはうつむきがちで気づかなかったが、悪くない容貌だった。
恋人などいない。結婚は考えてもいないようなそぶりだったが、これだけの器量なら、きっと数年内に誰かいい人を見つけるだろう。
(って、僕はいったい何を考えてるんだ!?)
たかがメイドのはずだ。
あの大伯母上に本を選んで欲しいと頼まれる程度に知識のある、そういうメイドのはずだ。
大伯母上から信頼され、自分の世話を任されただけの相手。
そのはずなのに。
窓から差し込んだ光が、彼女の頬の産毛を柔らかく彩る。
額にかかった髪を少し払いのけてやる。
「ん……」
軽く漏れた彼女の吐息に、それ以上触れることをやめた。
抱き寄せたままの彼女から立ち昇る、ラベンダーの香り。
無理に起こすこともないだろう。
言い訳めいた言葉が、頭に浮かぶ。
一方的に居心地の悪かった時間は過ぎ、手元のランプはすべて磨かれ、オイルも補充された。
「暗くなってきたな。早く戻しておいた方がよさそうだ」
「そうですね」
雨はやや小降りになってきたものの、空の暗さは変わらない。窓の隙間からは、冷たい風も吹きこんでくる。
このままだと手元のものも見にくく、奥さまたちだってご不便なさっておいでだろう。
部屋すべてに戻してくるには時間がかかる。
手分けして運んだ方がいい。そう思ってランプの入った木箱を持ち上げようとするけれど……。
バリバリッ、ダダーンッ!!
まるで天からすべてを押しつぶすような音があたりに響いた。世界が、白一色に染まるような光が窓からあふれた。
「近くに……、落ちたようだな」
彼が軽く息を吐きだし、窓に近づく。
「大丈夫か?」
「え、あ……、きゃあっ!!」
ピカッ。
ガラガラガラッ!!
閃光、そして轟音。
その二つに思わず身をすくめる。
さっきから外の暗さに、遠雷の音に嫌な予感はしていたけれど、まさかこんな近くで落ちるなんて。
「もしかして、苦手なのか?」
その問いかけに、無言で頷く。
雷は、大の苦手だ。
小さい頃から、その音を聞いただけでソワソワしてくる。
家のなかにいれば安全だと言われても、怖いものはどうしようもない。
どうにも落ち着かなくなって、ガマンできなくて、いつもベッドのなかにもぐりこんでやり過ごす。それでもどうにもならない時は、母にギュッと抱きしめてもらっていた。母も、私が雷を苦手としていることを知っていたから、雷が鳴ると私のところに来て、「大丈夫よ」と抱きしめてくださった。
今は、さすがにそういうことはできないのでグッとこらえているけれど、本音はどこかへ逃げ出したい。大人になって平気なフリを多少は出来るようになったけれど、落ち着かないのは変わらない。
「だ、大丈夫です。それよりも皆さまのところにランプを持って行かな……きゃあっ!!」
再びの雷鳴。
やはり、怖いものは怖い。
目をつむって逃げ出したい。だけど、だけど……。
フワッ……。
怯える私の上に、広げられた大きなリネン。
「こうしていれば、怖くないだろ?」
そのリネンごとギュッと抱きしめられる。
「あ、あの……」
「怖いときは、怖いと。無理しなくていい。ランプは、雷が落ち着いたら届ければいい。あの大伯母上のことだ。ランプがなくても、『ミステリー小説みたいでワクワクするわね』で笑って過ごされるさ」
「えっと……」
流石にそれはないと思うけれど。
茶目っ気たっぷりに言われ、少しだけ心がほぐれる。
促されるまま、そのままストンと、彼の隣、ベンチに腰掛ける。
雷は怖い。けれど、それ以上の緊張と安らぎが私を包む。
かけられたリネンのおかげで、光は見えない。代わりに伝わってくるのは、彼の腕の温かさ。抱き寄せられているせいで、その熱がリネン越しに伝わってくる。
トクントクンと心音まで聞こえそうなほど神経が研ぎ澄まされているのに、雷の恐怖は感じられなかった。
むしろ、こうしていることを心地よく思えてくる。
それはかつての母の腕のなかのようで。それでいて、母の腕よりも力強く、私を安心させてくれる。
その心地よさをもう少しだけ味わいたくて、肩の力を抜き、彼に身を預ける。
リネンで包まれているおかげだ。これがなければ、きっとここまで大胆なことは出来なかったに違いない。
トクン、トクン、トクン……。
響く音が布越しに伝わってくる。
* * * *
「そろそろいいかな」
外が先ほどより明るくなってきている。雷の音も止んで久しい。
雷雲が立ち去ったのだろう。切れ始めた雲間から光が差し込んできている。
「レイ……?」
軽く呼びかけてみるが、返事がない。
不思議に思いそっとリネンを外してみると、腕のなかで、スヤスヤと彼女が眠っていた。
かすかに開いた唇。少しほつけてしまった髪。
安心したようにこちらにもたれかかって眠る彼女。
(まあ、怖くなかったのならいいか)
妙齢の女性を抱き寄せてるのはいかがなものかと思わないでもないが、ことさら無理に起こす気にはならなかった。
彼女が目を覚ますまで、しばらくこのままでいるしかない。
(まつ毛……、長いな。キレイな顔立ちをしている)
いつもはうつむきがちで気づかなかったが、悪くない容貌だった。
恋人などいない。結婚は考えてもいないようなそぶりだったが、これだけの器量なら、きっと数年内に誰かいい人を見つけるだろう。
(って、僕はいったい何を考えてるんだ!?)
たかがメイドのはずだ。
あの大伯母上に本を選んで欲しいと頼まれる程度に知識のある、そういうメイドのはずだ。
大伯母上から信頼され、自分の世話を任されただけの相手。
そのはずなのに。
窓から差し込んだ光が、彼女の頬の産毛を柔らかく彩る。
額にかかった髪を少し払いのけてやる。
「ん……」
軽く漏れた彼女の吐息に、それ以上触れることをやめた。
抱き寄せたままの彼女から立ち昇る、ラベンダーの香り。
無理に起こすこともないだろう。
言い訳めいた言葉が、頭に浮かぶ。
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