灰かぶり侍女とガラスの靴。

若松だんご

文字の大きさ
上 下
6 / 18

6.お屋敷のお仕事

しおりを挟む
 「まったく、きみの主は人使いが荒いな」

 洗濯物を取り込んだ私が戻るなり、作業部屋にいた彼がぼやいた。
 彼の座る席の前には、いくつかのランプ。木箱に入ったそれを取り出し、磨き上げている最中だった。

 「手が空いてるなら、家中のランプを磨いておいてください、だと。こんなの従僕フットマン小姓ページボーイの仕事じゃないか」

 文句を垂れる彼の口は、少しだけとんがっている。

 「この間は、雨漏りでダメになったクロスの張替えだったしな。『こんな小さな町では、修理工を頼むのも大変なのよ。だから若い人に、ぜひお願いしたかったの』だ。まったく、人をなんだと思っているんだ」

 奥さまの声真似に思わずプッと吹き出してしまう。血のつながりがあるせいか、意外と似ている。

 「大伯母上は、いつもあんな感じなのか!? 人使いの荒い」

 「いいえ。そんな無理難題は申される方ではありませんよ」

 取り込んだだけのテーブルクロスを丁寧にたたんでいく。それを手近にあったカゴに入れる。

 「まあ、ここぞとばかりに男手を使うつもりか、それとも、僕を紹介するに足るだけの人物かどうか、見極めようとしてるのか……」

 彼が外して拭きあげたガラス部分を真剣に眺める。文句を言いながらも、その手つきは真剣そのものだ。寄り眼になりながらも、曇りがないか丁寧に確認してくれている。

 「手伝います」

 言って、私もランプを手に取る。

 「助かるよ」

 さすがに隣に並んで座るのは抵抗があったので、少し離れたところにあった椅子を引き寄せる。
 黙々と、それ以上は会話もなくランプを磨く。
 窓の外、キッチンガーデンのある庭は暗い。黒い雲が垂れこめ、いつしか雨が窓を叩き始める。少しだけ開けた窓から、雨に濡れた土の匂いが漂い始める。
 洗濯物、取り込むのが間に合ってよかった。
 せっかく洗ったものが、乾いたものが雨に濡れたら悲しい。たたんだクロスは、あとでキチンと片づけよう。いやその前に、お疲れになっただろう彼にお茶を淹れて差し上げたほうがいいだろうか。
 そんなことを考えながら、仕事を進める。

 「私、こういった作業好きです」

 しばらく経って、ポツリと、聞かれるでもなく呟く。

 「自分が磨いたことで、それがキレイになって。使ってる人たちに喜ばれるの、好きです」

 洗濯も掃除も同じ。手をかけたことでキレイになっていくが何より好きだった。頑張ったら頑張った分だけ、キレイに心地よく、使い勝手のいい状態になるのは、私も気持ちよかった。

 「ふうん。レイは大伯母上に仕えて、長いんだっけ」

 「ええ、今年で5年目になります」

 「今、いくつ?」

 「十八です」

 「じゃあ、十三のころから働いてるのか」

 「まあ、そうなりますね」

 私の場合、家が破産したからだけど、十三で奉公に出るのは、使用人として別に珍しいことでもない。
 奥さまは、使用人としてではなく、普通に令嬢としてここで暮らせばいいとおっしゃってくださったけれど、資産も血縁もない私がそこまでしていただくのは心苦しかった。奥さまはあまりいい顔をしなかったけれど、みずから望んでメイドの仕事をこなしているのが現状だった。

 「……将来、結婚したりするのか?」

 「えっ!?」

 驚き、手を止めて顔を上げる。

 「それとも、ここのマーサみたいに一生、大伯母上にお仕えする気か?」

 磨き上げたガラスをキュルッともとの台座にはめ込む。

 「もうすでに恋人がいるとか?」

 「えっ、や、いません。そんな人」

 ニッコリ笑った視線をまともに受けてしまい、恥ずかしくなって顔をそらす。

 「ふうん。この町の女性はみんなおしとやかというか、奥手なんだな」

 それはどういう……。

 「夜会で会った彼女もそうだったんだ。最近では珍しいぐらい恥ずかしがりやで、積極的にアピールしてこない、慎ましやかな人だった」

 それは、別におしとやかにしていたというより、あの場から逃げ出そうとしていただけで。

 「僕の資産にも立場にも興味がない。あんな子は初めてだったし、ステキだと思ったんだ」

 興味ないわけじゃないです。キースさまの容姿は素晴らしいと思うし、そのお立場だって立派だと思ってます。
 ただ、今の私につり合ってないだけで。

 「彼女となら、きっと素晴らしい家庭を築くことができると思うんだ。彼女のような女性に惚れられた男は、きっと幸せ者だ」

 どうして? どうしてそこまで惚れこむの?

 「ああ、すまない。のろけてしまったな」

 「あ、いえ……」

 火照ってしまった頬を押さえて、必死に頭を冷ます。
 外の雨は、だんだんとひどくなってくる。
 まるで、今の私の心境と同じ。
 私が、子爵令嬢という立場のままだったら。
 ここにいる冴えないメイドが、その女だと知ったら。
 彼はきっと、ここまで想ってくれなかったに違いない。きっと落胆するか、怒りだすかのどちらかだろう。

 (言えない。本当のことは何一つ……)

 遠く、雷の音がする。
 その音に紛れるようにして、小さなため息を一つ、静かに吐き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...