灰かぶり侍女とガラスの靴。

若松だんご

文字の大きさ
上 下
3 / 18

3.奥様の提案

しおりを挟む
 「奥さま、お待ちください奥さまっ!」

 訪れた彼が、執事バトラーのジョンソンに部屋まで案内されている間、私は優雅にお茶を飲む奥さまに反論を始めた。

 「キースさまを見極めて、私をっ、あの時の女性を紹介するだなんてっ! 無茶にもほどがありますっ!」

 いつもの奥さまのたわむれなら、ここまで反論したりしない。奥さまの普段のイタズラは茶目っ気タップリで、悪意あるものは少なく、笑って許せるものがほとんどだ。
 だけどこればかりは、「はいそうですか」と許容できるものではない。

 「あら、どうしてそう思うの!?」

 お茶を飲み終え、満足したように、奥さまがカップをテーブルに戻す。

 「だって。私は、メイドで……、キースさまに紹介されるような立場には……」

 「レイティア」

 グイッと奥さまの両手が私の頬を包み込む。

 「アナタは、今でこそここで働いているけれど、もとはアシュリー子爵家の令嬢よ。本来なら、郷紳ジェントリでしかないキースのほうがアナタにつり合う立場にないわ」

 「でも……」

 「大丈夫。アナタが納得しないのなら、キースに紹介することもしないし、事の顛末を話したりしないわ。今はしばらくここで一緒に暮らして、あの子がどういう人物か、じっくり観察して欲しいのよ」

 そこまで言われると、私も反論できなくなる。

 「わたくしは、アナタをここに一生とどめておく気はないの。ステキな人と恋をして、幸せな人生を歩んで欲しいと思ってる。それが、アナタの亡きご両親への何よりの恩返しだから」

 「奥さま……」

 「キースが気に入らないのなら、それでも構わない。これをきっかけにアナタが自分の未来を考えてくれれば、それでいいのよ」

 この変わりない日常を出て、誰かと恋をする。

 (出来るのかしら。この私に)

 してもいいのかしら、この私が。
 わからない。何もかも、考えたことがないから、わからない。

 「……わかりました」

 それでも、奥さまの言葉に頷いてみせる。
 とりあえず、奥さまに安心していただくために。

*     *     *     *

 ―― じゃあさっそくだけど、キース、町へ行って本を借りてきて頂戴。

 奥さまのたくらみは、さっそく実行された。

 ―― 本はレイに選んでもらうけど。運ぶのは、キース、アナタが手伝ってあげて。

 貸本屋で本を借りてくる。
 そんなこと、いつでも一人でこなしてる仕事だ。
 軽ければ自分で運んでくるし、重ければ店の従業員に後から持って来てもらうように頼んでいる。
 それをわざわざ彼に頼むなんて。
 (絶対、楽しんでいらっしゃるわ)
 こんなの奥さまの遊びでしかない。
 困惑する私と、必死になってるキースさまと。
 さすがに、困ったことにならないように配慮はしていただけると思うけど、それでも、ギリギリのスリルを楽しんでいらっしゃる。

 (私が、キースさまとつり合いが取れるわけないじゃない)

 並んで歩く、その姿を少しだけ盗み見る。
 背の高い、貴族と言っても遜色ないその出で立ち。濃く華やかな金色の髪は少し柔らかく、その灰紫色の瞳は、元子爵令嬢の私よりも高貴な雰囲気を漂わせている。
 冴えない土色の髪、茶色の瞳の私のほうが元は貴族、子爵令嬢で、彼のほうが身分下の郷紳ジェントリだなんて誰が思うだろう。
 身なりだけじゃない。醸し出される空気が、彼と私では違う。

 (早く、諦めてくださらないかしら)

 昨夜のあの黒髪の女性は、どこを捜したっていないのだから。それ以上興味を示さずに、一日も早く都に戻って、ふさわしい世界で暮らしてくださればいいのに。

 「ところで。大伯母上はどんな本を所望してきたの?」

 「え!? ああ、こちらの本です」

 並んで歩く彼に、手にしていたメモを見せる。

 「うわ、かなりの量だな。それもジャンルバラバラ。大伯母上はこんなものを読まれるのか」

 フムフムと彼が顎に手を当ててメモを眺める。

 「冒険モノに、推理小説、ロマンス小説もあるな……。園芸本もある」

 「キースさまもお読みになったのですか?」

 メモには本の題名しか書かれていない。それを見てジャンルがわかるのだから、彼も内容を知っている、読んだということの証だろう。

 「まあ、ね。人気の本だったり、古典的な名作もあるから、ってこれ、フランス語の本だぞ」

 それがなにか?
 訳もわからず、私は驚く彼を見上げる。

 「きみは、フランス語が読めるのかい?」

 「え、まあ……。一応は」

 子どもの頃習ったし。別に驚くことではないと思うのだけど。

 「すごいな。文字を読めるってだけじゃなく、フランス語も出来るのか」

 ああ、そうか。普通のメイドなら、フランス語なんて上流の言葉を習う機会はない。読み書きできるだけで貴重。自分の名前が書ければ充分。それが普通のメイド。もっと上流の、頻繁に社交界に顔を出す婦人なら、フランス人の小間使いを雇っていたりするけれど、こんな田舎に隠棲している奥さまのもとにいる、それもただのメイドがフランス語が読めるとなれば、彼が驚くのも無理はない。

 「だからか。ほらここ。『キースのおススメの本を一冊、レイのおススメの本を一冊』と書いてある」

 彼がメモを指さす。たくさんの題名の最後を締めくくるように、彼の言う一文が添えられていた。

 「僕はともかく、きみの博識ぶりを大伯母上はかってるんだな」

 なるほどとばかりに、彼が頷く。どうしてこのお使いに私が選ばれたのか。彼のなかで得心がいったらしい。

 「きみは、大伯母上にお仕えして長いの?」

 「え、まあそれなりに」

 十三の時から5年、お仕えしている。
 奥さまは、私を使用人として置くことを嫌っていらしたけど、私が使用人の扱いをしてくれるように頼んだのだ。
 元子爵令嬢だろうと、父に奥さまが恩義を感じていらっしゃろうと。父は亡くなり、頼るべき親族もなく、私の家は破産してしまったのだから。置いてもらえるだけありがたいと思わなければいけない。

 「じゃあさ、大伯母上の交友関係も知ってるよね」

 「それは……」

 「あの、昨日僕の家の夜会に訪れた黒髪の令嬢について、何か知ってること、教えてくれないかな」

 ニッコリと、親の目を盗んでイタズラをしでかす子どものような眼。
 奥さまに訊けないことを、私から聞き出そうという魂胆らしい。
 奥さまの身近に仕えてるんだから、ある程度の交友関係は知っていて当たり前だ。そう判断されたらしい。
 けれど。

 「あの……、私、奥さまがどのような方とお出かけになったかまでは、存じ上げなくて……」

 「彼女は、あの屋敷を訪れたことはないの?」

 「ええ。屋敷への来訪者はとても少ないですから」

 これは、ウソじゃない。奥さまのお屋敷を訪れる者は少ない。奥さまご自身が、他人との交流を煩わしく思っていらっしゃるせいだ。
 そのおかげであの屋敷は、いつも変わらない穏やかな時間だけが流れていた。
 今日までは。

 「そうか。せっかく大伯母上を出し抜いて、彼女のことを訊き出せる絶好の機会だと思ったのにな」

 ガックリと彼が肩を落とす。
 その姿は、紳士というより、叱られた子犬のようで少しカワイイ。

 「ああ、でもこれから何かの拍子に彼女が屋敷を訪れることがないとも言えないな」

 落ちたはずの視線が、また上を向く。
 どこまでもめげない性格らしい。

 「もし、彼女の来訪があった時は、僕にもコッソリ教えてくれないか」

 きっと大伯母上は阻止してくるだろうから。
 ナイショ話のように耳打ちされれば、それだけで私の心臓は跳ね上がる。
 どうしてそこまで私(黒髪の女)に執着するの?
 たった一回会っただけ。たった一曲、戯れにダンスを踊っただけでしょう?
 礼儀もなにもない。逃げるように去った私をどうして?
 理解できない私は、早鐘のように鳴り響く心臓を、苦しい胸の内に持て余す。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」

21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」 そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。 理由は簡単――新たな愛を見つけたから。 (まあ、よくある話よね) 私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。 むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を―― そう思っていたのに。 「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」 「これで、ようやく君を手に入れられる」 王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。 それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると―― 「君を奪う者は、例外なく排除する」 と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!? (ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!) 冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。 ……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!? 自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

処理中です...