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第1話 初夜なるものは。 (王妃視点)

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 「お前に期待するのは、その背後にある実家からの支援だけだ。それ以上のことを望む気はないし、余に愛されようと思うな」

 ……って、ちょっとっ!
 それが、新婚早々、新妻となった女に言う台詞?
 新床となる清潔な寝台の上、夫となった男の言葉に思考が停止しかけた。
 わたくしに求めるのは、愛ではなく、金。
 そんなの、わかってる。百も承知の上での結婚。
 望まれたのはわたくしではなく、付属してついてくるお金のほう。
 世の中、必要なのは、金、金、金。金の重要性を今さら説かれなくっても、じゅうぶん理解している。
 わかってる。わかってるけど。
 それをあからさまに、初夜の床で言うの? せめて、今ぐらい「愛してる」とかウソついたらどうなのよ。世の中には「優しいウソ」なんていうのもあるのよ?

 「承知しております」

 なるべく冷静に。どれだけ腹が立っても、顔に出しちゃいけない。それが、商人の常。

 「ただ、一つだけ陛下にお願いがございます」

 しおらしく。従順に。

 「陛下の子種。これだけは、わたくしの腹にお納めくださいませ。子を成すこと。それが、支援の条件でございますゆえ」

 わたくしの実家を金づるにするなら、それだけの対価を支払いなさいよ。
 誰も無償で、金を渡したりなんてしないのよ。商いは慈善事業じゃないんだから。
 男の顔に苛立ちが見えた。
 けど、言いたいことはハッキリ口にする。
 商売の基本。ナメられたら負け。
 鋭くなった視線を、真っ向から受け止める。

*     *     *     *

 マリアローザ・メディーナ。

 わたくしが契約に沿って結婚したのは、ルディアの王、リオネル・ド・ルディア。
 かの国は、先々代から続く長年の戦争により国庫が疲弊しており、お金が必要だった。
 これ以上、国民に増税をかけるわけにはいかない。だが、このままでは戦争に勝てても、国家の存続が難しくなる。29代目となった若き王は、莫大な持参金を用意できる花嫁を求めていた。それこそ、国庫を潤沢に潤してくれるだけの資産家の花嫁を。
 そして、新興の都市国家の主であったわたくしの父は、歴史ある国家の後ろ盾が必要だった。
 わたくしの実家、メディーナ家は元々は銀行家で、貿易にも精通するほどの商家でもあった。金ならいくらでもある。欲しいのは、家の格。父にとって、ルディア王家との婚姻は「渡りに船」だった。
 互いの利害が一致し、この結婚は成立。
 21歳の花婿と、18歳の花嫁。
 美丈夫で賢明な花婿と、清楚で優し気な花嫁。
 一見、それは幸せな結婚に思われた――かもしれない。
 しかし、現実は違う。
 これといった感情を抱くことなく、利害のために行われた結婚は、その初夜の場においても、互いに歩み寄る気配すら見せなかった。

*     *     *     *

 「子種……だけ、だと?」

 「はい」

 「余の愛は要らぬと?」

 「はい。必要ありません」

 「この国の女どもは、それを求めると言うのにか?」

 「価値観は、人それぞれだとは思います。ですが、わたくしには必要ありません」

 そういうものは、愛人なりなんなりにあげてもらって構わない。
 正直、面倒だし、うざったい。
 それに、わたくしみたいな十人並みの容姿で、それを求めること自体、分不相応だと思う。着飾ればそれなりになるかもしれないけど、だからって世の中の美姫とけんを競うつもりは毛頭ない。若さと言う付加価値を入れても、「ほどほど」にしかなれないし。そんなの時間と労力、それとお金の無駄遣い。「寵愛」なんて御大層なもの、わたくしにしてみれば「濡れ落ち葉」よりうざったい。ベットリくっついて、うっとおしいことこの上ない。


 「わたくしに必要なのは、陛下の子種。この国の次期国王となる子を産むことだけが、わたくしの願いでございます」

 そもそも王妃なんてものは、そういう役目ぐらいしか期待されていない。国王と王妃が琴瑟相和きんしつあいわす仲? そんなもの夢物語にしかすぎない。国民の父であり、母ではあるけれど、庶民の夫婦みたいに互いを想いやって暮らす必要はない。
 その証拠に、陛下には、何人かの異母兄弟、庶子となるご兄弟がいらっしゃる。先代国王に愛人がいた、王妃だけしか愛さなかったわけではないことのなによりの証し。
 わたくしと陛下の関係だって、陛下の亡き父王さまのように、うわべだけでじゅうぶんだと思っている。世継ぎさえ生まれれば、あとは好きにしたらいい。まあ、わたくしが愛人を持つなんて面倒なことをするとは思えないので、好きにするのは陛下のほうだろうけど。

 「幸い、今日は子を身ごもりやすい日だと、確認してもらっております。ですから、陛下。どうか、このまま子種だけは授けてくださいまし」

 さあ、どうぞ。
 夜着の裾をたくし上げ、誰にも見せたことのなかった足を露わにする。
 閨でどういうことをするのか。知識としては知っている。わたくしの脚の間、誰にも触らせたことのない秘めやかな部分に陛下のイチモツを挿れる。そして、子種を注ぐ。そうすれば、十月十日後には、健やかなややを産める。そう聞いている。
 だから、恥ずかしげもなく脚を開いてみせたのに。

 「……興がそがれた」

 は? なにそれ。今日? 興?

 理解出来ないわたくしの前で、陛下が短剣を取り出す。プツリと、みずからの小指に突き立て血をにじませると、そのまま寝台のリネンに染みこませる。

 「これで契約は終了だな」

 ……もしかして、それは「破瓜の血」の代わり?

 あっけにとられてるわたくしを放り出して、陛下はそのまま寝室の扉を開き、外で待機していた立会人たちを呼び入れる。

 「確認いたしました」

 脚を開いたまま動けないわたくし。脚の間、リネンに残された鮮血。
 立会人たちは、これを夫婦としてことを成した結果だと判断したらしい。

 「おめでとうございます。これにより、お二人が真の夫婦となられたことを、祝福いたします。健やかなる御子の誕生を、王国の更なる発展を。幸多からんことを祈ります」

 うやうやしく頭を下げる立会人たち。満足気な陛下。
 多いのか少ないのか。処女のままのわたくしに、リネンに着いた血の量がどうなのかはわからない。だけど、これで夫婦となったと周囲に認められてしまった。
 立会人に続いて入ってきた侍女たちによって、その「破瓜の血」もどきの付いたリネンは取り外され、立会人とともに持っていかれてしまった。結婚成立を待ちわびる臣下たちに、あのリネンは証拠として見せられるのだろう。

 ……信じられない。

 フルフルと身体が震え、顔が熱くなってくる。
 破瓜の証拠を衆目に晒すことを恥ずかしがっているわけじゃない。虚偽の証拠を晒すことが信じられず、腹立たしいのだ。
 あのリネンを証拠として、この男は私の莫大な持参金を手に入れる。子を孕んでないのは残念だが、契約は契約だ。結婚はしたのだから、金は払え。そういう腹積もりなのだろう。
 今すぐにでも故郷の父上に、結婚は成立してないことを伝えたい。騙されるなと、声を大にして言いたい。
 だけどそれは、わたくしが女として不完全だった、女として見てもらえなかったという著しくプライドを傷つけられたことを報告するものでもあり、そうそう口に出来ることでもない。
 グッと奥歯を噛みしめ、夫となった男を睨みつける。
 そんなわたくしの様子に満足したのか。
 陛下は、フンッと軽く鼻を鳴らして、寝室から去って行った。
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