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6.お屋敷のお仕事
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「まったく、きみの主は人使いが荒いな」
洗濯物を取り込んだ私が戻るなり、作業部屋にいた彼がぼやいた。
彼の座る席の前には、いくつかのランプ。木箱に入ったそれを取り出し、磨き上げている最中だった。
「手が空いてるなら、家中のランプを磨いておいてください、だと。こんなの従僕か小姓の仕事じゃないか」
文句を垂れる彼の口は、少しだけとんがっている。
「この間は、雨漏りでダメになったクロスの張替えだったしな。『こんな小さな町では、修理工を頼むのも大変なのよ。だから若い人に、ぜひお願いしたかったの』だ。まったく、人をなんだと思っているんだ」
奥さまの声真似に思わずプッと吹き出してしまう。血のつながりがあるせいか、意外と似ている。
「大伯母上は、いつもあんな感じなのか!? 人使いの荒い」
「いいえ。そんな無理難題は申される方ではありませんよ」
取り込んだだけのテーブルクロスを丁寧にたたんでいく。それを手近にあったカゴに入れる。
「まあ、ここぞとばかりに男手を使うつもりか、それとも、僕を紹介するに足るだけの人物かどうか、見極めようとしてるのか……」
彼が外して拭きあげたガラス部分を真剣に眺める。文句を言いながらも、その手つきは真剣そのものだ。寄り眼になりながらも、曇りがないか丁寧に確認してくれている。
「手伝います」
言って、私もランプを手に取る。
「助かるよ」
さすがに隣に並んで座るのは抵抗があったので、少し離れたところにあった椅子を引き寄せる。
黙々と、それ以上は会話もなくランプを磨く。
窓の外、キッチンガーデンのある庭は暗い。黒い雲が垂れこめ、いつしか雨が窓を叩き始める。少しだけ開けた窓から、雨に濡れた土の匂いが漂い始める。
洗濯物、取り込むのが間に合ってよかった。
せっかく洗ったものが、乾いたものが雨に濡れたら悲しい。たたんだクロスは、あとでキチンと片づけよう。いやその前に、お疲れになっただろう彼にお茶を淹れて差し上げたほうがいいだろうか。
そんなことを考えながら、仕事を進める。
「私、こういった作業好きです」
しばらく経って、ポツリと、聞かれるでもなく呟く。
「自分が磨いたことで、それがキレイになって。使ってる人たちに喜ばれるの、好きです」
洗濯も掃除も同じ。手をかけたことでキレイになっていくが何より好きだった。頑張ったら頑張った分だけ、キレイに心地よく、使い勝手のいい状態になるのは、私も気持ちよかった。
「ふうん。レイは大伯母上に仕えて、長いんだっけ」
「ええ、今年で5年目になります」
「今、いくつ?」
「十八です」
「じゃあ、十三のころから働いてるのか」
「まあ、そうなりますね」
私の場合、家が破産したからだけど、十三で奉公に出るのは、使用人として別に珍しいことでもない。
奥さまは、使用人としてではなく、普通に令嬢としてここで暮らせばいいとおっしゃってくださったけれど、資産も血縁もない私がそこまでしていただくのは心苦しかった。奥さまはあまりいい顔をしなかったけれど、みずから望んでメイドの仕事をこなしているのが現状だった。
「……将来、結婚したりするのか?」
「えっ!?」
驚き、手を止めて顔を上げる。
「それとも、ここのマーサみたいに一生、大伯母上にお仕えする気か?」
磨き上げたガラスをキュルッともとの台座にはめ込む。
「もうすでに恋人がいるとか?」
「えっ、や、いません。そんな人」
ニッコリ笑った視線をまともに受けてしまい、恥ずかしくなって顔をそらす。
「ふうん。この町の女性はみんなおしとやかというか、奥手なんだな」
それはどういう……。
「夜会で会った彼女もそうだったんだ。最近では珍しいぐらい恥ずかしがりやで、積極的にアピールしてこない、慎ましやかな人だった」
それは、別におしとやかにしていたというより、あの場から逃げ出そうとしていただけで。
「僕の資産にも立場にも興味がない。あんな子は初めてだったし、ステキだと思ったんだ」
興味ないわけじゃないです。キースさまの容姿は素晴らしいと思うし、そのお立場だって立派だと思ってます。
ただ、今の私につり合ってないだけで。
「彼女となら、きっと素晴らしい家庭を築くことができると思うんだ。彼女のような女性に惚れられた男は、きっと幸せ者だ」
どうして? どうしてそこまで惚れこむの?
「ああ、すまない。のろけてしまったな」
「あ、いえ……」
火照ってしまった頬を押さえて、必死に頭を冷ます。
外の雨は、だんだんとひどくなってくる。
まるで、今の私の心境と同じ。
私が、子爵令嬢という立場のままだったら。
ここにいる冴えないメイドが、その女だと知ったら。
彼はきっと、ここまで想ってくれなかったに違いない。きっと落胆するか、怒りだすかのどちらかだろう。
(言えない。本当のことは何一つ……)
遠く、雷の音がする。
その音に紛れるようにして、小さなため息を一つ、静かに吐き出した。
洗濯物を取り込んだ私が戻るなり、作業部屋にいた彼がぼやいた。
彼の座る席の前には、いくつかのランプ。木箱に入ったそれを取り出し、磨き上げている最中だった。
「手が空いてるなら、家中のランプを磨いておいてください、だと。こんなの従僕か小姓の仕事じゃないか」
文句を垂れる彼の口は、少しだけとんがっている。
「この間は、雨漏りでダメになったクロスの張替えだったしな。『こんな小さな町では、修理工を頼むのも大変なのよ。だから若い人に、ぜひお願いしたかったの』だ。まったく、人をなんだと思っているんだ」
奥さまの声真似に思わずプッと吹き出してしまう。血のつながりがあるせいか、意外と似ている。
「大伯母上は、いつもあんな感じなのか!? 人使いの荒い」
「いいえ。そんな無理難題は申される方ではありませんよ」
取り込んだだけのテーブルクロスを丁寧にたたんでいく。それを手近にあったカゴに入れる。
「まあ、ここぞとばかりに男手を使うつもりか、それとも、僕を紹介するに足るだけの人物かどうか、見極めようとしてるのか……」
彼が外して拭きあげたガラス部分を真剣に眺める。文句を言いながらも、その手つきは真剣そのものだ。寄り眼になりながらも、曇りがないか丁寧に確認してくれている。
「手伝います」
言って、私もランプを手に取る。
「助かるよ」
さすがに隣に並んで座るのは抵抗があったので、少し離れたところにあった椅子を引き寄せる。
黙々と、それ以上は会話もなくランプを磨く。
窓の外、キッチンガーデンのある庭は暗い。黒い雲が垂れこめ、いつしか雨が窓を叩き始める。少しだけ開けた窓から、雨に濡れた土の匂いが漂い始める。
洗濯物、取り込むのが間に合ってよかった。
せっかく洗ったものが、乾いたものが雨に濡れたら悲しい。たたんだクロスは、あとでキチンと片づけよう。いやその前に、お疲れになっただろう彼にお茶を淹れて差し上げたほうがいいだろうか。
そんなことを考えながら、仕事を進める。
「私、こういった作業好きです」
しばらく経って、ポツリと、聞かれるでもなく呟く。
「自分が磨いたことで、それがキレイになって。使ってる人たちに喜ばれるの、好きです」
洗濯も掃除も同じ。手をかけたことでキレイになっていくが何より好きだった。頑張ったら頑張った分だけ、キレイに心地よく、使い勝手のいい状態になるのは、私も気持ちよかった。
「ふうん。レイは大伯母上に仕えて、長いんだっけ」
「ええ、今年で5年目になります」
「今、いくつ?」
「十八です」
「じゃあ、十三のころから働いてるのか」
「まあ、そうなりますね」
私の場合、家が破産したからだけど、十三で奉公に出るのは、使用人として別に珍しいことでもない。
奥さまは、使用人としてではなく、普通に令嬢としてここで暮らせばいいとおっしゃってくださったけれど、資産も血縁もない私がそこまでしていただくのは心苦しかった。奥さまはあまりいい顔をしなかったけれど、みずから望んでメイドの仕事をこなしているのが現状だった。
「……将来、結婚したりするのか?」
「えっ!?」
驚き、手を止めて顔を上げる。
「それとも、ここのマーサみたいに一生、大伯母上にお仕えする気か?」
磨き上げたガラスをキュルッともとの台座にはめ込む。
「もうすでに恋人がいるとか?」
「えっ、や、いません。そんな人」
ニッコリ笑った視線をまともに受けてしまい、恥ずかしくなって顔をそらす。
「ふうん。この町の女性はみんなおしとやかというか、奥手なんだな」
それはどういう……。
「夜会で会った彼女もそうだったんだ。最近では珍しいぐらい恥ずかしがりやで、積極的にアピールしてこない、慎ましやかな人だった」
それは、別におしとやかにしていたというより、あの場から逃げ出そうとしていただけで。
「僕の資産にも立場にも興味がない。あんな子は初めてだったし、ステキだと思ったんだ」
興味ないわけじゃないです。キースさまの容姿は素晴らしいと思うし、そのお立場だって立派だと思ってます。
ただ、今の私につり合ってないだけで。
「彼女となら、きっと素晴らしい家庭を築くことができると思うんだ。彼女のような女性に惚れられた男は、きっと幸せ者だ」
どうして? どうしてそこまで惚れこむの?
「ああ、すまない。のろけてしまったな」
「あ、いえ……」
火照ってしまった頬を押さえて、必死に頭を冷ます。
外の雨は、だんだんとひどくなってくる。
まるで、今の私の心境と同じ。
私が、子爵令嬢という立場のままだったら。
ここにいる冴えないメイドが、その女だと知ったら。
彼はきっと、ここまで想ってくれなかったに違いない。きっと落胆するか、怒りだすかのどちらかだろう。
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