灰かぶり侍女とガラスの靴。

若松だんご

文字の大きさ
上 下
7 / 18

7.雷鳴

しおりを挟む
 「あー、やっと終わった」

 一方的に居心地の悪かった時間は過ぎ、手元のランプはすべて磨かれ、オイルも補充された。

 「暗くなってきたな。早く戻しておいた方がよさそうだ」

 「そうですね」

 雨はやや小降りになってきたものの、空の暗さは変わらない。窓の隙間からは、冷たい風も吹きこんでくる。
 このままだと手元のものも見にくく、奥さまたちだってご不便なさっておいでだろう。
 部屋すべてに戻してくるには時間がかかる。
 手分けして運んだ方がいい。そう思ってランプの入った木箱を持ち上げようとするけれど……。

 バリバリッ、ダダーンッ!!
 
 まるで天からすべてを押しつぶすような音があたりに響いた。世界が、白一色に染まるような光が窓からあふれた。

 「近くに……、落ちたようだな」

 彼が軽く息を吐きだし、窓に近づく。

 「大丈夫か?」

 「え、あ……、きゃあっ!!」
 
 ピカッ。
 ガラガラガラッ!!

 閃光、そして轟音。
 その二つに思わず身をすくめる。
 さっきから外の暗さに、遠雷の音に嫌な予感はしていたけれど、まさかこんな近くで落ちるなんて。

 「もしかして、苦手なのか?」

 その問いかけに、無言で頷く。
 雷は、大の苦手だ。
 小さい頃から、その音を聞いただけでソワソワしてくる。
 家のなかにいれば安全だと言われても、怖いものはどうしようもない。
 どうにも落ち着かなくなって、ガマンできなくて、いつもベッドのなかにもぐりこんでやり過ごす。それでもどうにもならない時は、母にギュッと抱きしめてもらっていた。母も、私が雷を苦手としていることを知っていたから、雷が鳴ると私のところに来て、「大丈夫よ」と抱きしめてくださった。
 今は、さすがにそういうことはできないのでグッとこらえているけれど、本音はどこかへ逃げ出したい。大人になって平気なフリを多少は出来るようになったけれど、落ち着かないのは変わらない。

 「だ、大丈夫です。それよりも皆さまのところにランプを持って行かな……きゃあっ!!」

 再びの雷鳴。
 やはり、怖いものは怖い。
 目をつむって逃げ出したい。だけど、だけど……。
 
 フワッ……。
 
 怯える私の上に、広げられた大きなリネン。

 「こうしていれば、怖くないだろ?」

 そのリネンごとギュッと抱きしめられる。

 「あ、あの……」

 「怖いときは、怖いと。無理しなくていい。ランプは、雷が落ち着いたら届ければいい。あの大伯母上のことだ。ランプがなくても、『ミステリー小説みたいでワクワクするわね』で笑って過ごされるさ」

 「えっと……」

 流石にそれはないと思うけれど。
 茶目っ気たっぷりに言われ、少しだけ心がほぐれる。 
 促されるまま、そのままストンと、彼の隣、ベンチに腰掛ける。
 雷は怖い。けれど、それ以上の緊張と安らぎが私を包む。
 かけられたリネンのおかげで、光は見えない。代わりに伝わってくるのは、彼の腕の温かさ。抱き寄せられているせいで、その熱がリネン越しに伝わってくる。
 トクントクンと心音まで聞こえそうなほど神経が研ぎ澄まされているのに、雷の恐怖は感じられなかった。
 むしろ、こうしていることを心地よく思えてくる。
 それはかつての母の腕のなかのようで。それでいて、母の腕よりも力強く、私を安心させてくれる。
 その心地よさをもう少しだけ味わいたくて、肩の力を抜き、彼に身を預ける。
 リネンで包まれているおかげだ。これがなければ、きっとここまで大胆なことは出来なかったに違いない。

 トクン、トクン、トクン……。

 響く音が布越しに伝わってくる。

*     *     *     *

 「そろそろいいかな」

 外が先ほどより明るくなってきている。雷の音も止んで久しい。
 雷雲が立ち去ったのだろう。切れ始めた雲間から光が差し込んできている。

 「レイ……?」

 軽く呼びかけてみるが、返事がない。
 不思議に思いそっとリネンを外してみると、腕のなかで、スヤスヤと彼女が眠っていた。
 かすかに開いた唇。少しほつけてしまった髪。
 安心したようにこちらにもたれかかって眠る彼女。

 (まあ、怖くなかったのならいいか)

 妙齢の女性を抱き寄せてるのはいかがなものかと思わないでもないが、ことさら無理に起こす気にはならなかった。
 彼女が目を覚ますまで、しばらくこのままでいるしかない。

 (まつ毛……、長いな。キレイな顔立ちをしている)

 いつもはうつむきがちで気づかなかったが、悪くない容貌だった。
 恋人などいない。結婚は考えてもいないようなそぶりだったが、これだけの器量なら、きっと数年内に誰かいい人を見つけるだろう。

 (って、僕はいったい何を考えてるんだ!?)

 たかがメイドのはずだ。
 あの大伯母上に本を選んで欲しいと頼まれる程度に知識のある、そういうメイドのはずだ。
 大伯母上から信頼され、自分の世話を任されただけの相手。
 そのはずなのに。
 窓から差し込んだ光が、彼女の頬の産毛を柔らかく彩る。
 額にかかった髪を少し払いのけてやる。

 「ん……」 

 軽く漏れた彼女の吐息に、それ以上触れることをやめた。
 抱き寄せたままの彼女から立ち昇る、ラベンダーの香り。
 無理に起こすこともないだろう。
 言い訳めいた言葉が、頭に浮かぶ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】自業自得の因果応報

仲村 嘉高
恋愛
愛し愛されて結婚したはずの夫は、モラハラDVな最低男だった。 ある日、殴られて壁に体を叩きつけられ、反動で床に倒れて頭を打ったマリアンヌは、その衝撃で前世を思い出した。 日本人で、ちょっとヤンチャをしていた過去を持った女性だった記憶だ。 男尊女卑の世界に転生したにしても、この夫は酷すぎる。 マリアンヌは、今までの事も含め、復讐する事に決めた。 物理で。 ※前世の世代は、夜露死苦な昭和です(笑)

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

処理中です...