灰かぶり侍女とガラスの靴。

若松だんご

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4.ロマンス小説

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 「へえ、そんな本を読むんだ」

 自分より背の高い書架。そこから、軽く背伸びをして選んだ本を見て、彼が感心したような顔をした。

 「女性の選ぶものだから、もっと恋愛小説を取るかと思ったよ」

 意外だな。
 まあ、それが普通の意見だと思う。
 私が手にしたのは、『ロビンソンクルーソー』。無人島での暮らし、食人族との戦いなど子ども、それも男の子からは喜ばれそうだけど、奥さまのような年配のマダムに薦めるには、どうかと思う内容だ。
 奥さまの言う、『レイの選んだ本、一冊』という要望は、一見簡単なようで、その実難しい。
 彼とともに貸本屋に訪れていることは、奥さまだって承知の上。そこで互いに本を選ばせ、それをキッカケに話を弾ませようという魂胆だろうけれど。
 わかっているから。わかっているからこそ、そういった恋愛から遠い本を選んだ。子どもっぽいと思われてもいい。こういう冒険モノが好きなのだということにしておけば、余計なドキドキは味あわなくてすむ。
 そういう彼はどんな本を選んだのだろう。
 気になって、彼の手のなかに収まってる本を見る。

 (……狼王……ロボ!?)

 思わず首をかしげてしまう。彼が私の視線に気づいて、本を軽く持ち上げた。

 「読んだこと、ある?」

 「ええ、まあ」

 動物の、野生の狼の行動習性に詳しい本で、一般的に女性が読むとは思われにくい内容だ。どちらかというとこれも男の子向きだと思う。
 それを、奥さまに?

 「大伯母上に、『ゼンダ城の虜』なんて渡しても、“ありきたり”とか言って、ガッカリされそうだからね。少し変わった視点から恋愛モノを薦めようと思ったんだ」

 「恋愛……?」

 『狼王ロボ』が?

 「この物語、最後にロボが死ぬだろう?」

 「はい」

 「それまで勇敢で知恵の回るロボが、妻であるメスのブランカを殺されてから普段の冷静さを失い、捕らわれてしまう。出された食事にも手をつけず餓死するさまは、ある意味悲恋の物語だと思うんだ」

 一途に一匹のメスだけを想い、死んだロボ。最愛のメスを亡くし、ロボが壊れていくさまは、確かに悲恋小説に通じるものがあるとは思うけれど。

 「僕は、この小説を通じて大伯母上に僕の想いについて考えて欲しいと思ってるんだ」

 彼の視線が真っすぐに、私を捕らえた。

 「僕にとって、昨夜の彼女はブランカそのものだ。僕もロボのように、彼女なしではこの先を生きてゆけない」

 「え……、どうしてそこまで」

 どうして私を想ってくれるの?
 問いかけが、グッと喉の奥までせり上がってくる。

 どうしてそんなに入れ込むの?
 わずか一曲。バルコニーで少し踊っただけの相手よ?
 名前も、立場も何も知らないのに。
 性格だってわからない。
 今だって、髪の色、服装を変えただけで気づかれないような相手を、どうして?

 「自分でも、よくわからないんだ。でも、彼女ともっと親密な仲になりたいと、そう願っている。許されるなら、彼女ともう一度ゆっくり話したい」

 話しながら、彼がクシャッと前髪をかき乱した。

 「多分、これが一目ぼれってヤツなんだろうな。自分でどうしようもないぐらい、彼女に惹かれている」

 言って恥ずかしくなったのか、彼が赤くなった顔を背けた。

 理由なんてわからない。たった一度会っただけの相手を恋い慕う想い。
 その一途な想いを告げられて、私はうつむくしかなくなってしまう。
 彼が恋した相手は、今こうして目の前にいる。
 土色の髪をメイドらしくひっつめて、藍色の地味なドレスを身にまとって。
 薄暗いバルコニーじゃない。明るい昼間だというのに、彼はそのことに気づきもしない。
 まるで、シンデレラ。
 魔法が解けてしまえば、そこにいる灰かぶりがガラスの靴の落とし主だとは気づかれない。
 シンデレラは王子のもとにガラスの靴を残したけれど、私は何も残していない。
 気づかれたくない。気づかれちゃいけない。
 こんな身分下となった女に惚れたなんて、彼にとってはとても不名誉な真実だろう。
 そう思うのに。
 なぜか、うつむいたままの心が軋んだ。

*     *     *     *

 ―― レイ、アナタがキースの世話をして頂戴。

 町から戻ると、奥さまから私にとんでもない命令が下された。

 「わ、私がですか?」

 「彼女がですか?」

 彼と息の合った驚きの声を上げてしまう。

 「そうよ。本来は従僕フットマンを配するべきなんでしょうけど、この家に従僕はいないから」

 困ったわねえと、奥さまが頬に手を当てる。

 「では、執事バトラーにお世話をしていただくというのは」

 この屋敷でお仕えしてるのは、私と家政婦長のマーサさん、それと執事のジョンソンさん。
 男性の身の回りの世話は基本、男性の使用人がするもの。だから、従僕がいないのであれば、執事に頼めば……。
 
 「それもねえ。ジョンソンにはわたくしの仕事を手伝ってもらわなければいけないから」

 やんわりと断られた。

 「マーサは高齢だし、他は料理長と通いの園丁と。これでは、誰もキースのお世話を出来ないわ」

 私を除いて。

 「もちろん、男性にしかできないお世話はジョンソンたちに頼んでくれて結構よ。それではいけないかしら、キース」

 「まあ、大伯母上がそれでいいとおっしゃるなら……」

 彼もかなり困惑しているようだった。チラリとこちらに視線を向けられる。

 「なら決まりねっ! さっそくだけどレイ、キースのこと、よろしくね!」

 「はい」

 パンッと手を叩きうれしそうな奥さまに対して、反論する余地はない。
 命じられるまま、彼とともに客用寝室へと向かう。
 留守の間に整えられた部屋は、カーテンを開け放たれ、夕方のオレンジ色の光に包まれていた。
 
 「済まなかったな」

 部屋に落ち着くなり、彼が切り出した。

 「僕が従僕フットマンなりなんなり、伴を連れてこればよかったんだが」

 朝早く、誰も伴をつけないで出かけてしまうぐらい、彼は急いでいたのだろうか。私を求めて。

 「家から従僕を呼び寄せるまで、しばらく頼むよ、……えっと」

 「レイと申します。キースさま」

 「そうか。よろしく頼むよ、レイ」

 「はい」

 彼の笑顔に、軽く頭を下げて応じる。
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